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第五十九話「戦闘開始」

 チャンスだ。物陰に隠れながら様子を窺っていたエムジーはそう直感した。思いがけない形で、施設に侵入するチャンスがやって来たのだ。

 それまでエムジーの目の前で派手に戦っていた人間とアンドロイド達の目が、全て新たにやって来たジャケット達に向けられていた。この時、砲台や施設の周辺に気を配ろうとする者は皆無であり、彼らはただひたすらに眼前の三体のジャケットがどのような動きを見せるのかという点だけを、自身の一番の関心事としていたのだ。

 目先の事柄に囚われて本来の領分――施設の奪取そして防衛――を疎かにする点においてはまっこと愚かとしか言いようが無いが、『歩兵の武器が全く効かない』兵器がその『歩兵』である自分達のすぐ近くに三機も集まってきたとあっては、その方に意識を向けてしまうのも仕方無い事であると言えよう。また、それらを差し置いても、エムジーにとっては非常に好都合であった。


「……」


 頭の上半分だけを出して、再度周囲を確認する。周りに見える者の全てが、ジャケットの巨体を食い入るように見つめている。歩兵の兵器が効かない以上、


「……よし」


 一つ呼吸を置いてから、エムジーが行動を起こした。それまで隠れていたパイプの上に身を乗り出し、素早く頭を動かして周辺を見渡す。誰もこちらに気づこうとはしない。笑みをこぼす事無くエムジーはパイプから降り、姿勢を低めて足早に、しかし足音は立てないよう慎重に、施設の入り口を探すために建物へと向かった。

 しかしその途上で、エムジーの頭部に搭載されているバランサーと集音装置がジャケットや人間達が集まっている地点から何か巨大な物が崩れ落ちるような轟音と振動をキャッチした。だが音と振動のパターンからそれはジャケットのパーツの類が引き起こした物だろうと言う結論だけを残して、エムジーは構う事無く施設へと急いだ。彼女にとってそんな物よりももっと重要な物が、あの建物の中に存在したからだ。


「ライチ、カリン、待ってて、今行くから……!」


 是が非でも助ける。これは私が最初に見つけた、私の仕事だ。エムジーの頑固な性質が発露した瞬間であった。





 エムジーが施設内へと向かっていったのと同じ頃、パイン・ジュールは乗機である改造ジャケット『マーカス』をゆっくりと立ち上がらせ、目の前にいる黒いジャケットと相対させた。この時『マーカス』の右手には先端が丸みを帯びた平べったく長い金属製の板が装着されており、左手には円柱状の物体が全部で八本、その手の周りをぐるりと取り囲むように装着されていた。


「準備はもう終わったのか」

「ああ。おかげさまでな」


 バックパックでの調整作業を終えた『マーカス』に向けて、黒いジャケットに乗った男が問いかける。その声は既に平静の仮面を被り直した無感動な物だった。


「なんだ、立ち直りが早いな」

「貴様に心配される謂われは無い」


 パインの問いかけにも静かに、だが吐き捨てるように男が返す。そしてそれ以上は何も言わず、黒いジャケットがその細い両手を左右に大きく広げる。


「お前も消えろ」


 黒いジャケットが両手を後ろへ大きく振りかぶり、勢いよく前へと振り下ろす。だが黒いジャケットがその両手を振りかぶった段階で、『マーカス』は既に行動を開始していた。


「この――」


 両足を深く曲げ、膝のバネを利用して大きく後ろに飛び退く。それと同時にパインは右手側の操縦桿のトリガーを引き、その右手に装着された物のスイッチを入れた。

 刹那、その板の内側から小さい鉤爪状の刃が一斉に出現し、更にその全ての刃が板の外周を滑るようにして高速回転を始めた。


「チェーンソーか」


 その『マーカス』の右手に現れた武装を見て、黒いジャケットに乗った男が静かに告げた。そして男がそう言い終えた直後、それまで『マーカス』の立っていた所から空気を切り裂くような鋭い音がこだました。『マーカス』の残した足跡に二筋の細い線が刻まれる。


「それでジャケットを切り刻む気か」


 その悲鳴にも似た音が掻き消えていくと同時に、男が再び喋り始めた。黒いジャケットは再び両手を大きく広げ始めていた。

 真っ直ぐに立ち、両手を左右に広げるそのジャケットの姿は、まるで細い十字架――もしくは十字架に掛けられた罪人――のように見えた。だがそれに対し、パインは怯えるどころか不敵な笑みを浮かべて男に返した。


「違うな。こいつが切るのはジャケットじゃ無い」

「何を切らせるつもりなんだ?」


 男の問いに対し、その右手のチェーンソーを見せびらかすように顔の前に置きながらパインが言った。


「木だよ」

「キ?」

「森林伐採だ」


 低く、くぐもった唸り声を上げるチェーンソーを前にして、『マーカス』が――パインがニヤリと笑う。一方で、黒いジャケットに乗った男はその言葉の意味をいまいち理解出来ずにいた。


「どう言う意味だ……!」


 脅すように問いかけながら、ジャケットの左手だけを動かして横凪ぎに払う。対する『マーカス』はバックステップを行ってなおも後ろに下がる。

「奴め、何を――」


 飛び退く瞬間、パインは『マーカス』の目と鼻の先で空が切り裂かれる音が炸裂したのをマイク越しにはっきりと聞き取った。そしてその得体の知れない攻撃を前にして、表情には出さなかったものの額から汗を流しつつ肝を冷やした。


「逃がすと思ったか」


 だが黒いジャケットはなおも攻撃の手を緩める事無く、その『マーカス』目掛けて今度は右手を上から振り下ろした。折しも『マーカス』は飛び退いた直後であり、今まさに両膝を折り曲げて衝撃を緩和せんとしている所であった。

 回避は不可能だ。『直撃』する。男は小さく口元を吊り上げた。

 だが次の瞬間、男の予想は裏切られた。


「な――!」


 男の目の前で、『マーカス』は更に膝を曲げ、しゃがむ体勢を取った。そしてその時に殺しきれなかった『後ろ向きにかかる力』を逆に利用し、その体を丸めた格好のままで後ろ向きにゴロンと転んだのだ。

 『マーカス』の背中と地面が衝突し、その白い体が砂まみれになる。『マーカス』の尻がこちらに向けられ、その尻のすぐ手前で空気を裂く音が再度こだまする。

 『マーカス』の取った予想外の行動を前にして、男が忌々しげに歯噛みする。そして黒いジャケットが『再装填』をする間、男の目の前には右手を除いた三本の手足でブリッジの体勢をとって、そこから背筋を伸ばしたまま膝の力だけを利用して苦も無く直立姿勢に戻る『マーカス』の姿があった。


「気味悪い動きだ」


 それを見た男が冷たく吐き捨てる。その言葉を聞き取ったパインが苦笑を漏らしてそれに答える。


「こいつは関節周りが他より頑丈に出来ているから、このくらいは簡単にできるんだよ」

「カスタムタイプか」

「そうだ」


 お前と一緒のな。そのパインの言葉を男は無視した。しかし彼女はその事を気にする事無く、なおもやかましく音を立てながら回転するチェーンソーの切っ先を黒いジャケットに突きつけながら自慢げに言った。


「こいつは、遠い将来にこの星に大量に森林地帯が出来た場合に備えて作られた特別製の機体だ。増えすぎた森林を伐り落として、全体の緑地バランスを調整するために開発された機体なのだ」

「今からそんな物を作っているのか?」

「回収するデータは多い方がいいだろ」


 疑問を持った男に対してパインがそう返す。それと同時に『マーカス』の左手に装着されていた円柱の内の一本に変化が起きた。円柱の上部が僅かにせり上がり、そしてその上部と下部の間に出来た溝の中を一つの白い光の塊が走り始めた。


「なんだそれは」

「何だと思う?」


 ガシャン。何かの外れる音がした次の瞬間、『マーカス』はその左腕を黒いジャケットに向けて勢いよく振り上げた。それと同時にそれまで変化を見せていた一本の円柱が腕から離れ、回転しながら黒いジャケットに向けて一直線に飛んでいった。


「クッ――」


 突然の事に男が眉間に皺を寄せ、黒いジャケットが反射的に左手を振り上げる。刹那、空気の切り裂かれる音が前方にこだまし、それと同時にこちらに向かってきていた円柱が真っ二つに切り裂かれた。

 その直後、二つに切断された円柱の中から大量の白い煙が勢いよく外へと噴き出してきた。非常に密度の濃いその煙はあっという間に周囲に拡散して滞空し、お互いのジャケットの姿を完全に隠していた。


「煙幕か!」

「除草剤だよ」


 男の渋い声に対してパインが軽い調子で返す。そして男がそれに言葉を返そうとした瞬間、目前にある煙の壁を突き破ってチェーンソーの先端が突如としてその姿を現した。そして更にそれに遅れて、『マーカス』の白いボディが煙の中から猛然と姿を現し、右手を突き出したまま強烈な圧迫感をもって黒いジャケットへと肉迫する。

 速い――。


「くそ!」


 男が声を荒げ、黒いジャケットが飛び退く。その鼻先を勢いよく回転するチェーンソーの切っ先が擦る。『マーカス』はそのまま右手を右に振り払い、獲物を逃したチェーンソーが虚しく空を切る。


「言っただろう、カスタム型だと」


 得意げにパインが漏らし、『マーカス』が一足飛びでジャケットへ接近する。


「機動性は従来の物に比べてずっと向上している。瞬発力もな。新しい物を搭載し続けた結果だ」

「余計な事を――」


 プログラム通りにチェーンソーを持った右手が左肩の位置へ来るように振り上げられ、その体勢のまま黒いジャケットへと近づいていく。


「させるか!」


 男が叫び、ジャケットが飛び退く。飛び退くと同時に左手を横に伸ばし、『攻撃動作』を行う。

 『マーカス』が一歩前へ踏み出す。その瞬間を狙って黒いジャケットが伸ばした左手を後ろへ振りかぶり、『マーカス』目掛けて振り下ろす。


「ならば……!」


 だが左手が降ろされる前に、『マーカス』は次のアクションを取っていた。パインが黒いジャケットをロックしてから左手のトリガーを引く。互いの射線軸がピッタリ重なるように腰を回して微調整し、その後に大きく左手を振り上げ、その手に取りつけられていた二本目の円柱を投げ飛ばした。

 円柱が空中に放たれたと同時に、黒いジャケットが左手を振り下ろす。刹那、空中で円柱がバッサリ斜めに切断され、中から大量の白煙を周囲にまき散らしていった。


「……」


 その円柱がバッサリと伐り落とされる姿を、パインは間近で目の当たりにした。そして彼女は一つの確信を得た。


「なるほど。お前の武器はそれか」


 煙が辺りに立ちこめ、周囲の視界を遮っていく。そして『マーカス』の足を止めてその煙の壁に隠れながら、ニヤリとしてパインが言った。男が眉をひそめる。


「何を言っている?」

「お前の武器だよ。種がわかった」

「戯れ言を」

「その腕」


 男の言葉を無視して、煙の奥からパインが言った。


「ワイヤーっぽいのを仕込んでいるようだな。ワイヤーカッターとか言う奴か? 手の中なのか爪の中なのかはわからんが」


 男が息をのんだ。操縦桿を握る手に、より一層力が込められる。一方で黒いジャケットが反応を返してこない事を受けて、パインは自身の立てた推測を確かな物へと変えた。


「射程は長いが連射は利かない。一発一発を確実に当てていく必要があるようだな。しかしまあ、面白い武器を積ませるものだ――」


 そこまで言った直後、パインは言葉を遮って『マーカス』の体を後ろに下がらせた。それと同時に黒いジャケットが両手を左右に広げ、後ろに振りかぶり、ワイヤーを展開させて振り下ろす。煙が縦に切り裂かれ、更に黒いジャケットはその動作を再度繰り返して煙を再び切り裂いた。


「お前は生かしてはおけんな」


 男が静かに、だが明確な意志を込めた口調で言った。完全に晴れた煙の先で、チェーンソーを唸らせながらパインが返す。


「お前のそれも極秘扱いの装備だったのか?」

「そんなんじゃない。単純にお前が気に入らないだけだ」

「私怨か」

「それにお前は俺を馬鹿にした」

「あっそう」


 パインが素っ気なく返し、黒いジャケットが何も言わずに両手を広げる。


「種はバレているんだぞ」

「だからといって躱せる訳でもあるまい」


 男が吐き捨てるように言って、『マーカス』がチェーンソーを持つ手を左肩の位置に持って行き、回転数を更に上げて唸り声を高めていく。


「ここで死ね」

「お前が死ね」


 二人が言い放ち、二機が同時に前へと踏み出した。





「あ、これまだ動くんだ」


 その頃、思う存分惰眠を貪ったモブリスは、目覚めた直後に眼前の真っ黒いモニターに表示されていた情報の羅列――『ストーム』の機体制御機能がまだ生きている事を示すデータの山を発見し、そしてその整った顔を不愉快そうに歪ませた。


「……なんだよこれー、これ私に助けに行けって事じゃんかよー」


 もう動きたくないのが彼女の本音であった。ならばこのまま何もしなければいいのだが、だからといって本当は動けるのに死んだふりをして何もしないと言うのは、それはそれで後味が悪かった。


「……はあ」


 モニターに表示される情報から目をそらして背筋を伸ばしてため息をつき、シートに深々と座る。


「……ああ、準備しなくちゃ」


 心底嫌そうな表情を浮かべ、モブリスが起動スイッチを覆うカバーに指をかける。面倒を嫌って物欲に正直な女であったが、動けないふりをして戦友を見捨てるほどモブリスは腐ってはいなかった。


「充電もバッチリ。マニピュレーターも完璧に動作。足も外れてない――うん、行ける行ける」


 モニターに続々と出される情報を睨み、操縦桿のボタンを弄りながらモブリスが満足そうに頷く。ダメージの視覚確認機能だけが故障を起こして自機の損傷状況が把握しきれなかったが、四肢は問題なく動くようだったのでモブリスはそれについて深く考える事は無かった。

 しかし全てのチェックを終えていざ起動させようと起動スイッチのカバーを上げた所で、モブリスは一つの重要な事に気づいた。


「あれ、視界……」


 いつまでたってもモニターは真っ黒なまま。いきなり夜になった訳でもあるまい。モブリスは首を捻った。


「あっれー? おかしいな、どうしてなんかなー」





 この時、モブリスは自機の首が切り落とされている事に気づいていなかった。


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