第五十七話「走れ走れ」
「待て」
前方に見える煙をモニター越しに発見し、パイン・ジュールが相棒に向けて静止を促した。パインの乗るジャケット『マーカス』がその巨体を揺らしながら急停止を掛け、モブリスの搭乗するジャケット『ストーム』がその横につく。
「どうかした?」
そして訝しげにそう尋ねるモブリスに対し、パインはただ前方を指さしてそれに答えた。
「?」
モブリスが不審そうに顔をしかめ、『ストーム』の顔を指さす方へと向ける。そしてそこに見える光景を目の当たりにし、その表情を強張らせた。
「なによ、あの煙」
前方約六百メートル地点。彼女らの目標としていた衛星破壊砲台の周囲から、幾筋もの煙が立ち上っていたのだ。
「まさか、戦闘?」
「屋内でキャンプファイヤーをやっているとは思えんな」
「ライチが暴れてるとか?」
モブリスの問いに対し、『マーカス』が首を横に振る。
「エムジーが暴れているという線もありえんだろうな」
「どうして?」
「あいつらはアクション映画の主人公じゃない。一人で出来る事なんてたかが知れてる」
姿を消したライチと先に彼女らの目指す施設へと向かったエムジーの顔を交互に思い浮かべ、パインが静かに答える。前方の煙を再び視界に収めながら、モブリスが納得したように言った。
「まあ、言われてみればそれもそうね。みんな見るからに白兵戦とか無理そうな体つきしてるし」
「訓練もまともに受けた事ないようだしな……だが、だからこそ余計に危険だ」
「敵と敵、二つの勢力の板挟みにあっているから?」
「ああ。敵の数は二倍。流れ弾を食らう可能性も二倍だ」
そう言いながら『マーカス』が、そしてパインが前方の施設を睨みつける。その横顔をモニターに映しながら、モブリスがパインに言った。
「やばい、急がないと」
「同感だ」
誰と誰が戦っているのか? 敵の戦力はどれくらいなのか? そう言った疑問は頭の中から吹き飛んでいた。
一刻も早く戦友の命を救い出す。ただそれだけを考え、二機のジャケットは躊躇う事無く眼前の施設へと走り出していった。
そして『マーカス』と『ストーム』が走り出した所から約六百メートル離れた場所、衛星破壊砲台の隣に距離を置いて作られたコントロール施設の外周部分にて。
「ああもう、クソ、クソ!」
エムジーは地面を走るパイプ――施設と砲台を繋げる、腰ほどの高さを持ったパイプの影に身を潜ませながら、己の境遇を呪っていた。
「なんでこうなるのよ! なんでこうどいつもこいつも空気が読めないのよ!」
パイプの上から頭の上半分だけ出して眼前で繰り広げられる戦闘を見据えながら、エムジーが小声でつける限りの悪態をついた。彼女の目の前では今、人間とアンドロイドとに別れた二つの勢力が、互いに距離を取り合い銃撃戦を行っている真っ最中であった。
「ちくしょう! 木偶人形共め、まだ諦めてなかったのか!」
「人間風情が、調子づくな!」
銃声が絶えず轟き、爆発音がそれに混じる。呻き声や罵声が辺りに充満し、それを更に銃声がかき消していく。
「ここは我々青空の会が接収した! アンドロイド共はここから立ち去れ!」
「接収だと! 最初にここを占有していたのは我々ドーンズだ! 消えるのは人間の方だ!」
どことどこがやりあっているのか、銃撃に混じって聞こえるそれらの声から容易に判別はついた。撃ち合いながらも罵り合う余裕はあるのかと、エムジーはそれを聞きながら連中の胆力に呆れながらも感心していた。
「地球は元より人間の住処だったんだぞ! 人間の物だったんだぞ!」
「黙れ黙れ、害獣どもめ! お前達がこの地球に何をしたのか、知らないとは言わせんぞ!」
だがどれだけ相手の勢力が判っても、どれだけ相手の胆力に感心しても、自分一人だけでこの状況をどうこう出来る筈も無い。ここから逃げ出す訳にもいかなかったし、結局ほとぼりが冷めるまでじっと身を潜めて待つしか自分には出来なかった。しかし同時に銃声と爆発音と罵声が轟く場所に長時間留まると言うのは、心と体に酷く負担を強いた。心はヤスリでこすられるように痛みを覚え、体は腹の底に鉛が溜め込まれていくかのように重くなる。
「はあ……もう嫌……」
やがてエムジーは疲れた表情で顔を引っ込めてパイプの影に完全に潜り込み、そこで横向きに寝そべって聴覚センサーを完全にシャットダウンした。そして現実逃避も兼ねて、こうなるまでに至った自らの不運な経緯を思い返した。
エムジーがこの施設に辿り着いたのは今から数分前の事だった。ライチ達を乗せたバギーを――後にそれを引っ捕らえたジャケットの後を十分に距離を取りながら追跡していたエムジーは、追跡を続けていく後に件の衛星破壊砲台施設へと辿り着いたのだった。
ちなみにエムジーは最初から最後まで自転車を使ってそれを追い続けた。車やバイクよりも出る音が少ない分バレはしなかったが、距離は離されていく一方だった。しかし生体センサーやカメラアイの望遠機能を最大限に利用する事で、相手を見失う事はせずに済んだ。そして皮肉にも、互いの距離が離れすぎていたためにジャケットのレーダーにも引っかからずに済んでいた。
「ここって、こんな作りしてたんだ……」
そして四百メートル離れた地点からその施設の全景を初めて目の当たりにして、エムジーは思わず驚嘆の声を漏らした。
その施設は正確には砲台と、それをコントロールする建物とに別れて建てられており、周囲をフェンスで囲まれていた。そして砲台から見れば、その角張った作りの建物は豆粒程度の大きさでしか無かった。砲台は円形の台座と六角形の砲身とで作られており、その高さはもはや『砲台』と言うより『塔』の如き有様であった。
「……と、いかんいかん」
その想像以上に巨大な物体を前にしてエムジーは暫し放心状態にあったが、やがて正気を取り戻すと同時に行動を再開した。彼女はまずカメラアイのズーム機能を使って施設周辺を偵察し、施設外部にも歩哨が立っている事を把握した。
彼女が見つけた歩哨は全部で四人、そしてその全員が防弾性の高いケブラーベストとヘルメットとアサルトライフルで武装していた。一応自分もハンドガンを携行してはいたが、それでも自分が無闇に飛び込んでも犬死にするだけなのは目に見えていた。
それを見た彼女は一計を案じた。そのまま施設へ直行するのでは無く、施設の周辺を大きく右回りに迂回して裏手に向かい、そこから侵入しよう決めたのだ。移動自体はスムーズに行った。
「よし、ここなら」
施設より三百メートル離れた場所で俯せになり、再びカメラアイをズームして施設裏手を観察する。ついでに聴覚センサーも起動させ、敵の様子を細かくチェックする。
案の定、裏手にも歩哨が立っていた。言うまでも無く、表側の連中と同様に完全武装である。だがそこの警戒に立っていたのはたったの二名だけで、互いの距離も離れていた。おまけにその内の一名は対して警戒もせずに、建物の壁に寄りかかったまま微動だにしなかった。面に比べればザルも良い所である。
「……」
銃身を掴んでグリップでぶん殴れば十分気絶させられる。
まずは『起きている方』からだ。
「……よし」
エムジーの電子頭脳の中で取るべき行動パターンが決定する。素早く片膝立ちになりつつ腰のホルスターから銃を引き抜く。
その時、施設反対側から爆発音が轟いた。
「な、なんだ!」
突然の出来事にエムジーの体が硬直する。それと同時に裏手に立っていた歩哨の一人がびっくりして大声を上げながら反対側を向く。それまでサボっていたもう一人の歩哨もその音に気づき、慌てた調子でアサルトライフルを構えてその銃口を左右に振り回す。
再度、爆発が轟いた。反対側から煙が上がり、次いで建物から重苦しいサイレンの音が鳴り響いた。
「おい、正面がやばそうだぞ!」
サボっていた歩哨がもう一人の歩哨に大急ぎで近づき、まくし立てるように言った。
「向こうの援護に行った方が良くないか?」
「で、でも、こっちから敵が来たら……」
もう一人の歩哨の懸念を遮るように、三度目の爆発音が轟いた。サイレンはなおも鳴り続け、更にそれに加えて今度は銃声も響き始めた。
「おい、本格的にまずいぞ、行くぞ!」
「あ、ああ!」
結局、一方がもう一方に押し切られる形になって、二人が正面側へと消えていった。エムジーにとっては好機だった。
「今のうち……!」
エムジーが一目散にダッシュする。アンドロイドの脚力を持ってすれば、三百メートルくらいあっという間だ。そしてエムジーは途中で姿勢を低めながら、そのまま建物と砲台とを繋げるパイプの一つに滑り込んだ。
「よし、後は……!」
だがここで、エムジーは自分が一つミスを犯した事に気がついた。それに気がついた瞬間、それまで達成感に満ちていたエムジーの顔色は見る間に青ざめていき、そして『それ』について何も考えないまま目先のチャンスに易々と食いついてしまった己の迂闊さに対し、無性に腹を立てた。
「……ああ、くそ」
正面で始まった銃撃戦の中をどうやってかいくぐって入り口に入るのか。
て言うか、入り口ってどこだ。
「どうした! ジャケットはまだ出てこないのか!」
「怯むな! 人間連中に後れを取るな! 突き進め!」
「……はあ……」
もうどうしようもない。
そして今、それまで抱いてきた後悔の念が一向に解決出来ないまま、エムジーは影に隠れてほとぼりが冷めるのをじっと待っていた。
そんなエムジーが腐れ切っているのと同じ頃、カリン達が閉じ込められていたその部屋の鉄扉を何者かが力任せに叩いていた。
「僕だよ! ライチだよ! 大丈夫だから、今ドア開けるね!」
いきなり扉が叩かれた時はカリン達は揃って恐怖に竦み上がっていたが、その若い声を聞くや否や表情を喜色満面にして、体から一切の緊張を解いてその扉が開くのを待った。
やがて鍵の外れる音が外から響き、扉が開け放たれる。だがそこに見える光景を目の当たりにした時、カリン達は再びその身と顔を強張らせた。
「待って、待って」
その気配を察したライチが片手を挙げて静止するが、カリン達の視線はライチでは無く、彼がそのもう片方の肩を貸している物に向けられていた。
「ライチ、その人は……?」
歯の根を合わせられずにいた火星人二人を差し置いてカリンがおずおずと尋ねる。それを受けて自分が支えている者――眠ったように目を閉じて気を失っていたそれを一瞥してから、ライチが静かに答えた。
「ジャム・ジョジー。聞いた事あるでしょ?」
「ジャムって、あのジャム? 火星の大会社の?」
「うん」
「どうしてここに?」
「それは後で話すよ」
ジャムの体を揺すってその体を支え直してからライチが続けた。
「それより、まずい事になった」
「まずい? 何があったの?」
「外で戦闘が始まってる」
カリンと火星人の体に緊張が走る。その恐怖と動揺を湛えた表情を見てから、ライチが語調を弱めて続けた。
「ここから出よう。外で戦ってるのはどっちも僕達にとっては敵なんだ。ここで鉢合わせになったら洒落にならない」
「ここで籠城するっていうのは? 助けが来るまで待つのは駄目なの?」
「もう今にも敵の一方が、入り口から侵入しようとしているんだ。ここに踏み込んでくるのは時間の問題だ」
「な、なんでお前にそれが判るんだよ?」
と、それまで黙っていた火星人の片割れが口を挟む。上流階級としての威勢も余裕も無い弱々しい口調だったが、相手を見下す調子は少しも弱められていなかった。
「だ、だいたい、なんでお前の命令なんか聞かなきゃいけないんだよ。おれは絶対にここを離れないぞ。お前みたいな下っ端の言う事聞いて動くなんざ、絶対嫌だからな」
「そ、そうだ、そうだ」
その言葉に合わせて、もう片方の火星人もそれに同調し始めた。だがその二人は「お前の指図は受けん」と叫ぶだけで、その後の具体的な策は自分達からは一つも提示しては来なかった。
「お前は、ここでおれ達が助かるように頭を働かせればいいんだ」
「そ、そうだ。ここで残って助かるにはどうすればいいのか考えろ! さあ、さっさと考えろ!」
それどころか、その『具体的な策』をそれまで名指しで誹謗していたライチに求める有様であった。これにはライチと、同じ火星人であるカリンも揃って眉をひそめた。
自分の手に負えない物は他人に丸投げしておいて、それが自分の意に沿わなければ徹底的に駄々をこねる。そんな恥知らずな醜態を晒す同期生達の姿を見て、カリンは自分が彼らと同じハイヤーである事が無性に恥ずかしくなってきた。
だがライチはそれら全てを無視して大股で部屋の中に入ると、躊躇う事無く空いた手でカリンの手を掴んだ。
「逃げよう」
「え?」
カリンの双眸をしっかりと見据えながらライチが言った。
「ここから逃げるんだ。町に行けば、必ず僕達の仲間と合流出来る」
「……」
ライチの目は真っ直ぐカリンを見つめていたが、カリンの手を握るその手は震えていた。
「ライチ……」
ライチも空元気を出している。本当はこの状況が怖くて仕方が無いのだ。その事が、握った手を通してカリンの心に痛いほど伝わってきた。
ライチは今、一生懸命頑張っている。そしてカリンは、それに依存する気は毛頭無かった。
「……わかった。私も行く」
ライチの手の上に自分のもう片方の手を乗せ、カリンが強く頷く。そして流されるのでは無く、自分の意志を視線と言葉に乗せて、それをライチにしっかりと伝える。
「私、ずっとライチの傍にいるから」
迷いの無い言葉。信頼の証。
「カリン……」
不思議だ。それを聞くだけで、それを受け取るだけで、自分の心の中の弱気が一気に吹き飛んでいく。愛する者に支えられ、信じられると言う事のなんと力強きことか!
ライチの目が見開かれ、その瞳に希望の輝きが灯った。
「……よし」
愛しい者の眼を見据え、ライチが喜びを前面に出しながら言った。
「よし、行こう! カリン、すぐ行こう!」
「ええ! 行きましょうライチ!」
「ま、待て!」
だがそこで火星人が水を差す。必死の形相で、しかし自分が目上であると言う自負心は剥き出しにしたまま、火星人の片割れが尊大な口調でライチに言った。
「お前、おれの言う事が聞けないのか! おれはここで助けを待つって言ってるんだ! おい! おれを置いて行こうって言うのか!」
「じゃあそこで待ってろ!」
既にカリンと共に部屋の外に飛び出していたライチが、首だけ回して火星人の方を向いて敢然と吐き捨てた。それまで偉ぶっていた火星人の顔が見る間に絶望に塗り変わる。
「僕は行く! カリンと一緒にだ! 一緒に行きたくないんなら、お前はそこで助けを待ってろ!」
「い、いや、だから」
「カリン、走るよ!」
だが、もう火星人の姿など、ライチの眼中には無かった。繋いでいた手を解き、ライチが一目散に走り出す。そしてカリンも何も言わずに、ライチの後ろについてその背を追いかける。この時ライチはジャムを肩に乗せていたままだったが、彼はこれまでずっと肉体労働をしていたのに対してカリンはまともに体を鍛えた事が無かったので、ちょうどいいハンデとなっていた。
そして何より、この時の二人の顔はとても清々しい物だった。今の危険な状況などどこ吹く風と言わんばかりに希望の微笑みを顔全体に表し、翳りの無い瞳で自分達の決めた道をまっすぐに向いて走っていた。
「だから……たのむ……」
そして決断出来ないがためにそこに取り残された火星人はただ、何もしないままその場にくずおれるしか無かった。




