第五十六話「重役出勤」
『尋問』は、その部屋に押し込まれてからすぐに行われた。自分達を連れてきたのとは別の髭面の男がドアを開けて中に入り込み、五人の内の一人を指さして「ついてこい」と言葉少なに言ってきた。
最初に選ばれたのは、始めにライチとカリンを攫った火星人三人組の一人――下っ端二人の内の一人――だった。彼を指さした男はもう片方の手に拳銃を握り、それを五人の方へ向けて腰だめに構えていた。断る事など出来なかった。
「安心しろ。正直に話せば、命だけは助けてやろう」
男が小さく、冷ややかに告げる。そしてそう告げながら自信の双眸を細め、刃物のように鋭い目つきとなって周囲を睨みつけた。ライチもカリンも、指さされた少年以外の火星人二人も、ただ息をのんでその目を見返すしか出来なかった。
「い、いやだ」
その時、男に指名された少年が不意に声を上げた。その声は震えてかすれていた。
「いやだ、ぼくは行かないぞ。どうして行かなきゃならないんだ」
声のみならず全身まで恐怖で震わせて、それでもなおその少年は男の要求を拒んだ。だがそれは、決して彼の内に秘められていた勇気がそうさせたのではなかった。
この世に生まれ落ちた時から社会のトップの位置――『勝ち組』の位置に君臨し、そしてそれから十数年もの間自分と対等かそれ以下の者達とだけ接して来たがために、彼は自分よりも『上』の人間と相対する事に全く慣れていなかったのだ。年功序列という考えは彼の頭の中には存在していなかった。
地球に落ちて来てなお、自分がこの世界で一番であると言う認識を改める事が出来ずにいたのだ。
「ふざけるなよ、下層市民ふぜいが。お前がこのぼくに命令するだなんて、百年早いんだからな。わ、わかってるのか」
ぼくは最高の地位を約束された人間だ。ぼくはこんな奴よりもずっと偉い人間なんだ……それを照明する根拠も力も無かったが、彼は自分よりも年上の――しかも武装した人間を前にして、そんな考えを捨てる事が出来なかったのだ。
ぼくは選ばれた人間なんだぞ!
「……はあ」
それを聞いた男が両手をだらりと降ろして肩を落とし、顔を下げながらため息を吐く。まずい。その見るからに無防備な男の姿を前にして、ライチは何か言葉に出来ない危険を察知して身を強張らせた。
銃を持っていない方の手で髪を力任せに掻きながら、男が疲れきった口調で言った。
「おい、命令してるのは俺の方なんだぜ?」
「な、なんだと?」
「こっちの言う通りに動けって言ってるんだよ。お前、自分の立場がわかってんのか?」
「立場がわかってないのはお前の方だ、馬鹿め。ぼくの地位を知っているのか? ぼくはこれでも、将来『ミストン社』の幹部の地位を約束された男なんだぞ。火星における重金属精製部門でトップシェアを誇る大企業の幹部になる男なんだぞ」
選ばれた少年がなおも男に噛みつく。一方でライチはその少年の言葉を受けて『ミストン社が作った金属プレートは非常に軽量かつ重厚で、フランツモデルの表面装甲を形成する際に非常にお世話になった――』とまで反射的に――もはや職業病である――考え、すぐにその場違いさ加減に気づいて慌てて思考を打ち切った。そして思考を現実に戻して目線だけをその少年に向けて『馬鹿、やめろ』と声にならない声を上げた。だがその無言の訴えも虚しく、少年が再び口を開いた。
「いいか? 本当ならお前は、このぼくに顔を見せることさえ許されない存在なんだぞ。ぼくがこの世でどれだけ」
銃声が轟いた。
ライチと、そして他三人の目の前で、それまで偉そうに熱弁を振るっていた少年の体がぐらりと傾き、糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。俯せになったその右肩は真っ赤に染まっていた。不規則に小さく痙攣を繰り返していたが、まだ辛うじて息はしていた。
「ひ――」
カリンは悲鳴をあげられなかった。その小刻みに震える人間の体を前にして、恐怖のあまり、青ざめた顔で歯をガチガチ鳴らすことしか出来なかった。他の三人も一言も発する事が出来ないまま、ただ顔を青くしてその倒れた少年の背をじっと見つめていた。
「くそ、うるせえ奴だ」
銃口から薄く煙を吐き出していた銃を持つ手を下ろしながら、男が面倒くさそうな調子で吐き捨てる。そして銃を持ってない方の手でライチを指さし、のんびりした調子のままで男が言った。
「じゃあ次、お前からだ」
ライチに拒否権は無かった。
それから数分後、ライチは前を行く男と共に階段を上り、長い通路の右奥にあるドアを潜って、とある部屋へと通された。そこはそれまで自分達が居た所よりも二回りほど広く、薄暗かった。中央にはカサブランカの艦橋にあるのと同じくらいのサイズを持った長方形型のテーブルがあり、テーブルの上には緑色に光る罫線が敷かれていた。そしてその上から同じ緑色の線で描かれた世界地図――いつぞや聞いた『メルカトル図法』によるものだ――があった。
そしてそのテーブルを囲むようにして四人の男がそこに立っていた。右に二人、左に一人、正面に一人。正面の男はこの中で一番恰幅が良く、その太り気味な体を背もたれと肘掛けのついた大きな椅子の中に納めていた。そしてその誰もが迷彩仕様の野戦服を身に纏っていた。ただ室内が薄暗い上にテーブルから漏れる光も微弱な物だったので、残念ながらその正確な人相までは把握する事が出来なかった。
「行け」
ここまで連れてきた男がテーブルの前を銃で指して短く催促する。そしてそこまで歩いてきた直後、ライチの頭上から突然照明が点いた。薄暗闇の中、そのライチの姿だけがはっきりと映し出されていた。
ここは司令室っぽい所か。緊張と恐怖で爆発しそうな心臓を抑えようと、階段を上り終えた時に床の上に見つけた『2F』という文字と共にそんな事を考えていると、テーブルを挟んで自分の向かい側に立っていた男が咳払いをした。
「お前がここに侵入してきたとか言う奴の一人か」
ドスの利いた声で、威圧感を前面に押し出しながらその男が言った。他の面々も友好的とは真逆の刺々しい気配を身に纏う。
今、かなりヤバい状況になってる。ライチはこの時になって初めて、それに気づいた。
「どうなんだ、違うのか?」
正面に立った男が威圧するように再度尋ねる。ライチが躊躇いがちに小さく頷くと、その男も腹を揺らしながら「そうか」と返し、再び口を開いた。
「ならば、質問に答えてもらおう。最初に言っておくが、嘘をつくとロクな事にならんぞ。わかったな?」
そんな男の言葉に合わせて、テーブル右側に立っていた男の一人が大仰な動作で腰から拳銃を引き抜き、その上部を大きく音を立てるようにしてスライドさせる。そして反対側ではそれとは別の男が左胸に手をやり、そこから長い何かを引き抜いた。テーブルから来る緑の光を反射して一瞬光ったそれは、肉厚のコンバットナイフだった。
お前なんかいつでも殺せるんだぞ。そんな相手のポーズを鼻で笑ってあしらえるほどの余裕は、今のライチには無かった。
「わかったな?」
眼前の太った男が低くドスを利かせた声で再び尋ねる。ライチがそちらに意識を戻し、額から脂汗を流しながら慌てて首を縦に振る。それを見た男が再度言った。
「では、お前は何者だ? ソウアーの出か?」
「あ――は、はい」
緊張で乾ききった喉を鳴らし、かすれた声でライチが返す。正確には違うのだが、ではそれ以外に何かと聞かれたら他に選択肢も無い。素直に答えておくのが一番だ。
「はい、僕はその、ソウアーという組織の者です。そこからやって来ました」
だがその瞬間、場の空気が一変した。
「なんだと……?」
「こいつ、今なんて言った?」
「ソウアー……まさか、そんな……」
周囲からぼやき声がちらほらと聞こえ、薄闇の中から何者かが自分を見つめてくるのを肌で感じた。それまで漂っていた肌を刺すような空気が更に勢いを強め、闇の奥からの鋭く射貫くような視線と相まってその部屋全体がライチに敵意の牙を剥き始めた。ライチはまるで猛獣の口の中に頭を突っ込んでいるかのような錯覚を覚えて額から嫌な汗を流し、背筋が凍る思いを嫌と言うほど味わった。
「そうか、そうなのか」
だがそのライチの返答を受け、正面の男は一人だけ身に纏う空気を変える事無く静かに返した。だがライチが口を開くよりも早く、男が再び言った。
「ならば、もう一つ質問だ。お前はなぜここに来た?」
「な、なぜ?」
「スパイか? ここを探るよう、何者かに命令されてきたのか?」
「……」
火星から来た同年代の少年三人にいきなり攫われて、自分でも知らないうちにここにやって来ました。なんて正直に言ったらどうなるだろうか? あまりにも荒唐無稽すぎて到底信じては貰えないだろう。ライチはそこまで考えて、次にどう説明するかで答えに窮した。僅かに顔を俯かせて必死に無難な答えを探し始める。
「どうした、何も言えんのか? それとも、言う必要が無いと思っているだけなのか?」
声に若干の勢いをつけて眼前の男が迫る。取り巻きも揃ってライチを睨む。ライチは心臓が締め付けられるような気分を味わった。
「どうした、早く言わんと――」
「み、道に迷いました」
男の追及を遮ってライチが言葉を発した。直後、ライチは自身が考え無しにポロリと言葉をこぼしてしまった事に際し、「しまった」と心の中で後悔した。
しかし背に腹は替えられない。再びざわつき始める中で、ライチは嘘を突き通す事にした。
「じ、実は、ちょっと他のメンバー達と町の外にドライブに行こうかと言う話になっておりまして。それでバギーを借りて、仲間達と一緒に外に出たんです。そしたら――」
「そしたら?」
「と、途中でこの建物を見つけまして、なんだろうと思って近づいてみたら……で、ですから、別に僕達は偵察とか、そんなつもりで近づいた訳じゃないんです。絶対に無いんです。ここに人が住んでいるとか、そんなの考えた事もありませんし……」
額からだらだら脂汗を流しながら、引きつった顔でライチが嘘八百を並べ立てる。即興で作ったストーリーを相手が信じてくれるかどうか、ライチには全く判らなかった。もはや当たって砕けろだ。半ば諦めの境地で――ヤケクソ気味になってライチが続けた。
「え、ええそう、そうですよ、そうですとも、僕達こんな所に人がいただなんて全然考えもしませんでしたよ。だからこれは全くの偶然、事故なんです。だいたいあなた達は何者なんですか? こんな所に勝手に住み着いて、いったい何してるって言うんですか?」
「……本当に何も知らんのか?」
太ましい腹を揺すりながら、男が勘ぐるように尋ねる。そこは本当の事だったので、ライチは自信を持ってそれに答えた。
「ええ、知らないですよ。全部知らないでここまで来たんです。いい加減、そちらの素性を教えてくれてもいいと思うんですけど、どうなんですか?」
「……ううむ」
男が低く唸る。ライチが嘘を言っているのかどうか、考えているのだろう。ライチはそう推測した。男が考え込んでいる間、取り巻き達も揃って無言を貫いた。しかし何も言わない代わりに、彼らはライチを品定めするような興味深げな視線を薄闇の中から揃って投げかけた。全身を舐め回してくるようなその視線にライチは嫌悪感を覚えたが、周りに漂う刺々しい空気を前にして何も言えずにいた。
そして暫くの沈黙の後、質問を続けていた男がやっと口を開いた。
「そうか。何も知らずにここまで来たと。それは気の毒な事だ」
「き、気の毒?」
「そうだ、気の毒だ。相手が誰であろうと、ここを知ってしまった以上、生かして返す訳にはいかん。ましてや、知ってしまった相手がソウアーの一人ともなれば尚更だ」
「……え?」
「死んでもらうと言っているのだ」
ライチは言葉が出なかった。一瞬だけ目の前が真っ暗になった。
「悪いが、これも仕事なのでな。我々の安定のためなのだ」
相手の素性はあらかた予想がついていた――こいつらがどこにも属していない夜盗のような連中であるとは考えなかった。そんな奴らがジャケットを扱えるとは思えなかった――し、そいつらがソウアーをどう扱うかも予想は出来ていた。しかし、いざ自分がその矢面に立たされると、何も考えられなくなった。
あまりにも早すぎる、あっけなさ過ぎる人生の幕切れ。捨て台詞の一つも浮かんでこない。本当に呆気なさ過ぎる。
そんなライチを鼻で笑いながら、そこにいた残りの男達が一斉に銃やナイフを手に取った。更に扉の外から武装した数人の男達が、待ちかねたように続々と部屋の中へと入って来た。
「一応、我々の素性も教えておこうか。冥土の土産に聞いておくが良い」
もはや茫然自失の体にあったライチを尻目に、それまで尋問していた太い男も自ら腰のホルスターから拳銃を抜き、立ち上がりながら言った。
「我々は青空の会の者だ。この星から悪しき者どもを全て討ち果たすためにこの地に来た」
男が銃の上部をスライドさせ、銃口をライチの脳天に合わせる。ライチは全身を石のように硬直させ、それでも顔と眼球だけは震わせて目尻に涙を溜めながらその前方にある昏い穴をじっと見つめた。
「泣く事は無い。遅かれ早かれ、火星人連中は揃ってこうなる運命なのだ。では――」
だが、男がそう言い終えた刹那、外からのくぐもった爆音と振動が室内を揺さぶった。
「な、なんだ!?」
突然の振動にバランスを崩し、そして辛うじてテーブルの端に掴まって横転を防いでから、ライチを尋問していたその男が吼えた。
「なんだ! 何が起きている!」
「て、敵襲です!」
扉が開き、外から別の男が中へと駆け入る。その間に再度爆発音が轟き室内が大きく揺さぶられたが、その場にいた全員がテーブルや壁にしがみついて倒れるのを防いだ。そして部屋の中に入ってきたその男が、両手で必死にドア横の壁にしがみつきながら必死の形相で叫んだ。
「敵襲です! 敵が来ました!」
「それはわかってる! 誰が来たんだ!」
男の一人が叫び返す。額の汗を拭ってからドアの近くにいた男が答える。
「ドーンズだ! ドーンズの奴らが、ここを奪い返しに来やがった!」
三度目の爆音。振動。堪えきれなくなってライチが転倒し、慌てて両手でテーブルの縁を掴んで上半身でそこにしがみつく。だがそんなライチには目もくれず、彼の反対側に立っていた男が腰を屈めてテーブルの上に両手を叩きつけながら声を荒げた。
「アンドロイド共め、まだここに未練があるって言うのか! こちらも迎撃の準備だ! ジャケットも出させろ!」
その男の声に反応して、それまでテーブルを囲んでいた男達も一斉にその男の方を向いて口々に言った。ライチなど既に眼中に無かった。
「俺達もすぐに向かいます!」
「でくの坊共に一泡吹かせてやりますよ!」
「ああそうしろ! 早くしろ! ここを奪われる訳にはいかん!」
そんな彼らの要求を、その男は二つ返事で承諾した。そしてここまでライチを引っ張ってきた男と一緒に、ライチを無視して部屋の外へと飛び出していく。その流れに乗って報告に来た男も外へと消え、最後の一人が消えた後、三度目の爆音と振動が部屋を襲った。
「ぐうっ! ……奴らめ、そんなにここが欲しいのか!」
顔をテーブルすれすれにまで近づけ、それでも体全体でふんばりながら男が恨み節を漏らす。その恨み節を耳にして、テーブルの縁にしがみついたままのライチがその方向へと顔を向ける。
直後、テーブルが放つ緑色の光に照らされた顔――闇の払われた完全なその男の顔が視界に入る。ライチはその瞬間、自身の両目をいっぱいに見開いた。
「え……?」
目の前の光景が信じられなかったからだ。目の前の人間が何者なのか、ライチは嫌と言うほど鮮明に知っていたからだ。
「どうして……」
「……ん?」
そのライチの呆然とした呟きに反応して、太った男がライチを見据える。その人相を完全に視界に収めた瞬間、ライチはその人物が誰なのかを完全に悟った。
「ジャム・ジョジー……」
自分とその男しかいなくなった無音の世界で、ライチが呟く。
「ジャム・ジョジー、なんでここに?」
ジャム・ジョジー。
火星での重金属精製部門トップシェアを誇る大企業『ミストン社』の副社長。零細企業でしかなかったミストン社を大企業の一つにまで成長させ、新聞や雑誌にも堂々と顔を見せる、今を駆けるカリスマの一人。
その新聞の一面を飾っていた男の顔写真と瓜二つな目の前の顔を前にして、ライチは自分の頭がハンマーで殴られたかのような衝撃を思い出した。




