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第五十五話「監禁、出撃」

 その衛星破壊砲台に対して特別な関心を抱く者は皆無だった。それの正確な情報は地下施設に持ち込まれた膨大な資料の中にも火星に保存されているデータ内にも無かったが、それでもなお火星から降りてきた者達や最初から地球に住んでいた者達の中で、それの素性を骨の髄まで調べ上げてやろうと意気込む者はいなかった。

 それは本来ならば、かつて世界規模で起きた戦争で使われた兵器の中で完全な形を残している数少ない物として、丁重に扱われるべき物であった。そしてそれの貴重さやそれの抱える数々の謎の存在は、地球に生きる者の大半が理解していた。

 何年何月何日何時何分何秒にどこの誰がどうやって作ったのか?

 開発費は?

 開発期間は?

 材料は?

 どうやってナノマシンボムの被害を免れる事ができたのか?

 それら細かい疑問――だが調べるに値する疑問は山ほどある。しかしそんな『宝の山』の存在を理解していながら、それの存在を知る火星人や地球人の大部分は、誰一人として明確なアクションを起こそうとはしなかった。今を生きるので精一杯な彼らにとって、それは服にも食べ物にもならない――家だけは十分間に合っていた――ただの『物体』であり、それを知る事は自分達が生きていく上で何のプラスにもならないからである。





 そしてその砲台施設内に足を踏み入れたカリンもまた、それをただの『物』としか認識していなかった。彼女もまたこの時において、生きていく事に必死だったからである。

 この時彼女は――否、彼女達五人は揃って後ろに立った男に銃を突きつけられ、脅された格好となってこの施設内にある薄暗い通路を歩かされていたからだ。そんな余裕はなかった。

 件の『珍しい施設の謎』を解く事が、自分の置かれたこの状況を打破する事に繋がるとは到底思えなかった。


「ほら、さっさと歩け。のんびりするな」


 あの時自分達を足止めしたジャケットに乗り込んでいた男が、操縦桿の代わりに突撃銃を手にとって低い声で冷たく告げる。この男の素性は今もわからなかったが、逆らったらいけないと言う事だけは、初めて会った時にしっかりと理解していた。そして男に言われるがままに、カリン達はその施設へとバギーごと連行されていったのである。ちなみにここに来るまで、彼女達はバギーに乗せられたままジャケットの掌の上に置かれていた。途中で逃げることなど出来なかった。

 カリン達は縦一列に並ばされて行軍を強制され、男はその列の更に最後尾に――カリンの真後ろにつけていた。さらに男とカリン達は一定の距離を保っており、不意に銃を奪われることがないよう十分に用心していた。押しつけられる事こそ無かったが、背中のすぐ近くに銃口があるというのは、意識しないまでも非常に怖い。一秒後には頭や心臓を打ち抜かれて死んでしまっているのではないかと思い、恐怖で腰が砕けてしまいそうだった。

 そして少しでも体の力が抜けてしまえば最後、たちまちその心は呆気なくへし折れ、恐怖に涙しながらその場に倒れ込んでしまうだろう。その姿は脳内で容易に想像する事が出来た。恐怖に体の全てを委ね、失禁してしまうかも知れない。憎たらしいことに、そこまで完璧に想像出来てしまっていた。

 しかしそれはカリン・ウィートフラワーのプライドが許さなかった。激しく打ち鳴らしていく心臓の音を聞きながらそうならないよう歯を食いしばり、背骨を鉄の棒とするかの如く必死に背筋を伸ばして虚勢を張る。威張り散らさないように慎重に胸を反らす。


「……」


 それでも恐怖そのものが軽くなる訳では無い。せめて少しでも気を逸らそうと、カリンが意識して前の光景を見た。一番前を行くライチの表情は見えなかった。だが彼もまた、カリンと同じく背筋をぴしっと伸ばして真っ直ぐ歩いていた。その動きはどこかぎこちなかった。

 そしてそれとは対照的に、カリンとライチの間に収まっていた男三人はとうの昔に恐怖に心砕かれ、せわしなく首を動かして辺りを凝視しながら肩と背を丸めて怯え震え上がっていた。


「……」


 だがそんなみっともない姿を目の当たりにしても、カリンは嘲りの言葉の一つも出せなかった。彼らの心情は痛いほど理解出来たし、そもそも彼女に言葉を出す余裕自体が無かった。

 何か余計な一言を放った直後、後ろから銃声がして自分の体に小さな穴が開き、そこから赤いシミと焼け付く痛みが全身へと広がっていく。そのビジョンが頭の中に焼き付いて離れなかった。息をするのも禁じられたような錯覚に曝され、青ざめた顔の中、閉じられた口の中で何度も生唾を飲み込んだ。

 生殺与奪を他人に握られる。それがどれだけ恐ろしい事なのか、カリンはこの時、身を以て知った。





 やがて彼ら五人は階段を降り、その先に延びる通路の一角にある小部屋の中に押し込まれた。


「後でまた来る。お前達の正体やここに近づいた目的、色々と聞かせてもらうからな」


 そしてそう言ってから男は扉を閉め、鍵を閉めた。その部屋に一つだけある出入り口の扉は鉄製で、鍵は外側からしか空けられないようになっていた。部屋の中は通路と同じく薄暗く、天井に埋め込まれたパネル式の照明があったがスイッチは無かった。室内にあるのは背もたれのない丸椅子が三つとそれらに囲まれるようにして部屋の中央に置かれた四角いテーブル、そして扉の向かい側にある壁にかけられた横長のホワイトボード。窓や換気扇の類はどこにもなく、中の空気は重く淀んでいた。


「カリン、カリン?」


 その閉塞感漂う室内に押し込まれ扉が閉められた直後、ライチはまずカリンの許に近づいて彼女を気遣った。傍に寄り添い、反対側の肩を抱いて小さく揺らす。人目があったので正面から抱きしめる事は躊躇われた。


「カリン、大丈夫?」

「え、あ」


 ライチの声。ライチの体。

 愛しい人の体温を直に感じ、愛しい人の言葉を肌で受け取り、カリンの体から恐怖がするりと抜け落ちる。しかし恐怖と共にそれまで張っていた虚勢も抜け落ち、自分の足から力が無くなってその場にへたり込んでしまいそうになる。


「――ッ」


 しかしライチ以外の他人がいた事を知っていたカリンは、そんな姿を彼らに見せたくなかった。なけなしのプライドがそれを拒んだ。そして彼女は足が砕けるよりも前に、それまで自分の肩を抱いていたライチの手を払って身を翻し、その身を預けるようにライチの胸の中に顔を埋めた。そしてそのまま、ライチの体に正面から寄りかかる。


「ちょ、カリン?」

「お願い」


 戸惑うライチに向けて、ライチの背中に手を回しながらカリンが弱々しく言った。


「ごめん、でもちょっとだけ」

「カリン……」


 鼻を啜る音が胸の中で響く。えづきながらカリンが囁く。


「もうちょっと、このままでいさせて」

「……」


 ライチももう何も言わなかった。何も言わずにカリンの背中に手を回し、その震える体を優しく抱きしめた。





「『ストーム』及び『マーカス』、発進準備完了」


 その室内に響き渡るパイン・ジュールからの報告を受けて、オルカは満足そうに頷いた。彼女はこの時『S.O.H』艦橋――ホログラムによって形成された旧時代の中世貴族が住むような豪奢な空間の中におり、そこで白テーブルの前に足を組んで優雅に座り、その白魚のような細い指で白磁のカップを手にしていた。


「そっちの方はどうだ? 『まわれ右』は終わったのか?」

「ああ。一度外洋に出るのは面倒だったけど、ボク達の船は背中を見せないと艦載機を外に出せないからね。ゴーゴンプラントみたいな機体を真上に打ち上げる機能は、この船にはないから」


 パインの問いにそう答えてから口につけたカップを傾けて中身を飲み干した後、その空になったカップを受け皿の上に置いてからテーブルの真上で手を軽く払って何も無い空間にディスプレイを展開させ、そこに映るパイン――オルカ達がオキナワから持ってきたカスタムジャケット『マーカス』に乗り込んでいた彼女に向けて言った。


「作戦はわかっているね?」

「ああ。段取りはちゃんと頭の中に入ってる」

「今回も今回で、スピードが肝心となる。それと今回の目的は救出が最優先だ。敵の殲滅は二の次だよ」

「それも判ってる。あのカップルは死ぬにはまだ早い」

「そうそう。あの二人はまだ若いんだからさ。死なせたらまずいって」


 二人の会話に割り込むように、モブリス――もう一機のカスタムジャケット『ストーム』に乗り込んでいた――が言った。最初から映っていたパインの顔を横に押しのけるようにディスプレイに映ってきた彼女の顔を見て苦笑してから、オルカが二人を見据えて言った。


「そうだね。死なせる訳にはいかない。あの二人を殺してしまうなど、絶対にあってはならない。彼らは仲間だ。絶対に殺させる訳にはいかない」

「なら、さっさと行こう。仲間が待ってる」

「こっちはいつでもいいよ。オルカ、号令よろしく」


 パインとモブリスがオルカに告げる。オルカが頷き、立ち上がって顔を上げる。


「コンピュータ、ハッチを開けろ」


 オルカが声高に叫ぶ。その直後、その命令コマンドを認識した中枢コンピュータによって『S.O.H』最後部の表面部分がゆっくりと、やかましく鳴り響くサイレンの音に包まれながら観音開きのように左右に開かれていく。そして完全に展開を終えると、今度はその奥からスロープが延びていく。やがてスロープが岸壁に接地し、それと同時にサイレンの音もぱたりと鳴り止む。

 静寂が辺りを包む。その光景をディスプレイ越しに見ながら、オルカが腕を組んで叫んだ。


「マーカス、ストーム、行ってくれ!」


 その声をきっかけにして、その船の奥から外へと走り出す二つの白銀の巨人が姿を現した。その巨人達はどちらも流線型のボディを持ち、人間の体躯で例えるなら中肉中背、そしてのっぺらぼうの顔を有していた。しかしその二機は、それぞれ相手と異なる特徴を有してもいた。


「いいな? 今回はジンジャー・バーリィやリリー・マクラーレンは出られない。私達だけで始末をつけるぞ」

「判ってるわよ。この新型が飾りじゃ無いって事、他の連中にも見せてやらないとね!」


 かたや背中からもう二本別の腕を生やし、かたや背中に巨大なバックパックを背負っていた。

 試作多腕型カスタムジャケット『ストーム』。

 土木作業用カスタムジャケット『マーカス』。


「行くぞ、最大出力で走る」

「電池も十分! 行くよ!」


 ソウアーによって開発された二機の新型ジャケットが、船を飛び出し、ゴミに囲まれた町を飛び出し、砂の大地を駆けていった。


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