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第五十三話「アブダクション」

 外出許可が出てから三日が経ち、この頃になるとそれまでゴーゴンプラントの中にひきこもっていた火星人達もぽつぽつとだが外へと出て行くようになっていた。そしてこの時、外へと出た者達の心情は大きく二つに分かれていた。今の状況を受け入れ――プライドを捨てて半ば諦めの気持ちでもってこの世界で生きていこうとする者と、火星に居た頃から持ち続けてきたプライドを頑なに保持しようとし続ける者である。

 酷いのは後者の方であった。彼らは自分達が火星の上流階級に位置する存在であると言う事に拘泥し、そしてそれ故に自分達の理屈の通じない外の世界や他者に対する反発心や敵愾心を、今まで以上に強めていった。この時の彼らは自分達を救ってくれたゴーゴンプラント以下戦艦三隻のクルーや停泊先の町に住んでいる人外共、さらにはそんな人外と交流を深めようと行動している同級生や教師にさえも、その憎しみに満ちた眼差しを向け始めていた。

 だが彼らは利口であった。ここでプライドを捨てて、開き直って彼ら地球人と一緒に生活した方がずっと楽であると言う事を、頭の中では既に理解していた。しかしそんな現実を知れば知るほど、ハイヤーとしての意地の部分がますます肥大化していった。今まで散々下に見てきた連中と手を取り合う事など出来るはずもない。

 彼らは利口であるが、同時に現実よりも感情を優先させてしまう子供であった。

そうして彼らは地球との交流を頑なに拒み、そしてその地球に順応していく同族を目の当たりにしてますます反発を強めていった。悪循環だった。

 そんな彼らが毛嫌いしている外へ向かう理由は、そんな半ば今の状況に流されるままに地球に馴染んでいく者達を見て「自分はこうはならない」と気持ちを強く持つためである。自分達はあのように腑抜けになったりはしないと固く誓うためである。


「ふん、汚い町だ」


 そしてこの時、メルボルンの大通りを行くその男三人グループもそんなプライドを守る一派の者達であった。彼らは未だ瓦礫の散乱する埃だらけの町の中を固まって進み、そこかしこで行われている町の整備やゴミの撤去作業――そこでは自分達の同級生がそこに元々住んでいたアンドロイドに混じって手を貸している姿も見えた――に手を貸す事も無く、まるで自分がここの領主であると言わんばかりに胸を張って威張り散らすように歩いていた。また、それに気づいたアンドロイドや復興作業に協力していた同級生達の何人かがこちらを見つめて来た――なぜ何もしないのかという非難のこもった眼差しをぶつけて来たが、彼らはその視線を努めて無視した。


「……ん?」


 気づいた時、彼らは町を囲んでいるゴミ壁の傍まで来ていた。そして今は半開きになっていた町の内と外を繋ぐ大門の向こう、彼らはそこから町の中へと入っていく二人の人影を目の当たりにした。


「あれは――」


 それは一組の、自分達と同い年の人間の男女だった。二人して全身に乾いた泥がこびりついていたが、それでも互いの汚れなど気にしてない風に女が男の腕に抱きつき、とても仲良さげにこちらに歩いてきていた。二人の顔はとても朗らかで、さも幸せそうであった。


「……ッ」


 それを見て、グループの一人が眉間に皺を寄せて歯ぎしりをした。自分達の心の苦しみも知らずに平然といちゃつく彼らに理不尽な怒りを覚えたからであり、なによりそのうちの一人が、自分達のよく知る人物であったからだ。


「あいつ……」


 それはモグラの恋人だった。





 ライチとカリンによる人生初体験となる田植えは、途中までは順調に進んだ。アンドロイドの指導にしっかり従い、その手順通りに体を動かすだけだったので、普通にやれば失敗する事ではなかった。

 中指に人差し指を添え、それら二本の指と親指とを使って苗の根元を優しく持つ。そして腰を深く曲げて、だいたい三センチを目安にして土壌の中に苗を挿入する。最後に挿入を終えた後、苗が浮き上がらないよう親指を離すと同時に、添えていた二本の指で苗の根元を軽く土壌に押しつける。一つ植え終えたら、一定間隔を空けてまた新しい苗をそこに植える。これの繰り返しである。


「これ、機械とか使わないの?」


 その作業の最中、四つ目の苗を植え終えたばかりのカリンがぽつりとそう呟いた。それに対し、初体験の二人の間に入って彼らに合わせてスピードを落としていたアンドロイドが手を休めずにそれに答えた。


「それ専用の機械はあるにはあります。いつもはそれを使ってますから」

「じゃあ今はどうしてそれを使わないの?」

「この前の戦いで全部おしゃかになったんですよ。町の中の共同倉庫に保管してたんですけど、そこに流れ弾が飛んできて」

「ああ……」


 ここが無事だったからまだマシですけれどね、と気さくにそう話すアンドロイドの横で、ライチがバツの悪い顔を浮かべる。それに気づいたカリンも、若干引きつった笑みを浮かべて相槌を打っていた。


「ここで作ったお米はどこに行くんです?」


 そしてその後にライチの放った質問に対しても、アンドロイドは真面目に答えた。


「ここで作られた米や野菜は、ここに停泊してきた船に積まれてニューヨークに送られます。またそのうちの何割かはここにある貯蔵庫に溜められて、いざという時に使えるようにしておくんです」

「いざという時?」

「こちらの予定外の時期に人間の客人がやって来た時です。ちょうど、あなた方のような」

「そこまで考えてたんだ」


 感心したようにカリンが呟き、ライチもまた無言で頷いた。そしてそのやりとりを最後に、三人は暫くの間、無言で作業を続行した。その後の作業は順調に進み、まだ植わっていない箇所はついに全体の三分の一を残す所までになった。

 その時だった。


「うひゃあ!」


 カリンが田んぼの中で尻餅をついた。曲げっぱなしで辛くなってきた腰をほぐそうと背筋を伸ばした時、勢い余って後ろに反りすぎてそのまま後ろに倒れてしまったのだった。

 ここの泥は強い粘り気を持っていたために周囲に撥ねて被害が拡大する事は無かったが、カリンの尻と背中側の腰と腹回り、そして転ぶ直前に反射的に後ろに回した両手には、べったりと泥が付着してしまっていた。


「うう……やっちゃったあ……」


 そう言って、カリンが尻餅をついたままの体勢で申し訳ない表情を浮かべた。だが怒るよりも寧ろ心配するように覗き込むアンドロイドよりも早くライチが傍に駆け寄り、立ち上がれるように手を差し伸べる。


「大丈夫? 立てる?」

「うん。何とか。ありがと――」


 だがカリンがその手を掴み、ライチがそれを引き上げようと勢いよく腕を引っ張り上げた時、悲劇は再び起きた。


「えっ――」

「うわあっ!」


 ライチが力を込めると同時にカリンもまた勢いよく立ち上がろうとしたためにライチの後方にかかる力が大きくなりすぎ、バランスを崩したライチが背中から泥沼の中に激突したのだ。更にこの時、ライチはカリンの手をしっかり掴んでいたために、カリンもまたライチの後を追うように泥の中へと突っ込んでいった。


「あ、あうう……」

「ら、ライチ、大丈夫?」


 だがこの時、それまでライチの真正面にいたカリンは倒れた時には彼の胸の中に抱き留められていた格好となっており、直接の被害を免れていた。カリンに押し潰される格好となったライチもまた、背中側の泥沼がクッションとなって衝撃を和らげたので、大した怪我にはならずに済んだ。僅かながら飛び散った泥の飛沫が二人の顔や腹に付着したが、それも大した被害ではなかった。


「あ」


 それよりも、気づいた時には二人の体が密着し、すぐ目の前に相手の顔があった事の方が、二人にとっては衝撃的だった。

 互いの視線が重なり合い、互いの吐息を頬で感じ合った時、二人は初めてそれに気づいた。


「あ――!」

「……ッ!」


 そしてそれに気づくや否や、二人とも泥つきの顔を真っ赤にして即座に目を逸らす。だが倒れる前に掴んだ手は離れる事無くがっしりと握り合わせ、互いに体を引き離そうとする素振りも見せなかった。


「っ……」


 お互いの心音が――激しく拍動する心臓の鼓動が、体を通してこれ以上無いほどはっきりと聞こえてくる。それが二人の顔を更に紅潮させ、心を更に高揚させていく。ちらりちらりと互いの顔を横目で見合う事は何度かあったが、その目線が重なり合う度に、二人して驚いてその目をそらす。

 相手の体温と心音を直に感じ、緊張と羞恥が一秒ごとに高まっていく。何でこうなってしまったのかと自問しながら、恥ずかしさで本気で死にたくなってくる。だが同時に、なぜか「ずっとこのままでいたい」と思ってしまっている自分もいる。

 相手も同じ気持ちなのだろうか?


「え、えと、これは……あ」

「あう、近い……」


 だがそれを問おうとして目を相手に向ければ、確実に向こうと視線が合わさってしまう。ますます恥ずかしくなって目をそらし、顔を赤くして何も言えなくなる。何も言わなくてもいいやという気分にすらなってくる。

 転んだ拍子にキスしなかったから良かったかな、なんてとんでもない事まで考えてしまう。


「え、えへへ……」

「ははっ……」


 それからアンドロイドが咳払いをするまでの間、二人は確実に二人だけの世界に入り込んでいた。





 その後、密着していた体をようやく離して二人が立ち上がり、体についた泥を拭う事もせずに作業を再開し終わらせるまでの間、彼らは一言も言葉を発しなかった。あんな事が起きてしまったので、互いに気まずすぎた。


「じゃ、じゃあ、これで」

「あ、あい」


 作業が終了して田植え体験が終わってもなお、その空間にはどこかよそよそしい空気が漂っていた。それはその中から出た後のライチとカリンの間にもしっかり存在し、互いに顔を合わせないよう僅かに距離を離して目を逸らしながら、船へと帰る道を進んでいった。

 だが、メルボルンに入る門の前に立った時、カリンが行動を起こした。


「ん」

「――?」


 カリンが自分からライチの傍に近より、その片腕に絡みついてきたのである。その突然の行動に、当然ライチは驚いた。眼前の大門が甲高い金属音を立ててゆっくりと開かれて行っていたが、その金属音はライチの耳には届いていなかった。


「え、なに、なに?」

「……」


 ライチの言葉に耳を貸さず、逆にその抱きつく力を更に強める。だがライチもそれ以上追及する事はせず、苦笑を浮かべて彼女の泥まみれになった肩を優しく抱いた。


「これで満足ですか、お姫様?」


 ライチの不意打ちに身を強張らせるカリンに、ライチがわざとらしく恭しい口調で尋ねる。それを受けてカリンもすぐに緊張を解し、ライチの方を向いて微笑みながらそれに返した。


「苦しゅうない。褒めて遣わす」


 ふふっ、とカリンが笑い、ライチもつられて笑みを返す。互いに遠慮する気持ちも完全に氷解し、恋人同士の和気藹々な空気を周囲に見せつける。

 そうして互いに元通りの距離を取り戻し、二人は仲良く町の中へと帰って行った。





 エムジーは見てはならない物を見てしまった。

 それを見た刹那、彼女はまず真っ先に自分の視覚機能に異常が無いか自己チェックを行った。結果は正常。一秒も経たないうちに判った。

 そうして出た結果を冷静に受け止め――実際は動揺しまくりで沸騰寸前な頭脳を必死で抑え込みながら、エムジーは再度それを見た場所に目を向けた。だが再び目を向けた時、そこにかつてあった光景は既に無くなっていた。

 見間違いではないのか? そんな甘い希望的観測を頭の片隅から振り払い、エムジーはすぐに体内に内蔵されている無線回線を開いた。繋ぐ先はカサブランカ。中枢コンピュータ。


「ボンジュール! コマンタレブー! こちらめちゃモテイケイケギャルのスバシリでーす!」


 数秒の間を置いて、相変わらずテンションの高いスバシリの声が聞こえてきた。その第一声に色々と突っ込みたい所はあったが、それらをぐっと堪えてエムジーがスバシリに言った。


「スバシリ、レーダーは動かしてる?」

「えー、なによいきなりー? 一応レーダー類は全部動かしてるけどさー」

「広域レーダーは? メルボルン全域をカバー出来る範囲の奴は?」

「それも動かしてるよー、二四時間体制で。それがどうしたんよ?」


 つまらない用件で話しかけるなと言わんばかりに不満たらたらなスバシリに対し、今すぐに爆発してしまいそうな自分の感情を必死に制御しながら、エムジーが努めて遅い口調で話しかけた。


「じゃあ、ついさっきくらいに町を出て行った車がないか判る? バギータイプの」

「えー? ちょっと待ってー? えっとー……」


 スバシリがそう言い残し、一秒ほどの沈黙がエムジーを襲った。その狂おしいほどに長く感じた一秒の後、スバシリが相も変わらず気楽な口調で言った。


「確かにあるよー! 一台だけ外に飛び出していったねー!」

「ああ、やっぱり」

「で、これがどうしたのよ?」


 見るからに落胆と悔しさを滲ませた声を上げるエムジーにスバシリが問いかける。それを受けて、エムジーは今までの勢いをすっかり無くしてバツの悪い声でそれに応えた。


「それは、えっと、そこにライチとカリンが」

「えーなにそれー!? 嫉妬ってやつですかー!?」

「違うわよ! そうじゃないって!」


 エムジーの口から二人の名が出た途端に囃し立てるスバシリに、当のエムジー本人が大声で噛みつく。周囲のアンドロイドや火星の生徒達がぎょっとして彼女の方を見つめるが、その周囲の視線に気づく事無くエムジーが言った。


「だいたい、そこに乗ってたのは二人じゃないでしょ!? どうなの!?」

「どうって、確かにバギーの中には二人以上の熱源が……まさか乱交!?」

「ちげえよバカ!」


 我慢の限界が来た。発声機能を限界まで振り絞って女の子が言ってはいけないような言葉を吐き捨ててから、エムジーが右のこめかみ辺りを手で押さえつつ叫んだ。


「攫われたのよ!」

「さら、えっ?」





「二人が男三人に拉致されたの! たった今!」


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