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第五十一話「いいからさっさと降りろ」

 ライチがジャケットの操縦方法を二人の受講生に話して聞かせていたのと同じ頃、『S.O.H』の艦橋――ホログラムで旧時代の宮廷貴族が住むような屋敷の一室を再現された空間――には、命からがら助けられたカリンの同級生と教師達が一堂に集められていた。自分達がこうなった原因と今現在の地球の状況について、説明を受けるためである。

 ここに集められた理由は簡単である。カサブランカとゴーゴンプラントには全員が収容出来るまともなスペースがなかったからだ。


「イナ、これで全員かい?」

「はい。一人の欠員も見られません」

「一緒に乗ってたパイロット二人はどうしたんだ? あの火星軍の出身の二人」

「彼らは墜落の際に首の骨を手ひどく痛めてしまいまして、数日は絶対安静だそうです」


 火星人達に説明を行う役に選ばれたのは四人。オルカとイナ、アロワナとショーである。この時、前のAI二人は義体を伴ってこの場に立ち、そしてオルカは『いつも通り』にテーブルの前に座って優雅に――周りの目を気にする事無くマイペースに茶を嗜んでいた。

 生徒や教師達はその姿をバッチリ目にしていたが、彼らはそれを受けてただ顔を不愉快そうにしかめるだけであり、声を荒げるような事はしなかった。その静かな反応は、人型をした銀色の物体――アンドロイドを前にしても同様だった。

 無理もない。


「さて、彼らも相当参っている訳だし、さっさと本題に入るとしようか」


 この時、彼らは精神的に疲れ果てていたのだ。誰も彼もが疲労困憊しきっており、その様子は顔色やくたびれた服装からも容易に想像出来た。

 そうなったのはやはり、前触れも無しに日常から非日常へとたたき落とされ、そしてそうなった理由もわからず、更に自分達の言い分も黙殺されたまま、牢獄のような環境下に長時間閉じ込められていからだ。ゴーゴンプラントの船室は全部そんなものだと言う事を知ったとしても、無駄に育った気位の高さから決して納得はしなかっただろう。

 だが彼らは、それでも一人も欠ける事なくこの場に集まった。なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか。そしてこの状況から元の日常に戻ることは出来るのか。彼らはそれが一番知りたかったのだ。

 やがてここにいた件の四人によって、自分達を撃ち落とした犯人――と思しき連中の情報と今現在の地球の状況、そしてその地球における勢力分布の状況などが事細かに伝えられた。

 それは彼らの予想以上に酷い代物だった。





「安全だって言ってたのに……」


 その『地球人達』の説明を聞き終えた後、『火星人達』は暫くの間、その顔を絶望一色に染めて呆然としていた。死人のように真っ青な顔をしている者もいた。

 そしてその沈黙を破るようにして生徒の一人が上げた第一声は、そんな腹の底から吐き出すような暗い恨み節だった。


「私達の事、騙してたの……!?」


 別の方からまた声が上がる。だがそれらの矛先は案の定、イナ達の方には向けられていなかった。


「……なんだよ! なんでウソついたんだよ! 地球は安全じゃなかったのかよ! ええ!?」


 そして最初に上がった声を皮切りにして、生徒達は自分達の後ろにいた教師陣に一斉に怒りの声をぶつけ始めた。誰も彼もが憎悪の籠もった目を彼らにぶつけ、イナ達の存在も忘れて揃って『嘘吐き』の大人達に詰め寄っていった。


「なんで俺達にウソついたんだよ! なんでだよ! 説明しろよ!」

「どうして!? どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないの!? ちゃんと答えてよ!」

「これもうれっきとした詐欺罪だぞ! ちゃんと賠償金払うんだろうな! おい! 払えよな!」


 恥も体裁もかなぐり捨てて、しかし今まで温室の中で育んできた高圧的な態度だけはしっかり残して、生徒達が一斉に教師達に罵声を浴びせかける。


「ええい! 黙れ! 黙れ!」


 そしてそれまで唇を噛みながらその声を甘んじて受け入れていた教師達も、ついにはその『教師』――『大人』というメッキを自ら剥がし、顔を醜く歪めて目の前の子供達にそれまで浴びせられてきたのと同等の怒りをぶつけ始めた。


「黙れ! お前ら黙りやがれ! こっちの気持ちも知らねえで言いたい放題言いやがって!」

「上が安全だって言ったから安全だって判断したんだ! 俺達は何も悪くねえんだよ!」

「な、なんだと!?」


 教師達も生徒同様、精神的な疲労はピークに達していた。彼らもまた前触れも無しに自らの平穏を打ち崩され、恐怖と混乱の板挟みに遭っていたのだ。更に彼らは教師として生徒を導かねばならないという自覚も少なからず持っており、それが更なる重圧となって彼らの頭の上にのし掛かっていた。そうして三方から締め上げられ爆発寸前だった彼らの心に、生徒達が罵声という油を注いだ。

 当然の結果だった。


「お前ら大人なんだろ? 大人だったらこんな事になった責任くらい取れよ! しっかりしろよ!」

「なんで俺達がそんな事しなきゃいけないんだ! お前らも将来企業のトップになりたかったら、この状況を打破するくらいのアイデアを少しでも考えたらどうなんだ!」

「だったらまずお前らが手本を見せてみろよ! 先生なんだろ? 先生ならお手本見せてみろよ!」


 教師達の反撃を受け、生徒達もまたその攻撃の勢いを強めていく。そして反撃を受ければ受けるほど、教師も攻撃を苛烈な物にしていく。そうして互いに理性をかなぐり捨て、本能のままに口汚く罵り合う姿は、知識階級に属するハイヤー本来の姿――冷静で知的なインテリ姿とは遠くかけ離れた物だった。

 当然の結果だった。『絶対に安全な場所』でやりたい事をやりながらぬくぬく暮らしてきた彼らの精神レベルは、非常時に互いを思いやる程度のレベルまで成長していなかったのだ。


「醜い」


 そんな火星人同士の罵り合いを冷めた目で見た後、オルカが顔を正面に戻してカップを置きつつ静かに吐き捨てた。それはその場に居合わせた他三人の思いを代弁していた。


「もう帰っていいか?」


 アロワナが呆れたように呟き、イナが黙って顔を横に振る。ショーは腕を組みながら、しかめ面で目の前の罵声合戦を観戦していた。





 結局、その本性剥き出しな言い争いが終わったのはそれから二分後の事だった。イナ達四人はその間、事態を沈静化させるようなアクションを起こす事無く、ただ自然に時が過ぎるのを待っていた。目の前で繰り広げられている喧嘩に介入する事がとてつもなく不毛な行為に思えたからだ。


「……それから、もう一つ君達に言っておきたい事がある」


 そして叫ぶ気力も無くなり、両者が一時的ながら落ち着いてきた頃を見計らって、アロワナが口を開いた。火星人達は肩で息をしながら、その不意に声のした方へ揃って顔を向けた。

 その一様に苦々しげな表情を見て一瞬だけ不快な気分を覚えながら、アロワナが続けた。


「これ以降、君達の行動の制限を解除させてもらう。船の中を自由に行き来しても良いし、船から降りて町の中を歩いても良い」


 その言葉に、火星人は一様に驚きの表情を見せた。と言っても、それは目を僅かに見開いて隣の人間とぼそぼそ小声で呟き合う程度の薄い反応だったが。

 それを尻目にアロワナが続けた。


「これ以上君達を狭苦しい所に閉じ込め続けるのは酷な事であると、我々の間で意見が一致してな。非常事態も去った事だし、ここはソウアーの警備管轄下にある。他の所よりは安全だ」

「あなた方は、元より地球の今の姿を知るために、こうして降りてきたのですよね?」


 アロワナに続いてイナが口を開いた。


「ならば、これは好都合かと存じます。自分から外に飛び出し、本当の地球の姿を知る、良い機会かと思いますが」

「そうだな。彼女――イナの言う通りだ。ここで燻っているくらいなら、外の空気を吸って気持ちを洗い出した方がずっと健康的だろう」

「そうです。これは心の洗濯でもあるのです。それに皆様方をここに長い間閉じ込めてきた事について、非常時とはいえ酷い事をしてしまったと、わたくし共もいたく反省しております。今回の決定は、その贖罪も含めているのです」


 そうまくしたてるように外出を薦める二人を横目で見ながら、オルカが「厄介払いでもあるけどね」と小さく呟いた。ショーがその横に近づき、「言わぬが華です」とフォローする。

 外の町の姿を見せて今の地球の状況を知ってもらい、同時にそれまで内に溜め込んでいたストレスを発散させ、そしてやかましい叫び袋を中から追い出す。一石三鳥であった。


「それと一つ注意だが、町の外に出てはいけないぞ。門を越えて壁の外にでてはいけない。絶対にだ。だが気をつけて欲しいのはここだけだ。そして我々は、君達が外に出る事を強制しない。君達の自由にしてくれ」


 アロワナがそう言い終え、イナも何も言わずに口を噤む。

 その場はそれで解散となり、彼らはそのまま、連絡通路を通ってそれまでいたゴーゴンプラントの居住区へと戻って行った。

 だが結局、彼らがアロワナ達の『要求』通りに外に出て行ったのは、それから三日経った後の事だった。生徒達はアロワナ達と同じ『大人』に今さっき騙されたばかりだったために彼らの言い分を信用する事が出来ず、そして教師達は単に根性が無かったからだ。





 そしてそれから三日後。ぽつぽつとだが生徒達が船の外へと出て行き始めた頃。


「姉ちゃーん! 姉ちゃーん!」


 いつものようにデータ体となってカサブランカの艦橋内を遊泳していたスバシリは、自身と同じくデータ体となって艦橋中央にあるテーブルの上で浮遊していたイナにそう声を掛けた。

 この時彼女は自身の周囲に大小様々なモニターをいくつも表示させ、それらの中に表示されている全てのデータに絶えず目を向けていた。クチメは毛布にくるまったまま、イナの足下でぐうぐう熟睡していた。

 そしてそのスバシリの声を聞きつけると同時にイナは体の動きを止め、そのまま顔だけを動かして真っ直ぐスバシリを睨みつけた。


「わたくしは近くにおりますので、そんなに大声を出さないでください。驚いたではありませんか」

「だってさー、なんか集中してたみたいだったからさー。ちょっとつついた程度じゃ反応しないと思ってさー」

「ちゃんと呼ばれれば答えられますから。それで、なんなのですか?」


 むすっとしながらも用件を尋ねてくるイナに対し、反省の色を微塵も見せない爽やかな顔でスバシリが答えた。


「ほら、あれあるじゃん? 前からアタシらの方で監視してた奴」

「ああ、例の対衛星兵器ですね」


 火星人の処遇を含むメルボルンでの一連の事件が一段落し、生徒や教師が帰っていった後、三姉妹は彼らの乗る船を撃ち落とした件の衛星破壊砲台の動向を監視する事をアロワナから頼まれていたのだ。

 イナを通してこの依頼を聞いたとき、スバシリとクチメは運び込まれてきたアンドロイドやジャケットをその損傷度合いに応じて修理する順番を設定していくスケジュール構築の作業を行っていた。そしてイナがやって来た時には二人はその修理スケジュールの構築をほぼ完了させ、若干ながら暇を持て余していたので、その追加の仕事を快く引き受けたのだった。

 その件についての報告か、と心の視線を三日前の記憶から現在の情景へと切り替え、イナがそう答える。そしてすぐに「それがどうしたのか」と目で訴えるイナに、スバシリが宙に浮いたまま仰向けに寝転がりながら口を尖らせて答えた。


「なんかさー、一向に変化ないんだよねー。火星から来た船を撃ち落としたっきり、なんのアクションも起こしてないんだよ」

「エネルギーを溜めていたり、砲塔を動かしたりというのも、まったく?」

「ぜーんぜーん無しー。センサーもピクリとも動いてないし、ハッキリ言って拍子抜けなんだよねー。こっちは神経使って見張ってたってのにさー」

「それまでそこを使っていた何者かが、施設を放棄した……?」


 仰向けのまま重ね合わせたた両手を後頭部に置きながらぶーたれるスバシリの横で、曲げた人差し指を顎に当てながらイナが反芻した。しかし、その自らへの問いに対する答えはすぐに出てきた。


「故障なりなんなりが発生して施設そのものが使えなくなって、放棄せざるを得なかった?」

「それまで使って無くて埃かぶり放題だった物を突貫工事で直して使えば、そりゃあ途中でガタも来るよねー」


 スバシリもまた、イナの答えに同調するように言葉を合わせる。が、イナはそれで満足することはなかった。


「しかし、憶測だけで物事を断じるのは危険です。ここは一度、偵察隊を派遣するべきでしょう」

「相変わらずかったいなー。で、誰を向かわせるの?」

「今のところはまだ決めておりません。とりあえずはこの事を他の方々にも伝えて、その上で全員で協議をしていくべきでしょう」


 そこまで言った後、イナは足下から何者かの視線を感じた。頭を下げて下を見てみると、それまでぐっすり眠っていたクチメが、何か言いたげにじっとイナの顔を見つめていた。


「クチメ、起きていたのですか。何かあったのですか?」

「……」


 まだ頭が覚醒しきっていないのか、半目のままで頭を縦に振って肯定の態度を見せる。そんな末妹の様子を見下ろしながら、イナが静かに問いかけを続けた。


「それは砲台の件でしょうか?」

「……違う……」


 寝ぼけ眼を擦りながら、クチメが静かに否定する。イナはその言葉を聞きながらクチメの足下まで後退し、片膝をついて空いたテーブルの上に腰を下ろす。スバシリが浮遊したままその隣につく。

 そんな自分の目の前にやって来た二人の姿を見るために、クチメもまた上体を起こす。そして半開きの眼で二人を交互に見やりながら、クチメが平坦な口調で言った。


「……オーストラリア北岸に、謎の物体の反応をキャッチした……」

「謎の物体?」

「……うん。砲台を監視してた時に、間違えてレーダーの索敵範囲を最大にまで上げちゃって、それで元に戻そうとしてレーダーを見たら、そこに偶然映ってた……」

「寝ぼけてたね」


 スバシリの言葉を無視してイナが尋ねる。


「それを見つけたのはいつの話ですか?」

「……ついさっき。私が見つけた時には既にそこにあった……」


 クチメがそう言い終えるよりも前、二人の目の前に一つの長方形の平面モニターが現れた。そこにはクチメが間違えて索敵範囲を広げてしまった広域レーダーの画面が映されていた。

 その円形のレーダーは全体が濃い緑色で染められており、その中に一本の細く黄色い線で縁取りされたオーストラリア大陸の姿がすっぽり収まっていた。そしてその大陸の南南東に位置するメルボルンから北に離れた場所――メルビル岬と名付けられた場所に、一つの楕円状の白い靄の塊がハッキリと映されていた。


「……これなによ?」

「少なくとも、天然の物ではありませんね。魚が金属の反応は出しませんから」


 その靄の塊を凝視しながら、スバシリとイナが眉間に皺を寄せて言葉を交わす。そんな二人に向けて、クチメが淡々とした口調で言った。


「……たぶん、潜水艦だと思う……」

「潜水艦?」

「……うん。戦艦にしてはやけにスマートだし、普通の船にしてはサイズが大きすぎる……」

「ソウアーの連中が、オルカ以外に潜水艦を使って誰か応援よこしたとか?」

「……」


 スバシリがそう言ったが、イナは渋面を浮かべて黙ったままだった。そして二人の妹がじっと見つめてくる中で、イナはゆっくりと口を開いた。


「……偵察部隊を、もう一つ派遣する必要がありそうですね」


 また厄介な事になった。想定外の事象を前に、イナは眉間の皺をもう一本増やした。


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