第五十話「ロボット検定」
ジャケットのコクピットは非常にシンプルな物である。シートの正面には上から吊り下げられたタイプの大型モニターがあり、シート前方の左右両側には垂直についた操縦桿。左右の壁には外部と連絡を取るスピーカーと無線機と各種計器類があった。ちなみに、シートとモニターの間の距離は非常に近く、操縦桿と同じ位置にあった。
無線機はマイクやトランシーバーのような物を使う必要は無く、シートに座ったままスイッチを入れた状態で話すだけで指定の相手や外部と連絡を取り合ったり会話をしたり出来る、とてもお手軽な物である。
ジャケットの起動スイッチはその右側の壁にぽつんとついている。誤って押すことのないようカバーで覆われており、それを上向きに開いてからスイッチを押すことでジャケットが起動する。ジャケットの電源を切りたいときにはもう一度スイッチを押せばいい。
「中は狭いの?」
「狭いね。人一人入れてやっとって所かな」
説明会を始めてから数分後。この時ライチは既にジャケットのおおまかな歴史をや構造パターンなどを語り終え、次にその操作方法についての簡単な説明を始めていた。そしてその説明を始めた直後、早速飛び出してきたカリンの質問に対してライチがそう返した。
するとカリンは見るからに落胆した表情を浮かべ、あまつさえため息までつき始めた。
「え? それ、そんなに気にすること?」
「そりゃあ気にするわよ」
驚いて言ったライチに、カリンがふて腐れて答えた。気になったライチが彼女に尋ねる。
「どうして?」
「だって」
カリンがふて腐れて言った。
「……中でお姫様だっことかできないんでしょ?」
「なんでそんな事するの?」
小声でぼそぼそと突拍子もないことを口走ったカリンに、ライチとモンブランが揃って怪訝な目を向ける。この時カリンの顔は赤かったが、その理由をライチは終ぞ知る事は無かった。
カリン・ウィートフラワー、意外と乙女である。
ジャケットの操作は、全て二本一対の操縦桿を使用して行う。その操縦桿の下部――親指以外の四本の指で握る部分――は、それぞれの指でしっかり握れるようにくびれており、そして人差し指の当たる部分から緩やかに外へ丸く膨らんでいく形をしていた。
両方の操縦桿の人差し指の部分には引き金の形をしたボタンがあり、そして左手側の親指の当たる部分にはジョイティックが、右手側の同じ部分にはジョイスティックと同じ大きさの丸いボタンがあった。また、その丸いボタンを取り囲むようにして、外側に膨らんだ部分に小さな菱形のボタンが四つ取り付けられていた。なお、その五つのボタンは全て親指が届く範囲に揃っている。
なお、足は使わない。全く使わない。これは操作系が誰でも扱えるように極限まで簡略化されたためである。
「足って使わないんですか?」
モンブランが驚いた声でライチに尋ねる。ライチがそうだと頷くと、モンブランが感心したように「そうなんだ……」と小さく呟いた。
「どうしてそんな事聞いたの?」
不思議そうに――ジャケットの構造を知っていたから気になったのではない。そんな質問をした事自体が気になったのだ――尋ねるカリンに、モンブランがその方を向いて言った。
「ええっと、ほら、昔あった自動車とか飛行機とかって、それを動かすときに足を使ってたりするんですよ。ジャケットはそれと同じ時代に生まれた物ですから、それもてっきり足を使うのかなと思いまして……」
「ああ、そう言う事か。うん、足を使わないのにはちゃんとした理由があるんだよ」
ライチが苦笑しながら言った。気になって彼の方を見る二人に向けて、ライチが表情を引き締めて答えた。
「ジャケットは、それまで特殊な訓練を積んでない……それこそ、『クルマ』とか『オートバイ』とか言うやつしか使った事のない軍人にも簡単に扱えるように、とにかく操作をシンプルにしたんだ。シンプルにしたと言っても、ジャケットの操作系統はそれまでの物とは段違いに難しかったから、乗りこなせるようになるまでかなり時間がかかったらしいけどね」
ライチがかつて整備士仲間から聞かされたジャケットの裏話を話し終える。話を聞き終えたモンブランが合点がいったように頷く一方、カリンが驚いたように目を見開いてライチに言った。
「え、足使わなくなってもまだ難しいって言うの?」
「うん」
苦笑交じりにライチが返す。
「でも難しいって言うか、覚えることが多いって感じかな」
「動かすことは難しくないの?」
「まっすぐ動く事自体はね。それに他のにしても、後は慣れの問題なんだよ。実際」
ジャケットの基本移動は操縦桿を傾けて行う。二本とも前に倒せば前進し、二本とも後ろに倒せば後退する。二本とも左に倒せば左に平行移動し、右に倒せば右に平行移動する。右に旋回する時は操縦桿の右を後ろに、左を前に倒せば良い。左に旋回する時はその逆の動作をすれば良い。
ちなみにこの時、左手側のジョイスティックを押し込んだまま旋回以外の移動を行うと、その方向にステップ移動――後方の場合は飛び退き――を取る事が出来る。これはまだジャケットが軍事兵器だった時に装備されていた機能の一つだったが、『兵役』を退いて創作活動に使われ始めてからも咄嗟の時の緊急回避として重宝され、今でもオミットされずに残されている。
急ブレーキを掛ける時はそれまで前に倒していた操縦桿を一気に後ろに倒せばいい。ダッシュをする場合には二つの方法がある。一つは右手側の操縦桿上部にある小さなボタンの一個を押しっぱなしにしたまま操縦桿を前に倒す方法。もう一つは操縦桿を前に倒し続け、時間経過によって自動的に移動が『歩行』から『走行』へ変わっていく方法である。パイロットはこの二つの内のどちらかを選択する事ができ、予め好きな方を選んでコンピュータに登録しておく事でその方法を使って操作する事が出来る。
ジャンプとしゃがみは右手側の外向きについたボタンを使う。ジャンプはちょんと一回、しゃがみは押している間だけしゃがみ続ける。また、この時しゃがんだまま動く事も可能で、前述の通りに操縦桿を倒せば好きなように動かせる。そしてしゃがみ状態時にジョイスティックを押し込むと匍匐移動が可能になる。匍匐移動はジョイスティックを一度押し込めば、後はもう一度ジョイスティックを押し込むまでずっと匍匐移動を行える。
なお、しゃがみ状態の時に先述の起動スイッチを押してジャケットの電源を切ると、しゃがんだままの状態で機能を停止させることが出来る。この場合でジャケットの電源を落とした場合、再度スイッチを押して起動させたとしても、そのまま自動で立ち上がることはない。この場合はジョイスティックを一回押し込む事で立ち上がる事が出来る。
なお、ジャンプが出来るのは一回だけであり、ダッシュ状態からのジャンプは可能であるがジャンプした後でいずれかの方向に移動する事は不可能である。なぜならジャケットはあくまでも歩兵の延長線上にある兵器であり、アクロバティックな戦闘は望まれていないからだ。
こいつにヒロイズムは最初から期待されていない。
「頭痛くなってきた」
覚えることが多すぎる。そう言って頭を抱えたカリンに、ライチが微笑しながら答えた。
「これでもまだマシな方だよ。最初の頃なんか、しゃがんだり走ったりジャンプしたりするボタンなんか無かったんだから……って話を聞いた事がある」
「そうなんですか?」
好奇心旺盛な子供のように早速モンブランが食いつく。
「じゃあ、そう言う……ジャンプとかって、いったいどうやってたんですか?」
「ええとね……僕もこれは人から聞いた話だから、詳しくは覚えてないんだけど……」
額に握り拳の親指の背を当て、昔聞いた話の内容を思い出そうとしかめ面を浮かべてライチが唸る。が、やがて暫手を額から離し、天井を見るように顔を上げながら口を開いた。
「確か、操縦桿を二本ともそれぞれ外向きに倒すとジャンプして、内向きに倒すとしゃがむんだっけかな……確かそんな気がした……」
「ジャンプ、しゃがむ……」
カリンがそう呟きながら操縦桿を握るかのように握り拳を水平に並べて宙に浮かせ、そして両手の甲や掌の中に納めた指が見えるようにそれぞれ腕を捻る。が、すぐにその行動を止めて頭を振り、苦々しげに顔をしかめて吐き捨てた。
「頭痛い」
「いや、うん、まあそうだろうね」
その様子を見たモンブランが同意を示すように困り顔で頷き、そんな二人を見てライチが小さく笑う。そしてジト目で睨みつけてくるカリンの視線を気にしないようにしながらライチが続けた。
「とにかく、最近のジャケットはかなり操作が簡単になったんだ。これでも結構進歩したんだよ」
「ふーん」
カリンが同意の欠片もなくつまらなそうに返す。苦笑しながらライチが次の話に進んだ。
手の開閉は、人差し指の当たる部分に据えられたトリガー状のボタンを使う。開かれた状態をデフォルトとして、そこからトリガーを押している間だけ、そこと同じ側の指が閉じられていく。途中で動きを止めたい時はトリガーから指を離せばいいし、一気に握り拳を作りたい時はダブルクリックの要領でトリガーを短く二回押し込めば良い。この時、一度離した後でもう一度トリガーを引くと、今度は押している間だけ指がゆっくりと開かれていく。
何か特定の物を掴みたい時は、まずジョイスティックを動かしてモニターのカーソルを掴みたい物の上に重なるように動かしていき、重なった後で右手側にある大きな丸ボタンを押してそれをロックオンした後に掴みたい方のトリガーを引けば、自動でそれを掴む事が出来る。この時コンピュータ制御によって、それを握りつぶさないよう力加減も調節してくれる。
また、この時掴んだ物が予めそのジャケットのコンピュータに登録されていた物だった場合、そのコンピュータに登録された通りの行動をジャケットが行うようになる。例えば、それがシャベルならばモニター内にあるカーソルの重なった部分を掘り、銃ならばカーソルのある部分に向けて銃弾を飛ばす。ナイフならば眼前にそれを振り下ろし、シールドならばそれを構える。そういったインプットされた行動の全てを、それを手に持った方のトリガーを一回引くだけで行えるようになるのだ。
この際に行われる『器機認証』の手順は以下の通りである。まず掴まれる対象の中に埋め込まれたICチップの中に入っているデータがジャケットの指を通してそのコンピュータに送られ、そこでそれが自分の中に登録されている物体であるか、そしてどのように行動するようセットされているのかを判断する。そしてパターンがあればその通りに動き、パターンがなければ何もしない。
例えば『マシンガン』の行動パターンを登録された機体で『マシンガン』を拾った場合、それが自軍の作った物であれ敵軍の作った物であれジャケットはその行動パターンの通りに動く事が出来るが、同じ機体で『ショットガン』を拾っても、恐らく満足に攻撃出来ないままそれを『持ち上げる』だけに終わるだろう。
なお、このコンピュータに登録する行動パターンはパイロットや整備士達の手によって自由に設定する事が可能であり、その際にはモニター下部のコンソールを使用する。例えば、先にナイフを持った場合はそれを振り下ろすと説明したが、それを横凪ぎに振り払えるよう変更する事も可能なのである。同じ要領でピストルを横持ちにしたり手にしたシールドを投げ飛ばしたりも出来るし、それらをジャケットの起動中にリアルタイムで変更する事も可能である。
しかし、リアルタイムで行動パターンを設定し直したり、その場で新しい行動パターンを一から構築する事は、その間自身の注意を疎かにし無防備な姿をさらす非常に危険な事でもあるので、たいていの場合はコンピュータの中にその時装備していない物も含めた何千種類もの行動パターンを予め登録しておくのが普通である。
武器の持ち替えもこの時に登録された行動パターンを利用して行う。持ち替えの行動パターンは従来の『物をロックして行う』方式ではなく、左隅に小さく縦並びに表示されている武器のアイコンをタッチする事で行い、その時タッチしたのと同じ武器を自動で持ち替える事が出来る。この時、最初に持っていた武器をどの部分に仕舞うかについても、予め登録しておく必要がある。
「何でもかんでもコンピュータ、ですか」
モンブランが閉じた唇を真一文字に引き締め、つまらなそうに顔をしかめる。
「もうちょっと、こう、ないんですか? スーパーロボット的な、努力と根性でどうにかするような物って」
「無いよ」
ライチが一刀両断する。予想外の反応に言葉を詰まらせるモンブランに、ライチが笑みを浮かべながら答えた。
「前にも言ったけど、これはもともと軍人が戦争のために使う物だった。戦闘機や戦車に代わる兵器だったんだ。そんな『ぽっと出』の兵器が戦闘機や戦車より小難しい作りをしていたんじゃ、どう考えても普及なんかしない。でも、それを人力で制御するにはとてつもなく労力がかかる。だから――」
「小難しい所は全部機械に任せて、それに乗る兵隊はただ黙って戦えって事ね?」
カリンの言葉にライチが無言で頷く。それを受けて、カリンはわざとらしく大きくため息を吐いた。
「なんか息苦しい感じがするわね。窮屈って言うか、余裕が無いって言うか。ロマンのかけらも無いわ」
「ロマンで戦争は勝てないよ」
「ドライですねー」
モンブランが平坦な口調で言った。そしてそんなモンブランの言葉を受けても顔色一つ変える事なく、ライチが説明を続けた。
次はロックオンについてだが、まず対象のロックオンについては前述した通りである。そしてその対象をロックした後は、常にその対象を軸にして――地球が太陽の周りを回るように――それが正面モニターに入るようにジャケットが動くようになる。このロックを外したい時には右手側の外側に配置されたボタンの一つを押せば良く、軸移動をやめて自由に動き回れるようになる。旋回などをしてロック対象がモニターから消えた時にも、自動的にロックが外れるようになっている。
また、そうして一度ロックした後でそれを外した物体を再ロックオンしたい時には、その再ロックしたい物体をモニターに収めた状態で件の丸ボタンを押すだけで自動的にロックオンされる。ジョイスティックを動かしていちいち調整する必要がなくなるのだ。そして一度ロックした対象がモニター内に複数存在し、そのロック対象を切り替えたい場合は、丸ボタンを押す事でそのロック対象を切り替える事が出来る。
ジャケットを動かす際に重要な情報は、全て正面にあるモニターに表示される。外部の湿度や温度、ウイルスや放射能等の各種有害物質による汚染状況。それまで自機の受けたダメージ状態やエネルギー残量。手に持っている武器の残弾数や装備の状態。そういった全ての情報を、モニターに別枠のウィンドウとして一括表示する。しかしそれらの情報を常時展開していては視界が妨げられるので、そう言った物は普段は表示されておらず、普段は正方形状に最小化されてモニターの右下隅に目立たずひっそりと並んでいる。
そしてある特定のタイミング――ダメージを受けた時やエネルギー残量が乏しくなってきた時など――にそれぞれに該当する情報を提示するウィンドウのみが元のサイズに戻り、一定時間、モニターの脇に表示されるようになっている。また、それ以外の時にもそのモニターの隅に小さく縮こまっている四角を直接タッチする事で、そのタッチした情報をいつでも呼び出すことが出来る。
「ざっとこんな感じかな」
一通り説明を終え、ライチがカリンとモンブランの顔を見やる。わかりやすく説明出来ただろうか? そう思わずにはいられなかったが、さほど困惑したようでもない二人の顔を見る限り、そのような心配は杞憂に終わったようだった。
「どうかな? とりあえず、大まかな話はこれで終わりなんだけど」
「ええ、良かったわよ。わかりやすくて、ためになった」
ライチの言葉にカリンが返し、モンブランも頷いてそれに合わせる。それを受けてほっと安堵のため息を吐きながら、ライチが再度二人に言った。
「何か、感想とか質問とかある? もっと知りたい所とか、判らなかった所とか」
「私はこれと言って、無いですねえ。カリンさんはどうです?」
「私は……そうね……」
モンブランの言葉を受け、カリンが顎に指を当てて考え込む。そうして暫く考えた後、まっすぐライチの方を向いてカリンが言った。
「一つ感想があるんだけど、いいかしら?」
「うん。いいよ」
快く頷いたライチに向けて、カリンが真顔で一言漏らした。
「私は操縦出来そうにないわ」




