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第五話「わしはこんな所に来とうなかった」

「姫さま! 若姫さま!」


 日本大陸東部沿岸。

 旧称『東京湾』。

 俯瞰視点から見ると内陸側に大きく抉れたような形を持ったその湾内の一番奥の海岸から、一人の老人の焦りに満ちた声が轟いた。


「若姫さま! お待ちください! 一人で先に行ってはなりませぬ!」


 頭頂部を中心にして円形に禿げ上がった頭部。その外周部を形作るように短く白い頭髪が外に向けて生えており、小さな瞳の上にはフサフサと蓄えられた白い眉毛、鼻は高く口周りにはこれまた立派に蓄えられた白い髭。

 背筋を真っすぐ伸ばし、燕尾服をカッチリ着こなし胸ポケットに懐中時計を収めたその立ち姿は、まさに執事と呼ぶにふさわしい物であった。


「若姫さま!」


 その老執事が叫ぶ前方、一面砂だらけの大地の上を、一人の少女が楽しげにスキップしながら執事から離れるようにして歩いていた。

 体が跳ねる度に腰まで届いたさらさらの赤い髪が嬉しそうに左右に揺れ、同時に足首まで隠した黄色いワンピースの裾がふわりと捲れ、その白く細い脛の裏を露わにさせる。身に付けた黄色いサンダルの中にも容赦なく砂が入ってくるが、少女は全く気にする素振りを見せずに、あまつさえ鼻歌を歌いながら、無警戒のままとても楽しそうに歩みを進めていった。

 その少女の向かう先には、洞窟のようにぽっかりと穴の開いた地下へと続く入口が見えた。

 その周囲に光は無く、その中にも光は無かった。完全な暗闇だった。だが少女は躊躇う事なく、ピクニックに行くかのような軽い足取りでその闇の中へと歩を進めて行った。


「まさか、若姫さまはあの中へ――!」

「あれは、地下通路への入口ですね」


 顔面蒼白となった執事の横に、不意に一人の男が立ってそう言った。森林迷彩を施された野戦服――火星ではプレミア価値がつく程の骨董品であった――を身に付けた、肩幅の広く筋骨隆々な男であった。

 だがその大男の突然の登場に、執事は驚く素振りを見せなかった。自分と同じ付き人に一々驚く必要は無いからだ。

 野戦服姿の男が言った。


「世界戦争の余波を避けるために人間が掘りあげたものか、あるいはもっと別の目的で……」

「そんな事はどうでもいい。今は若姫さまだ」


 男の推測をバッサリ断ち切って執事が男に言った。


「儂も後から行く。お前は先に行って、若姫さまを守ってやってくれ」

「わかりました。目印は?」

「つけてくれると助かる。さあ、行け!」


 執事の言葉に軽く頷き、男が駆け足で走りだす。少女は今まさに通路への入り口に片足を突っ込もうとしていた。

 本格的な追跡は地下通路の中になるか。そう考える男の目の前で、少女がするりと闇の中へ消えていく。


「早くせんか、馬鹿者!」


 遥か後方から轟く老執事の怒号を右から左へ流しつつ、男もまたその闇の中へと入っていった。





 奴隷の一日は速い。


「貴様ら! 起きろ! 時間だ! いつまでへたっていやがる!」


 午前六時。昨日見た通りの重装備をした男が小屋の入り口に押し入り、地面に鞭を叩きつけながらダミ声でまくし立てる。

 アンドロイド達は男の気配に気づくや否や、男が脇にどくのと同時に急いで小屋の外へと飛び出していった。ライチとジンジャーは特に急ごうとも思わなかったが、反抗的な人間に目の前の男が何をしようとしているのかは何となくわかったので、おとなしくアンドロイド達に続いて外に出ようとした。


「待て」


 だがジンジャーに続いてライチが外に出ようとした所で、横に立っていた男に呼び止められる。一瞬だけ顔をしかめた後、すぐに表情を真顔に戻してそっちの方を向こうとする。

 だがその動作を始めようと体を動かしかけた直後、ライチの背中に鞭が打ち付けられる。


「――!」


 ライチが声にならない悲鳴を上げてその場に倒れこむ。すぐ前に立っていたジンジャーが突然の事に息を呑み、先に外に出ていたアンドロイド達がそこから動く事なく心配そうにライチを見つめる。

 ライチはその場で四つん這いになったまま動こうとしない。動きたくても動けない。


「おい!」


 そのライチに肩を貸して急いで担ぎ上げ、ジンジャーが震える声で言った。


「彼が何をしたんだ?」


 今にも怒りを爆発させそうな勢いで、ジンジャーが男を強く睨みつける。だが男は平然と、寧ろスッキリした表情で答えた。


「ムシャクシャしてたんだよ」

「……なに?」

「昨日ポーカーで大負けしちまったからな。ただのストレス発散だよ」

「そんな理由で――」


 そこまで出かかったジンジャーの言葉を、地面に叩きつけられた鞭の音が遮った。


「さっさと出ろ! お前もやられたいのか!」

「――ッ」


 声を張り上げる男に対して、ジンジャーはそれ以上何も言わずに外へと出ていく。男は嗜虐的な汚い笑みを浮かべてそれを見ていたが、不意にそこから動かずにこちらの様子を伺うアンドロイド達と目を合わせ、その表情を一気に不快で歪ませる。


「お前らも何してやがる! さっさと持ち場につきやがれ!」


 そして苛立ちを抑える事なく爆発させ、怒りのままに鞭を地面に叩きつけながら怒声を撒き散らし、アンドロイド達を方々へと散らせていったのだった。





 午前六時三十分。仕事開始。

 仕事内容は鍬や鋤を振って地面を耕していく事。そして耕し終えた地面に種を撒いていく事だった。そして黙って鍬を振りながら、ライチは自分の置かれた場所がどのような状況なのかを知るために絶えず首を動かして辺りを観察した。

 まず気づいたのは、フェンスの中にまだまだ未開墾の所があった事だった。しかもその『未開墾地』は、決まって『砂漠地帯』であったのだ。

 恐らくスコップやら何やらで砂を掘り返して本来の大地を完全に露出させ、その後に改めて田畑を拓いていくのだろう。地面は乾燥しているために何度も鍬を振って地面をほぐす必要があるし、それ以前にその上に積もった砂を取り除くのだけでも骨が折れる。

 全部済ませるのにどれだけかかるのだろう。想像するだけでイヤになった。

それが一箇所だけならまだいい。だが似たような砂漠地帯が、そのフェンスに沿ってぐるりとこちらを包囲しているのだ。これはこちらが少しだけ開墾に成功すると同時にフェンスをより外向きに設置しなおし、その領土を広げて行っているのだろう。

 まったく、大した歓迎である。こちらを一生ここで飼い殺す気があるのは明白だった――


「え……?」


 そこまで考えて鍬を大分ほぐれてきた地面に突き刺した直後、ライチの視界が霞んだ。

 背景がぐにゃりと歪む。耳鳴りが酷くなる。全身から力が抜け落ち、脳がそのまま重りになったかのようにその場に崩れ落ちそうになる。


「ライチ……!」


 が、そこで自分の名を呼ぶ何者かの声によって意識を取り戻し、膝をつくギリギリの所で自分の農具にしがみついて事なきを得る。


「危なかった。倒れていたら、あなたきっと鞭打ちを受けていたわよ」


 鍬を振る傍ら、そう言ってこちらを向いて安堵の表情を浮かべてきたのは、昨日鞭で打たれライチがその傷の手当を手伝ったアンドロイドだった。


「君は確か……」

「あら、昨日の今日の事なのに、もう忘れたの?」


 ピントを調節するようにカバーの中でカメラアイを動かし、口をへの字に曲げる。その様子を見て小さく苦笑しながらライチが返す。


「大丈夫だよ。ちゃんと覚えてるよ。確か――」


 『エムジー』だ。その顔を見て、ライチは昨日のやり取りを思い出した。





 手当はエムジーに寄り添っていた別のアンドロイドが持っていた修理キットを使って行われた。手伝う事になったライチは最初は自分の意見が通った事で安堵のため息を漏らしたが、そのすぐ後に自分に何が出来るのかと不安になった。だがアンドロイドの製造技術の一部にジャケットの物が流用されているのが、彼にとって最大の幸福であった。

 手当すべきポイントは外部装甲についた傷の修繕と、外から流された電流によってショートした神経回路の切断と修復及び再接続。

 このうち神経系統はジャケットにおけるコクピットから各部位への電気信号を飛ばす命令伝達機構の作りとほぼ一緒だったのだ。

 ジャケットの整備で身につけた技術と知識が意外な所で役だってライチはびっくりしたが、それ以上にその周囲のアンドロイドと人間一名が、そのライチの手際の良さにびっくりしていた。

 そうして手当を済ませた後、そのアンドロイドはお礼を述べると共に、ライチに自ら名前――エムジーと名乗ったのだった。

「正式コードはMG-9987。MGはモーニング・グローリーの略」

「朝顔?」

「ええ。それで、あなたの名前は?」

「僕は……僕は、ライチ」

「ライチ、ライチ……いい名前ね」


 そう弱々しく言った後、エムジーは消耗したバッテリーを自家発電によって充電するためにスリープモードに入った。その顔はまるで人間が睡眠を摂っているかのように穏やかな物だった。

 ちなみに、その後残ったアンドロイドと人間二人は、エムジーに続くかのようにして――及び腰ながらも――互いに自己紹介を済ませていたのだった。





 その今ではすっかり良くなったエムジーが、まずは手を動かせと目で訴えてくる。それを理解し慌てて鍬を降り始めるライチに、エムジーが地面に目を向け直してから言った。


「気をつけてね。ここら辺はこの時期になると特に日差しが強くなってくるから。連中もそれは理解してるし、大切な労働力を変に潰したくないから帽子とかはすぐに来るでしょうけど、それまでは気をしっかり持って。いいわね?」

「う、うん」


 汗を片手で拭いながらライチが応える。確かにエムジーの言う通り、空から照りつけてくる日光は長時間浴びて良い物では決して無かった。おまけに時間が経つに連れて日差しは段々と強くなっていくし、途中での給水もタオルもない。拷問に等しかった。


「貴様らの分は後から届く手筈になっている。だからそれまで我慢していろ。言っておくが、別に休めと言っている訳じゃないぞ。それまでの間、貴様らにはしっかり働いてもらうからな」


 仕事に入る前、目の前でダークグレーに塗られたチタン製の水筒に入った水を浴びるように飲みながら、見張りの男がライチ達人間組にそう言ってきたのを思い出す。


「昨日倒れた私が言うのも変だけど、負けちゃダメよ」

「うん。わかってる」


 お互い、それ以上は何も言わなかった。そんな余裕はどこにも無かった。エムジーは既に無言で鍬を振り続けていた。

 ライチもまた、時折思い出したように背中から伝わって来る痛みに顔をしかめながら、黙って仕事を続けた。





 正午。一時休止。

 食事なんて無かった。

 午後一時。作業再開。

 ここから午後午後七時まで休み無しで働く事になっていた。

 太陽の光は大分マシになってきたが、それでも辛い事にかわりはない。そしてどうやら、太陽光の下での重労働が拷問と同義となっていたのは、アンドロイドも同じのようであった。

 当然だ。彼らは精密機器の塊なのだ。満足に整備も冷却もせずに炎天下で酷使し続ければ、空冷機能がオーバーヒートして体内に熱がこもり、倒れるのは当然であった。

 そしてジンジャーの目の前で、今まさにその事態が発生した。自分と横並びになって仕事をしていたアンドロイドの一体――名前はわからない――が、糸の切れた人形のようにその場に倒れてしまったのだ。

 帽子を被っていた頭部からはうっすらと煙が立ち昇り、カメラアイを覆っていたカバーは死んだように黒く濁っていた。

 立ち上がらせてやろうと、ジンジャーが手を伸ばそうとする。


「やめておきなさい」


 だがそうしようと農具から手を離した直後に、横にいた別のアンドロイドに止められる。思わずそちらの方に向いたジンジャーに、そのアンドロイドが言った。


「変に助ければ、あなたもとばっちりを受ける事になる。なに、死にはしませんよ。連中は頭が悪いですが、下手に私達を潰して一番損するのは自分達だと言う事だけは良く理解していますから」


 そのアンドロイドは昨日自己紹介を済ませた内の一体だった。だがジンジャーがその名前を言おうとしたその時、背後から管理人が早足でやってくるのが足音でわかった。


「ああいけない。サボってたらこっちもやられる。ジンジャー、あなたも早く仕事した方がいいですよ」


 そう言うなり、そのアンドロイドは再び鍬を振り始めた。ジンジャーは釈然としない気分になったが、それでも彼の言う事も一理あったし、それ以前に自分も鞭打ちは嫌だったので、黙ってそれに従う事にした。

 背後から耳を塞ぎたくなるような罵声が聞こえてくる。その直後に鞭が何かに当たる音。電流が迸る。強制再起動。絶叫。


「……くそっ。いつまでこんな事……」


 横で仕事をしていた件のアンドロイドが顔をしかめて毒づく。


「何とか……早く何とかしないと……」


 ジンジャーもその気持ちは良く判った。だがどうしようもないのも事実だった。


「……今は耐えよう」


 気がつけば、ふとそんな事を呟いていた。アンドロイドがはっと顔を上げる。同時に新参が言う台詞ではないと、ジンジャーが自ら地雷を踏んだことに対して気まずそうに顔をしかめる。


「悪い。変な事を言った。忘れてくれ」

「……いえ。今は本当に、それしか無いのが事実ですから」


 罵声が飛ぶ。鞭が空を切る。電流が流れる。絶叫。

 それらをBGMにして、アンドロイドがバツの悪い顔を浮かべてそう返した。

 手を動かしながらジンジャーが目だけを動かして周りを見てみると、他のアンドロイド達も同じように苦々しい顔をして仕事に励んでいた。

 まったく、早く何とかしないと。

 そう思いながら、ジンジャーは一心不乱に鍬を振り続けた。





 午後七時。労働終了。

 食事。水百CC。栄養凝集食料(無味無臭)百グラム。

 ふざけてやがる。

 無いよりはマシだ。

 いや、やっぱりふざけてる。

 腹に収めたが、とても食った気にはならなかった。





「少し、いいかしら?」


 エムジーが二人を呼び止めたのは、申し訳程度に配られた食事を食べ終えて少し経った時だった。


「なんだ? どうしたんだ?」

「ちょっと見せたい物があって」

「見せたい物?」


 ライチとジンジャーが揃って首を傾げる。そんな二人を尻目にエムジーが後ろを向き、小さく頷く。するとその後ろにいたアンドロイドの一体――PQ-6659、通称ピック――がおもむろに床をまさぐり始めた。

 ある地点に手を置いた段階でその動きを止める。そのまま、その手をゆっくりと押し込んでいく。

 直後、二人は揃って驚愕した。


「え……!?」


 手が押し込まれた瞬間、小屋の中央の床が音もなく左右に割り開かれ、その中から闇の中に続く階段が現れたのだ。


「我々がどうしてこうなったのか、あんたらは知ってるかい?」


 その様子を見ていたアンドロイドの一体――ED-5021。通称エド――が不意にライチ達に話しかけてきた。二人が恐る恐る頷くと、それを見たエドは複雑な表情を浮かべて頭を掻く素振りを見せながら言った。


「そうか。なら話す手間が省ける。この階段は、簡単に言えば俺達が隠れてた地下空間に繋がってるんだ。隠居用のシェルターって奴さ」

「ああ、そう言えばそう言う感じの事を聞いたような……」


 思い出したように頷くライチの横で、ジンジャーがそのアンドロイドに尋ねた。


「この通路を使って脱走とかは出来ないのか?」


 アンドロイドが黙って首を横に振る。エムジーを手当していた女性型アンドロイド――SR-2457。通称シェリー――が沈痛な面持ちで言った。


「他の場所に繋がる通路が全部途中で崩落して通れなくなってるのよ。だからここら一帯にしか進めないの」

「そこを掘り返そうとするなら、一日二日で出来る事じゃない。それにそんな事してたら、あっという間にあいつらにバレる」

「もしそんな事になったら、私達は確実にスクラップにされてしまう。どこにも逃げ場所は無いんだよ」


 そんな悲憤に暮れるアンドロイド達の言葉を聞き、ジンジャーが顔をしかめて言った。


「じゃあそこに何があるって言うんだ?」

「良い物だ」


 床に手を当てていたピックが静かに言い放つ。怪訝な顔でライチが返す。


「良い物?」

「ああ」


 ピックが続けて言った。


「もしかしたら、今の状況を打破する事が出来るかもしれない物だ」

「一緒に来てくれるかしら?」


 エムジーが静かに告げる。その口ぶりに偽りの響きは感じられなかった。

 二人は揃って首を縦に振った。





「~♪ ~~♪」


 その少女は滑らかな赤い長髪を左右に揺らし、黄色いワンピースの裾をヒラヒラはためかせながら、鼻歌を歌いつつ軽やかな足取りで闇の中を進んでいた。

 大きな瞳。低い鼻。小振りな口。それらは見る者にどこか幼い印象を与えたが、それとは対照的に背丈や体格は大人と形容してもいい程に発育しており、その両者のミスマッチがまた彼女に不思議な魅力を与えてもいた。

 そんな彼女が歩く中はそれまでの砂漠地帯から人工的に舗装された灰色の通路と化し、足元が見える程度に灯りがついていたが、彼女にとってそんな事はどうでも良かった。

 『若い子には旅をさせよ』。その諺の通りに、今の彼女にとっては旅をする事こそが最も重要なのだ。どこをほっつき歩こうがそれは関係なかったのだ。

 灯りなら自分でも確保できるし。そう思ったその時。


「……あら?」


 きょとんとした表情を浮かべ、少女がその歩みを止める。

 天井が崩落し、土砂や岩塊が大量に流れこんで通路を遮っていたのだ。


「……あらあらあらあら?」


 両手を腰のあたりで後ろ手に組み、上半身を小さく左右に揺らしながら、少女がその土砂の山を見つめる。


「これは……困りましたねえ」


 やがて手を解いて右手の人差し指を顎に軽く押し当てて困った顔を浮かべながら、どこか間の抜けたのんびりした口調で少女が言った。


「これでは先に進めませんねえ。竜頭蛇尾に終わってしまいます。何事も初志貫徹しなければいけないと言うのに……」


 そう言いながら障害の傍まで近づき、そしておもむろに空いた左手をそれに押し当てる。

 少女の体が青く光り始める。


「こうなっては仕方ありませんねえ。ぶっ飛ばして先に進むしかないですねえ」


 腹部から何かの噛みあう音が、次いで冷却ファンが回転するような低い音が唸り声を立て始める。

 少女の全身を青白い電流が駆け巡る。腹の唸り声が一秒毎に大きくなる。


「コード認証。使用許可。どうぞ……あなたは幸福ですか?」


 それまでと同様にのんびりした口調で少女が淡々と言葉を告げていく。


「イエス。幸福です♪ イエス。ザップザップザップ」


 腹の音が最大級に大きくなる。今にも爆発しそうだ。だが少女はそれに恐れをなすこと無く、一生懸命暗記した呪文の詠唱――壮絶な一人芝居――を続ける。


「あなたの幸福を妨げようとしている人がいます。どうしますか? ……イエス。キルゼムオール♪ イエス」


 ザップザップザップ。少女が静かに呟く。


「直訳どうぞ」


 周囲の音が消える。電流が消える。

 目から光も消える。


「死ね」





 少女の眼前で瓦礫が破裂し、砂と見えるまでに細分化されて地面に流れ落ちていった。


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