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第四十九話「つかの間の小休止」


「そう言えば、まだ話してなかったか……」

「どうしたのよ、いきなりぼそぼそ言って」

「いや、こちらの話だ」

「次はお前だ、パイン・ジュール。自己紹介頼む」

「ああ」


 その後、ライチ達は『S.O.H』の艦橋に向かい、その豪奢にあつらえられた空間の中でメルボルンにて合流した面々も含めてクルー全員で自己紹介を行った。


「デミノイド二十八号、パイン・ジュールだ。よろしく頼む」


 その最中、パインはそうさらりと言ってのけた。

「え、うそ」

「あらー……」


 それを聞いて『オキナワ組』の面々は一様に驚き、それまで彼女と一緒に行動していたショーとパインは驚きながらも――理解のベクトルは違うが――得心したように小さく頷いた。


「そうか、デミノイドだったのか。あの時、あんな攻撃が出来たのも――」

「旧式だからな。体を動かすエネルギーが余っていたから、それを使うために搭載された」

「じゃあ、攻撃終わった後でいきなり倒れたのは」

「久しぶりに力を使ったのでな。加減を忘れて、体の中のエネルギーを全て攻撃に回してしまった。スタミナ切れという奴だ」


 そしてその二人の問いに平然とパインが答える。残るモンブランとカリンは頭の上に「?」マークを浮かべていた。


「ね、ねえライチ。デミノイドってなに?」

「ううん、なんて言えばいいのか……人間と機械を合体させたような奴って言えば良いのかな?」

「そんな事出来るの?」

「出来ますよー。私もその一人ですからー」


 隣に立ってそう言ったレモンの方へカリンが目をやり、そのまま彼女を上から下までまじまじと見つめる。その視線を受けて恥ずかしげに苦笑した後、レモンがパインに尋ねた。


「では、あなたのその髪や眼帯は、手術の際の?」

「ああ。改造手術には成功したが、代わりに髪と目を失くした」

「なるほどー。それはウイッグなのですね?」

「ただのカツラだよ」


 禿げてるの見たいか? と、自分の髪――頭の上に乗っかっている白髪をわしわし掻き回しながら、パインが自嘲気味に返す。それを横から物珍しい目で見ていたモンブランが、控えめに彼女に言った。


「なんでそんな事したんですか?」

「死にたくなかったからだ」

「……持病があった?」

「歳取って死にたくなかっただけだよ」


 目を閉じ、小さく笑みを浮かべながらパインが返す。息をのむモンブランに、レモンがクスクス笑いながら言った。


「デミノイドになりたがる人は、たいていそんな理由からなっているんですよー?」

「そんな俗っぽい理由で?」

「はいー。他にはお金が欲しかったり、不老不死まではいかないまでも、丈夫な体が欲しかったり、そんな所でしょうかー」

「うええ……」


 理解出来ないものを耳にして、カリンが顔をしかめる。ライチはその反応を横目で眺めながら、「こういうのはもう慣れるしかないんだよなあ」とただ嘆息するだけだった。





 自己紹介はその後も滞りなく続き、何の問題もなく終了した。かつてオルカの言っていた『仲間』がパインとモブリスである事も、その中でオルカによって語られた。

 そしてそれらが終わった後、イナは「なぜパインとモブリスがオルカと共にメルボルンまでやってきたのか」と三人に質問した。この時オルカは一人テーブルの前に座って、目を閉じながら優雅にティーカップを傾けていた。

 そんな答える気ゼロなAIの姿を見てモブリスとパインが顔を見合わせてため息を吐く。そして彼らを代表して、パインが冷静な声で答えた。


「……レモン・マクラーレンをオキナワまで連れ戻せ。我々はそうオキナワの司令官から頼まれて、ここまで来た」


 その言葉を聞いて、その場にいたオキナワからここまでやって来た全員が息をのんだ。が、そうやって驚いたのも少しの間の事で、やがて彼らはすぐに納得したように表情を渋らせた。


「まあ、レモンは無断で抜け出してきたんだからな。追っ手が来るのも当然か」ジンジャーが腕を組んで頷く。

「手回しが早いというか何というか……」エムジーがため息を漏らす。

「メルボルンで待ち伏せして、そこで捕まえる気だったのでしょうね」気づけなかった事を悔やむようにイナが肩を落とす。

「でも、あんな大きな……エスオーなんとか言う船を持ち出して来てまで連れ戻しに来るなんて、大げさって言うか、スケール大きすぎない?」

「そりゃあだって、逃げた相手はあのソウアーを作った一族の子孫だよ? 超VIP人物なんだよ? そんな人間がどっか変な所フラフラしてて勝手に人質になったりしたら、ヤバいどころの騒ぎじゃないからねー!」


 そして渋りながらもなお釈然としないライチの疑問に対し、スバシリがそう笑顔で答える。そしてそんな彼女の言葉を受けて空になったカップを置き、頷きながらオルカが言った。


「スバシリの言う通りさ、ライチ。レモン嬢はいわば、ソウアーという国に住むプリンセスなのさ。何らかの見返りを求める個人ないし組織の手によって人質になったり交渉材料に使われよう物なら、何を要求されるか判った物じゃない。最悪、ただの慰み者にされて人質よりも酷い道を辿る事になるかもしれない」

「本人が目の前にいるのに……」

「ちなみにライチ、ボクの乗ってきた船の名称は『エス・オー・エイチ』だよ。正式名称を聞きたいかい?」


 唖然となって呟いたカリンの言葉を無視してオルカがライチに問いかける。そしてそのライチの返答さえも無視して、椅子から立ち上がってオルカが自信満々に言ってのけた。


「『世界で一番美しいオルカ様の乗る船』の略さ。都合の良い部分の頭文字を取って『S.O.H』。どうだい、素晴らしいだろう?」

「あれって馬鹿なの?」

「今更気づいたんですか?」


 疲れ切った顔でライチが漏らし、イナが同じく疲れた顔で彼に返す。オルカはその満足感に満ちた顔をピクリとも動かさないまま、ゆっくりと椅子に座り直した。


「まあ、そういうわけだから、レモン嬢。大人しくボク達と一緒に帰って貰うよ」

「いやです」


 即答。周りが息をのむ中で、捕まえに来た三人はさして驚く事は無かった。


「……まあ、その答えも予想のうちだよ」


 オルカが平然と答える。首を傾げてレモンが返す。


「あらー、そうなのですかー」

「もちろん。あらゆる展開を想定しておかないと、いざという時ににっちもさっちも行かなくなるからね」

「なるほど、さすがですねー。では――」


 突如、レモンの腹の中から唸り声が聞こえてきた。腹の底に溜まる、獣の声に似た音だった。


「――これは、いかがでしょうか?」


 彼女を動かすジェネレーターが通常活動に必要な量以上のエネルギーを生み出さんとその出力を上げ、唸り声のトーンを段々と上げていく。


「ちょっと、そこまでする?」

「そんなに帰りたくないのか」

「もちろんです-。私は、私のやりたいようにやらせていただきますー。誰の指図も受けるつもりはありませんのでー」

「……面倒なお姫様だ」

「さすがは俺の妹だぜ」

「……船壊そうとしてるのに……?」


 細く赤い電流が、レモンの右手を這うように動き回る。右手の指がそれぞれ別の生き物のようにクネクネ動き回る。周囲が脅威と困惑にざわつく中で、オルカだけが一人、涼しい顔を浮かべていた。


「悪いけど、それも予想のうちだよ」


 平然とそう答え、パインを横目で見つめる。イナがはっとてオルカに尋ねた。


「あなたはもしや、以前から彼女の秘密に気づいていたのですか?」

「ああ、そうさ。彼女が他の人間とは違うというのは、一目見てすぐに気づいたよ」

「なんで気づいた時私に言わなかったのよ?」

「聞かれなかったからね」


 そうモブリスに返し、改めてパインを見つめる。


「さあ、頼んだよ、パイン・ジュール。彼女を止められるのはキミだけだ。抑止力としてその力を」

「無理だ」


 即答。これにはオルカも驚いて眉をひそめた。


「今は無理だ。もう使えない」

「……どうしてかな?」

「簡単だよ」


 オルカの問いに笑みを浮かべてパインが答えた。


「さっき言っただろう? エネルギー調節を失敗したと」

「あ」


 オルカが間抜けな声を出す。周囲が呆然とする中でリリーが苦笑し、レモンがジェネレーターの出力を更に上げていく。


「正直眠い。部屋に帰っていいかな?」


 そしてパインが空気を読まずにさらりと言ってのける。

 結局、レモンをとっ捕まえてオキナワに送還する話はお流れとなった。





 翌日。

 ライチは初めて着る『スーツ』という服を前に、実に不愉快そうに顔をしかめていた。


「なにこれ、ゴワゴワしてすごい動きづらいんだけど」

「そう? それ結構にあってるわよ?」

「お世辞はいいよ。僕としては早く着替えたいんだけど」


 椅子に座ったまま襟元と首の間に指を入れて窮屈そうに首を回すライチに向けて、丸テーブルを挟んで彼の向かい側に座ったカリンが素直に賞賛の言葉を贈る。しかしそれでもなお顔を曇らせるライチに対し、今度はカリンの横に座っていたモンブランが追撃をかけた。


「まあまあ、暫く辛抱してくださいよ。これが終わったらすぐに脱げるんですから」

「でもこれ、服と説明って何か関係あるの?」

「関係は……まあ、あるんじゃない? あの人があるって言ってたんだし」


 渋るライチに向けてカリンが苦笑交じりに言った。そしてあの人――「人に物事を教える際にはこの服を着て臨むのが礼儀である」と自分達の前でライチに大ボラを吹いたイナという女性の顔を思い出しながら、内心笑いを噛み殺しつつカリンが続けた。


「一般的な知識はライチよりあのイナって人の方が多く持ってるんでしょ? だったら、あっちの言う事を素直に聞いておいた方がいいんじゃないかしら」

「うぐ……まあ、それはそうかもしれないけど……」

「そうよ。知恵者の言う事には素直に耳を傾けておく。これ人生の鉄則なんだから」


 カリンが当然であるかのように自信たっぷりに言ってのける。そして何も知らないライチが言われるがままに渋々それを受け入れる姿を見て、モンブランはそっとカリンに耳打ちした。


「いいんですか? 彼、すっかり信じ込んじゃってますけど」

「いいのよ、こっちの方が面白いんだし」


 笑いかけ、先日の激務で筋肉痛を患ってしまった左ふくらはぎを痛そうに擦って――これにはライチも気づいたが、そうなった理由までは気づかなかった――から、カリンが再び言った。


「それに、スーツ着た方が先生っぽい雰囲気出るでしょ?」





 ジャケットのことが知りたい。

 発端はカサブランカ居住区通路前にて、そうライチに向けて放ったカリンの一言だった。早朝ばったり出くわしたライチに、好都合とばかりにカリンがそう頼み込んで来たのだ。

 当然、ライチはその頼みを快く引き受けた。そして途中からそこにやって来たモンブランもその話に興味を示し、そのままその三人で説明会を開こうと言う流れになった。

 が、いざ始めようとした段階でイナに見つかってしまった。しかも男一人、女二人の構成で、その男の部屋に入ろうとしていた所を。


「ふっ、ふじゅっ、不純異性交遊など、先生許しませんよ!」


 開口一番、イナがそう叫んだ。

 終わりの始まりだった。





 結局、ライチ達は正直に事情を説明して、彼女の誤解を解く事には成功した。しかしそれは同時に、彼女の心に火を点ける事にも繋がってしまった。


「それならば、わたくしに考えがございます! 大丈夫、これは名案ですから! 是非ともご活用くださいませ!」


 そうライチを強引に説き伏せて、今に至る。

 彼は何かが間違っている事に、未だ気づいていない。


「純粋なんですね……」

「でしょ? そこがまた可愛いのよ」


 呆れたように言ったモンブランに惚気全開でカリンが答える。バッチリ聞こえていたライチは照れ隠しに一度咳払いをした後、二人に向き直って言った。


「と、とにかく、そろそろ始めるから。二人とも準備はいい?」

「あ、はい、大丈夫です」

「私も平気よ。いつでもいけるわ」

「わかった。じゃあまずはジャケットの歴史っていうか、生まれてから今にいたるまでの経緯から……」


 こうして多少の紆余曲折を経て、定員二名のライチによるジャケット講座が幕を開いた。





 それと同じ頃。リリーは一人、ゴーゴンプラントのとある区画の中を歩いていた。


「……」


 そこは通路の両側に鉄拵えの扉が等間隔で並んでおり、扉の上には強化ガラスの嵌め込まれた覗き窓があった。扉の数は左右それぞれ十個ずつあり、扉の向こうには全て同じ大きさの個室――かつては物置だったり空き部屋だったりした空間が左右それぞれ十個ずつあった。

 リリーはその金属が剥き出しになっている通路を歩いて足下から甲高い音を響かせながら、その部屋の一つ一つを覗き窓越しに見て回っていた。


「特に異常は……」


 扉の一つに近づき、覗き窓から中を見る。刹那、中の酷さに顔をしかめる。


「これ……さすがに死んではいねえよな?」


 白色灯の明かりがついた室内にはライチやカリンと同い年の少年少女達が五名ほど納められていた。しかしその誰もが力なく床に尻をつけ、活発な彼らとは真逆の倦み疲れた表情を浮かべていた。その顔にはまるで十歳は老けてしまったかのように影が差していたが、それは決して照明のせいなどではなかった。中の空気も淀み、重苦しい物が立ちこめていた。

 リリーは暫く見つめていたが、動く気配は一向に無かった。中にはリリーの姿をその自分に向けられる視線から察知した者もいたが、目を合わせただけでその場からぴくりとも動かなかった。

 他の全ての扉も見て回ったが、全て同じだった。


「騒ぎ疲れて何もする気がねえってか」


 最後に確認した扉から離れ、リリーが独りごちる。そして彼女はすぐに、ここにいる火星からのお客様方に対して思いを巡らせた。


「まあ、連中の気持ちはわかんなくもねえがな」


 青天の霹靂、という奴だろう。安全な旅行の『安全』な部分を前触れもなく叩き潰されて生死の境を彷徨ったばかりか、そのまま何も判らずにどこの誰かも判らない連中から虜囚まがいの扱いを受けている。身の危険を感じて泣き叫ぶのが普通だろう。

 そして彼らは今、全てを諦めて絶望しきった顔をしている。無理もない。満足に情報も得られないまま、長い間こんな狭い空間に閉じ込められれば誰だって気勢が削がれる。叫んでみても先方からの反応が一向に無いのなら尚更である。


「……そろそろ説明してやるか?」


 不意にリリーが呟いた。今自分達がどんな状況に置かれているのか、全て公表しようと考えたのだ。これまではお互いに話す余裕も無かったが、今はそれなりに余裕が出来ているはずだ――こちらは作戦を終えて一段落しているし、向こうも向こうで叫び疲れて大人しくしている。


「……とりあえず、アロワナに相談だな」


 借金を餌に自分にこんな雑事をやらせたアンドロイドの顔を思い出してむかっ腹を立てながら、リリーはわざと大きな音を立てるように大股でその区画を後にした。


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