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第四十八話「子供扱いしないで」

 パインとモブリス、そしてショーとモンブランの四人は地上に上がった後、自己紹介もしないままにアンドロイドの補修作業に強引に参加させられる事となった。目の前の惨状を前に要請を突っぱねる訳にもいかず、彼らはその作業を手伝う事にした。

 それでも事態が好転する事はなかった。

 どいつもこいつもまともに他のアンドロイドを触ったことの無いド素人だったからだ。当然である。


「船頭多くして船山に上る、と言う事か」

「上手いこと言ったつもりかよ」


 そしてそう額の汗を拭いながら澄まし顔でパインが漏らした台詞にリリーが噛みついた頃には、アンドロイド達は事情を知って機転を利かせたスバシリが一度帰った後に乗ってきたトラックに積み込まれ、修理のためにゴーゴンプラントと『S.O.H』が停泊していたドックへと移送されていっていた。応急処置にあたっていた全員もそのトラックに乗ってそこへ向かっていた。

 こうなるまでの間にライチ達が手をつけられたのは僅か十四体。時間が少なかったのもあるが、それ以外に当事者の技量不足がその主な原因である事は明白だった。少なくともその場にいた者達は、堅く口を閉ざしたまま揃ってそう考えていた。


「……」


 その中でライチは、顔を俯かせたまま眉間に深く皺を刻み込み、ドックに着くまで一言も言葉を漏らさなかった。





「では、そのように」

「ああ、わかったよ」


 結局、アンドロイド達はゴーゴンプラントと『S.O.H』で半々に分けて収容する事となった。ゴーゴンプラントの方に十分な空きスペースが無かったからだ。


「これなら、変に動かないで初めからこうするようにしておいた方が良かったかもな」

「いや、君達はよくやってくれた。今の状況が生まれたのも、それ以前にスバシリがトラックに乗って来たのも、全ては君達が『どうにかしよう』と思って行動したからこそ生まれた事象なのだ。あまり自分を責めるんじゃない」


 そして『S.O.H』の艦橋――馬鹿でかい貴族の個室内にて報告を終え、すっかりしょげかえっていた当事者達を前にして、アロワナはそう力強く訴えた。隣に立ったオルカも腕を組みながら頷き、低く艶のある声でそれに合わせた。


「全ての人間には――そして全てのアンドロイドとAIには、すべからく『出来る事』と『出来ない事』がある。そして君達はその『出来ない事』を、なんとか必死になってこなそうと努力したんだ。それは初めから『出来ない』と割り切って彼らを見捨てるよりも、ずっと格好いい事だよ」

「……そう言ってもらえると、こっちも気持ちが軽くなるよ」


 人間というものは――感情と言うものを持つ全ての存在は、自分の行った行為について手放しで賞賛されると、嬉しく思わずにはいられなくなる。自分が努力した事を認められて、喜ばない存在などいないのだ。

 褒めて伸ばすとはよく言った物である。

 そしてそれは、そこにいたジンジャー達に対しても例外では無かった。そのアロワナとオルカの攻撃を受け、彼らはそれまでの悔しさと無念さで打ち沈んでいた顔を少しずつ解していき、やがて雲間から日が差すように、段々とその表情に明るさを取り戻していった。

 上手く行ったか。彼らの変わり様を見て内心で胸を撫で下ろしながら、アロワナが駄目押しとばかりに言った。


「なんにせよ、君達は意味のある事をしたんだ。後悔するのはこれで終わりだ。今からは、しっかりと前を見て行動するように。いいな?」


 そして彼がそう告げた直後、先方から返事が返ってきた。声量もタイミングもバラバラだったが、そこにはしっかりとした意志が込められていた。

 もう大丈夫か。その声を聞きながら、アロワナはそう思って満足げに頷いた。オルカも目を閉じ、穏やかな表情を浮かべていた。

 しかし、そこにライチの姿はいなかった。





「よう、こんな所にいたのか」


 突然背後から声がして、ライチは驚いて後ろを振り返った。そしてそこに立っている者の姿を見て、大きく胸を撫で下ろした。ライチを除く『町組』がアロワナ達に報告を終えた後の事である。


「まったく、びっくりさせないでよ」

「あ、驚かせたか? わりいな。どう声かけたらいいかわかんなくってよ」


 そう言ってカラカラ笑いながら、その声の主――リリーが大股でライチの隣に並び立つ。そしてそれまでライチが見ていた光景――目の前にあるガラス窓の向こうに広がる光景を見て、リリーが声量を落としてライチに尋ねた。


「やっぱり、気になるのか?」


 リリーと同じ方向へと向き直って、ライチが無言で頷いた。そしてそれまで見ていたガラス窓の向こうに広がる光景に、ライチが再び目をやった。

 そこは簡単に言えば手術室だった。『S.O.H』内部にある集中治療室である。

 本来は人間のための施設だったが、緊急と言う事でアンドロイド修理のためにここが使われていた。ちなみにここで優先的に処置を受けられるのは、運び込まれたアンドロイドの中で損傷状況やエネルギー残量などからオルカが『一刻の猶予もなし』と判断を受けた物だけである。

 部屋の中は床も壁も天井も真っ白で、壁の一部には観音開きの冷凍庫や保存庫、スイッチとランプが同じ数だけ配置された機材が埋め込まれていた。天井からは一つの大きな円の中に丸いライトをいくつも規則的に詰め込んだ巨大な照明具が、太く白いアームによって吊り下げられていた。

 そして部屋の中央――件の照明の真下には白い手術台が一つだけあり、それを取り囲むようにして小型のカートや箱形の機械が手術台の周りに鎮座していた。


「もっと……自分ならもっと上手くやれたんじゃないかって、ずっと考えてた」


 手術台のすぐ傍にある床の四ヶ所が左右に割れ、そこから四本のロボットアームがせり上がってくる。その形はジャケットと同じく白い流線型のカバーがつけられた細身の『腕』であり、そしてそのマニピュレーター部分は文字通り人間の『手』を模して作られていた。

 更に天井からも二本の同様のロボットアームが姿を現し、同時に照明のスイッチが点いて目を灼く程に眩しい光をアンドロイドの体に浴びせ始める。


「前にアンドロイドを治した事があってさ。だから今度も上手く行けると思ってたんだ。でも、実際にやってみたら全然そんなことなくて」


 ロボットアームが五本の指を器用に動かし、各カートの中にあったドリルや溶接バーナー、そして新しい腕を用意するまでの間、断面を塞ぐために使われる円形の金属製の板を次々と手に取っていく。

 その様子を見ながら、ライチが声を震わせて続けた。


「なんか、悔しいっていうか、情けなくなったんだよ。この程度の事も出来ないのかって、嫌な気分になって……」

「ライチ」


 その言葉を遮るように、リリーが低い声で威圧するように行った。そして驚いてリリーの方を向いたライチの頭頂部目掛けて、リリーがチョップを振り落とした。


「がぁ――!」


 滅茶苦茶痛かった。反射的に目尻から涙が噴き出し、姿勢が膝から砕けて視界がぐらりと揺らぐ程に。

 その頭が割れる程の激痛に耐えかねて、ライチが頭を両手で押さえたまま体を折り曲げてその場にうずくまる。そしてそのライチに合わせるように自らも腰を落とし、リリーがなおも低い声で言った。


「ライチ、お前の本業はなんだ?」

「ほ、本業?」

「お前、火星で何してたんだ?」

「何って――」


 頭をさすりながら、ライチが恐る恐るリリーと目を合わせる。その視界に映る彼女の顔は、真剣ではあったが決して怒ってはいなかった。


「――整備。ジャケットの」


 ボソボソと、力なくライチが答える。頷いてからリリーが言った。


「お前はジャケットの整備をしていた。だろう?」

「うん」

「アンドロイドを専門に直してた訳じゃねえんだ。そうだろう」

「で、でも、アンドロイドの体の造りはジャケットとほぼ同じだったし、いろんな所でジャケットと似てたから、そっちの技術も通用する――」


 頭から手を離してそう必死に言いかけたライチの脳天に、リリーが再度チョップをかます。しかし今度の物は、そこを軽く小突く程度のものだった。だがライチを怯ませるのにはそれで十分だった。


「そういうのを付け焼き刃って言うんだよ。上手く出来なくて当然だ」

「あう……」


 正論を突かれ、ライチが完全に沈黙する。ガラス窓の向こうから腹の底に溜まるような金属を焼く音が鳴り響く。


「オルカの野郎が言ってた事だけどな。人間には出来る事と出来ない事があるんだ」


 リリーの言葉はその手術室からの音よりも小さい声だったが、この時のライチは何故だかそれをはっきりと聞き取る事が出来ていた。


「なんでもかんでも一人でやろうとすんな。お前はメアリー・スーじゃねえんだ、弱くて当然だ」

「だけど……!」

「いいんだよ出来なくて」


 リリーがライチの頭をわしゃわしゃと力任せに撫でる。


「出来なくて当然だ。ていうか、まともに経験してねえ事を失敗する方が普通だっつーの。それで悔しかったら、次に備えてしっかり頑張ればいい」

「……」

「悔しかったら次で挽回しろ。それでいいんだよ」

「……うん」


 気がつけば、溶接の音はすっかり消えていた。しかしそんな物は初めから無かったかのように、リリーはライチの頭を優しく撫で、ライチは目を細めてその暖かい感触を受け入れていた。





「その、ごめん」


 そしてそれから暫くして、ライチがそう力なく言った。一体目が退出し、手術室に二体目のアンドロイドが運び込まれていく中で、リリーはそのライチの放った言葉に首を傾げた。


「なんだよ、改まって」

「いや、僕の事で、色々世話かけさせちゃったみたいで……」

「ああ、いいんだよ別に」


 頭から手を離し、立ち上がってリリーが言った。


「俺が好きでやってる事だからな」

「お節介焼き?」

「子供が好きなんだよ」


 自分もまた立ち上がりながら問いかけてきたライチに、リリーがそう笑って返す。思わずしかめ面で黙りこくるライチを見て愉快そうに笑い声を上げた後、リリーが明るい調子で言った。


「ま、子供だとかそういうのは抜きで、俺はお前の事、結構気にかけてるんだぜ? 嫌な事とか困った事とか、結構内に溜め込むタイプに見えるからな、お前」

「いや、それは……」

「図星か」


 心の内を見透かされ、またもライチが口ごもる。それを見て小さく笑いながら、リリーがライチの頭を撫でながら言った。


「困った事があったら、いつでも頼ってこい。聞ける範囲で話を聞いてやるから」

「え、あの、その……本当にいいの?」

「いいって言ってんだろ。しつこいな」

「いや、その、あまり他の人にこうやって頼った事ってあまりないから……」

「ああ、そう言う事か。もちろんありだ。本当のお姉さんだと思ってぶつかってきていいぜ?」


 リリーがそう言ってウインクを見せ、それを見てライチが思わず顔を赤らめ俯く。それに対してリリーが「俺に惚れたのか? 浮気ヤローめ」とからかい、それを受けてライチが反論しようと顔を上げたその時。


「あ」


 リリーの後方。見てはいけない物を目の当たりにして、唖然とした表情を貼り付けながらライチの体が石のように固まった。


「おい、どうした?」


 事態に気づいていないリリーが、そう暢気にライチに呼びかける。顔の前で手を振ってみるが反応がない。


「なんだよ。いきなり固まりやがって。なにかあったってのか?」


 リリーが再度、明るい声で問いかける。だがそれに対して、ライチは口を使う代わりに小さく顎を前にしゃくった。


「あん? 前? 後ろ?」


 その反応を見て怪訝そうに首を傾げ、請われるがままにリリーが後ろを振り向く。

 直後、リリーの顔が凍り付く。


「……随分とまあ、仲がいいのですね」


 満面の笑み――恐ろしさすら感じる程に作られた無機質な笑みを顔に貼り付けながら、カリンがそこに立っていた。

 そしてその笑みの内側で嫉妬の炎が赤々と燃え上がっているのを感じられない程、リリーは鈍感ではなかった。


「うふふ。これはこれは、私はどうやらお邪魔だったようですねえ?」

「いや、待て、これは――」


 感情が昂ぶるあまり敬語になってしまっている。それはそれで逆に怖い。

 しかしそんなカリンの方へ振り返って慌てて弁明しかけて、リリーの頭が不意に知恵を働かせ始めた。

 ひょっとしたら、こいつが来たのはついさっきの事で、最初から最後まで見られた訳ではないんじゃないか。ほんのちょっとだけ見られたのなら、ほんのちょっと謝ればそれで済むんじゃないのか。

 そう考えていく内に、絶望と言う名の暗黒に包まれたリリーの心に希望の火が灯っていく。そしてその火は段々と大きくなっていき、ついには彼女に行動を起こさせるまでに至った。

 努めて平静を装いながらリリーが言った。


「い、いやあ、実はこいつ、ちょっと船の中で迷子になっちまっててさ。それでこうして道案内をしようと」

「道案内に頭撫でる要素って必要なんですか?」

「――」


 全部見られてた。

 リリーの中の希望が完全に砕け散る。そうして引きつった笑みを浮かべるリリーに、カリンが握り拳を作りながら言った。


「私だって」


 カリンが一歩前に出る。リリーが思わず後ずさる。


「私だって――」

「お、おう、なんだよ」


 カリンの語調が段々強くなっていく。そして引きつった顔で問い返したリリーに向けて、カリンが力強く言い放った。


「私だって、ライチの頭撫でたい!」





 結局、カリンが「メルボルンで出会った面々とちゃんと自己紹介をするから艦橋に上がって欲しい」というアロワナの伝言をライチ達に告げる事に成功したのは、彼女が四分もかけてライチの頭を思う存分撫で回した後だった。


「はあ……極楽……」

「さいですか……」


 カリンはほくほく顔でさも幸せそうに頬を緩め、ライチはバツの悪そうにしながらも黙ってその頭を差し出していた。そしてそんな二人の様子を見て、リリーは終始ニヤニヤしていた。


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