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第四十七話「祭りの後始末」

 遠隔装置を破壊したという謎の人物からの通信、そして町の外に展開されていた戦力に対して勝手に囮作戦を実行していたオルカからの連絡を受け、メルボルンにおけるゴーゴンプラントの攻撃作戦は終了する所となった。


「オルカが止まったって言ったんだろ? 囮役になって、間近で見てたオルカが。なら信用してもいいじゃねえか」

「ええ、そうですね。まったくその通りですよ。ええ、そうですとも」

「……なにふて腐れてんだよ」

「姉ちゃん、こっちに連絡も寄越さないでオルカが動いたのが気にくわないんだよ」


 スバシリが言うには、状況終了以降静かに怒りを湛え始めたイナをなだめるのに苦労したらしい。艦橋でも小さな戦闘が発生していたようである。

 この頃には町内部にあった戦力も殆ど片付けられており、そして辛うじて生き残っていたドーンズ派のアンドロイド達もまた、自ら置かれた状況を知ってなお玉砕覚悟で突撃してくるような短絡的な思考の持ち主では無かった。ドック付近に集結していたアンドロイドの中で生き残っていたのは一人もいなかった。

 そしてジンジャーとリリーは投降してきたドーンズのアンドロイド六人をそれぞれ三人ずつに分けて拘束し、それを互いの掌の上に載せてゴーゴンプラントの停泊していたドック前に集結した。


「――なんだよ、死んだのかと思ったぜ。おどかしやがって」

「そっちが早とちりしただけでしょ? でもまあ、みんな無事で良かったよ」

「そっちは五体満足とはいかなかったようだがな」


 そこで彼らは片手足を破壊された状態で地面に座り込んでいたジャケットを目の当たりにし、最初大いに狼狽したが、そのパイロットであるライチ自身が無事だったことを知るや否や安堵のため息を吐いた。


「船の方は? そっちは無事なのか?」

「はいー。ライチ様が頑張ってくれたお陰ですー」

「なら、そいつにご褒美をやった方がいいんじゃねえか?」

「それはカリンがやってくれるってさ。とびきり熱いのを」

「――え、はあ!?」


 カリン、ごめん。

 無線越しに聞こえてくる、茶化すようなエムジーの声とカリンの叫びを耳にして、ライチは心の中で謝った。

 そんなやりとりをしている内に、彼らの前にあるゴーゴンプラントの階段状になった外壁の一部が左右に割り開かれ、そことドックの縁を繋ぐようにスロープが降りてきた。


「みんな、色々と積もる話もあるだろうが、とりあえずは帰ってきてくれ。ジャケットの整備やエネルギーの充電もせねばならんのでな」

アロワナの落ち着いた声が無線から聞こえてきた。三体の巨人が顔を見合わせ、それもそうかと頷き合う。

「じゃ、俺から先に行かせてもらうぜ」

「踏み外して落ちるなよ?」

「おいおい、俺がそんなヘマするように見えるかよ?」

「前に充電してないの忘れて飛んで、それで海に落ちた事あるよね?」

「う、うるせえな。何度も失敗はしねえっての」


 そう言ってから、リリーが操縦桿を前に倒してハピネスを前進させる。

 だが、他二機より前に出て、いざ中に入ろうとハピネスがスロープの端に足を掛けた刹那。


「……待って……」


 クチメの平坦な声が無線越しに聞こえてきた。ハピネスがその場で踏みとどまる。


「おい、どうした?」


 ジンジャーが尋ね返す。一瞬の沈黙の内、クチメがそれに答えた。


「……町の方に、熱源反応多数……」

「熱源だあ?」

「どこから?」

「……外から来たんじゃ無い。いきなり沸いて出てきた……」

「いきなり?」

「……うん。それと出てくる直前に、町の下から僅かな振動が検知されている。だから多分、彼らは地下から沸いて出てきたんだと思う……」

「確か、この町の地下には通路が張り巡らされているとか言っていたか」


 ジンジャーの言葉に、無線越しにアカシアが「ああ、せやで」と肯定の返事を寄越してくる。そのアカシアの後に、クチメが続けた。


「……熱パターンから見て、対象は恐らく、全てアンドロイド……」

「アンドロイド、って事は――」

「この町の住人ってこと?」


 ライチの言葉に「うん」と頷いてから、クチメが何でも無いことのようにさらりと言った。


「……全員負傷している……」





 町の外に負傷したアンドロイドが溢れかえっている。

 クチメからその報告が上がってきた時、既にオルカの船――『S.O.H』も別のドックに停泊を終えていた。ゴーゴンプラントのすぐ隣である。

 そして停泊後、彼女は先方の許可も取らずに無線を繋げ、ゴーゴンプラントの中枢コンピュータに勝手にアクセスし、遺物を排除せんと牙を剥いてきた攻性ワクチンプログラムやファイヤーウォールを片っ端から叩き潰し、防御システムを壊滅させておいて顔色一つ変えずにアロワナと面会した。

 エムジーとジャケット乗りの三人とレモン、そして『お手伝い』のカリンの六人が町に向かった後の事である。


「やあ、君達。どうやら上手くいったようだね」

「実際に成功させたのは我々では無いのだがね」


 この時、アロワナはオルカがどうやって入り込んだのかを全く認知していなかった。いくら人間より頭の切れるアンドロイドと言っても、自分以外のコンピュータの全てを把握している訳ではないのである。

 ともかく、その場で控えめに謙遜するアロワナに対し、オルカは余裕たっぷりに舌を鳴らし指を振ってから答えた。


「それでも、君達が町の中に陣取っていたドーンズの部隊を片付けた事に変わりは無い。それに、君達が動いたからこそ、事態がこのように動いたのかも知れないよ? とにかく、君達は誇るに値する事を成し遂げたのさ」

「そこまで言うか……」

「ボクは大真面目だよ」

「はいはい、そーですねー」


 そして彼に対してそう得意げに語るオルカだったが、ジト目で睨みつけるイナの姿を見て途端に眉をひそめた。


「……随分とお冠みたいだけど、ボクが何かしたのかい?」


 顔を近づけ手の甲で口を覆いながらひそひそ声でそう問いかけてくるオルカに、アロワナはため息交じりでその理由を答えた。


「なんだ、そんな事か。そんなにボクの事が心配で仕方無かったんだね。困った――いや、愛らしい子猫ちゃんだ。でも、その心意気はとても美しい。ボクは大好きだ。そしてそんな美しい彼女をこんなにも気に懸けてしまっただなんて、ボクはなんて罪作りな美しさを持ってしまったんだろう!」


 駄目だこいつ。全然わかってねえ。

 頭上からスポットライトが当たっているかの如く一人悦に浸るオルカを見て、アロワナは顔をしかめて再度ため息を吐いた。

 オルカが件の防御システムを潰したことが発覚し、イナが更にその顔に怒りの色を湛えるのは、それから暫く経ってからのことである。





 オルカとアロワナ達がゴーゴンプラントで話し合っている一方、クチメが発見したポイント――町のメインストリートである大通りの方は、別の意味で戦場と化していた。


「おい! 腕のスペアとかねえのか! こいつビクビク痙攣してる! 死にそうだぞ!」

「無茶言わないで! そんな丸々一個あるわけ無いでしょ!?」

「こっちは足がもげてるぞ! 両足だ! どうする!?」

「大丈夫! ジャケットと一緒で、ジェネレーターが無事ならアンドロイドは死なないから! とりあえず切断面から見えてるエネルギーバイパスの断面に鉄片を置いて、それをビームソルダーで溶かして塞いで、エネルギーのロスを防いで! そうすればとりあえず死ぬことはないから!」

「人間の言葉を使ってくれ!」

「どうすりゃいいんだよ!」


 そこには今、地下から沸き上がるようにして現れてきた何百ものアンドロイド達が道いっぱいに溢れかえっていた。しかもその全てが大なり小なりの損傷を負っており、無傷な者は全体の一握り程度しかいなかった。

 傷の浅い者はボディの表面が黒く焦げついたり擦過傷のように擦れた跡がついたり、カメラアイを保護するカバーにヒビが入っていたりしていた程度で済んでいたが、重症患者ともなると、腕や足が千切れて無くなっていたり、体の一部がひしゃげて中身が漏れ出ていたりしていた。

 そしてそんな応急手術が必要なレベルなまでに痛めつけられていた者達を前に、そこに残ったジンジャーとリリーは完全に無力であった。


「……ああ、もう! まさかここまで酷かったなんて!」

「こんな事なら、せめてレンチだけでも持ってくれば良かった……!」


 エムジーとライチはどのアンドロイドにどのような施術をすればいいのか頭の中でイメージは出来ていたが、それに必要な設備や資材がない点から見れば、彼らもまた今は無力な存在であった。


「はーい、みなさーん、持ってきましたよー」

「ちょっ、どいてどいて! 轢いちゃうって!」


 そんな時、一度ゴーゴンプラントに戻っていたレモンとカリンが、大型のカートを二人がかりで押しながらやって来た。カートの中には大量の部品や工具が、中から溢れん程にまで詰め込まれていた。

 そしてそれまで手持ち無沙汰だったジンジャーとリリーが、我が意を得たとばかりに元気になる。何も出来なかったイライラを解消するかのように進行方向上に転がっていたアンドロイドを力任せに引きずって次々どかしていき、それによってカートはスピードを落とすこと無く、まっすぐにライチ達の元へと辿り着いた。


「えーっと、これくらいでいいでしょうかー?」


 レモンの言葉を話半分に耳に入れながら、ライチが中に入っているブツを手当たり次第に取って品定めをしていく。そして何に使うのか判らない、掌に収まるサイズの歯車のような形をした部品を持ちながら、会心の笑みを浮かべてライチが言った。


「うん。上出来」

「本当ですか?」

「ああ。でも欲を言うと、もっとパーツが欲しいかな。これくらいじゃまだ全然足りない」

「はいー。わかりましたー」


 役に立てた事を素直に喜ぶようにレモンが笑みを浮かべ、そしてその笑顔のままカリンの肩に手を置いて言った。


「ではカリン様、もう一往復行って参りましょうかー」

「ええ。わかった――ライチ、そっちはお願いね」

「うん。任せて」


 ライチが片手を挙げて答え、それにカリンがウインクを返す。そして先に行くレモンを追うようにして、二人がドックへと走り去っていった。


「なにニヤついてんのよ」


 カリンの背中を見つめながら笑みを絶やさずにいたライチを隣に立ったエムジーが小突く。それに気づいて一瞬驚いた後、すぐに照れくさそうな顔を浮かべてライチが言った。


「いや、カリンがここに馴染んでいってるのが嬉しくってさ」

「――ああ。確かに最初の頃は、ガチガチで緊張しっぱなしだったわね」

「うん。それでもこうして溶け込めているみたいで良かったよ」


 そう言って、再びライチがカリンの向かった先を見つめる。そして今度はエムジーも、それに合わせてライチと同じ場所をじっと見つめる。

 二人暫し、感慨深そうに同じ光景を見つめていた。


「おい! なに突っ立ってるんだ! ブツが来たんならさっさと始めるぞ!」


 が、それもリリーがそう叫ぶまでの間の出来事であった。二人同時に我に返り、そして互いに顔を見合って苦笑してからリリー達の方へ振り返る。


「ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

「カリンの事を考えてたんだろ?」

「えっ、いや」

「図星」

「ちょ、やめてよ!」


 いきなり笑って言ったエムジーに顔を真っ赤にしてそう返した後、恥ずかしさを振り払うように大声でライチが言った。


「――と、とにかく! 今からここで、出来る限りの事をするよ! 皆にも手伝って貰うし応急処置の仕方も教えるけど、それでも判らない所があったら質問して! 僕自身まだ知らない所もあるけど、できる限りで答えるから!」

「先生! 先生も判らない所があったらどうすればいいですか!」

「諦めて! 放置!」


 リリーの質問をライチがバッサリ切り捨てる。自分はあくまでもジャケットの整備士だ。アンドロイド専門の医者ではない。

 そしてそれに反論する者もいなかった。自分達はそのライチ以下だ。偉そうな事を言える身分では無い。


「まずはやれることをやる! 始めるよ!」


 そしてライチの号令をきっかけとして、全員が動き始めた。





 そうして意気込んでみたはいいが、やはり彼らがやれる事には限度があった。そもそも、数百人規模で広がる傷病者をたった四人でどうにかしようと言うのが間違っていた。


「くそっ――」


 人手も資材も時間も足りない。そしてそれ以前に、彼らは修理の専門家では無い。ライチこそ自ら体得しているジャケットの整備技術をアンドロイドの修復に応用することが出来たが、それも所詮は付け焼き刃であった。

 第一、ジャケットの手足がもげた場合は真っ先に機体の電源を落とし、内部に溜まった余剰エネルギーを全て吐き出した後で、ゆっくりと破損箇所を新品と交換していくのが普通である。先に彼の言ったやり方はジャケット整備の視点から言えばまさに『最後の手段』であり、そして彼はその方法を整備マニュアルの中でしか目にしたことが無かった。彼のいた場所には資材も設備も時間も人員も潤沢に揃っていたからだ。

 ライチ以外の初心者勢など論外である。彼らは手足や体の一部を損失していたアンドロイドに的を絞って、ライチの言う通りの手順を踏んで応急処置を行っていたのだが、そのために見たことも聞いたことも無い作業――バイパスの断面を塞いでエネルギーの流出を防ぐと言う作業をする羽目になり、非常に悪戦苦闘していた。額に脂汗を流し、顔をしかめて集中して作業を行い、それでも一体完了するのに五分かかれば上出来な方であった。

 とにかく、彼らの行動は鈍重極まりない物であった。だがそこにいた全員は、誰も彼も必死であった。慣れない手つきで、厳しい環境下で、それでも必死に処置を施していった。誰にもそれを責める事は出来ない。

 行動をした。内容や結果の成否はともかく、こうして彼らが動いた事こそが大事なのである。





「……何をしているんだ?」


 そして彼らが作業を始めてから一時間後、ライチの耳がそんな呆気に取られたような声を聞き取った。どこから、誰が話しかけてきたのか。それを確認しようと、ライチが両腕を無くして倒れていたアンドロイドから視線を外し、額の汗を腕で拭って顔を上げる。


「あ」


 そして見上げた視線の先、左右に割れた地面の縁の上、ライチはずっと前に見た人間の顔をそこに認めた。


「あれ、どうして、え?」

「ああ、やっぱりライチか。予定通――いや、奇遇だな」


 老婆のそれのように縮れて乾ききった白髪。右目を覆う眼帯。その白髪に比べ、やけに若々しい顔と声色。


「どうした? 何か困っているのか? ……いや、やっぱり言わなくて良い。その光景を見れば何をしているのか大体判る」


 パイン・ジュール。

 その姿を見たライチが、無意識のうちに顔を緊張で引きつらせる。


「……どうして、ここに?」


 他の面々も既にそのパインの姿を目の当たりにしていた。作業の手を止めてライチが尋ねる。


「どうして……ううん……」


 そんな彼らの視線を前に怯む素振りも見せず、パインが顎に手を当てて考え込む仕草を取りながら言った。


「……観光かな?」





 カリンとレモンが新しい資材と、それにくっついてきたスバシリとオルカと共にライチ達の元へやって来たのは、パインの後ろから複数のくぐもった足音が聞こえてきた後の事だった。


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