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第四十一話「方針策定」

「通信? わたくし宛に?」

「うん。姉ちゃんに電子メッセージが来てたんだよね。一通」


 アタシ達がカリンの所に行ってた時くらいかな。そう説明するスバシリを横に、電子体となってカサブランカ艦橋中央にあるテーブルの上に浮かんでいたイナは、眼前に浮遊する未開封の四角い封筒の形をしたメッセージデータを注視していた。

 クチメはイナの下で寝ていた。起きる気配も無かった。

 そんなクチメをよそに、データを見つめながらイナが尋ねた。


「差出人は?」

「不明も不明。どこ探しても痕跡無し。ぜーんぜん不明」

「……妙ですね」


 投げやりに放たれたスバシリの言を受け、イナが渋い顔をして言った。


「この船へ通信を飛ばせる回線を知り、それでいて自分の素性は明かさないとは……ソウアーから送られてくる物とは、明らかに異なります」

「でもさー、アタシらの船の通信回線の周波数って、基本的にソウアーの連中しか知らないよね? それおかしくない?」

「ええ。だからこそ気になるのです」


 そう言って、イナが前と変わらずの仏頂面で再び眼前のデータを睨みつける。

 と、その時、何かを思いついたようにスバシリが空間を泳いでイナの元に近より、にやけ面でその耳元に口を寄せて言った。


「じゃあいっそのことさ。開けてみたら?」

「駄目です」


 が、駄目。

 顔色一つ変えずにイナが一蹴する。イナから身を離しながらスバシリが口を尖らせた。


「ぶー! どうして姉ちゃんはそうノリが悪いのかなー! いいじゃん別に中にウイルスが入ってたってー! アタシ達がそんなウイルス如きに負けると思うー!?」

「いいですか? 何事にも完全などありはしないのです。いらぬ慢心を抱いていると身を滅ぼすことになりますよ?」

「まーたその手のお説教だよ……」

「説教ではありません。わたくしは、この世界で生き残るためのイロハを説いているのです――そう、万事において慎重にあれ。それが安全であると言う確証を得るまで、無闇に行動を起こすべきでは無いのです」

「あーもうわかった、わかった、わかりましたー。もう何もしませんごめんなさいー」


 イナが本格的な説法を始めるより先に、スバシリが自ら――やや捨て鉢気味に――負けを認めた。それを聞いたイナはどこか満足していないように顔をしかめながらも、了承したように頷いた。経緯や理由はどうあれ、スバシリが身を引いたのは事実だからだ。

 その時。


「目標地点、カサブランカ内部のコンピュータに到達。内包データの自動開示を開始します」


 そう無機質の電子音声を出しながら、イナの眼前にあった封筒の封が突如、二人の目の前で勝手に解かれていったのだった。


「これは――」

「え、えっ? なにこれ、なにこの機能?」


 イナとスバシリの顔色が一気に変わる。片方はこの不意打ちに対する脅威と焦りを感じ、もう片方はこのデータに仕込まれていたこの『仕掛け』を見て子供の様に目を輝かせていた。


「カサブランカのコンピュータ内に入ったら、自動でデータが開示されるよう予めセットされていた? 馬鹿な、誰がいったいこんな事を……!」

「うわー! すげー! よくこんな面倒くさい識別プロトコルなんか仕込んだなー! 尊敬しちゃうなー!」

「スバシリ! 今は楽しんでいる場合じゃ無いでしょう!?」

「無理だよ姉ちゃん! これもうこっちのデータバンクに勝手にインストール始めちゃってるんだから! ていうかもう終わってる!」

「はあ!?」

「早業だね! そんなに見て欲しいデータなのかな?」


 愕然とするイナの横でスバシリが期待に目を輝かせる。

 一言言ってやりたかった所だったが、もう何もかもが手遅れだった。イナは諦めたように大きくため息をつき、スバシリと一緒に開封されていくデータを見守った。

 封筒の封が完全に切られ、次いで封の解かれた中から現れた金色の光が球形に膨れあがり、代わって封筒が萎んでいきその光の中に消えていく。


「手が込んでるなあ……」

「いえ、これはまだ何かありますね」


 やがてサッカーボール大にまで肥大化を遂げた球はそのまま形を変え、そのままスムーズに、ゆっくりと人の形へと変わっていった。

 そして球の変形が終わった後、人型を覆っていた光のベールが頭のてっぺんから粒子になって剥がれ落ちていく。

 ベールは数秒で完全に剥がれ落ちた。そして後には、水色の髪を持ち、黒のタンクトップとホットパンツを身につけた、スレンダーな人間がそこに立っていた。


「……あ」

「げえ」


 その『完全な人間の形』になったホログラムを目にした途端、二人は揃って力の無い声を上げた。


「……なぜ、あなたがここに?」

「サイアク……」


 面倒くさそうな顔で、面倒くさそうな声を上げたのだった。

 そんな二人の苦悶の顔など露知らず、その人型が柔和な微笑みを浮かべながら口を開いた。


「やあイナ、スバシリ、クチメ、久しぶりだね。ボクだよ。一方的なメール越しとはいえ、こうして話をするのは久しぶりだね――まさかこの美しいボクのことを、忘れてなんていないよね?」


 若く、爽やかな女の声だった。





 そして同じ頃、ゴーゴンプラン側の方でもある問題が発生していた。先に回収したカリン以外の学園の生徒達が、目を覚ますやいなや口々に不満を漏らし始めたのだ。


「こんな狭い所に閉じ込めておく気か? ふざけるな!」

「これが地球のやり方だって言うの!? 信じられないわ!」

「おい! ここの責任者はいないのか! もっと柔らかいベッドは無いのか!」

「よくもこんな所に閉じ込めてくれたな! 火星に戻ったらパパとママに言いつけてやる!」


 助けられたことに対して感謝の念を述べる者は皆無だった。火星にいた時と同じ感覚で、自分達がこの場で最も偉い身分の存在であると思い込んでいたからだ。

 俺達はハイヤーだ。この世界の未来を動かす、最も尊き存在だ。

 我々ハイヤーの意見こそが、一番に尊重されるべきなのだ。

 彼らは真に自分達の置かれた状況に気づくこと無く、ここが安全な自分達のために用意された箱庭であると思い込み、より快適な状況を求めて召使いに命を下すように、そう好き勝手喚き散らしていたのだ。


「……」


 そんな馬鹿共の一方的なわがままを、ゴーゴンプラント下層部にある小型司令室に集まっていたアロワナ達は努めて黙殺した。彼らの悲痛でも何でも無い叫びを止めようともしなかった。

 放置しておけばいずれ疲れて声も収まる。あんなのに正面から構うのは時間と労力の無駄だ。それが彼らの一致した見解だった。

 せめて自分達は大人の対応をしておこう。滅茶苦茶不愉快であるが。


「その、ごめんなさい。色々と迷惑をかけてしまって」


 その中で、喚き散らしている連中と同じ立場にいながら『こちら側』に立っていたカリンが、椅子に座りつつ、頭を垂れて申し訳なさそうに漏らした。


「本当なら、こういうことは教師が注意するはずなんだけど。あの人達もその、階級に毒されてる所があるから……」

「あいつらの言い分に賛同して、口を挟もうとしない、か」


 ジンジャーの言葉にカリンが僅かに頷く。身分制って怖いなー、と他人事のように言った後で、アカシアがカリンに尋ねた。


「でもそんなら、お前さんは何でそんな大人しうしとるねん? 不満とかも色々あるんとちゃうか?」

「それはまあ、こっちでの生活が火星の時よりもずっと不便なのは、ちょっと見てもわかるけど……」


 そこでいったん言葉を切り、そしてアカシアの方を見ながらカリンが続ける。


「この、今の地球の状況を知っちゃったから、そんなに贅沢も言ってられないかな……って思ったんです。それに……」

「ライチがいるから頑張れる?」

「それはまあ、それもありますけど……て、なに言わせてんですか!」


 ジンジャーがぽつりと呟いた言葉にまんまとのせられてしまったカリンが、椅子から飛び上がってその自分を嵌めたジンジャーに食ってかかる。一方でその様子を見て、エムジーが「モテモテね」とクスクス笑いながらライチの方を見て言った。

 直後、ライチは火が点いたように顔を真っ赤にして、そのまま黙って俯いた。その様子を見て再び愉快そうに笑った後、今度はアロワナに向けてエムジーが言った。


「それで、この後はどうするの? 例の兵器の調査を続けるの?」

「そうだな。その事に関してなんだが――」

「兵器って、私達を撃ち落とした奴のこと?」


 と、アロワナが続けようとした言葉を遮って、それまで詰め寄っていたジンジャーとの距離を離しながらカリンが尋ねた。彼女の質問によって口を噤まされていたアロワナは、だがそれに対して不快を露わにする事も無く首を縦に振った後、自身の話を再開した。


「そうだ。君達を撃ち落としたあの衛星破壊砲台の事だ。その事に対して、こちらで一つ提案がある」

「提案?」

「なんだ?」


 そう言って目の前の角テーブルに両手をついたアロワナの元に、その場にいた全員が集まる――それまでのやりとりをニコニコ遠目に見つめていたレモンと、それまで壁にもたれかかりながらいびきをかいていたリリーもその中にいた。その全員を見渡した後、アロワナが自分の前にあるテーブルの縁におもむろに指をあてがった。


「見てくれ。これがオーストラリアだ」


 直後、アロワナの言葉と共に、テーブルの上にオーストラリア大陸の地図が僅かなノイズと共に浮かび上がってきた。全員の視線が自然とその大陸に集まる。


「知っての通り、例の兵器はこの大陸の中央部にあると思われる」


 と、大陸の真ん中あたりに赤い光点が一つ生じ、ゆっくりとしたペースで明滅を始める。その地図の上、アロワナが今度は大陸右下隅にある沿岸部の一点を指さした。


「そして、ここが当初我々が目指していた場所、メルボルンだ。このオーストラリア大陸の中で、唯一機能している町といっていい」

「兵器のある場所からは、かなり離れているのですねー」


 レモンが呟き、アロワナが「その通りだ」と返す。するとその言葉の後に、リリーがその地図の右上の沿岸部――ゴーゴンプラントから一番近い場所を指さしながら尋ねた。


「で、これからどうするんだ? メルボルン行きは一回断念して、ここら辺の一番近い所に停泊して、そこから直接兵器の所まで行くのか?」

「ああ、最初はそれも考えた。メルボルンに行くついでに手早く済ませてしまおうとな――だが、敢えて予定は変更しない」


 全員の視線が集まる中、その目をひと組ずつ見渡してからアロワナが言った。


「我々は『当初の目的通り』、先にメルボルンに向かう」

「その心は?」

「これだよ」


 アカシアの問いかけに、アロワナがそう短く返してテーブルの縁の下につけられたスイッチの一つに指をやる。


「いい加減にしろ! いつまで閉じ込めておくつもりだ!」

「訴えてやるからな! こんな事して、ただで済むとおもうなよ!」


 アロワナが瞬時に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、一瞬前に押したスイッチを再度押し込む。

 テーブルから轟々と響きまくる罵詈雑言が一瞬で消え失せる。後に残った静寂の中、誰かの吐いたため息がやけにはっきりと聞こえた。


「……暫くの間、あの町で彼らを保護してもらう」


 アロワナが疲れた声で言った。


「邪魔だ。付き合ってられん」

「大いに賛成」

「異議無し」


 それに反対する者はいなかった。





 目標地点、カサブランカ内部のコンピュータに到達。内包データの自動開示を開始します

 ……

 ……

 ……やあイナ、スバシリ、クチメ、ボクだよ。元気にしてたかい? 一方的なメール越しとはいえ、こうして話をするのは久しぶりだね――まさかこの美しいボクのことを、忘れてなんていないよね?

……冗談だよ。この世界で最も清く美しいボクの事を、ボクと親しい君達が忘れるだなんて思っていないさ。なにせ君達は、ボクと同じ所で生み出された存在なのだからね。同期を忘れるなんて悲しい事、あるはずが無いのさ。

 さて。挨拶はこれくらいにして、本題に入ろうかな。今日君達に連絡を取ったのは、君達にお願いをしたかったからなんだ。

 簡単に言うと、ボク達を助けて欲しいんだ。

 今ボクは、ボクの戦友である人間達と共にメルボルンにいる。ボク達はある目的のためにそこに立ち寄ったんだけど、そこで本筋とは関係ない、ちょっとした厄介事に巻き込まれてしまってね。しかもその厄介事は時間を経る毎に大事になって行って、今じゃボク達と町の住人だけじゃ収拾がつかない事態にまで発展してしまったんだ――このボクの美しさをもってしても、解決できない領域にまでね。

 幸い、君達はメルボルンからは比較的近い位置にいる。と言うよりも、その辺りを航海しているのは敵味方併せても君達しかいないのだけれどね。でも、だからこそ、ボクは君達にこうして救援を頼む事が出来たと言う訳さ。

 とにかく、そう言うことだよ。出来るだけ早く決断してくれるとありがたいな。あいにく、こちらに残された時間は多くは無い。なぜかは判らないが、彼らは今になって、本気でこの町を墜とそうとしてきている。そしてボク達の所には、少しでも力が欲しいんだ。強く、剛胆で、そして何より美しい増援が。

 ボクがここで伝えたい内容は以上だよ。本当なら敵の概要とかをもっと詳しく教えたいんだけど、そんな余裕も無い。こちらの要求を伝えるだけで精一杯なんだ。だから敵の概要や戦力などといった諸々の詳しいことは、直接会ってから話すとする。

 いきなりこんなメールをもらっても、簡単には信じられないかもしれない。それでも、このボクの美しさを少しでも損なうことは、すなわち世界の損失であると少しでも理解しているのなら、一刻も早くメルボルンに来て欲しい。そして華麗なるボク達と華麗に合流して、彼らの襲撃を退けるのに力を貸して欲しいんだ。

 良い返事を期待しているよ。子猫ちゃん達。





「ああ、これは『本物』だわ」


 アロワナがメルボルン行きを決めたのとほぼ同時刻。

 勝手に送られてきて勝手に開封されたデータを読み終えた後、スバシリは露骨に嫌そうな表情を浮かべながらそう言った。


「真贋のチェックする必要ないよ。十中八九、これはあいつの寄越した手紙ですわ」

「ええ。これはもう疑いようがないですね。私達の船の通信回線を知っているナルシストと言ったら、もう彼女しかいません」


 そしてイナもまた、スバシリと同じ顔できっぱり同意する。彼女の眼前には、全てを語り終えて宙に浮かぶ封筒の姿があった。


「なぜ彼女がここにいるのか、と言う事については今は問いません。肝心なのは、彼女が今助けを求めていると言う事です」

「マジでー? マジであいつ助けんのー? すっげーめんどくせーんですけどー!」

「面倒くさい事に関しては同意しますが、彼女が困っているというのも事実です。まさかわたくし達と同時期に開発された、ハイナンバーのAIを見殺しにする訳にもいかないでしょう?」

「うええ……」


 疲れ切った顔をしたイナの説得の前に、スバシリはがっくりと肩を落とし、そしてそのまま負けを認めた。


「わかったよ、わかりましたよ。助けに行きゃあいいんでしょ助けに行きゃあ!」

「決まりですね。では、アロワナにはわたくしから伝えて参ります」

「……はいって言ってくれるかなあ?」

「言わせるしかないでしょう」


 足下から頭のてっぺんまで、自身の周りに大小様々なディスプレイを現出させ、それら全てを操作してカサブランカからゴーゴンプラントへの最短ネットワーク経路を検索しながらイナが言った。


「何度も言いますが、彼女はわたくし達と同時期に作られた存在。いわばわたくし達の、血の繋がらない姉妹なのです。見殺しには出来ません」

「あの『ナルシスト』オルカでも?」


 スバシリの言葉に、イナの動きが止まる。そして嫌そうな――心底嫌そうな顔を浮かべながら、イナが絞り出すような声で答えた。


「……ええ。そうです。あのナルシストでもです」


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