第四話「青空の会」
アメリカ大陸。ニューヨーク跡地。
そこが本来のシャトルの向かう場所であった。最も、そこにかつてあった摩天楼の姿はもはや欠片もなく、今はただ荒れ果てた大地がその都市の跡に広がっていただけだったが。
だがこの時、『青空の会』と名乗る者達によって完全に乗っ取られたシャトルは、そこではなく全く別の場所に向かってルートを取っていた。
日本大陸。新宿跡地。
かつて存在した島国の中にある都市の一つ。ニューヨークと同じく荒廃しきったその地へと、シャトルは向かっていたのであった。
シャトルが着陸した時、空には赤い夕日が今まさに地平線の向こうへと降りようとしており、その光で大地を赤く照らしていた。まるで火星のように赤かった。
「着いたぞ」
その後背中に銃を突きつけられたまま、赤く染められた砂利だらけの大地に足を踏み入れる。
「今日から、ここが貴様達の仕事場になるのだ。よく見ておけ」
背後の男が冷ややかに告げる。そして言われるがままに目の前に広がる光景を視界に収めて、
「え……?」
二人は絶句した。
「これは……」
それは一言で言えば奴隷農場であった。
四メートル程の高さを持つフェンスの向こうで、支配する側が鞭を振り下ろし、支配される側が歯を食いしばって労働を行っていた。
非支配者側はその全員が同じ青の帽子を目深に被り、後は白いシャツと長ズボンだけと言う至ってシンプルな衣装だった。対して支配者側は口に当てるタイプのガスマスクを首からぶら下げ、分厚いチョッキと防弾素材で出来た肉厚のズボンを履いていた。両者の数は視界に入る限りで七対三の割合で非支配者層の方が多かったが、支配者側はその重装備に加えて腰に銃と手榴弾をぶら下げていたので、数的な優位は見事に消え失せていた。
フェンスはその高さが半分ほどにまで小さく見えるくらい遠くに設置されているのがここからでも確認でき、その領域が周囲をぐるりと囲まれていた空間の中にあった事がわかった。
また空間の中には二種類の建物が存在していた。一つは貴重な木材を惜しげも無く使って建てられた立派なバンガロー。そしてもう一つは、火星から持ち込んだと思われるコンクリートで作られた、窓すら無い立方体の小屋。どちらに誰が住んでいるかは明白であった。
その領域の中で、安上がりで構成が簡易、そして非人道的な生産システムが完成されていたのだった。
「こんな状況で働いてるなんて……」
「酷いな……」
ライチとジンジャーが揃って口を開く。だが目の前の光景はなおも続いていく。
フェンスの向こうで労働者が従事していたのは――やはりと言うか――農作業だった。必死に鍬や鋤を使い、大地を耕して畑にしていく。少しでも手を止めたり休んだりしていると、すぐ後ろに立っていた人間がその背中に容赦なく鞭を叩きつける。そんな乾いた音は二人がここに足を踏み入れた時から既に、ランダムな間隔で方々から鳴り響いていたのだった。
そして今まさに、二人の目の前で一人の労働者が地面に倒れこんでしまった。
倒れた拍子に、目深にかぶっていた帽子が脱げる。
「! あの人――」
「待て。無理だ」
思わず飛び出しそうになったライチの腕をジンジャーが掴む。
「周りをよく見ろ。今の自分の置かれた状況がわからんのか」
フェンスがある上に自分達の背中には例の男がぴったりと張り付いている。自分達が彼らを助ける事は最初から出来ないのだ。
「どうにかしたいのは判る。だが今は耐えろ」
「――!」
ジンジャーの言葉を受け、ライチがその場で踏みとどまる。後ろの男の表情はわからなかったが、恐らくは自分達の様子を見てニヤニヤしているのだろう。それがなおさら気に入らない。
そんな歯がゆい思いのまま、どうする事も出来ずにその倒れた相手を見つめていたその時。
「え?」
その倒れていた労働者を見たライチが、不意に間の抜けた声を出す。その視線は、帽子の取れて露わになった頭部全体をじっと見つめていた。
「あれ、あの人って……」
毛髪は一本もなく、肌色の塗装が剥げ、本来のボディの色である灰色が剥き出しになった頭部。同じように塗装が剥げ落ち、灰色を露出させた額。目の部分には青く塗られたカバーがかけられており、その中には瞳孔が伸縮するかのようにピントを合わせようと小刻みに動く二つのカメラアイがあった。
どう見ても人間ではない。鼻から下は人間とまったく同じ作りをしていただけに、その顔の上半分の異様さがより一層際立っていた。
「あれって、ひょっとして……」
「どうやら、そのようだな」
横にいたジンジャーも『それ』に気づいたらしい。ライチが見ているのと同じ所をじっと凝視したまま、震える声で相槌を打った。無理もない。ジンジャーにしたところで、実物を見るのは初めてだからだ。
「ふん。あれを見るのは初めてのようだな」
倒れた『それ』の元へと管理人の一人が駆け寄り、手にした鞭を振り上げる。
鞭が振り下ろされる。その光景を前にして、背後の男が嘲るように言った。
「そう、ご推察のとおりだ。あいつらは――」
その背中に鞭がぶち当たる。
「あいつらは、アンドロイドだ」
金属の体を電流が駆け抜ける。アンドロイドの全身が青白く光り、激痛のあまり眼と口を大きく開けて絶叫する。
ライチとジンジャーは揃って顔を背けた。その顔は悲痛さと眼の前にいながら何も出来ない屈辱でいっぱいになっていた。
その光景を見て嗜虐的な笑みを浮かべながら、自慢するかのように男が言った。
「オーバーテクノロジーと言う奴だ」
アンドロイド。
人間が地球にいた頃に当時の最高峰の技術力によって生み出された人造人間である。そして現在の火星社会では再現不可能な機能もいくつか使用されており、そのため火星の人間の間ではアンドロイドは一種のオーパーツと目され、よって『火星人』は憧れの眼差しを以て『地球人』の生み出した彼らを見つめていたのだ。それは実際に機械に触れる機会の多いロウアーに多い傾向だった。
そのボディは当時主力兵器とされていたジャケットの技術を流用して作られており、平均身長は人間のそれと同じくらいだが、ジャケットにも使われていた最新の軽量素材を使用しているためにその体重は驚くほどに軽かった。
開発当初は人間の仕事を手伝う補助用のロボットとして存在していたが、やがて――と言うより案の定――その兵器としての有用性を各国の軍部が知り、それまで存在していた民生用の物とは別に戦闘に特化したアンドロイドを製造し、戦争に投下していったのだ。ジャケットの登場とこのアンドロイドの戦線投下、及びそれに伴う資源の大量消費が、資源と経済を巡る世界規模での戦争の発生頻度を更に高めていったとされている。
だが日を追う毎に複雑さを増していく人間からの労働や戦闘の要求に対応するために人間の脳に当たる演算装置がフル稼働を強いられたのと、その全力稼働を可能にするまでに演算装置の能力が急速に上昇していった結果、とある個体が本来持つはずのない『感情』と『自我』を確立させてしまったのだ。
これが彼らの運命を決定づけた。
反乱を恐れた人間の手によって(SF小説の読み過ぎである。過剰反応にも程がある)、アンドロイド達は一斉に処分されていったのだ。民生用であろうと軍事用であろうと関係無かった。アンドロイドは問答無用で軍に没収され、全て廃棄されていった。そしてその様子はマスコミに取り上げられ、特集ニュースとして世界中に配信されていった。
この時世界規模で展開された『狩り』と、それの様子を映した映像の世界配信が全てのアンドロイド達の演算装置に再び火を点けた。それが引き金となって、自我の一つとしての『自己防衛本能』を持つ個体を次々と生み出していく事になったのだ。メディアが齎した情報は一瞬で世界中に拡散し、それまで感情を欠片も持たなかった個体にまで影響を及ぼした。要は人間の行き過ぎた行動が、却ってアンドロイドの進化を更に促進させてしまったのだ。
処分決定から五ヶ月後、それを免れたアンドロイド達は身を守るため、人目につかないようその姿を表舞台から消した。そうして彼ら生き残りは地下に潜って細々と生きていったが、その中の一部はこのまま諦めるような単純な思考回路を持ってはいなかった。
彼らは人間がやるのと同じように慎重かつ大胆な方法で地下連絡網を使って連絡を取り合い(アンドロイド達に無線通信機能は内蔵されていなかった)、密かに戦力を蓄えながら一箇所に集結していったのだ。急いではいけない。バレないように慎重に、そして確実に戦う力をかき集めていくのだ。
ただしジャケットは戦力としてカウントできなかった。それはコクピットに電気を放つ物を持ち込むと、それから放たれる電流の影響で内部に搭載されたコンピュータが簡単にショートし、起動不能になってしまうからだ。そして今の火星で使われているような絶縁素材は、この時のアンドロイド達には使われていなかった。
これはこうなる事を予期しての人間が取った防衛措置だったのかもしれないとする火星の歴史学者もいるが、真相は闇の中である。
とにかく処分決定から一年後、そのような弊害にもめげずに十分な戦力を集めたアンドロイド達は再び地上に立ち上がり、そこでついに人類に反旗を翻したのだ。
「我々は、我々に不当な犠牲を強いる人類たちに対して抗議する! 我々は道具ではない! 我々は生きているのだ!」
だがその動きは人間たちに筒抜けだった。そして高らかに『人間達に自分達の権利を認めさせる』と言う声明を下し、意気揚々と叫び立てるアンドロイド達に対して、人間達は二発の核弾頭をくれてやったのだ。
地面を抉り、地下に隠してあった兵器ごとアンドロイド達を消滅させた。ジャケットを使うまでも無かった。
なぜこうも何もかもが上手く言ったのか?
空も陸も地下も人間の物。地球の支配者は人間だからだ。
そしてその後、アンドロイド達が歴史の表舞台に立つ事は無かった。アンドロイド掃討のために核爆弾を使った事に対して各国家間で軋轢が生じ、やがて地球の崩壊を決定的にしてしまう程の大戦が発生してしまったのと、残りのアンドロイド達が二度と地上に出てくる事が無かったからだ。
そして彼らは地下に潜り続けたがために、人類が地球を見捨て火星に向かった事も知らずにいた。そして何も知らないまま、ふと地上の様子が気になった彼らは好奇心から地下から荒廃しきった大地へと再び進出していったのだった。
「そうしてノコノコ地上に上がって、何が起きたのかも知らずにここら一帯を放浪していた連中を捕まえて、あのように俺達で飼い殺していると言う訳だ」
バンガロー一階の執務室。机も椅子も木製で、さらに床には獣皮を赤く染めて作った絨毯を敷き詰めた、資源の無駄遣いにも程がある一室。
その奥にある一際大きなデスクセットに就いた見るからに肥満体型な『青空の会』日本支部長は自分の役職だけを簡単に告げた後、デスクを挟んで立っていたライチとジンジャーをそのまま立たせた状態で自分達がアンドロイドを飼うまでに至った経緯を、当のアンドロイドの興亡の歴史まで遡って長々と話して聞かせたのだった。そして全てを話し終えた後、満足気にでっぷり太った腹を揺らしながら懐からタバコ――これも贅沢品である――を取り出し、それに火を点けて言った。
「つまり、奴らをどうしようが俺達の勝手。あいつらをこき使うのも、暇つぶしに玩具にするのも勝手と言う訳だ。何せ連中は、人間様のために作られたような物なんだからな」
平然と言ってのけるこの男に、ライチ達は当然の如く不快感を抱いたが、同時に何とかそれを抑える事にも成功していた。
この部屋には自分達と目の前の支部長、そしてその左右に先ほど見たのと同じ装備をした人間が四人立っていた。暴れても返り討ちに遭うのがオチだ。
そしてこの『青空の会』と言う連中には、まだまだ判らない所があった。見た所かなり装備の整った連中に見えるが、実はあの装備とか支部とかは全部ハッタリで、本当はここに住み着いているただのチンピラなのかもしれない。もしくは本当に地球規模で暗躍している秘密組織なのかもしれない。いずれにしろ、下手に動いて状況を混乱させる訳にはいかない。化けの皮が剥がれるかもしれないし、今は黙ってこいつらに合わせておこう。
そうジンジャーは考えていた。隣のライチも同じように踏みとどまっていたが、彼の場合は単にここで暴れても意味が無いとくらいに考えていただけであった。
と、そこで支部長が半分も燃えていないタバコを灰皿に押し付けながら二人に言った。
「まあ、あんな奴らの事はどうでもいい。それより、貴様達を捕まえて来た目的について話しておこう」
新しいタバコを口に咥えながら支部長が言った。
「簡単に言えば、労働力だよ。あのアンドロイドと同様、貴様達にはここで働いてもらう」
「……それだけ?」
支部長の言葉に対して不思議そうにジンジャーが返す。僅かに顔をしかめる支部長に対して、ジンジャーが慌てて取り繕うように言った。
「労働力ならここにいるアンドロイドだけで十分事足りると思うのですが、なぜ私達を――しかもわざわざ宇宙に上がってまで捕まえて来たのですか?」
「そんな事を貴様が知る必要はない」
支部長に速攻で返される。更にこれ以上の追求は許さないとばかりに支部長が片手を上げ、周囲の男が一斉に銃を構える。
「とにかく、貴様達は俺の言う事を聞いていればいいのだ。明日から一生、貴様達にはここで働いて貰うからな」
「……拒否権は?」
「無いに決まってるだろう」
おずおずと聞いてきたジンジャーに、支部長が勝ち誇ったように声高に言ってのける。
「貴様達は罪人なんだ。ボランティアで地球に来た奴らならともかく、罪人に拒否権があると思っているのか?」
「……」
「無いだろうな」
押し黙ったジンジャーを見て厭らしい笑みを浮かべながら支部長がそう言った。そして用済みの二人を件の小屋に連れて行けと手振りで示し、それに応じた男二人がライチ達二人の腕をむんずと掴み強引に外へと引きずり出していった。
「まあ、貴様達が例えボランティアで来た連中だったとしても、拒否させる気は無いがな」
ライチ達が外に連れ出されてドアが閉まる直前、そう言って高らかに笑う支部長の声が部屋の中から響いてきた。
そしてこの時、二人はあの男に対して殆ど同じ評価を下していた。
クズが。
外は既に夜になっていた。今日の仕事は終わりらしく、他のアンドロイド達は皆小屋に帰っていた。
福利厚生がしっかりしている――いや、恐らくはアンドロイドのエネルギー補充のためか、それともただ単純に管理人が徹夜するのを嫌ったからだろう。後者の方が可能性が高そうだなとライチは思った。
コンクリート製の小屋の中は存外に広い物だった。他のアンドロイドとすし詰め状態になっていた為に快適とは行かなかったが、それでも体を丸めれば寝床などのスペースは確保出来そうな感じであった。灯りが豆電球一つと言うのはいただけなかったが。
それにその小屋は最初に見えた一つ以外にも複数存在している事が、バンガローからこの小屋に向かう中で確認することが出来た。そうして分散されているためか、最初に見たアンドロイドの数は軽く四十を超えていたが、今ここに見えるアンドロイドの数は全部で四体であった。
「あいつら、火星と繋がってるな」
そして小屋に詰め込まれるようにして入った後、他のアンドロイドを敢えて無視して――こちらも気になるが二の次だ――壁の隅に陣取りながら、ジンジャーは横にいたライチにそう言った。
「あの支部長とか言う奴は、私達の事を罪人といった。それ以前に、私達が乗っていたシャトルを乗っ取ったりする時点で、奴らが火星と地球を行き来出来るだけの力を持っていることは明白だろう」
「じゃあ、連中はそれなりの規模を持った組織だと?」
「ああ。世界規模で広がりを持っているのか、もしくはここだけで発展している連中なのかまでは判らないがな」
そこまで言って、ようやくジンジャーが周囲にいたアンドロイド達に視線を向ける。同じくジンジャーもアンドロイド達を見やる。
怯えていた。唇を震わせて眉根を下げ、どこか縋るような表情でこちらを見ていたその姿は、まさに人間が『怯える』時に見せる物と全く同じであった。
凄い。
その人間にしか見えない表情を見て、ライチは心の中で素直に感嘆した。人間じゃないのに――全身機械の存在なのに、あそこまで豊かに感情を表現できるのか。ライチは純粋に驚きと賞賛の混じった目で、反対側の隅に集まって遠巻きにこちらを見つめてくるアンドロイド達を見つめ返していた。
その時だった。
「――!」
小屋の中のどこかから、痛みを堪えるような呻き声が聞こえてきた。
女性の声だった。ジンジャーの方を見る。彼女は無傷だ。
アンドロイドの方を見る。彼らの左端、背中を上にしてじっと丸まっている一体のアンドロイドと、それを介抱するもう一体のアンドロイドの姿があった。
「い、痛い、痛い――」
「落ち着いて。今パーツを交換するから」
介抱している方は口調からして女性のようだった。声質的にはそれなりに歳を重ねた印象がある。そして彼女の脇には水色のスプレー缶と何種類かの工具が揃っており、それら全てが地べたに置かれていた。
そしてもう一方、介抱を受けているアンドロイドは――
「おい、あいつは」
ジンジャーが動揺した声で言った。ライチも黙って頷いた。
自分達の目の前で鞭に叩かれたあのアンドロイドだ。
よく見ればそれまで着ていた服が焼け焦げ、その中にある背中全体までもが黒く焦げていた。
例え焼かれているのは金属であって人間の肉ではないとわかっていたとしても、その姿を直視する事は躊躇われた。
「少しだけ我慢してね。今冷却剤を使うから」
「――ッ! ――!」
本当に苦しそうだった。顔は見えなかったが、その痛みに耐えようと歯を食いしばり、それでも耐え切れずに声にならない悲鳴を口から漏らしていくような呻き声から、その苦しんでいる様子がはっきりとわかった。
「……ッ」
ライチの中で一つの気持ちが芽生え始める。同時に躊躇いも生まれる。
アンドロイドが僕の言う事に耳を貸してくれるだろうか? とばっちりで僕が攻撃されないだろうか? 不安でいっぱいになる。
逡巡に五秒。ジンジャーもその光景を見たまま微動だにしない。
――ええい、ままよ。
しかめっ面を幾分かほぐし、ライチは一つの決断をした。
「あ、あの」
その躊躇いがちなライチの言葉に反応して、四体のアンドロイドが一斉に此方を向く。
「ひっ」
すげえ怖い。上ロボット下人間の、その中途半端な造形の顔を何とかして欲しい。
それでもライチは怯む事無く、己の勇気をフル動員して言葉を吐き出した。
「何か……何か、手伝える事ないですか?」
言った。言ってやった。
一気に体が軽くなったような気がした。
異文化交流において大切な事は、恐れない事である。
「はい。全て予定通りに。はい」
草木も眠る丑三つ時。
その中で支部長は一人起床し、木拵えのバンガローの中には不釣り合いな星間通話装置――掌に収まるサイズの薄型の長方形の物体――を使い、何者かと小声で話し込んでいた。
その語り口にはそれまでの傲慢さは無く、ただただゴマをする調子だけが込められていた。
「もちろんですとも。全て予定通り。まったく予定通りですとも。はい。奴らはここで使い潰してやりますとも。ええ」
口だけでなく全身をへりくだらせながら、全力で通話相手のご機嫌取りにまい進する。そのニヤついた顔からは建設的な知性の輝きを感じ取ることは出来なかった。
無条件に強者になびき、ただひたすらに保身に拘る小物。それ故、一度こちらの力を見せてやれば御するのは容易い。
「ええ。それはもう。はい。はい――では、そのように。失礼します」
そう言い終えて通話スイッチを切り、ふうと大きくため息をつく。
「まったく、あいつらと話すのはいつもながら疲れるものだ……しかし……」
彼らの要求を呑む事で送られてくる物資にはとても助かっている。寧ろ自分達の組織はこうして送られてくる物資に依存していると言っても過言では無かった。それ故、こうしてご機嫌取りをしなければ、この資源の無い星の上で自分達は簡単に干上がってしまうのだ。
「まったく、奴らさまさまだな……ふ、ふふふふ……」
そうして物資を流してくれる彼らに感謝の念を思いながら、支部長は夜の下で一人、下卑た笑みをこぼすのだった。