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第三十七話「戦って、死ね。」

 人間、誰だって死にたくはない。

 しかし悲しいかな、人間は寿命で死ぬ。

 それは誰だって知っている。人間は――否、この宇宙に生きる全ての生命は、一つの例外も無く死を迎える。

 だが、それでも死なないに越した事は無い。ていうかぶっちゃけ死にたくない。貧民から金持ちまで、誰もが一度は考える事である。死にたくない。

 だから人間という種は、誰も彼も『死なない事』を追い求めてきた。それはある時は単に健康を究めるとか言った程度の可愛い物であったり、またある時は不老不死などという大それた物でもあった。ともかく、方法はどうあれ、人間は死を恐れ、それを遠くに置きたがった。

 彼女もその一人だった。若い身空で、不治の病に冒された老人のように、「死にたくない」と日々を怯えて過ごしていた。その彼女の死に対する恐れは、件の『不老不死』を追い求めんとするほどに深刻な物だった。

 そうなった理由としては恐らく、彼女がまだ十にもならない時に自身の両親の死に目に立ち会ったからであるのだろう。詳しい事は彼女にしか判らない。しかしそれでも、とにかく彼女が死を過剰なまでに恐れ、忌み嫌っていたのは確かだった。周りで人生だの命だのが話題に上がるだけで目を血走らせてしまうほどであった。

 だがそれは、言ってしまえば彼女は臆病だったのだ。死ぬ事に対して臆病で仕方無かったのだ。

 そんな死に対して臆病な性格だったので、彼女はその『不老不死になれる』と言う、いかにも怪しい実験にホイホイとついて行ってしまった。この時、『死ななくなれる』と言う事だけが彼女の頭の中を独占していた。それ以外の事はまるで考えようとはしなかった。

 彼女はそのまま黒服の男の後にホイホイついて行って、そのまま流されるように実験に付き合った。

 鉄と脂の匂い。狭く息苦しい部屋。

 人体実験。改造手術。

 実験は成功した。彼女は死なない体を手に入れた。

 その時に自分が払った代償について彼女が様々な思いを馳せるようになったのは、それから数年後の事だった。





「あれは」

「そんな、一体何が――?」


 爆発を聞いた全員が外へと飛び出してみると、町の方角、ゴミで作られた防壁の中から黒い煙が立ち上っていた。それを見たスクークと受付アンドロイドが揃って驚きの声を上げる。


「あれ、どうしたって言うの?」

「余ったゴミでも燃やしてるのか?」

「全然違います。さすがに町中でゴミ処理はしませんよ」


 その件の二人の横で、パインの出した予想をモンブランがバッサリ否定する。「じゃあなんなんだ?」とジト眼でニラに付けるパインを真っ向から見つめ返しながら、モンブランも「知りませんよ」と素っ気なく返す。


「暴動、でもなさそうですし。そもそもあそこにまともな統治体系とか初めから無いですし……」

「だが爆発は起こっているぞ。他に理由は無いのか?」

「……まさか、彼らが来ちゃったとか……?」

「あ?」


 意味深に呟くモンブランにパインは更に怪訝そうな目つきをぶつけたが、彼女はそのまま考え込んだまま、顎に指を当ててああでもないこうでもないと一人沈思にふけ込み始めた。


「……」


 その一方で、ショーは険しい表情を浮かべながらその光景を凝視していた。


「どうかしたの? そんなに仏頂面になって」


 それに気づいたモブリスがショーに尋ねる。だがショーはそれに答える事はせず、何も言わずに黒煙立ち上る町の方へと駆けだしていった。


「えっ?」

「ちょ、ちょっと?」


 突然の出来事に、モブリスとモンブランが面食らった顔を見せる。


「ちっ――おい! 待て!」


 そしてパインがショーの後を追うように走り出し、呆気にとられていた二人も慌ててパインの後を追って走り出す。

 スクークと受付のアンドロイドの二人は、信じられない物を見るかのように目を見開いてその場に立ち尽くしていた。


「あ、そうだ」


 そこでモンブランが思い出したように呟き、走りながら体の向きを百八十度回転させた。


「お茶っ葉、ありがとうございましたー!」


 そしてその姿勢のまま、後ろ向きで走りながらなおも立ち尽くしているスクークと受付の二人に礼を述べ、すぐに前へ向き直って走り始めた。

 メルボルンの城壁の向こうから二度目の爆発が起きたのは、その直後の事であった。





「ここに人間がいるとの話を聞いてきた! 大人しく我々に人間を差し出せ! 従わなければそれ相応の処置を執らせて貰う!」

「……あれはなんだ?」


 それから数分後、ゴミ壁をくぐってメルボルンの中に入り、そのまま駆け足で大通りまでやって来た四人は、そこの周囲に露店の残骸を散乱させたまま通りの真ん中で固まってそう声高に叫ぶアンドロイドの一団――目に見える限りで七体いた――を、他の野次馬のアンドロイド達に混じって遠巻きに目にしていた。


「随分過激な連中だな。おまけにあんなに派手な武装までして」


 銀色のボディには泥や錆などが所々こびりついており、およそ清潔とは言えなかった。そしてそこにいた全員が防弾ベストを身に纏い、腰に拳銃のささったホルスターを着け、手にはアサルトライフル、背中にはバズーカ砲を背負っていた。また彼らの『目』の部分には、本来ならば目を保護するために全てのアンドロイドに付けられている筈のカバーが付けられておらず、それによってそこには一対のカメラアイがむき出しのまま外に飛び出していた。


「なんだ? 特攻でもしようって言うのか?」


 そんな一様に重武装をしたアンドロイドの群れを見やりながら顔をしかめるパインの横で、モブリスが首を傾げていった。


「人間って、私達のことだよね?」

「多分、そうだと思います」

「そして、そこには私も入っているでしょうね」

「あいつら、なんなの?」


 モンブランの後に会話に入ってきたショーに向けてモブリスが尋ねる。その問いに対し、モンブランが反応するよりも先にショーが答えた。


「ドーンズですよ」

「ドーンズ?」

「アンドロイドの中の過激派。先人の意志に殉ずる者達、と言った所です」

「……ううん?」


 ショーの説明を聞き、それでいてなおも釈然としない風に顔をしかめるモブリスに、モンブランが補足で答えた。


「かつて、アンドロイド達が人間に反乱を起こしたことはご存じですよね?」

「え? そうなの?」

「そうなのって……そこまで知らなかったんですか? ……まあ、それは置いといて。とにかく、かつてアンドロイドが人類に対して戦争を仕掛けた事があったんです」

「どうして?」

「圧政からの解放。自らの置かれた理不尽な立場からの脱却。憎むべき人類に対する報復行為。理由としてはそんな所です」

「ですが、その反乱自体は短期間の内に完全に鎮圧されました。主に人間の操るジャケットのおかげで」


 ショーが後を引き継いでモブリスに話し始める。


「そして反乱に荷担したアンドロイド達は、その殆どが抹殺された。しかし中には、その人間による『処分活動』から何とか逃れ、他のアンドロイドに紛れて地下に潜り込んだ者達もいた」


 そこで言葉を区切り、ショーが先ほどから叫び声を上げている一団に目をやった。つられてモブリスとモンブランもその方向に目を向ける。


「彼らは、その時に逃れた者達の生き残りなのです」

「ああ、だからさっきから人間の事……」

「恨み骨髄に徹す、と言いましょうか。もうとにかく憎くて憎くて仕方無いそうです。オーストラリアにやって来た人間との間に協定を結ぶのに最後まで反対したのもあの一派ですし、アンドロイド達の開墾活動に最後まで協力しなかったのもあいつらなんです」


 侮蔑の色を剥き出しにしてモンブランが吐き捨てる。


「時代は刻一刻と変わっている。だと言うのに、前を見ようともしないで今も昔のあり方にこだわっている」

「……」

「アンドロイドの恥さらしですよ」

「どこも大変なんだな」

「おい! そこの白髪頭! こっちを見ろ!」


 道の真ん中に陣取っていたアンドロイドの一体がそうパインを呼びつけたのは、そのパインがモンブランの言葉に同調したまさにその時だった。

 突然の事にその場にいた全員が驚き、何が始まるのかと大なり小なりすくみ上がった。だがそんな色めき立つ野次馬の中でパインだけは恐れも驚きも表に出す事無く、逆に何の理由で呼びつけられたのか釈然とせずきょとんとしていた。


「……私か? 何で? 何もやましい事はしてないぞ」

「知らないよ」

「でも、白髪頭なんて他にいないと思いますけど」

「……やれやれ」


 呼びつけられたパインが、ため息を吐きながらゆっくりと声のした方へ体を向ける。そして完全に向き直った時、その彼女を呼びつけたアンドロイドは手にしたアサルトライフルの銃口を真っ直ぐこちらに向け、一分の隙も見せずにカメラのピントを絞って強く彼女を睨みつけていた。


「そうだ。そのまま、こちらを向いたままここまで来るんだ」

「どうして私なんだ? 何か気に障った事でもしたか?」

「ソウアー相手に人質にする相手を選り好みする必要があると思うのか?」

「なに?」

「誰でもいいから、誰かの命を握れれば我々はそれだけで優位に立てるのだ。ソウアーは甘ちゃんの集まりだからな」

「誰でも良かった、か」


 貧乏くじをひいたな。そう毒づくパインの足下に向けて、そのアンドロイドが銃弾を放った。


「いいから来い! さっさとしろ!」

「……」


 今も煙を吐き出している銃口を地面からパインの眉間へと移し、アンドロイドが苛立ちも露わに吼える。その恫喝の前に周囲の野次馬は身動き一つ取れなかったが、パインだけはさもわざとらしく、大きく肩を落としてため息を吐いた。

 周りの空気が張り詰める。だがそんな空気もお構いなしに、パインは言われた通りに一歩前へと歩み出した。


「……ドーンズ、だったか? お前達」


 そこで立ち止まり、パインがそう言った。一瞬呆気にとられたが、パインを焚きつけたアンドロイドがすぐに銃を構え直し、睨みを利かせながら言った。


「ああ、そうだ。我々はドーンズ。正確には、ドーンズより派遣されここまで来た。我々は地球に夜明けをもたらす者だ」

「夜明けか……こんな事していて、本当に夜明けがやってくると?」

「当然だ。人間共をこの星から根絶する。そしてその上で、我々がこの星を統治する。それこそが、この混沌に満ちた星の真の夜明けなのだ」


 パインの問いかけに、彼女に銃を突きつけていたアンドロイドがそれ以上の催促もせずに得意げに答える。するとそれまで二人のやりとりを見守っていた『ドーンズ側』のアンドロイド達も、口々に「そうだ、そうだ」、「地球は我々が治めるべき星なのだ」などと本題そっちのけで同調意見を述べだした。

 パインに助け船を出そうとする者は皆無だった。誰も彼もが小声でざわつくだけで、武装した彼らに食い下がろうとはしなかった。

 しゃしゃり出てきた相手に変に気を遣わなくなる分、パインにとってもそれは好都合であったのだが。自分の思い通りに事が運んでいて気分も良かったし。


「アンドロイドは人類とは違う。自制も、節制も容易に出来る」


 と、最初のアンドロイドが前と変わらぬ自信に満ちた声で言った。


「そして、それに対して人類は、浪費家で戦狂いで、猿から進化した頃からまるで変わっていない! 生まれた頃から人類は、根本的に無知なのだ! もはやどちらが地球の支配者にふさわしいかは明白である!」

「そうだ! そうだ!」

「お前の言う通りだ! よく言った!」

「選挙かよ」


 相手を囃し立てるように揃って賛同の声を上げるドーンズの取り巻きを見て、パインが彼らに聞き取れない程度の小声で毒づく。案の定、その持論をぶち上げたアンドロイドはそれに対する周囲の賛美を受けて優越感で口元を吊り上がらせ、同時にパインの揶揄にも気づかないままに胸を反らして言葉を述べ続けた。


「この星に人間がいる事は間違いである! 我々アンドロイドは、地球に人間が住み着く事も、宇宙から地球へと人間が降りたつ事も、断固拒絶するべきである! この星にいるべきは我々だけであると、全ての者達が知るべきである!」

「……なんか、無駄に熱苦しくない?」

「革命を志す者というのは、とかく理想に燃えるものなのです」

「でも、限度って物もありますよね?」

「こだわりすぎって感じもするよね」


 パインの僅か後方でモブリスとショー、そしてモンブランがヒソヒソ声で話し合う。

彼らの言う通り、理想に――妄執に燃えるドーンズ達はもう前が見えていなかった。平然としながらパインが言った。


「人質を取るのは、そんな自分達の主張を聞かせるためか」

「そうだ! これまで我々は、あくまで散発的な行動しか取れずにいた! 敵に対する切り札、敵を制する決定打を持たないがために我々は確固たる主義主張も出来ず、草の根活動に徹し、日々辛酸をなめ続けてきた!」

「草の根って、どうせただの妨害行為だろ?」

「はい、そうです。畑荒らしたり、畝に撒いた種を盗み取ったりしてました」

「小さいなあ……ここにたまにソウアーの人間が来るから、チマチマ嫌がらせしてないでそいつらに陳情すればいいんじゃないのか?」

「彼らに平和的交渉をする余地があるんなら、最初にソウアーと結んだ時にそうしてますよ。プライドが邪魔して退くに退けなくなってるんですよ」

「根性無しめ」

「だがそれも今日限りだ!」


 不意に漏らした自分の言葉に割り込んできたモンブランとの話に没頭し始めたため、パインは件のアンドロイドの主張を途中から全く聞いていなかった。そしてそのアンドロイドもアンドロイドで自分の主張に酔っていたがために、そんなパインの様子――体をモンブランのいる方へ半分ほど傾け、周囲に普通に聞こえるくらいの声量で堂々と話し込んでいた――には気づく事もなく、ひたすらに自分の意見を並べ立てていった。


「今、ここに格好の取引材料が見つかった! あとはこの者どもを使い、ソウアーを地球から追い出せばいい!」

「たった数人の人質で動くとは思えんがな」

「無論、いかに奴らといえども、一回では首を縦には振らんだろう。だが我々はそのための腹案も」

「ああ、もういい。もういい。もうたくさんだ」


 なおも熱弁を振るわんとしたそのアンドロイドを、パインが前に右手をかざしながら制止させる。

 当然、ドーンズ達は一様に顔をしかめる。全員が銃を手に取り、今すぐにでも飛びかかって殺さんとせんばかりに身構え、真っ直ぐにパインを睨みつける。


「……使うのは久しぶりだな……」

「……?」

「ゴミ掃除だ。付き合ってられん」


 だがパインは動じなかった。ドーンズの面々に向けて右手をかざしたまま、顔色ひとつ変えずにじっと前を見据えていた。


「お前、なんのつもりだ……!」


 銃を向けられてなお微動だにしないパインを見て、ドーンズの一人がうわずった声を上げる。だがパインはそれにも耳を貸す事は無く、やがてぼそぼそと何事かを呟き始める。


「……テステス。テステス。本日は晴天なり。本日は晴天なり。良好良好……」

「え?」


 素で驚いたモブリスがその目を見開いた。彼女だけでは無く、そこにいた者全てがパインを見て、一様に驚き目を大きく見開かせていた。


「なによ。ちょっと、なにしてんのよ」

「晴天なり晴天なり晴天なり。ザップザップザップ」


 パインが因果関係の不明な単語を吐き出すと、それに呼応してその体の表面を赤い電流が蛇のように這いずり回っていったのだ。


「晴れ晴れ晴れ晴れ。ザップザップザップザップ。良い一日を送りましょう。ザップザップザップ」


 電流自体は小さく、彼女の二の腕ほどの大きさしか無かった。しかしパインが言葉を――いや、『文字』を口から吐き出せば吐き出すほど、それに応じてその身を舐める電流の蛇の数が増えていった。またそれ以前に、生身の人間が電流を帯びている時点で普通では無かった。


「あなたは幸せですか? あなたは幸せですか? あなたは幸せですか?」


 何十もの赤い蛇が同時に体にまとわりつく。バチバチと空気の爆ぜる軽い音を鳴らしながら、その身にしつこくまとわりつく。パインはそれを意に介する事無く、目を閉じて淡々と、抑揚も無く呪文の詠唱に没頭する。

 誰もそれを邪魔出来なかった。突然の事に頭が追いつかず、または純粋な好奇心から、ただ呆然とその光景を眺めていた。


「イエス。幸せです。幸せです。でもまだです。今からもっと幸せになります」


 パインが目をそっと開ける。相手に気圧され、それでも舐められまいと銃を構えながら虚勢と共に胸を張るドーンズの面々を視界に納める。

 既に身を這う電流は消え去っていた。その代わりに、腹の辺りから重くくぐもった音が断続的に響き渡っていた。

 突如、腹の音が消える。

 パインが僅かに口元を緩める。


「死ね」





 空気が爆発する音が轟いた。





 刹那、そこに立っていたドーンズの面々は『目に見えない何か』によって向かい側の壁まで吹き飛ばされ、そのまま壁の一部と化した。四肢はもげ、細かい幾つかのパーツを地面に散乱させながら本体と運命を共にしていった。


「……」


 一瞬だった。誰もが口をあんぐりと開けてパインを見つめていた。


「どうした? 私の顔に何かついているのか?」


 そんな状況の中、パインだけがいつもと変わらない表情を見せていた。

 この時、自分の右手からもうもうと煙が上がっている事について、彼女は大して気にしてはいなかった。


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