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第三十五話「ジャンクヤード」

「それで、これからどうするの?」


 雲一つ無い澄んだ青空の下。黄土色の砂利が敷き詰められた地面の上。日光を遮るようにいくつも建てられたパラソルの内の一つの中。

 その中において、不意に前方からそう声をかけられ、パイン・ジュールは手に持っていた肉の切れ端が刺さったままのフォークを手元にある同じ肉のステーキが載った皿の上に置きつつ、声のした方へ視線を上げた。


「それで、とは?」

「だから、これからの事。どうするの? 向こうからこっちに来るまで、じっと待ってるって言うの?」


 自分の前方――丸テーブルを挟んだ反対側に座っていたモブリスの言葉を受け、パインが顎に手をやって考え込む素振りを見せた。


「それしかないんじゃないか?」


 だがパインは本気で悩もうとはせず、ポーズだけ見せておいてあらかじめ用意していた答えを澄まし顔で放り投げる。そしてモブリスの返答を待つ事もせずに、肉の刺さったままのフォークを再び手にとって口元へ運んでいく。


「むぐむぐ……うん、これがワニか。ワニ肉ってこんな感じなのか。なかなかいい感じだなワニ肉」

「……それしか無いのかしらねえ」


 ワニ肉のステーキに舌鼓を打つパインを見て、モブリスがどこか諦めたようにため息を吐く。皿の上に置いてあったナイフを持ち、それとフォークを使って肉を切り分けながら、パインが澄まし顔の中に口元を緩ませつつ言った。


「そう言うことだ。焦ってもどうにもならない。自ら動くだけで無く、じっと我慢して腰を据えるのも重要だ」

「待つのも仕事のうち、ね」


 そう相槌を打ちながら、モブリスが手元にある自分に宛がわれた分のワニ肉のステーキに目をやる。

 網目状に焦げ目の付いた赤黒い物体。その上には肉よりも濃い色をしたソースがかけられており。更にステーキを囲い込むように茹でられた野菜やら揚げニンニクのスライスやらが皿の上に盛りつけられていた。


「そう言うことだ。とりあえず、それでも食べて腹ごなししておいた方がいい。腹が減っては、とは言うだろ?」


 切り取った肉片を口の中に入れつつ、パインが笑って言った。その言葉を聞いて、モブリスが改めて自分の分の肉に目を向ける。

 半分切り取られていたパインの物に比べ、完全に出されたままの姿を保っていたそれは若干冷め始めていたが、それでもそのこんがりと焼かれた肉の塊は、見る者の食欲を否が応でもかき立てた。


「……うん、まあ、食べておこうかしらね」


 その食欲の前に理性が膝を屈したからでもあったが、結局モブリスはパインの助言に従う事にした。やや固くなったそれを、ナイフとフォークを使って一口大に切り取り、口の中へ入れていく。

 一度噛む毎に肉の風味と肉汁の味が口の中で広がり、心と腹が幸せで暖かくなっていく。質の善し悪しなど問題では無い。空腹によって増幅された、『肉』を食べていると言う実感が、彼女の――昔からそれを食べてきた人間の腹を満足で満たしていくのである。


「――うん。固いけどおいしい」


 自然と頬が綻んでいく。肉を食べている瞬間、モブリスはその味と感触によって、それまで抱えていたわだかまりや懸念の一切を全て忘れ去る事が出来ていた。そんな嬉しそうな顔を見て、既に全体の三分の二を食べきっていたパインが微笑みながら言った。


「な。うまいだろう」

「うん。空きっ腹にこれは堪えるわ……あ、やばい。手が止まらない」

「そんなに気に入ったか。私としては、少しパサついていると言うか、味気ないと思ったんだが」

「もぐもぐ……そこは、物が食べられるだけマシと思わないとね……んぐ……まあ個人的には、もう少し周りの景観を何とかして欲しいとは思うけど」


 そう言ってモブリスがステーキから目線を外し、パラソルの外へと向ける。そしてそれにつられて外を――自分達のいる場所より遠く離れた所にある『それ』を見たパインもまた、モブリスと同じく渋い顔を見せる。


「……確かに、な」

「生活の知恵って言っちゃえばそれまでなんだけど」


 頬杖をつき、残りのステーキをフォークで突っつきながら、モブリスが言った。


「ゴミ捨てジャンクヤードとはよく言ったものよね」





 メルボルン。

 その大陸の南東部に位置する、かつてオーストラリアと呼ばれた国の州都の一つとして存在していた沿岸都市である。

 そして国家という枠組みが地球の文明ごとさっぱり消え去った今、かつてメルボルンと呼ばれていたその町――彼女たちのいた店があるその町は、アンドロイド達のたまり場と化し、そしてゴミの中に沈んでいた。

 正確には、金属やプラスチック、ゴムや機械類など、錆びて朽ち果てたあらゆる無機物をうずたかく肉厚に積み上げ、防壁として町の周囲に展開させていたのである。

 壁をよく見てみると、断面から鉄筋が剥き出しになっている元建材のコンクリート塊や、自転車や冷蔵庫や自動車、そして炊飯器やラジカセやテレビと言った用途も出身も違う雑多な物共が、まるでパズルを組むかのように互いに隙間を埋めるように嵌まりあい、一つの壁を作っていた。場所によっては戦車の先のひしゃげた砲塔部分や戦闘機のデルタ翼が地面と垂直に立てられていたり、信管の抜かれた――と思いたい――ミサイルが何発も縦に整列していたりもしていた。さすがに戦車や戦闘機の本体、それに船や潜水艦が丸ごと埋められていたりはしなかったが。

 そんな壁の高さは五メートルを優に超え、壁の上で歩哨が二人横並びに歩けるだけの幅を備えていた。また、それらを溶接した跡がいくつも見つかったのが、初めてその壁を見る者にとっての不幸中の幸いと言うべき点であった。壁の外側には特別頑丈な素材を面に出しているのも高評価である。崩落や決壊の心配よりももっと別の所に気をやる者もいるだろうが。

 そうして出来たゴミ壁の上にはコードやパイプで作られた歪な柵が設けられ、内と外を繋ぐ観音開きの大扉には左右に一つずつ『☣』の記号が赤々と描かれた、所々塗装の剥げて錆び付いた特殊合金製の物が使われていた。港もその壁の中にあり、外に出っ張った船着き場と本施設を区切るようにして件のゴミ壁が港の上を横切っていた。船を収容するドック自体は壁の内側にあり、船着き場の様子は壁に付けられた監視カメラ――もちろん廃品である。直して使えるようにした――を通して把握する仕組みになっていた。

 ここは『全て』がゴミの中にあったのである。

 ジャンクヤード・メルボルン。

 ゴミに囲まれ、ゴミに守られたその町を、そこに住む者やそこによく立ち入る者はそう親しみと信頼をもってそう呼んだ。





「前から海岸に流れ着いていた漂着物や、ここに定住したアンドロイド達が地下から持ってきた物、もしくは同盟以降に火星人が持ち込んできた物の中で使われなくなった物……そう言ったゴミをかき集めて、ずっと前からこの壁をコツコツ築き上げていったらしい」


 パインが懐から『最新号の』パンフレットを取り出し、その中に書いてあるゴミ壁の説明文を音読する。ちなみにこれは彼女たちが港に着いた時、そこにいた観光課のアンドロイドが手渡してきた物である。


「不要品の有効活用、だそうだ」

「ていうか、パンフレット渡すほど人が来る場所なのここ?」

「知らん」


 揃ってステーキを食べ終え、コップに入った水を呑みながらモブリスが首を捻る。パンフレットに目をやりながらそうすげなく返した後、パインが改めてその目をパラソルの周囲へと向けた。


「往来はあるようだがな」


 視線の向こう、この町唯一の大通りには様々な衣服に身を包んだアンドロイドがまばらに行き交い、その通りの両側には様々な店――露店と言うべきか――が軒を連ねていた。

 ボトル詰めのオイルを売る店や各種部品を売る店。レンチや溶接器機など、『故障』した体をメンテナンスする器具を売る店や実際に体を修理してくれる店。乗り物を売る店に機械を解体する店。等々、とてもバラエティに富んでおり、そしてそれらは全てアンドロイドに向けて商売をする店で会った。

 また、どこの店も通りを行く客を呼び込む努力はしておらず、ただ店の前に座って時々声を上げるだけだった。おかげでその通りに熱気は無く、周りはとてものんびりとした空気が漂っていた。


「穏やかな町ね」

「多分、店の作りも影響しているんだろう」


 それらの店は雨風を凌げる程度にベニヤ板やプラスチック板を組み合わせた簡素な物が殆どだった屋根にトタン板を使った物や、煉瓦で壁を作っていた物もあった。

 中には殆ど崩壊し壁と内装だけが辛うじて残されていた建物の残骸を利用し、そこで他に比べて少々立派な店を開いている所もあった。モブリス達が立ち寄ったのもそんな昔の建物の残骸を利用して作られた店の一つである。

 通りを行く客達はその全てがアンドロイドであり、外の通りを見回す二人の視界の中に人間の姿は一度も入ってこなかった。この店の中にいる客も、パラソルの下で集まっていた客達も、皆アンドロイドであった。


「ここは元々、アンドロイドがアンドロイドのために興した町ですからね。それに他の場所との交通の便も良くないし、地球にいる人間の母数自体も小さいので、ここに人間が立ち寄る事はかなり稀なんですよ」


 ここも元々はアンドロイド専用のオイルを売っている場所なんで、と、この時食器を片付けに来た一体のアンドロイド――白黒のウェイトレス服を着込んだ禿頭ガンメタルボディーのアンドロイドが、頼んでもいないのに町の状況を話し始めた。

 細くしなやかなくすんだ銀の指で皿を重ねつつ、こちらの方を向いた人間二人を眼の部分に嵌め込まれた真っ青なカバー越しに見つめながら、アンドロイドが話を続けた。


「いやあ、まさか冷凍保存しておいた食用肉がこんな時に役に立つなんて、思いもしませんでしたよ。従業員全員が『これはもう使わないだろう』と思っていたんですけど、状態も良いしそれ自体数十キロもある大物だったんで、捨てるのも勿体ないからと言う事で残しておいたんですが……世の中何が幸いするかわかりませんね」

「まったくね。こっちもまさか、ここに来てこんな美味しい肉が食べられるだなんて思ってもいなかったわ」

「そうだな。用が済むまで、暫くはここに厄介になると思う。その時は頼む」

「こちらとしてはありがたいんですが、いいんですか? ここでも緑化活動はやってまして、それの副産物として出来た野菜や果物を貯蔵している店は他にもあるんですけど」

「人間は野菜より肉の方が好きなのよ」


 アンドロイドの心遣いにモブリスがやんわりと返す。その一方で、パインは感心したように小さく頷きながら言った。


「こっちでも緑化活動はやっているのか」

「ええ。ソウアーと協定を結んだ際に、メルボルンに定住しているアンドロイド達は彼らの活動に協力する事になったんです。彼らの活動には理解も共感も出来ますし、やっても損にはならないと言うのが、当時の上層部がそれを承諾した理由らしいです」

「それ、ずっと昔の事なんでしょ?」

「ええ」

「物知りなのね」

「特別専門的な知識じゃありませんよ。そのパンフレットにも載ってますから」


 アンドロイドの言葉を受け、パインが手に持っていたパンフレットに再度目をやる。


「六ページくらいです」


 アンドロイドの助言に従いページをめくる。そしてそこに書かれていた事を見て、パインが「ああ」と声を上げる。


「確かに書いてあるな。全部ある」

「もうここじゃ常識って事?」

「そう言うことになりますね」

「へえ」


 モブリスの質問にアンドロイドが口元を緩めて答える。

 そのアンドロイドが続けた。


「そう言うこともありまして、私達の中にはソウアーの人達に対して敬意や憧れを持っているアンドロイドも少なくないんですよ」

「……地球緑化してるから?」

「はい。そうです」

「どうして?」

「だって、自分達の遠い先祖がやらかした事なのに、それをあたかも自分達の責任であるかのようにまじめに取り組んでいるんですよ。実際に地球全土に緑が芽吹くのは早くても数百年後だというのに、その数百年後を目指して、自分達の人生の全てをなげうって活動をしているんですよ。たった八十年ぽっちしか生きられない人間が――」


 話している内に段々と、アンドロイドの口調が熱を帯びたモノへと変わっていく。人間二人はその変化に圧倒されていたが、アンドロイドはそんな自分の語り口に何の疑問も抱かないまま、それから暫くの間、一部のアンドロイドがソウアーを支持する事についての持論を披露していった。


「――格好いいじゃないですか!」


 そしてそのアンドロイドは、自分の演説の最後をそう締めた。長々と続いた話だったが、実際はほぼ同じ内容を言葉遣いや文法を微妙に変えつつリピートしていただけだった。

 だが同じ内容の話を延々と繰り返されたため、頭には残った。


「そ、そうなんだ」

「ああ。わかった。痛いほどわかったよ」

「そうですか? ですよね! いやあ、実はかくいう私もソウアーのファンの一人でして。いつかソウアーで働いている人間に会ってみたいなーって思ってるんですよ!」

「あ、ああ、そう」

「そりゃあ、メルボルンにも年に何回かは人間が来ますよ? ソウアーの人間が。でも直接会った事は一度も無いんです! ここに来た時に限って仕事が入るし、この店にも寄ってこないし、もう踏んだり蹴ったりなんです! だから私、生きている間にそのソウアーの人間と会って、こんな形で直接お喋りするのが夢なんです!」

「そ、そうなんだ。へええ……」


 握り拳を作り上半身前のめりになってそう力説するアンドロイドに、二人は完全に呑まれていた。他のパラソルの下にいた客――全員アンドロイドだった――も揃って怪訝な目つきをこちらに向けていたが、彼女にとっては焼け石に水だった。

 そんな感じなので、もし自分達の知り合いにソウアーの人間がいる、もしくは自分達は元青空の会の人間だったなんて言えば確実に面倒な事になりそうだったので、自分達の素性は伏せておこうと二人は同時にそう考えた。どちらか片方がバラしかけた時のフォローも考えていたが、それは杞憂に終わった訳である。


「やっぱり私は、ソウアーの本部に行ってみたいですね。あの総本山を、一度で良いからこの目に納めてみたいです!」

「う、うん。それはよかったよかった」


 そしてなおも続くアンドロイドの熱弁を受け、モブリスが逃げるように席を立ち、パンフレットを読んで気を紛らわせようとパインの横に並びかけたその時。


「あの、すいません」


 彼女たちの背後から若い男の声が聞こえてきた。そしてそれまでの会話を中断して反射的にその方を向いた三人が、そこに立つ声の主を見て再度驚きの表情を露わにする。


「え?」

「……人間?」


 ざっくばらんに短く切った髪。まだ大人になりきれていない、若々しさの残る顔。無駄の贅肉の無い、スマートで暖かみのある肌色に染まった体。そしてそれを包む、糊の利いた黒地のスーツ。

 その自分達と同じ人間の青年を前に、パインとモブリスが揃って声を上げる。アンドロイドのウェイトレスもまたカバーの奥でカメラアイを激しく動かし、目の前に突如現れた人間に合うよう動揺によって乱れたピントを調節していた。


「い、ごほん……いらっしゃいませ」


 しかし慌てたのはほんの一瞬。すぐに咳払いをして呼吸を整え、いつも見せている接客態度で眼前の人間に相対する。

 人間もアンドロイドも、彼女の前では等しく客である。プロ根性のある女性であった。


「お一人様でしょうか? 席はどちらに?」

「ああ、その、ちょっと」


 初めて会うアンドロイドに馴れ馴れしく接され、今度は青年の方が面食らった。アンドロイドが応対する頃には既に混乱を脱していたパインとモブリスは、傍からその二人のやりとりをじっと見守っていた。

 仲立ちするのが面倒くさかったからである。


「いや、その、今日はちょっと尋ねたい事があってこっちに来たんですけど」

「えっ、ああ、そうなんですか? すいません、勝手に進めてしまって。それで、なんでしょうか?」


 嫌な顔一つせずにアンドロイドが話を進める。すると青年が申し訳なさそうに頭を掻きながら、そのアンドロイドに質問をぶつけた。


「はい。実はその、茶葉を探してまして」

「茶葉?」

「はい」

「お茶の葉っぱですか?」

「はい。紅茶の葉っぱです」

「紅茶ですか……」


 青年の言葉を受け、ウェイトレスが自身の顎に細い硬質の指を添えて考え込む。そして暫しの逡巡の後、顔を上げたウェイトレスが青年に対して言った。


「はい。いくつか思い当たる場所なら知ってますよ」

「本当ですか?」

「ええ。何でしたら、今からご案内しましょうか?」

「いいの? あなた今仕事中なんでしょ?」


 それまで傍観していたモブリスが突如声を上げた。彼女の方を向いてウェイトレスが答える。


「大丈夫ですよ。ちょっとお休み貰って、その間に行けばいいんですから」

「客とか来たらどうするんだ?」

「ここに満足に客なんて来ませんから」

「言っていいのかよそれ」


 パインが呆れたように返したが、アンドロイドはそれを無視して重ねた食器を手に持ち、回れ右をして店の方へと体を向けた。


「それじゃあ、今から交渉に行ってくるんで、それまで待っててもらえますか?」

「はい、お願いします。ええと……」


 呼びかけ、途中で口ごもる青年を振り向きざまに見て、アンドロイドが小さく笑みを浮かべながら体をそちらに向けて言った。


「私はモンブランと申します。以後よろしくお願いします」

「――ああ、はい、モンブランですか。わかりました」


 自己紹介をした後で小さくお辞儀をするモンブランに対し、青年が再び恥ずかしげに頭を掻く。そしてその後、今度は青年がモンブランに向けて口を開いた。


「自分は、ショー・コッポラと言います。未熟ながら、ソウアーニューヨーク本部で働かせてもらっています。こちらこそ、どうかよろしくお願いします」

「え?」


 次の瞬間、そこにいた女性三人はほぼ同時に驚いた。


「マジ……?」

「おいおい……」

「うそ、ソウアーの人なんですか? 凄いラッキー! しかも本部勤務の方なんですか!?」


 モンブランは驚きと興奮で口に空いた手を当てながらカメラアイを激しく動かし、パインとモブリスは突然の展開に顔を引きつらせた。


「うわー! うわー! なんの準備もしてなかった-! どうしよううわー!」


 ショーはそんな三者三様の反応を見て、深く考え込む事もせずに「そんな大した役職じゃないですよ」と再び恥ずかしそうに頭を掻いた。

 おめでたい奴だった。


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