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第三十四話「暇つぶし」

「……これが保存庫という物なのですねー」

「でっかい金庫みてえだな」


 ゴーゴンプラント下層部にある保存室内に足を踏み入れ、まず目に付いたのは、目の前にある巨大な保存庫だった。

 その黒い光沢を放つ表面を持ち、自分達の背丈の三倍の高さを持つ保存庫を前にしたレモンとリリーは、揃って感嘆の声を上げた。


「ていうか、これ一個なのか?」

「うーん、見た感じでは……」


 そしてその後で、二人は揃ってそう疑問を抱き、保存庫から視線を離し、その入ったばかりの室内を改めてじっくりと見回してみた。

 青白い照明に照らされたその部屋は例によって前面鉄拵えで、保存庫同様に立方体の形をしていた。そしてその部屋には自分達と保存庫以外に何も存在しておらず、その保存庫の両脇にも空きスペースが存在していた。


「……これだけみたいですねー」


 周囲の観察を終えたレモンが残念そうに肩を落とす。そしてその横で、リリーが退屈そうに頭を掻いた。


「しょっぱい部屋だなあ、おい」

「何というか、スペースの無駄遣いにしか見えませんよねー」

「ああ。期待外れもいい所だぜ」

「培養施設も、ここと同じで寂しい所なのでしょうか……?」

「ぴぴー。レモン様。リリー様」


 その時、二人の背後から気の抜けた電子音声が響いてきた。驚いた二人は反射的に後ろを振り返るが、そこにあったモノを見てすぐに安堵のため息を吐いた。


「なんだ、作業用のドロイドか」


 作業用ドロイド。

 全長一メートル五十センチ。このゴーゴンプラントで行われる全ての仕事を一手に引き受ける、白い円柱の下部にキャタピラをくっつけただけのシンプルな構造をした物体である。手抜きにも見える外見をしていたが、この円柱の中には何十本ものロボットアームが格納されており、必要に応じて各種アタッチメントを取り付けられたアームを中から出して作業をするように設計されていた。


「お姉さま、あのロボットをご存じなのですかー?」

「ああ。俺がメルボルンにいた時、何度かあれと似たような奴を拝んできたからな……そうか、あれがいるから他に乗員がいないのか」

「そんなに万能なのですか?」

「雑用を押しつけるにはぴったりの相手だよ」


 彼らはこのゴーゴンプラント内に全部で五百ほど存在し、その全てがゴーゴンプラントの中枢AIによって統御されていた。


「レモン様。リリー様。伝言がございます」


 そして今回、このドロイドはメッセンジャーの仕事を帯びて彼女たちの元にやってきていた。若干のエコーがかかる電子音声でドロイドが用件を告げていく。


「レモン様。リリー様。至急会議室においでください。総指揮官アロワナよりの指示です。至急会議室においでください」

「アロワナあ?」

「あのお方が、私達になんのご用なのでしょう?」

「俺が知るかよ」

「伝言は以上です」


 仕事は済んだ。もう用は無い。そう言わんばかりに、そのドロイドは伝言を伝え終えるや否や戸惑うリリーとレモンを尻目に、さっさとその部屋から立ち去っていった。

 そして黒い箱だけが鎮座する殺風景な部屋の中、後には人間二人だけが残された。

 二人きりになり、その場に漂う物寂しさや孤独感を改めて痛感する。


「……行くか」

「そうですねー」


 もはやいてもたってもいらなかった。二人はそこから逃げるように、足早にその部屋を去って行った。





「伝言は以上です。ぴぴー」

「……」


 同じ頃。アカシアとライチ、そして二人がいる部屋に入って事情を説明していたエムジーの三人は、いきなり部屋の中に入って来てレモン達が聞いたのと同じ伝言を次げそのまま帰って行く円柱型のドロイドの姿を呆然と見つめていた。


「……なに?」

「なにって、伝言?」

「アロワナがこっちに来いとか言うてたな。なんやろ?」


 ドロイドが通路に出て、スライド式のドアが自動で閉まる。そのドロイドが完全に消えた後も、三人はその薄い鉄製の自動ドアをじっと見つめていた。


「……あのドラム缶みたいな奴って、いったい何者なの?」


 やがてライチがぽつりと呟く。アカシアがそのライチの方を向いて言った。


「あれ、ライチは知らへんのか? ドロイド」

「どろいど?」

「せや。そっちのアンドロイドの嬢ちゃんは? 知っとるか?」

「見た事も聞いた事もないわ」

「さよかー。まあ、他に輸出してる訳でも無いし、それが当然かー」


 そう言って一人納得した後、アカシアは頭上に?マークを浮かべていたライチとエムジーに対して、ドロイドの簡単な説明――リリーが知っているのと同程度の知識量であった――を行った。


「だからここには他に人員がいないんだ」


 そして説明を聞き終えた後、ライチはレモンと同じ感想を漏らした。すると、その横にいたエムジーがアカシアに尋ねた。


「あれ? じゃあ、あなたはなんでここにいるの? この船で重要な役職に就いてたりするの?」

「ウチか? ウチはな、ただのマスコットや」

「は?」


 二人が素っ頓狂な声を上げる。そんな二人に対して胸を反らし――ついでになぜか目線も二人から逸らしつつ、アカシアが自慢げに大きな声で言った。


「この要塞のマスコット。アロワナは『必要ない』とかぬかしおったけど、やっぱり町にしろ船にしろ、和み系のキャラは必要やろ? イメージアップ的な意味で」

「本当にいるの?」

「カサブランカにはいなかったわよね」

「じゃかあしいわ! いるっつったらいるんじゃ!」


 アカシアが――なぜか早口で――そうエムジーに返す。その口元は震え、僅かに首を動かして相変わらずその目線をライチ達の方から逸らしていた。


「マスコットならここにいるぞー!」

「スバシリ、何を叫んでいるのですか?」


 そしてこの時、カサブランカの艦橋でスバシリは前触れも無くそう叫んでいた。突然の妹の奇行を前にイナは「とうとうバグったか」と言いたげな悲しい視線を送り、クチメはテーブルの上で寝息を立てていた。

 閑話休題。

 ライチが首を捻る。


「でも、マスコットって職業じゃ無いような……」

「立派な仕事や! 正社員や! 文句あるか、ええッ!?」

「な、なんでそんなにムキになるんですか?」

「ムキになんかなっとらん! なっとらんわ!」


 どう見てもムキになっていた。

 そのアカシアの姿には、どこか後ろめたい雰囲気があった。


「まさか……」


 まさか。


「……他に働き口が無かったの?」

「ギクッ!」


 そんな訳無いだろう、と軽い気持ちで尋ねてみたつもりのエムジーだったが、それに対するアカシアの――ある意味予想外の反応を前にして、エムジーは逆に自分の迂闊さを呪った。


「……」

「……あー……」


 頭から煙を吐き出すエムジーの横で、ライチがアカシアから目をそらし気まずそうに頬を指で掻く。


「……まあ、人間、いや、アンドロイドにも色々あったと言う事で――」

「ちゃ、ちゃう! ちゃうで!」


 そして何とか慰めの言葉を捻りだしかけたライチに対し、その言葉をアカシアの大声が遮った。


「ちゃうからな! 別にし、仕事がなかったからとか、土下座して頼み込んだとか、そういう理由とちゃうからな!」

「そうなの?」

「当然やんか! そ、そ、そんな訳ないやろ! こんなかわいらしいコアラに、それまでま、まさかなんの仕事も回ってこなかったとかそんな、プーとかそんな阿呆らしい事があ、あ、あるわけが」

「もういい。何も喋るな」


 イレギュラーな事態に対する解決策模索のために頭から煙を吐き出しつつ抗弁を図るアカシアの言を、既に煙を吐き出し終えていたエムジーがぴしゃりと遮る。ライチもライチで、目の前のコアラに対してどう声をかけたらいいのか判らずに気まずい表情を浮かべるだけだった。


「とにかく、一度向かってみましょう。色々考えるのはその後」


 それ故にライチは、こうしてエムジーがこの場を仕切ってくれる事に、胸の内でとても感謝していた。そしてせめてもの助けとして、エムジーに対して援護を行った。


「そうだね。ここであれこれ考えてても仕方無いし。一度アロワナの所に向かってみようよ」

「ええ。それがいいわ。気分転換も兼ねてね。アカシアも、それでいいでしょ?」


 一足先に立ち上がったエムジーが、そう言ってアカシアを見下ろす。そしてアカシアが力なく頷く所を見て自らも満足そうに頷いた後、同じく立ち上がっていたライチの方を向いて微笑みかけた。


「中継ぎ、ありがと」

「切り出してくれたのはそっちだよ。礼を言うのはこっち」


 エムジーの言葉にライチが返し、二人して小さく笑い合う。その後でライチが項垂れている――よく見たらふて腐れていた――アカシアを抱きかかえ、部屋を出てアロワナが伝言の中で示した会議室へと歩き出した。


「マスコット……ウチはマスコットなんやで……」


 その間、アカシアは壊れたラジオのように同じ言葉を何度も吐き続けていた。





「ハッハッハッ! いやあ、勝ちすぎてまったくすまんな! ハッハッハッ!」

「……」

「……おい」


 そして互いに招集を受けてから数分後。アロワナの指定した場所に集まった四人は、そこで一つのテーブルに固まって賭け金ありのブラックジャックをしていた。


「これだからやめられん! これだからギャンブルはやめられないんや! あかん、このままじゃ一人勝ちロードまっしぐらや。いやあすまんな皆! ワハハハハハ!」

「そんなんだからまともな仕事に就けないのよ」

「ギャンブルに精を出すマスコットって聞いた事無いんですけど」


 連戦連勝、一人大勝ち中で嬉しそうな笑い声を上げるアカシアに向けてエムジー(負け犬)とライチ(負け犬)が冷ややかな視線を投げかける。ちなみに賭け金ありと言っても本当の金を賭けている訳では無く、『勝ち星に応じて勝者は敗者に命令を下す事が出来る』と言うルールの下でゲームを行っている。

 かつてリリーがアカシアとプレイした時に用いたのもこのルールであり、リリーがオーストラリアの外に出たのもこの時の命令によるものであった。

 その一方で、リリー(負け犬)は横に座らせたレモン(言わずもがな)にブラックジャックのルールやテクニックを教える傍ら、その自分の反対側に座ったアロワナ(以下略)に対しジト目で詰問した。


「一ついいか?」

「なんだ?」

「なんでいきなりこんな事始めようって思ったんだよ?」

「ヒマだったからだよ」

「ああそうかよ」


 予想通りの回答を得られた事に対してリリーが口を尖らせる。そんなリリーを横目で見つつ、手札の確認を行いながらアロワナが言った。


「この要塞船は殆ど自立稼働だからね。人の手を借りる必要は全くと言っていいほど無い。仕事と言ったら、一日に二回、コンピュータ回路やAIに誤作動やエラーが無いかをチェックするだけ。それも数分で終わる仕事だ。あとはずっとこの船の中で缶詰さ」

「なんでこんな退屈な仕事引き受けたんだよ?」

「楽そうだったからね。実際かなり楽だったんだけど、今度は楽すぎて逆にそれが苦痛になってきた。もう暇で暇で参ってたんだ」

「確かに、こんな殺風景な所に一人で押し込められれば、嫌になるのも無理はありませんねー」


 それまで手札とにらめっこしていたレモンが不意にそう呟く。一瞬虚を突かれたアロワナだったが、その表情の空白をすぐに笑みで埋め尽くして、それに答えた。


「まあ、少なくとも一人では無かったんだが、言ってしまえばそう言うことだよ。一人も二人も、少人数である事に変わりは無い。だから君達とカサブランカをメルボルンにエスコートする際の運賃代わりだと思って、我々の『暇つぶし』に、最後まで協力して貰いたいんだよ。アカシアもあんなに喜んでいる事だし、いいだろ?」

「わかった。わかったよ」


 リリーがそう言って降参の意を示すかのように両手を挙げた。それまで別々の光景を見ていた他三名も、そのリリーのアクションを見てその意図を察し、半ば諦めたように苦笑しつつ首を縦に振った。


「最後までつきあってやるよ。好きにしな」

「決まりだな」


 全員同意の意思を読み取り、アロワナは会心の笑みを浮かべた。


「よし、ではゲーム再開だ。今日は最後までつきあって貰うぞ」

「最後って、何をどうしたら終わりにするんですか?」

「そんなの知るか! んなもん考えるより、目先のゲームに集中せんかい!」


 ライチの疑問を正面から叩き潰しながら、アカシアは心底楽しそうな笑みを浮かべた。


「ああ楽しい。仕事探してるよりめっちゃ楽しいで。やっぱり人生は楽しいに限るで!」

「駄目だこいつ。早く何とかしないと」


 エムジーの嘆きは誰の耳にも届かなかった。


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