第三十三話「敵意の大地に種を撒く」
「このゴーゴンプラントはな、木や野菜と言った植物全般の養殖と繁茂を目的として作られた移動要塞なんよ」
「養殖と繁茂?」
それから数分後、アロワナが帰り二人きりとなったその水色に照らされた室内で、コアラ型アンドロイドのアカシアはライチにこの船についての大まかな説明を始めていた。
この時、アカシアの右腕は肩口から外され、その隣に座ったライチがそれを手に取ってメンテナンスを行っていた。左手にアカシアの腕を、右手に指でつまめるサイズのブラシを持ち、断面や関節の隙間に溜まった埃を払い落としていく。
その整備の様子を横目で見ながらアカシアが続けた。
「せや。まずこの中で種や苗木なんかを生産、保存してな。そいで比較的汚染の少ない場所を見つけてそこまで船ごと動いて、そこにその種や苗木を植えて行くんよ」
「クローン生産?」
「ちゃうちゃう。ちゃんと天然モノや。ハイヤーの所にある『昔ながらの』植物の種を拝借して、それをここで培養して種を増やす。そいで、それを外にばら撒く。簡単に言えばこう言う流れやな」
「緑の日みたいな事にはならないって事かな……?」
自分の脇に置かれた工具箱――一度ここに戻ってきたアロワナが持ってきた代物である――の中にブラシを置き、代わって小型のペンチを手に持ってライチが呟く。
緑の日ってなんや? とアカシアが耳聡く尋ねてきたので、ライチが火星のロウアー向けに開かれる祭りとそれに使われる短命な植物の事について説明すると、アカシアは眉間に皺を寄せてその愛らしい顔を不快に歪ませた。
「しょっぱい事しとんなあ。他にやりようはないんか?」
「無いですよ。ハイヤーはともかく、ロウアーで緑に囲まれた生活なんて不可能ですから」
「階級制にせなあかんほど、今の火星の社会はギリギリなんか?」
「わかりませんね。僕は物心ついた時からそこにいたし、そうある事に対して特に疑問も持たずに生きてきましたから、そう言った――政治? 的な物には関心持ちませんでしたから」
「淡泊なやっちゃな」
アカシアがそう言う隣で、ライチは顔色を変えずに作業に没頭する。表面に毛皮の貼り付いた装甲板を外し、その電気信号伝達用コードでびっしりと埋め尽くされた中身を剥き出しにする。そしてその中をじっくりと観察し、そこにある電流の流し過ぎで焦げ付きが出来ている一本のコードを見つけ、それをペンチで切り取っていく。
「この毛って、本物ですか?」
「せや。こいつはクローン培養したやっちゃな。『本物』のコアラから借りたモンを増やして、装甲の上に皮膚ごと貼り付けたんや」
「皮膚もクローンで? 凄いですね」
「なんでもかんでも合成で生み出せる時代やからな。飯も植物もな」
切り取った導線を工具箱の傍に置き、代わりにその中に入っている新品の導線を取り出して切り取られた部分に付け替える。次いで得物をドライバーに持ち替え、手首のコード接続部にあるネジの中の錆び付いてきた一本を外し、導線と同様に新しい物へ交換していく。
「他に駄目な線は……こっちにはもう無いか。留め具も他に異常なし」
「へー、手慣れたもんやなー」
「構造自体はジャケットと変わりないですからね……骨の部分は異常なしと……」
腕の中の、人体で言う所の『骨』に相当する、周りを埋め尽くすコードの海に沈んでいた棒――手首から肘まで伸びる鉛色の棒を何度かドライバーで叩き、ライチが小さく頷く。ついでに骨の周りに敷き詰められた命令伝達用のコード自体の伸縮性――筋肉のように伸び縮みする素材で作られている――も、装甲を剥がした状態で何度も腕を曲げてチェックを行い、その安全性を確かめる。
「コードの中身……コード自体に対する信号伝達機能も、特に問題は無しと」
「中身も見ないで、わかるんか?」
「伸縮の度合いで、だいたいは。コードの伸び縮みの割合は部位毎に全て同じ数値に揃えられてますから、異常のある奴はちょっと伸びが悪かったり伸びすぎてたりして、目で見てすぐに判るんです」
「発言がプロやな。言葉に自信がある」
「まあ、物心ついた時からずっとジャケットいじってましたから」
どこか物寂しそうな顔でライチが返す。アカシアはそれが気になったが、同時にライチの表情からかなりデリケートそうな話題だと悟り、尋ねるかどうか考えあぐねていた所で当のライチから言葉がかかってきた。
「じゃあ、とりあえず出来たんで、嵌めてみてくれますか?」
「お? おう、わかったで」
ライチの言葉に従い、アカシアが右側面をこちらに向ける。その肩口、中に機械類がぎっしりと詰め込まれた真円の接続ポイントに、それまで整備していた右腕を嵌め込む。
カチリと気持ちの良い音がした。接続の瞬間、一瞬だけ総身を震わせた後、アカシアがゆっくりと右肩を回す。
「おお……これは……」
「どうです?」
「うん、ええで。前よりもしっくりくる。これはええ感じや」
「そうですか。それは何より」
腕をぐるぐる回しながらアカシアが嬉しそうにそう言うのを聞き、ライチも思わず頬を緩ませる。そのライチの笑みは、役に立った嬉しさが半分、上手く行った安堵の気持ちが半分の笑みであった。
「そんじゃあ、次は腰見てもらいたいんやけど、ええか?」
「そう言えば、リリーも『肩とか腰とかが悪い』とか言ってたような……」
「おう。聞いとるんなら話は早い。よろしゅう頼むで」
「わかりました。では失礼して……」
そう言ってライチが、おもむろにアカシアの背中に手を回す。そしてそのもこもこした毛皮の中に隠れていたカバーを開け、中にある豆ボタン大のサイズをしたスイッチに指を当てる。それを軽く押し込む。
直後、空気の抜ける音と共にアカシアのずんぐりした腹に水平の割れ目が生まれた。その体を横一線に輪切りにするような割れ目は、しかしそのアカシアを形作る表面装甲だけを上下に寸断していた。
やがてその割れ目の幅はライチの目の前で徐々に広さを増していき、腰を境にして体の表面だけが上下に離れていく。離れていくと同時にその体内の四隅に仕込まれた、上下のボディを支える四本のピストン柱がその姿を現す。
そして数秒もしないうちに、その柱に囲まれた形で存在する、アカシアの体の『中身』が完全に露わとなった。
「ふうむ……」
と言っても、出てきたのは灰色に染まった円柱状の無骨な物体だったが。この中に動力源や増幅装置など、人間で言う所の『内臓』が詰まっているのだ。
その眼前にある光景を、顎に指を当てながらライチが凝視する。そしてその柱の一部分をそっと人差し指で押し込む。
直後、柱を縦に真っ二つにするように光が走り、ボディと同様に表面部が左右へ割り開かれていく。その『内臓』の中央、オレンジ色に光る丸いコア――ジャケット内部にある増幅装置の相似縮小版を見て、ライチが恍惚と頷く。
「良いの使ってますね」
「わかる?」
「光に濁りが無い。凄い。高級品だ」
その顔は見るからに嬉しそうだった。
「アロワナ司令、一つお聞きしたい事が」
同じ頃、ライチと別れたアロワナに連れてこられた小さな会議室の中――最初にアロワナが他にまともな所が無いと嘘をついてコンピュータルームに招いたのは、単に彼らを信用しきれていなかったからである――で、自分達の前に立つ彼に向けてイナがそう口を開いた。そこにいるカサブランカのクルーを代表しての発言である。
「なにかね?」
青白い照明に照らされた部屋の中、縦長の机を挟んで立つアロワナが大儀そうにこちらを振り返る。一つ頷いてイナが言った。
「あなた方が我々を攻撃してきた事についてです。それについて、明確な理由をお聞きしたいのですが。構いませんね?」
「ああ。いいだろう」
腕を組み、目の前のマフィアのボスが頷く。
「あの件に関しては済まなかったと思っている。こちらもこちらで、神経が過敏になっていたものでな」
「過敏?」
「何があったんだ?」
「これまで何度も、妨害工作を受けていたのさ。有形無形のね」
「あらまあ、それは災難でしたねー。して、それはいったいどこの誰が?」
そう言って首を傾げるレモンの方を向き、アロワナが疲れた声で答えた。
「青空の会だよ」
「あ、はい。判りました」
イナが酷く淡泊に、投げやりに返す。その表情は心底うんざりした様子であった。
「一言で片付くのって、ある意味凄い事よね」
「まあ、他に誰がいるんだって話なんですけどね」
「考えてみたら、地球には他に生きてる奴いないんだよな……」
「……運命の赤い糸……」
「またあいつらが絡んでくるのかよ。めんどくせえ」
「死ねばいいのにねー!」
そしてイナに続いて、他の面々も大なり小なりブーイングを上げ始める。その様子をみて苦笑を漏らしつつ、アロワナが言った。
「まあ、確かに連中が鬱陶しい事には違いないな。その様子だと、そちらもかなり迷惑を被ってきたと見える」
「ああ。あいつら、本当にどこにでも現れるんだからな。うざいったら無いぜ」
「いっぺん死んでほしいよねー!」
リリーの言葉にスバシリが笑顔で合わせる。それを努めて無視しつつ、イナがアロワナに尋ねた。
「しかし、そちらはなぜ彼らの攻撃を受けたのですか? やはり、ソウアーと繋がっているから?」
「それもあるだろうな。連中にとっては、火星の人間は等しく憎むべき敵だ。自分達の星を荒らす異星人だ。そして、それとつるんでる奴も同じく悪だ。」
「迷惑な話ね」
「確かにな。はた迷惑極まりない――が、私は彼らが襲ってくるのは、それだけでは無いと思っている」
アロワナがエムジーに返す。片眉を吊り上げてエムジーが尋ねる。
「何か他にあるの?」
「ああ。奴らは恐らく、この船を狙っているのかもしれない」
「この船?」
「いったい何が?」
ジンジャーとイナが食いついてくる。他の面子も同じく目でその説明を訴えてくる。
それに対し、アロワナはこのゴーゴンプラントの存在理由――別室にてアカシアがライチに説明したのと同じ内容を彼らに話して聞かせた。
「要するに、この船は『種まき』をする船と言う事か」
そしてアロワナの説明が終わった後、ジンジャーがそう纏めた。そんなジンジャーに「その通り」と返すアロワナに対し、レモンが尋ねた。
「しかし、その青空の会の人達は、そんな種まき船を使って何をするつもりなのでしょうかー?」
「それは、あれだろ。ソウアーに代わって自分らで畑耕したいからだろ」
「そうだ。私もそう思っていた」
アロワナが頷く。
「どうして?」
「食料確保じゃね?」
そして横から飛んできたエムジーの疑問にスバシリが投げやりに答える。スバシリがそのまま言葉を続けた。
「なんかあいつらさ、色々とギリギリっぽい感じするじゃん? 特に飯とか。飯とか」
「説得力はあるな。私とライチが間違ってシンジュクに降りた時も、強制的に畑作業をやらされたからな」
「……憶測だけで話を進めるのは、不毛……」
クチメが俯きながらそう返す。その言葉の後で腕を組み直してアロワナが言った。
「そうだな。第一、私の考えだって合ってるかどうかも判らない。今大事なのは、この船が奴らの攻撃目標になっていると言う事だ」
「そうですね。クチメの言う通り確たる証拠も無い現在、今は余計な事は考えずにそれだけを念頭に置いた方が良いかと思います」
「謎解きはいつでも出来るからな」
リリーがそう言い、他の面々も大なり小なり頷く。そしてその会話が途切れた後に、イナが「司令、もう一つ」と再び質問を切り出した。
「なんだ? 次は何が聞きたい?」
「はい。この船は今、どこを目指しているのでしょうか?」
「ああ。その事か」
「……どこなの……?」
「メルボルンだよ。一度、種や苗を補給しに戻ろうと思ってね」
その回答に、そこにいた全員が心の中でガッツポーズを取った。そんな雰囲気の変化を表情筋の僅かな伸縮から――人の感情の機微は、隠しているようでも顔に表れがちな物である――感じ取り、アロワナが尋ねた。
「何かあるのか? メルボルンに?」
「はい。実は――」
そして今度は、イナが自分達の目的を簡潔に伝えた。
全てを理解した後、アロワナは小さく笑みを浮かべた。
「そう言うことだったのか。いや、これは余計に悪い事をしてしまったな」
「どうかお気になさらずに。不可抗力だったのはこちらも承知していますから」
「悪いのは青空の会の連中だからな。仕方無い」
「そうか。助かる」
そんなジンジャーの言葉にアロワナが頷いて言った。
「では迷惑をかけたお詫びとの意味も込めて、このままメルボルンまでエスコートさせてもらってもよろしいかな?」
「いいんですか?」
「ああ。もっとも、こちらはこれくらいしか出来ないが」
「いや、十分だぜ。こっちとしても手間が省けるし、それが一番嬉しいってもんさ」
なあ? とリリーがイナの方を向いて言った。それに対して頷き返した後、イナがアロワナに言った。
「こちらからもお願いしてよろしいでしょうか? 我々をこのまま、メルボルンまで連れて行って欲しいのです」
「お安いご用さ」
アロワナがウインクを返す。そしてそう言った後で懐から手のひら大の長方形のパッドを取り出し、その上で指を走らせ始めた。
「何をしてるんだ?」
「速度を上げるようAIに命令を飛ばしている。あと数時間もすれば、目的のメルボルンまで辿り着けるだろう」
「わざわざすみません。そこまで気を回していただいて」
「気にしなくてもいい。こちらがやりたいからやるだけさ」
そうアロワナが言った直後、ゴーゴンプラントが彼らの立つ床ごと僅かに振動した。そして足下から獣の低い唸り声に似た音が響き始め、彼らはこの要塞が少しずつ速度を上げていっているのだと言う事を直感で知った。
「凄いな……こんなでかいのが動くのか」
「まだまだ。他にもゴーゴンプラントには多くの機能が搭載されている。けど、今は長旅で疲れているだろうから、それは後で説明するとしよう」
そう言った後で、アロワナがイナの方を向いて言った。
「悪いんだが、これからメルボルンに着くまでの間、暫くカサブランカに戻っていて欲しいのだが。構わないかな?」
「この要塞には個室が無いから?」
「その通り。この要塞の仕事は殆どAIがやってくれるからね。二、三人泊まれるだけの空きスペースしか無いんだよ」
「これだけでかいのに?」
「他は全て培養施設と保存施設にあてがわれている。動力炉だって巨大だ。それにここまでゴーゴンプラントが大きくなったのも、そもそも培養施設や保存施設が縮小しきれなくなったからなんだ」
「中の見学とかはしてはいけないのですかー?」
レモンの投げた疑問に、小さく笑ってアロワナが答える。
「見て回っても構わないが、そんなに面白い物でもないと思うぞ? 今はストックも殆ど持っていないし、動いてないのが殆どだから」
「いえいえー。初めて見る物は、何でも魅力的に映る物なのですよー」
「それもそうか。なら、好きに見て回るといい。後で見取り図も渡しておく」
「では、ここを見学したい方はここに残って、部屋で休みたい方はわたくしについて行くと言う事で、構いませんね?」
イナの言葉に全員が頷く。そして選り分けもスムーズに行われた。
内訳は以下の通りである。
要塞内部の見学をする・レモン、リリー、エムジー。
カサブランカに残る・それ以外。
「エムジー、こういう場所に興味があるのか?」
帰還組に入ったジンジャーが、見学組に加わっているエムジーにそう尋ねる。エムジーは笑って「ライチにこの事伝えとかないとね」と返し、対してジンジャーが「ああ」と間の抜けた声を出す。
彼女に指摘されるまで、その存在をすっかり忘れていたのだ。それは他の面々も同様だった。
「いや、おい、薄情すぎるだろう。一応主人公だろう」
「だって地味じゃん」
「おいやめろ」
そんな多少の、ほんの些細なやりとりの後、彼らはそれぞれが取るべき行動を取り始めた。長旅や奇襲で疲れた者達はカサブランカの個室で睡眠を取り、要塞に残った者達は思い思いにその中を見て回った。
外では既に日が沈み始めていた。太陽が水平線の彼方へと沈み、空の色が赤から黒へと変じ始めていく。
そんな薄夕闇の中を、ゴーゴンプラントは一路、メルボルンへと向けて走り出していた。
同時刻。ソウアーニューヨーク本部。執務室内にて。
「ショコラ君」
デスクの前に座ったオートミール・オートバーンが、自ら呼びつけたショー・コッポラに対して言った。
「その名前で呼ばないでください。それで? なんなんです?」
眉間に皺を寄せ、ショーが嫌々返す。そんな部下の心情もどこ吹く風と言わんばかりに、マイペースな口調でオートミールが言った。
「ちょっと茶葉買ってきて欲しいんだよね。紅茶の」
「紅茶の葉ですか? どこまで?」
「メルボルン」
「……は?」
驚愕では無く唖然から、ショーが目を見開いて目の前の男を見据える。頭を掻きながらオートミールが返す。
「だから、メルボルン。『ジャンクヤード・メルボルン』。あそこ、何でも揃ってるっぽいじゃん。だからちょっとさ、行ってきてよ。可愛い司令官のために」
「おつかいで行けるような距離じゃないと思うんですけど」
「ワープ装置があるじゃん。それ使えばいいじゃん。ね、お願い。一生のお願い」
顔の前に両手を合わせ、オートミールが必死に懇願してくる。ショーは静かに首を横に振った。
「無理です。こっちも忙しいんです。あなたが行ってきてください」
「えー?」
「自分の嗜好品くらい自分で調達してください。頼みますよ」
「やだよ、めんどくさい」
「死ねよ」
ショーはこの日、司令官オートミールに対して五回目の暴言を吐いた。




