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第三十二話「失格マスコット」

 カサブランカを収容し、入り口を完全に封鎖したゴーゴンプラントはその後、船と一緒に中に取り込んだ海水を外に排出し、左右からクレーンを伸ばして船体を固定した。そしてその後に壁面から、船の側面にある出入り口の一つに向けて白い四角柱をまっすぐ伸ばしてきた。


「この位置に連絡通路を接続した。後はこちらで誘導するから、上がってきてくれ」

「わかりました」


 外部活動用の義体を身に纏ったイナがアロワナの通信に答え、クルー全員を先導する。そして出入り口を通って船から通路へと出て以降、イナは網膜に直接映し出される見取り図に従って先へと進んでいった。

 通路は四角い窓が規則的に嵌め込まれた、清潔な白い作りをしていた。だがその連絡通路を越えてゴーゴンプラント内部にある通路に入った時、周囲の景色は一変した。


「これは……」

「……目がチカチカする……」


 そこはカサブランカのそれよりも天井が高く、その全てがむき出しの金属で構成された味気ない物だった。火星産のチタン合金で埋め尽くされた床には等間隔で金網が設置され、その床の下に太いパイプが走っていたのが見て取れた。また、チタン製の足場と言わず金網と言わず、床の上を踏めば乾いた甲高い音が周囲にに響き渡った。

 そして天井からは橙色の照明が灯され、まるで夕日に照らされたかのようにその金属の通路をオレンジに染め上げていた。


「もう少しまともな配色には出来なかったのか?」

「文句はこれ作った奴に言えよ」

「壁も床も全部打ちっ放し……誰が作ったのこれ?」

「オーストラリアにいるアンドロイドの誰かだろうよ」


 文句を垂れるジンジャーに突っぱねた後、純粋に疑問を抱いたライチの漏らした言葉にリリーが返す。


「アンドロイドは実用性を重視する所があるからな。変に飾り付けたり、上辺を取り繕おうって考えは持たないものなのさ」

「無駄を排し、ひたすら合理性を重視する。まったく素晴らしい考えです……あ、ここは右ですね」


 リリーの言葉の後、前を行くイナが頷きながら言った。

 後ろにつく一行がイナに続いて右折した後、レモンが首をかしげて尋ねる。


「AIの皆様方も、そちらの考えに同調なさるのですねー?」

「つまんない考え方だってのは知ってるけどさ、アタシらはどうしても理詰めで考えちゃうきらいがあんのよね!」

「……節約は大切だから……」

「次、左折です」


 レモンの問いにスバシリとクチメが答える。それを受けてエムジーは納得したようにうんうんと頷き、リリーは「つまんねえ生き方だぜ」と左に曲がりながら退屈そうに頭を掻いた。


「……」


 それから暫くは無言が続いた。複数の靴が不規則なリズムで金属の床を叩く小気味良い不協和音と、イナが不定期に放つ「右折」「左折」と言う指示だけが彼らの周りに漂う音だった。

 右に曲がり、階段を上り、右側に向かって真っ直ぐ進んだ後で左に曲がる。

 その最初から今に至るまでの道中、彼らは誰にも会わなかった。


「……なんか不気味だな」

「誰にも会いませんねー。どうしてでしょうかー?」

「おそらく、カサブランカと同様にこのゴーゴンプラントもまた、人の手を借りずに航行する事が可能となっているようですね――っと」


 暫くして、誰にも会わない事に気味悪さを覚えたジンジャーとレモンが眉をひそめて口を開く。そしてそれに対してそう答えた後で、イナが不意に足を止めた。

 後を行く一行も遅れて立ち止まる。


「おい、どうした?」

「どうやら、ここが終点のようですね」


 後ろから聞こえてくるリリーの言葉に答えるように、目の前にあるドアを見上げてイナが言った。網膜に投影されている見取り図にも、そこが目的地であるかと言いたいように目の前のドアの向こうの空間が赤く明滅していた。

 それは四辺を鋲打ちされた自動式の物で、ノブや取っ手の類は無く、イナの目線のやや上辺りに横長の覗き窓が付いてあるだけだった。

 そのドアが、空気の抜けるような音を立てて右にスライドする。そしてその向こう、薄明かりに照らされた空間の中央にある丸テーブルを前に、一人の人影がそこに立っていた。


「ここは、我が船のコンピュータルームだ。あくまでもコンピュータを置いておくだけの部屋であって、直接いじったりするのは別の場所なのだがね。他に適当な部屋が無かったので、ここに招く事にした」


 影が声を出す。目が闇に慣れ、その姿が段々と形を表していく。

 鉛色のボディ。その上から着込んだ黒のスーツ。赤く輝く二つの瞳。頭に被った帽子。


「ようこそ。我が船へ」


 その影は、そう若々しい声で言ってとても愛想のいい笑みを浮かべた。





 要塞艦ゴーゴンプラント総責任者アロワナ。

 その空間――窓も無く、壁の周囲を機械で埋め尽くされた息苦しい空間の中で客の到来を待っていた彼を一言で言い表すなら――。


「すげー! ギャングだー! アメリカ禁酒法時代に出てくるギャングのドンだー!」


 頭の部分に白いストライプが横に入ったつば広帽子。スマートなボディラインの上から黒いネクタイと黒いスーツをカッチリ着こなし、黒の革靴を履きこなす。

 その姿はまさに、旧時代の近世アメリカに存在していたギャングそのものであり、その時代からそのままこの未来にタイムスリップしてきたかのような完璧な――ステレオタイプとも言える格好であった。これでシカゴタイプライターでも持っていたらまさに無敵である。


「おお、判ってくれたか。個人的にはアル・カポネをイメージしてみたのだが、どうだね? 雰囲気出てるかね?」

「……太ってたらもっと良かった……」


 スバシリとクチメがさも楽しそうな様子でアロワナの前に走り寄り、アロワナもそんな彼女たちの言葉に楽しげに返す。三姉妹の中でイナだけは彼の元に駆け寄ろうとはしなかったが、代わりに「うん、うん、中々似合ってますね」と彼を見つめながらしきりに感心していた。エムジーは彼女たちとは対照的に「言うほど似てないよ」と渋い顔をしていた。


「……さっきから何を言っているんだあいつらは」

「アンドロイドにしては、随分と奇抜な格好だとは思うけど……あれって何か意味あるの?」

「あれは俗に言う、『コスプレ』と言うやつでしょうかねー? アル・カポネと言う人物は知りませんがー」

「あいつ、そんな事してたのかよ」


 そして旧時代の文化を知らない残りの人間組(半人間含)は、彼らが何を前にして騒ぎ立てているのかさっぱり判らなかった。


「やあ、そこにいるのはリリーじゃないか」


 そしてそんなギャングのコスプレをしていた司令官が、イナの後ろに立っていたリリーの姿をめざとく見つける。

 思い出したようにリリーが身をこわばらせる。自分にまとわりつくAI二人を左右に除けつつ、アロワナがゆっくりとした足取りでリリーに近寄っていく。

 やがて両者の距離が拳一つ分にまで縮まり、そこまで来た所で、アロワナがリリーの胸元の真ん中の窪みに自身の人差し指を押し当てる。


「随分と早かったな」

「ああ。目処がついたんでな」

「本当か? またいつものように踏み倒そうって言うんじゃないだろうな?」

「違えよ。今回はちゃんと連れてきたっての。どんだけ俺の事信用してねえんだよ」

「借金踏み倒す時点で信用も何も無いと思う……」


 誰にも聞こえないように小声で呟いたつもりだったが、はっきりとそれを聞きつけたリリーが自分の方を睨みつけてきて、ライチは背筋が震え上がった。同時にアロワナもその赤い瞳で自分の方を見つめてきて、ライチは自分が何か悪い事をしたような後ろめたい気分になった。


「……彼は?」

「ああ。こいつが修理人だよ。そっちが要求した『直す奴』さ」


 アロワナから離れ、ライチの傍まで近寄りその肩に手を置いてリリーが言った。


「ライチ・ライフィールド。火星でジャケットの整備をしてた奴だ」

「ジャケット? ではアンドロイドも」

「そう言うことだ」


 そう返し、リリーがアロワナに向けて勝ち誇ったような不敵な笑みを浮かべる。この時、「別にお前の功績じゃ無いだろ」とジンジャーが皆の気持ちを代弁したが、リリーは無視した。


「ちゃんと連れてきてやったぜ」

「ど、どうも」


 ライチが控えめに礼をする。それに対してアロワナは、彼に向けて右手を差し出した。


「君がライチか。私はアロワナ。よろしく頼む」

「い、いえ。こちらこそ」


 その右手をライチがおずおず握る。彼の横に立ったリリーがニヤリとして言った。


「そいつ、まだ地球に降りてきて日が浅いらしいからな。あんまり虐めてやるなよ?」

「言われなくても判ってるよ」

「あの、それはそうと」


 そんなリリーとアロワナの会話に割り込むようにライチが言った。会話を中断された二人の視線をまともに受けつつ、ライチが続けた。


「その、直して欲しい人って、どこにいるんですか? アロワナさんは」

「呼び捨てでいい」

「ついでに、こいつには敬語も使わなくていいぜ――な、いいだろ?」

「ああ。構わんよ」


 リリーの入れた横槍にアロワナが返す。そしてアロワナはそのままライチに目をやり、同意している旨を目線で告げる。

 目と目が合い、一瞬ハッとした後、ライチが頷いて言った。


「あ、はい。じゃあ、本当に直してもらいたい人って、どこにいるの? アロワナ……はとても健康そうに見えるし、修理の必要はなさそうだし」

「それはそうだ。そもそも直して欲しいのは私では無いから――」

「え?」

「え?」


 そこでアロワナが言葉を切り、責めるような目でリリーを見る。


「何も言ってなかったのか?」

「直して欲しい奴がいるって事は言ってあるぜ?」

「誰を直して欲しいかは告げたのか?」

「俺とギャンブルした奴だって言っておいた」

「それでは不正確だ。お前と賭けをしたのは私ではない。その者の名前も言っておかないと駄目だろう」

「えっ?」


 その場にいたリリーとアロワナ以外の全員が揃って目を丸くする。


「違うの? あんたじゃないの?」

「違うみたいですねー」

「……そう言うこと」


 その中でイナとエムジーはすぐ真顔に戻り、「ああ、そう言うこと」と呆れていた。


「別にいたって事ね」

「そうだ。私はあくまでも、立会人としてその時の賭けに顔を出したに過ぎない。実際にリリーと勝負したのは別の者だ」


 エムジーの言葉にアロワナが答える。リリーが悪びれる様子も無く口を尖らせる。


「ていうか、お前らいつから俺と奴がギャンブルしたって思ってたんだよ?」

「だって、最初アロワナの名前聞いた時、あんたビビリまくってたじゃん! どう見てもボロ勝ち相手だって見えたっつーの! そう見えたっつーの!」

「だって、他に合う人とアンドロイドがいなかったから、その人がそうなのかなって思っちゃっても仕方ないじゃない」


 が、すぐにスバシリとエムジーが揃って反論する。思わず言葉に詰まったリリーに対し、「自業自得だ」とアロワナが追い打ちをかける。


「へ、へーん! 別にいいもん! 俺なにも悪い事してないもん! 後ろめたいとか欠片も思ってないもん!」

「……それで、誰なの?」


 思いっきりふて腐れたリリーがそうのたまった後で、ライチが三度尋ねる。その言葉には、気後れの中に若干の苛立ちが込められていた。


「詳しく教えてくれなかった所は別に何とも思ってないからさ。いい加減本当の所教えてくれないかな? 仕事出来ないからいい加減に。いい加減に」


 顔は笑っていたが、額にうっすらと青筋が浮き上がっていた。そのライチの様子を見てリリーとアロワナが揃って息をのむ。


「普段大人しい者ほど怒ると恐ろしいと良く言いますからね」

「……早くした方がいい。今はまだ軽いけど、このまま行くと彼の怒りが有頂天……」

「や、わかった。わかったから」


 煽り立てるイナとクチメに背を押され、アロワナが慌ててそう返す。リリーもリリーで引きつった笑みを浮かべ、そして一回咳払いをしてから、ライチの方を見てアロワナが言った。


「よし、わかった。では早速、その方に連れて行こう。着いてきてくれ」

「あ、はい」


 それまで僅かに見え隠れしていた怒りの念をすっかり身の裡に納め、ライチが先を行くアロワナに付いていく。そして二人して戸口を潜り出入り口の向こうへと消えていった後、ジンジャーが腕組みしつつリリーに尋ねた。


「……それで? お前が賭け勝負をした相手って言うのは誰なんだ?」

「知りたいのか?」

「当たり前だろ。ライチは今からその本人に会うからどうせ知るだろうが、こっちはそうも行かないんだぞ。不公平だろ」

「それもそうね。いい加減、正確なこと教えてくれてもいいんじゃない?」


 ジンジャーの意見にエムジーが乗っかる。リリーもリリーで言う事に対して躊躇う様子は無く、「それもそうだな」と呟いてから全員を見渡しつつ言った。


「わかったよ。ちゃんと言うよ。言うからさ。ていうか、これ全面的に俺が悪いのか?」

「全面的、とまでは行きませんが、正確に情報を伝えなかったあなたにも責任はありますね」

「ああ、ああ、わかったよ。それ以上何も言うな頼むから」


 イナの苦言を手で遮ってリリーが言った。


「じゃあ言うぞ。そんなに聞きたいなら聞かせてやる。いいか、一回しか言わないからな」

「……早く言って……」

「うっせえな! 急かすな!」


 散々前振りばっかで本題に入らない事を愚痴ったクチメに一喝した後、改めてリリーが口を開いた。


「いいか、言うからな? 俺が戦ったのはな――」





「――え?」


 アロワナに連れられて入った一室、天井に点けられた透明感のある水色の照明によって涼しい雰囲気を醸し出すその一面鉛色の部屋の中で、ライチは目の前の『それ』を見て目を丸くした。


「これ……ひょっとして、彼……『これ』が……?」

「そうだ。『彼』だ」


 震える手で『それ』をわなわなと指さしたライチに対し、隣に立つアロワナが平然と答える。


「彼はこの要塞にいる数少ない住人でね。件のギャンブルでリリーを負かしたのも彼だ」

「……ええ……?」


 アロワナの言葉を受け、改めてライチがそれを――壁沿いに付けられた、ベッドのようにも見える金属製の台の上に座り込むそれを『見下ろした』。

 全身を覆う、ふさふさした鼠色の体毛。頭の側面についたまるっとした耳。黒一色に塗りつぶされたつぶらな瞳。栗を左右から押し潰したような真っ黒な鼻。ずんぐりむっくりな胴体。四肢は短くふっくらとしており、爪は鋭利に伸びていた。

 まさに『抱きたい』。その外見は、見る人に抱きしめたいと思わせる愛らしさを持っていた。

 だがそれを見たライチの心は、そんな平穏とは無縁の位置にいた。


「では、改めて紹介しよう。彼は――」


 アロワナの言葉が地平線の彼方、どこか遠い所から聞こえて来る。自身の耳と心が、頭の中に入り込むのを拒絶している。

 目の前の信じられない光景を理解出来ずにいたライチは、いつの間にかそのような錯覚を覚えた。だがアロワナは気にする事無く言葉を続ける。


「彼はアカシア。旧時代に愛玩用として作られた、コアラ型のアンドロイドだ」

「よろしゅうな。若いの」


 目の前のコアラが野太い男の声で言葉を投げかける。

 それがライチの目を覚まさせた。





「ふざけてんですか?」


 意識を現実に引き戻したライチは、開口一番に真顔でそう吐き捨てた。


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