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第二十七話「幸せを呼ぶ赤い巨人」

 その爆発は、本部施設より北東側に存在するジャケット格納庫の内部から発生した。

 格納庫はカマボコの様な形をした本施設よりも巨大な物であり、そこにはカサブランカがシンジュクから持ってきた二機とオキナワ支部が以前から保有していた予備の分も含めた三機、そしてタイワンにて鹵獲したカスタムタイプ『スキウラー』の六機が格納されていた。水中移動型である『メイデイ』はその中には仕舞えなかったので、カサブランカのすぐ隣に揃って係留されていた。

 その中から爆音が轟き、丸みを帯びた屋根をぶち破って煙が噴き上がってきた。すぐさま施設全域に非常事態を伝える警報が鳴り響き、辺り一帯に緊張が走った。


「状況は? どうなってる!?」


 急ピッチで作られた作戦室の中に強い意志に満ちたハナダの声が響き渡る。部下の一人が目の前にあるモニターに目をやり、すぐに顔を上げて答えた。


「今から五分ほど前に格納庫内で爆発が発生。格納庫内部の監視カメラには、その爆発の直前、何者かがジャケットを一機強奪していく姿が映っていました」

「人相は判るか?」

「マスクを被っていたので、詳しくは」


 部下の申し訳なさそうな報告を受け、ハナダが小さく舌打ちをする。が、すぐに心を切り替えて再び言った。


「何を奪っていった? 判るか?」

「アワジモデル。以前にカサブランカが持ち込んできた物です。強奪犯はそのジャケットに乗り込み、既に逃走しています」

「追跡は行っているか?」

「はい。しかしそれにも限界があります」

「奴がどこに向かっているか、それが判ればいい」


 了解、とそれに答え、件の部下が再びモニターに視線を向ける。

ハナダの手元にあった通信機がけたたましい音を立て自己主張を始めたのは、まさにその時であった。


「こちらハナダ。どうした?」


 意識するよりも早く反射的に手を伸ばし、掌に収まるサイズの無線式の子機を口元に近づけてハナダが言った。その子機の向こう、顔をしかめたくなるほど不快なノイズの嵐に耳を澄ませていると、やがてその嵐の億から一人の人間の声が聞こえてきた。


「……こちら……応答……どうぞ……」

「こちらハナダ。そちらの声が良く聞き取れない。もっとハッキリ言ってくれ」


 ハナダが発破をかける。するとその一向に収まる気配の無いノイズの向こうから、人間の声が先ほどよりも明瞭に聞こえてきた。


「こちら……レモン……聞こえてますか……? どうぞー……」

「レモン? レモン・マクラーレンか! 今どこにいるんだ?」

「格納庫の中……止めようとしたん……申し訳ない……すー」


 レモンの言葉を爆発音が遮る。無意識のうちにハナダが叫んだ。


「報告は後で聞く! 今はとにかくそこから離れろ! 消火隊を今から送る! わかったな!」

「はい……それでは……」


 ブツッと嫌な音が響き、通信が切れる。完全に無音となった子機を一瞬しかめっ面で睨みつけた後、すぐに顔を上げて部下の一人に命令を飛ばした。


「すぐに消火班の用意を! それから救護班もだ!」

「了解!」

「司令! 報告が!」


 ハナダが命を飛ばした相手とは別の隊員が、緊迫した面持ちで彼に言ってきた。そちらに視線を移し、そしてその様子からただならぬ事態を察したハナダが険しい表情でその部下に聞いた。


「どうした? 何があった?」

「カサブランカの方で動きがありました!」

「カサブランカ? あそこがどうかしたのか?」


 その隊員はこうした緊急事態に慣れていなかった様で、顔から脂汗を流しつつガチガチに緊張していた。彼はハナダの言葉に頷いた後、意識して平静を保とうと唇を震わせて言った。


「カサブランカの甲板上から、ジャケットと思わしき熱源が出現。そのままある方向へ飛び立ったようです!」

「ジャケットだと? それはどこに向かっているんだ?」


 唾を飲み込み、体の震えを外に吐き出すかの様に隊員が叫んだ。


「逃亡したジャケットの方へ、一直線に向かっています!」





 件の隊員がおっかなびっくりハナダに報告をするよりも少し前、艦橋でブラックジャックに興じていた面々は格納庫からの爆発を聞いた後、揃ってカサブランカの甲板に集まっていた。そしてその時、彼らは例の音が格納庫で発生した爆発のもたらした物であると言う事を既に理解していた。

 結果だけ言えば、それは三姉妹のおかげである。


「なんだ今の音は」

「お待ちを。わたくし達がサーチいたします」


 爆発が発生した直後、彼女たちは艦を制御する中枢コンピュータに接続して全レーダー類を起動させ、その詳細を数秒足らずで掴んだのだ。

 ただ、接続時に意識の全てを急いで義体からコンピュータへと映したために、彼女たちの義体は糸が切れた操り人形のように、目を開けたまま揃ってテーブルに突っ伏す羽目になった。前触れも無しにいきなり倒れ込むその姿は中々に不気味な物であったが、誰かがそれを口に出す前にその人形達に再び命が宿り、バネ仕掛けのように状態を跳ね起こしながら緊迫した面持ちで他の面々に言った。


「どうやら、格納庫内に賊が侵入し、ジャケットを一機奪って逃走したようです。先ほどの爆発は、その強奪による物かと」


 彼女たちのもたらした情報の内容とそんな彼女らの仕事の速さに他の面々は驚くばかりであったが、リリーだけは様子が違った。その報告を聞き終えると同時に飛び跳ねる様に席を立ち、驚く素振りも見せないまま真っ直ぐ出入り口へと走って行ったのだ。


「おい、リリー! 何する気だ!」

「ジャケット奪われて非常事態なんだろ? お前らの機体もそこにあるんだから、結局は動かせないって事じゃねえか!」


 その様子に気づいて叫んだジンジャーに対し、リリーは出入り口の前で立ち止まってそう力強く返した。


「追跡するにも取り返すにも、ジャケットがなきゃ始まらないからな! トラックやらジープやらで行っても潰されるだけだ!」

「そんなことは判ってるっての! じゃあなによ? あんたは今からジャケット拾ってこれるって言うの!?」


 非難の色を露わにしたスバシリの言葉に、リリーは不敵な笑みを返した。


「ああ、俺は出来るぜ」

「はあ!?」

「お待ちを、ミス・リリー。それはいったいどういう」

「説明は後だ! とにかく俺はやりたいことやらせてもらうぜ! 邪魔しないでくれよ!」

「道知ってんの!?」

「通路の壁に見取り図あんだろ! それで行く!」


 必死に叫んだライチの質問にそう叫び返した後、リリーが勢いよく外の通路へと飛び出していく。取り残された者達は暫く呆然とその出入り口を見つめていたが、やがてエムジーが息を吐くようにして言った。


「一応、追いかけた方がいいんじゃない?」


 クチメが小さく頷く。


「……あの人が何をしようとしているのか、気になる……」

「確かに、ここでぐずついているよりも、彼女を追いかけた方が賢明ではありますね」


 そしてそのイナの言葉がきっかけとなり、全員でリリーを追うことに決めた。ライチがイナに尋ねる。


「リリーがどこに行ったのか、わかる?」

「はい。この艦内にいる限り、彼女の動きはリアルタイムでトレース可能です」

「よし、じゃあ早く動くぞ。もたもたしていると見失いかねない」


 ジンジャーが言い、全員が頷く。そしてイナの先導の元、彼らはリリーの追跡を開始したのだった。

 こうして、リリーとその他大勢は、リリーに追従する様にして揃って甲板に出てきた次第である。


「それで? いったい何をしようって言うんだ?」

「なんだよ。全員ついてきちまったのかよ。物好きな連中だぜ」

「そちらが詳しい説明も無しに飛び出したりするからです。何をなさるおつもりなのですか?」


 一歩前に出たイナの追及に、リリーが素っ気なく答える。


「前にも言っただろ。ジャケットを呼ぶ」

「なぜ?」

「格納庫でジャケットぶんどられて、あいつらもお前らも困ってるんだろ? 今からそいつを解決に行くのさ」

「なぜそのような事を? オキナワには来たばかりで、特に目立った義理も無いあなたがなぜ?」

「誰かを助けるのに理由がいるのかよ?」


 そうさらりと返すリリーに、イナはそれ以上かける言葉を見つけられなかった。


「……それ、どこかで聞いたことある……」

「ゲームだっけ? 旧世代製のブツでそれと同じ事聞いたような気がするんだけど!」


 クチメとスバシリの突っ込みを無視してリリーが続ける。


「まあ、一宿一飯の恩ってやつもあるし、レモンもいるしな。あながち無関係ってわけでもねえ。第一、ここに来て日が浅いからって、自分だけ知らんぷり決め込むのは俺のプライドが許さねえ」

「……それだけの理由で?」

「ああ。それで十分だ」

「か、かっこいい……!」

「よせやい。照れるっつーの」


 目を輝かせて言ったライチに対して恥ずかしげに頬を掻いて答えた後、リリーがその顔を引き締めて言った。


「ま、そういうわけだ。俺もその逃げたジャケットの件、手伝わせて貰うぜ」

「別に否定するつもりは無いが、どうする気だ?」


 怪訝な顔でジンジャーが尋ねる。彼らに背を向けつつリリーが答える。


「こうするのさ」


 空に突き出す様に、ゆっくりと右手を高く掲げる。

 指を鳴らす。


「――ハピネス!」


 リリーが顔を上げて叫ぶ。

 直後、カサブランカのすぐ傍の海面が下から押し上げられる様に盛り上がり、そして一気に限界まで膨れあがる。

 刹那。

 下から上へ。爆発音と共に白い小山が破裂した。

 水面を構成する水同士の結合がバラバラに千切れ、それまで海だった物が只の白い水滴の群れとなって宙に舞い上がる。周囲に拡散した水滴はカサブランカの上にも容赦なく降り注ぎ、そこに立つ者を頭からずぶ濡れにしていく。

 その塩気の強い水滴に混じり、黒い巨大な影が、勢いよく頭上から甲板へと激突した。


「うわっ!?」

「な、なんだ!?」


 なんの前触れも無しに、大波にさらわれたかのように甲板が大きく揺れ、ライチ達がよろめきながら狼狽する。そんな中、リリーはその足下の揺れをものともせず、そして甲板の左右から流れ込んでくる水によって服が濡れていくのにも頓着せずに、甲板に落ちてきた黒い影の元へと走って行った。


「どうだ! 見ろ!」


 そしてその影のすぐ傍まで近づいた所で身を翻して体の正面をライチらの方に向け、両手を左右に広げ自信満々にリリーが言った。


「これが俺の愛機! オーストラリア製の新型ジャケット『ハピネス』だ!」





 リリーの背後にあったのは、全長八メートルほどの全身真っ赤に塗られた流線型の巨人――ジャケットであった。全体的なフォルムこそ一般的なジャケットと同じく滑らかな線で構成されていたが、細かな部分に目をやれば、その至る所に改造が加えられていたのが見て取れた。

 踵を中点にした両足の後ろ半分は輪っか状に肥大化し、その輪の中には四枚羽のスクリューが装着されていた。腿の外側には水中を行く際の姿勢制御を担うと思われるヒレのような物が外向きに付けられ、それと同じ物が二の腕の外側にも付けられていた。

 腰には楕円を縦に押し潰したような脚と同じ幅を持つパーツが左右に一つずつ装着されており、その内側にはブースターが一つずつ仕込まれていた。脇腹には斜めに切り込まれた平行四辺形状の噴射口が左右にそれぞれ二つ、計四つ存在し、胸部にも同様の穴が左右にそれぞれ一つ刻まれていた。

 肩部には球体関節を守る様に流線型のアーマーが被せられ、その先端部分は下向きに下げられていた。上方から来る抵抗を和らげ、かつ間接を守るには合理的な作りであった。手は一般的なジャケットの物よりも一回り大きく、指は一回り太い。その指の第一関節から先は肉食獣のそれの様に鋭く尖り、先端部分は内向きにしなりを作っていた。『物を持つ』事もさることながら、同時に『敵を引き裂く』事を視野に入れて作られているのが見て取れる。

 また、先にこの機体は全身が真っ赤に染まっていると表現したが、よく見てみると一部例外の箇所があった。顔の右目にあたる部分とその周囲一帯だけが、本来のジャケットの持つ色と同じ銀色に光り輝いていたのだ。その赤い海の中に浮かぶ銀の孤島の中に、外に浮き上がった銀に縁取られた真っ赤な真円状の瞳が、まさに噴火間近の火山の火口の様に赤々と光り輝いていた。

 背中には底辺が地面と水平になる様に、内から外へと横幅を広くしていく台形状の四枚の翼が、ちょうどX字を描く様に備わっていた。ジャケット本体がすべからく流線型で構成されているのに対してその四枚の翼は角張った作りをしていたため、後付けのようでとても浮いて見えた。





「これが陸海空あらゆる状況での使用に耐えうる事を目的としてアンドロイドが設計した、全く新しいタイプのジャケット! リリー・マクラーレン専用のカスタム機、ハピネスだ!」

「ハピネス……!」

「幸運って言う割には、かなり物騒な機体に見えるな」


 腰に手を当てて自慢げに言ったリリーを前にライチが圧倒された様に呟き、ジンジャーがネーミングと実体のギャップの前に顔をしかめる。その二人と同列に出て、エムジーがリリーに尋ねた。


「じゃあそれは、単体で海も泳げるし、空も飛べるって事?」

「その通り! 各部に搭載されたブースターとスクリュー、そして背中の小型反重力発生装置によって、こいつは空も海も自由自在に行ける! これこそ、究極の汎用性を求めて作られた至高の機体なのだ!」

「すっげー! かっけー! すっげー!」


 子供の様にはしゃぐスバシリを見て、リリーがますます得意げな顔を見せる。


「ふふん! そうだろう、そうだろう! てなわけで、今から俺がこいつを使って、その強奪犯とやらをとっちめて来てやるよ!」

「反重力って……」


 だがイナ達は揃って不審そうな顔つきだった。当然だ。ジャケットに搭載出来るサイズの反重力発生装置など、オーバーテクノロジーにも程がある。


「……なんだろう。嘘の匂いがする……」

「それは上手くいくのか?」

「あん? ハピネスの実力を信じてねえってのか? まあ見てなって、俺とハピネスの大活躍をよ!」


 半信半疑と言った体で話しかけたジンジャーに笑いながら返した後、リリーは木登りをするかのようにその手足を伝ってするすると登り、苦も無く首の付け根辺りに辿り着く。そして足下にあるハッチ開閉用のレバーを勢いよく引っ張り、上向きに解放された搭乗口からコクピットの中へするりと滑り込んでいった。


「ああ、ちょっと待って!」


 ライチがリリーにそう叫んだのはまさにその時だった。だがリリーは既にコクピットを閉じ、メインエンジンと背部の反重力発生装置を起動させていた。


「話は後で聞いてやるよ。いいからちょっと待ってな!」


 マイク越しにリリーがそう言った時には、既にその翼の縁が青白く発光し、彼らの前でハピネスの巨体がゆっくりと浮き上がっていっていた。

 足や腰のブースターは少しも稼働していない。ただ背中の四枚の翼だけが小刻みに振動し、その翼から腹の底に溜まるような重苦しい音と青白い光の粒子を辺りにまき散らしていくだけだった。


「お、おいおい……」

「本当に浮いちゃってるよ……」


 反重力なんとか言う変な装置を使って実際にジャケットが宙に浮く光景を目の当たりにし、ギャラリーが息をのむ。そんな彼らを尻目にハピネスはなおも上昇を続け、やがて足の裏と甲板が大人一人分ほどにまで離れていく。

 その瞬間、まるで見えざる巨大な手に引っ張り上げられたかの様にハピネスが急上昇した。煙を吐き出すことも無く、ただ青い光の粒子と空を切る音だけをその場に残し、ハピネスは尾を引く様に進行上にその粒子を残しつつ、ぐんぐんと空高く昇っていく。

 そして空中のある一点に到達すると同時に勢いを殺して急停止し、そのまま体の向きを強奪犯が向かっていった方角へ変え、後方に青い雪を降らせつつ一目散に飛び去っていった。





「本当に行っちゃった……」

「ああ。本当に空を飛んだよ……」


 ハピネスが空の彼方に消えた後、エムジーとジンジャーはただ呆然と空を見上げて呟いた。他の面々もそれと同じ状況だったが、ライチだけが彼らとは別の感情をその顔の中に刻んでいた。


「ああ、行っちゃったよ。本当に大丈夫かな……?」

「……ライチ、どうかしたの……?」


 その顔に映る別種の感情――不安と危惧の色を見て取ったクチメが、ライチに近づいて静かに言った。クチメの方を向いてライチが答える。


「ああ、うん。ちょっと、あのジャケットの事考えててね」

「……ハピネスの事? 何か気になる点があるの……?」

「うん」

「反重力や汎用性と言った、諸要素にですか?」


 クチメに代わってイナが尋ねる。静かに首を横に振り、空を見上げながらライチが言った。


「いや、それも気になるんだけど、それ以前の問題。ちょっと気になる事があって」

「それ以前に気になること?」

「……気になる。言ってみて……」

「うん。あの機体さ――」


 そこで言葉を切り、一息にライチが言った。


「電池とか、ちゃんと補給したのかな?」





 それから二分後、真っ逆さまに海中へと沈むハピネスの姿があった。


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