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第二十五話「誰か取扱説明書を寄越してくれないでしょうか」

 地球再生のために火星人の第一陣――ソウアーの前身となる者達である――が地球に降り立った時、オーストラリアは既にアンドロイドのたまり場となっていた。

 なぜそこに集まったのか、どのようにして集まったのか、当時の火星人達はそれらの理由を知らぬまま、ソウアー設立と同時にそこにいたアンドロイド達とコンタクトを取った。前述の謎を解明するためと、この時既に問題となっていた青空の会の妨害行為から身を守るための術や情報を得るためである。

 だが案の定、オーストラリアに上陸した火星人達に対して、アンドロイド達はいい顔をしなかった。純粋な地球人ではないにしても、やはり同じ人間であると言うのが彼らに抵抗感を抱かせた。火星人が来るよりも前から青空の会の連中から妨害を受けていたのも、その嫌悪に拍車をかけていた。

 だがそのような逆風の中で、第一次地球降下部隊の一人であり、当時のアンドロイド交渉団のリーダーを勤めていたジム・マクラーレンは決して諦めようとはしなかった。どれだけ冷淡にあしらわれようともその粘る姿勢を微塵も崩さず、根気強く交渉を続けた。

 この時彼を動かしていたのは、火星の同胞の期待を裏切る訳にはいかないという使命感ではなく、むしろ『ここまで来て退けるか』と言う個人的な意地の様な物であった。しかし結果的には、そんな彼の私情入りまくりな執念が実を結び、オーストラリアのアンドロイド達と協力関係を築く事が出来たのである。経緯はどうあれ、ジム・マクラーレンは地球に降りた火星人達からは偉人の一人として大々的に認知されていた。

 ちなみにその時の成功によって、アンドロイド達がオーストラリアに集まった理由と方法も判明した。それは至極単純なものだった。

 理由はアンドロイドが活動を開始するよりも前にオーストラリアからは完全に人が消えていたから。そして方法は地球から人間が脱出していくのと同時に地下通路を利用してそこに移ったのである。この話から、地球には地下通路がある事を火星人達は掴んだのである。

 だが、それは同時に自分達にとっての余計な敵を作ったマクラーレン一族に対する、青空の会の憎悪をかき立てる事にも繋がった。故にそれ以降、今も続くマクラーレンの一族の者達は外を出る際にはかなりの制約を伴う事になったのだが、その事について先祖のやらかした事に対する恨み節をぶつける者は皆無だった。

 レモン・マクラーレン、そして姉のリリー・マクラーレンもまた、その中の一人であった。





「それで、そのマクラーレンの末裔が、具体的に何したって言うんだ?」


 翌日。カサブランカのクルー一同――ライチ、ジンジャー、エムジーにマレット三姉妹――は横長の木製机が均等に並ぶ会議室の中でその机の前に腰を下ろし、一番前に立つハナダからの報告に耳を傾けていた。そしてハナダが昨夜リリーから聞いた話と、『降りたて』の火星人であるライチ達とシンジュクに引きこもっていたエムジーのために地球でのマクラーレン一族の活躍の一部をひとしきり話し終えた後、ジンジャーがハナダに向けてそう言った。


「肝心なのはそこだと思うんだが。リリーはいったい、メルボルンで何をしたんだ?」

「そこまでは聞いていない。こちらからも何度も尋ねてみたんだが、押しても引いてもはぐらかすばかりだ」

「そんなに後ろめたい事したのかな?」


 ハナダの言葉の後にライチが続ける。すると隣に座っていたエムジーが眉をひそめた。


「なら、わざわざ戻らなくてもいいんじゃない? ほとぼりが冷めるまでどこか別のところで隠れるとかしても良いと思うんだけど」

「おそらく、ミス・リリーは自分のした事にケジメをつけたいのでしょう。それも誰か護衛をつけなければならないほどに最悪な事をした事に対するケジメを」

「護衛つけないと危ないって、どれだけの事したの?」


 そのイナの言葉を聞いたライチが、身を捻って彼女のいる後ろの方を向く。そんなライチに向けて、そのイナの横に座っていたスバシリが口を開いた。


「要人暗殺とか!」

「それ絶対考え無しに言ってるでしょ」

「代表抹殺とか!」

「本質が変わってないから」

「……天破活殺……」

「ボケなくていい」


 僅かに口の端を吊り上げてそう言ったクチメにジンジャーが釘を刺す。むくれるクチメの横でイナが首を振った。


「どれもありえませんね。もしそうなら、今頃ソウアーの本部の方にも情報が行っているでしょうし、その報はこちらにも届いている筈です。もしかしたらオーストラリアの方が独自にその行方を追跡して、直接こちらに連絡をつけていたかもしれません」

「でも実際にはなんの音沙汰もない……ていうか、やっぱりそこまで大事になるのって、オーストラリアがソウアーと繋がってるから?」


 ライチの疑問にイナが再度頷いて答える。


「それもありますし、それに何より、かつて両者を繋ぐ架け橋を担ったジム・マクラーレンの末裔がそのような事をしでかしたと言うのは、お互いの友好関係に大きなヒビを入れかねない大事件になるでしょう。もはや厳重抗議ではすまないかもしれません」

「もしそれがマジバナだったら、アタシ達もこんなのんびりしてらんないしねー!」


 言い出しっぺのスバシリが無責任に言ってのける。頬杖をつきながらジンジャーが言った。


「結局、何をしたのかもわからんままか」

「これ、受けちゃっていいのかな?」

「――わたくしは、行っても良いかと思いますが」


 ライチの発言の直後にそう言ったイナに、その場にいた全員の視線が突き刺さる。いくつもの視線を感じて僅かに身震いし、一つ咳払いをした後でイナが続けた。


「ミス・リリーを全面的に信用したつもりではありません。ただこちらの現在の状況を鑑みた場合、オーストラリアに向かうのが最も得策であると結論づけたからです」

「得策? 何が起きたって言うんだ?」


 首をかしげるハナダの方を向いてイナが言った。


「帰投途中にメイデイによってカサブランカの受けたダメージが、思いの外深刻だったからです。外装部分に異常はありませんでしたが、攻撃の際の衝撃が内部の各機関に伝播。全損とはいかないまでも、整備が必要なレベルのダメージを受けています」

「ここで修理していく事は出来ないのか?」

「ここに来る前にデータバンクにアクセスして調査を行いましたが、本稼働に必要なパーツのいくつかが見つかっておらず、ここでの完全な修理は不可能と判断しました。オーストラリアには行けるでしょうが、とてもアメリカまでは辿り着けません」

「え、アメリカ? どうしてアメリカ?」

「私達をそこまで連れて行ってくれるのか?」


 ライチとジンジャーの言葉にイナが答えた。


「はい。本部司令よりそのように承っております」

「いつ?」

「ここに来る前に」

「ご都合主義め」


 ジンジャーが呆れた様に呟く。肩を竦め、視線をライチ達から外してイナが言った。


「それ故に、わたくしはまずオーストラリアにてカサブランカを修復し、その後にアメリカ大陸に向かう事を提案します」

「かなり遠回りになるね」

「仕方ありません。それが確実な方法ですので」

「ここで応急修理を済ませてまっすぐアメリカには行けないのか?」

「可能ですが、それは認めません」


 イナが強い口調でキッパリと言いきる。彼女の完全主義な面を思い出し、「ああ、そう言う性格だったよね」とライチがため息交じりに漏らす。


「ですので、ここは我々もオーストラリアに向かうのが得策と判断します。ミス・リリーの件は、まあ、ついでと言う事で」

「ううむ……」


 イナの結論にその場にいた全員が考え込む。だがそれに反対の意を示す者はいなかった。


「じゃあ、それでいいんじゃないかな」

「そうだな。こっちが断る理由は特にないし」

「ええ、賛成よ」


 ライチ、ジンジャー、エムジーが揃って同意の言葉を述べる。ハナダも大きく頷き、イナは小さく頭を下げた。


「ご理解、感謝します。それではこれからスケジュールを立てて来ますので、後で改めてそれを提出いたします」





「マジか! 行ってくれるのか!?」


 その後、リリーと共にオーストラリアに同行する旨を――リリーの件は『ついで』であると言うのは伏せておいて――ライチが伝えると、件の言い出しっぺである彼女は飛び跳ねんばかりに喜びを露わにした。

 ちなみに三姉妹はカサブランカに戻って船の最終チェックを、エムジーとジンジャーは土地開墾作業の続きを行っている。そして最後まで仕事が回されなかったライチに、この説明役という任が与えられた次第である。


「うおお! よかった! 地獄に仏とはまさにこのことだぜ! いやあ一時はどうなる事かと思ったぜ!」


 隠し事をしている事に対してこちらが後ろめたさを感じるほどの屈託のない笑みを浮かべ、報告にやって来たライチの両手を掴んで激しく上下に振り回す。その様子は念願かなって欲しかった玩具を手に入れる事の出来た子供の様に見えた。


「いやあ、よかったよかった! これであいつらに借りが返せるぜ! ダメ元で飛び出してみたんだが、やってみるもんだな!」

「は、はあ、それはどうも――」


 相手のペースにすっかり押されて苦笑いを浮かべるばかりのライチだったが、すぐに先のリリーの言葉を思い出して彼女に尋ねた。


「そ、それよりさ、一ついいかな?」

「あん? なんだ?」

「さっき、借りがどうとか言ってたけど、オーストラリアで何があったの?」

「……ああ……」


 喋りすぎた。リリーが両手を離し、笑顔を消した上から気まずい表情を浮かべて頭を掻いた。


「……言わなきゃ駄目か?」

「う」


 ライチは相手を追及する事に慣れていない。それまで子供の様にはしゃぎ回り、そして今は子犬の様に上目遣いで許しを請うリリーを前に、ライチの強気な心は一気に萎縮していった。

 だが、これからの航海をより安全な物にしていくためにも、彼女がオーストラリアにこだわる理由を嫌でも聞いておかなければならない。ライチはそう心を奮い立たせ、気まずさと胸のむかつきをかみ殺しながらリリーに言った。


「――うん。どうしても、聞いておきたいんだ」

「……」

「あなたが『いい人』だって言うのは、もう知ってる。レモンとも仲良さそうにじゃれあってたし、裏のない人だって言うのもわかってる。でも」

「いい。そっから先は言わなくても判ってる」


 リリーがライチの眼前に手をかざして言葉を遮る。思わず口をつぐんだライチにリリーが言った。


「わかってるよ。こっちの言い分が信用出来ないって事くらい。俺だってすんなり上手くいくとは思ってなかったから、こうなる事くらい覚悟してたさ」

「詰め寄られるって事? じゃあそれが判ってたなら、どうして最初から……」

「言いたくなかったんだよ。恥ずかしいんだよ、こればらすの」


 見るからに恥ずかしそうに顔を赤らめ、リリーが目線を逸らす。


「それほど物騒な理由じゃねえんだけど、かといって大勢の前で言えるような理由でもねえ。本当は誰にも知られないで、俺一人で穏便に解決するのがベストだったんだけど、あそこにいたんじゃどうしようもなかったからな」

「誰か殺っちゃったの?」

「ちげえよ! そんな物騒な事じゃねえっていってんだろ! もっと小さいっつーか、しょぼい事だよ!」

「え、あ、そうなの。じゃあ――」


 リリーの剣幕に怯みつつも、恐る恐る、相手の顔色をうかがう様にライチが尋ねる。


「――何やったの?」

「……ッ」


 リリーもリリーで、逃げ道が無くなったと悟ったのか、肩の力を抜いてうなだれる。そして暫し気まずい沈黙が流れた後、顔を上げ、ライチの方を見てリリーが言った。


「……借金」

「え?」


 消え入りそうなか細い声だったので聞き返さざるを得なかった。眉間に皺を寄せ、やけくそ気味にリリーが繰り返し言った。


「だから、借金だよ。何度も言わせんな」

「借金? ……誰に?」

「アンドロイドにきまってんだろ」


 わざわざ言わせんな。リリーが睨みを利かせて言外にそう告げてくる。だがライチの心に灯った好奇心の炎は、それしきでは掻き消える事はなかった。


「具体的に何したの? 詳しく、そこんとこ詳しく」

「……お前、意外としつこいんだな」

「いや、ほら、イナ達にも説明しないといけないからさ」

「そうかよ。……まあいいや」


 投げやりにそう言った後、リリーが言った。


「だから、借金してんだよ。アンドロイドと前に麻雀やって大負けしちまってよ。それのツケの分を払わないといけないんだよ」

「アンドロイドと? 麻雀?」

「ああそうだよ。悪いかよアンドロイドと麻雀してよ。くそ、あん時俺がサンワンださなきゃこんな事には……ポーカーなら勝てる自信あったんだけどなあ……」


 居心地悪そうにライチに返した後で屈辱に顔を歪めて愚痴を零すリリーの横で、ライチはただ目を点にして立ったままだった。


「麻雀……マージャン、え、まあじゃん?」

「おい、何そんなにこだわってんだよ。マクラーレンの人間が博打やったらマズいってのかよ?」

「まーじゃん、まーじゃん……」


 それを認めたリリーが口を尖らせるが、なおもライチは考え込む様にその単語を呟き続ける。不審に思ってリリーが顔を近づけようとしたその時、不意にライチが顔を上げてリリーを見つめた。


「ねえ、リリー」

「お、おう。なんだよ」


 虚を突かれ、一瞬驚いたように目を瞬かせたリリーに向けて、ライチが真剣な顔つきで尋ねた。


「まーじゃんって、なに?」

「……は?」

「だから、『まーじゃん』ってなに?」


 茶化すでも怒るでもなく、生徒が教師に教えを請う様な純真な眼差しでライチが言う。


「ねえ、どんな遊び? 『まーじゃん』って何する遊びなの?」

「え、おま」

「まーじゃんって、面白いの!?」





 今度はリリーが目を点にする番だった。


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