第二十四話「シスタァァァァァァァァァ!!!!!!」
その日の夜。基地内はちょっとした盛り上がりを見せていた。
騒ぎの発端となっていたのは、午後にライチが拾ってきた一人の女性だった。
「おお、すげえ! こいつまだ食うぜ!」
「いや、さすがにやりすぎだろ……?」
「どんだけ食うんだ、こいつ?」
その女性はこの時、両手にフォークとスプーンを持ち食堂の席の一つに陣取って、出される料理を一心不乱に食らっていたのだ。それも皿を傾けてから休む間もなく一息に口内に流し込んでいくという、まさに掃除機がゴミを吸い込んでいくかの如き恐ろしいスピードで。そんな彼女の捕食姿を目にする度に、その背後に山と集まっていたギャラリー達は「すごい! すごい!」と歓声を上げるのだった。
その速さもさることながら、更にその食べる量も周囲を沸かせていた。彼女の左右には空になった食器がうずたかく積まれており、座っていた彼女の座高を既に越してなおもその高さを更新し続けていた。そして空になった食器が左右の塔を構成するパーツの一つとなる度に、ギャラリーはまたしても色めき立つのだった。
「まだだ! こいつまだ食い続ける気だぞ!」
「もう十人前は平らげているぞ。どうなってるんだあれの胃袋は?」
そんな取り巻きの声には目もくれず、女はひたすら口を通して胃に物を詰め込む作業に没頭する。その光景を隅のテーブルに陣取って遠目に見ながら、ジンジャーが呆れた顔で呟いた。
「また変なのが増えたな……」
「ここにまともな人間っていないの?」
「いや、僕に聞かれても困るから」
ジンジャーの横に座って同じく呆れた表情を浮かべていたエムジーが放った言葉を受けて、その向かい側に腰を下ろしていた件の女性を引っ張り込んできた張本人であるライチが鼻白む。
「だって、初めて見た時は顔も真っ青で、今にも死にそうだったんだよ。あんな強烈なキャラクターの持ち主とは知らなかったし、それにあのまま放置しておく訳にもいかないよ」
「それは一理ありますね」
そのライチの横に座り込みながらイナが言った。助け船の到来に、ライチは内心で神に感謝した。
「聞けばその時、あの女性は半死半生の身だったそうではありませんか。そんな時に彼女の持つ特徴や個性について判別つけるのはほぼ不可能です。それ以前に、人命を救助するのは人として当然のこと、心を持つ者の果たすべき義務では無いでしょうか?」
「別に私達は責めてる訳じゃ無いんだがな」
「まあ、彼女が変人極まりないというのには同調しますが」
「君は僕を救いたいのか貶めたいのかどっちなんだ?」
イナの言葉にライチが疲れた声で返した時、その肩を後ろから何者かが軽く叩いた。
「よう」
驚いてライチが後ろを振り向くと、そこにはそれまで遠くで大食いに精を出していた件のレザースーツに身を包んだ女性が立っていた。右手にもやし炒めを山盛りに載せた皿を持って。
テーブルについていた者は全員、女の顔とそのもやしの山の間で交互に視線を泳がせていた。そんな好奇の目と、そしてそれまで彼女を取り巻いていたギャラリーが背中に突き刺してくる視線の両方を意に介する事無く、女がライチに言った。
「お前、確かライチって言ったか? そうだよな?」
そして真顔で詰め寄る。ライチが顔を引きつらせながらそれに答える。
「あ、ああ、うん。僕はライチって名前だけど」
「そうかそうか。じゃあライチ、俺敬語とかそう言うの苦手だからよ、呼び捨てで呼んで良いよなライチ?」
「へっ? ああ、うん」
馴れ馴れしいまでにフレンドリーな態度を取る女を前に、ライチは完全にそのペースに飲まれていた。だがその反射的に放たれた様にしか聞こえない返事を受け、女が心底嬉しそうに頬を綻ばせた。
「そうか! いいのか! いやあ、お前って奴は話がわかるな! 気に入ったぜ!」
「そ、それはどうも……」
「なんだよ、固くなんなよ! 俺とお前の仲じゃねえか、気楽に行こうぜ! ……あ、そういえば、まだ俺の方の自己紹介済ませてねえな。俺はリリーってんだ。よろしくな、恩人」
そうやって誰にも割り込む余地を持たせないほど一方的にまくしたてた後で、リリーが肩を叩いた方の手をライチに差し伸べる。
「仲良くやってこうぜ」
リリーがにかっと明るく笑う。邪気の無い、子供の様な純真な笑み。
強引ではあるが悪い人では無い。それまでのやりとりとこの笑顔を見て、ライチはリリーに対する評価についてそう結論づけた。
「……こちらこそ、喜んで」
ライチがその手を握り返す。リリーがますます顔を明るく輝かせ、「おう!」と白い歯を見せながら笑顔を浮かべる。その表情が、『悪い人では無い』というライチのリリーに対する評価を確固たる物にしていく。
「それより、リリーと言ったか。お前はどうしてあんな所にいたんだ?」
リリーがようやく静かになった頃を見計らって、ジンジャーがリリーに向けて言った。ライチの手を握ったまま、リリーがジンジャーの方を向く。
「あ? そりゃあ、お前……ていうか、お前誰だよ」
「そういえば、まだこっちは自己紹介してなかったな。うっかりしてた。私は――」
その後、ジンジャーはリリーに自分の名前を名乗り。その後に続くようにしてエムジーも自己紹介を済ませた。
「それとアタシは、美人三姉妹の次女スバシリ! よろしくー!」
「なんかどさくさに紛れてる人がいるんだけど」
「スバシリ、あなたどこから現れたんですか?」
「えー? いいじゃん別にー。細かい事は気にしないで、アタシにもやらせろー!」
そしてそこの楽しげな雰囲気を察知して何処からかやってきたスバシリもついでに自己紹介を済ませる。そうしてその場にいた人間とロボットとAIが自己紹介を済ませた後、もやし炒めを満面の笑みでかッ食らいながらリリーが言った。
「ところでよ、もすもす、ここによ、もぐ、レモンって奴いねーかな? むぐむぐ」
「レモン?」
「そ、レモン……んぐ、レモン・マクラーレン。ここにいるって聞いたんだけどさ、知らねえかな?」
「彼女に会うのが、ここに来た理由だと?」
「そうそう」
すっかり空になった皿を物惜しげに見つめながらリリーが言った。面白い匂いを嗅ぎつけたスバシリが目を輝かせてリリーに尋ねる。
「ねえ、リリーってレモンとどんな関係なの? ライバルとか、生き別れの家族とか、そんな感じ?」
「ああ? まあ、当たらずとも遠からずって感じかな」
皿をテーブルの上に置き、腕を組んでリリーが言った。
「レモン・マクラーレンは俺の妹なんだ」
「おねえさまー! おねえさまー!」
「妹よー! 妹よー!」
夕飯を終えた後、オキナワ支部の正面受付ホールに二つの嬉しげな声が轟いた。そこではレモンとリリーの二人が、溢れんばかりの喜びを全身から放ちながら抱き合っていたのだった。
レモンよりも頭一つ背の高いリリーが、自身の妹を抱きしめながら心底嬉しそうに言った。
「おーよしよしレモン! お前また大きくなったんじゃないのか? ちょっと前までは豆粒ほどの大きさしか無かったって言うのに」
「あら、お姉様。私にお世辞は必要ありませんよ? この体になってから、一度も成長した事はないのですから」
「おいおい、姉の思いやりは素直に受け取っておくべきだぞ? この馬鹿妹め」
太陽の様に明るい笑顔でそう言いながら、リリーがレモンの頭を力任せに撫でる。レモンも子猫のように目を細め、見るからに気持ちよさそうな感じでその愛撫を受け入れていた。
「えへへー。お姉様の手、とってもあったかいですー」
「お前、甘えん坊な所は相変わらずだな。外の世界に出て、ちょっとは成長したと思ったんだがなあ」
「いえいえ。私の冒険はまだまだ始まったばかりですよー。これから、私はもっともっと大きくなっていくのですからねー」
「そうかそうか。じゃあ私がそれを期待して待っていても、別にバチは当たらねえよな?」
「はいー。楽しみにまっていてくださいねー」
リリーが不敵に笑い、レモンが朗らかに笑う。そうして互いに言葉を重ね終えた後、何も言わずにそのまま顔を見合わせて、再度どちらからともなく笑い合う。
その光景はまさに、当人はおろか遠巻きに見ている方までもが温かい気持ちになれる、姉妹愛や家族愛に満ちた物であった。
「……なんか、いいな。ああいうの」
「うん。いいよね。こっちもこっちであったかくなってくるっていうか……」
「姉も姉でかなり強烈なキャラ持ちなんだけどねー!」
「……あの姉にしてあの妹あり……」
ホール奥の壁際に集まって雑談を交わすライチら野次馬の中に混じって、イナとハナダはその姉妹愛オーラに中てられる事もなく、困ったようにその顔を曇らせていた。
「確かに仲が良い事は良い事なのですけれど……」
「あそこまで仲が良いと、逆に入り込む余地が無いんだが……」
「別にいいんじゃないですか? 取り込み中失礼とか言って間に入り込めば」
エムジーが腕を組みながら指摘する。ハナダが乱暴に頭を掻いてそれに答える。
「それが出来れば苦労せんよ。確かに色々と聞きたい事はあるが、ただ、あの空気を壊すのはどうにも抵抗が……」
「わたくしも同じです。あの中に割って入れる自信がどうにも……」
「ああもう、わかった、わかった。じゃあ私が行ってくるから、ちょっと待ってて」
「いや、ちょ」
イナの静止を聞かずにエムジーが迷いの無い足取りで二人の元へと向かう。そして躊躇いなく二人の真横に立ち、リリーの肩を軽く叩いた。
「あん?」
リリーがエムジーに気づき、レモンが一拍遅れて姉に続いてエムジーの方を見やる。そして逢瀬を邪魔された事への恨み辛みを見せる事無く、さっぱりした顔でリリーが言った。
「おお、確かあんた、アンドロイドの」
「エムジー。本当の名前はそれなりに長いんだけど、この呼び名でいいわ」
「そうか。じゃあエムジー、俺に何か用か?」
「ええ。ちょっとね」
そこで言葉を区切ってハナダ達の方を振り向き、再度リリー達を見て言った。
「彼らがあなたに話があるそうよ。正確にはあの中のお偉いさん一人なんだけどね」
「で、俺に話ってのはなんだい? 司令官さんよ」
エムジーの話を受け、リリーはハナダと一緒に食堂にいた。夕食時を過ぎた食堂はすっかり人気が無く、そこに二人きりでいるというのは明かりが一つ残らず灯されているにも関わらず寂しいを通り越して怖い物があったが、他に適当な部屋がなかったのでここで質疑応答をする事になった次第である。
「会議室でいいじゃん」
「あーあー聞こえませーん!」
なお、ジンジャーの提案は完全に封殺された。
「広い方が開放感あっていいんじゃない?」
「いや、さすがに食堂でやるって色々とおかしすぎるだろう?」
「……つべこべいわない。明日も仕事があるんだから早めに寝る……」
「ミス・ジンジャー。明日もジャケットの操縦、お願いしますね」
「えちょ、明日もあの仕事あるとか聞いてない――」
既に寝ている隊員達の妨げにならぬようジンジャーの悲鳴に近い声を抑えつけながら、他の面々も個室に戻って既に眠りについていた。数名の捕虜も含め、今起きているのはハナダとリリーだけである。
「ああ。君に聞きたい事があってね」
姿勢を正して背筋を伸ばし、ハナダがリリーに向き直る。
「聞きたい事? 俺がここに来た理由か?」
「ああ、そうだ。あのマクラーレンの長姉が直々にやって来た。その理由は、ただ妹さんに会いに来ただけではないだろう?」
地球におけるマクラーレンの名が持つ重みを知るハナダが、険しい表情でリリーを見つめる。同じようにその名の重みを知る――その一族の一人であるリリーもまた、渋い顔を見せて目をそらす。
「マクラーレンの一族の人間が護衛もつけずにアメリカの外に出るなど、あまりにも危険な事だ。青空の会の連中に殺されても文句は言えんぞ」
「……」
「なぜこのような危険な事を?」
「……あー、そいつは……」
気まずそうにリリーが頭を掻く。が、やがて観念したのか、リリーが真面目くさった表情を見せてハナダに言った。
「確かここに、アメリカに来る予定だった連中が何人かいるんだろ? 途中で青空の会に妨害されて、シンジュクに落ちたって言う」
「ああ。いるぞ」
「アメリカに向かわせるついでに、そいつらにちょっと頼みたい事があるんだよ」
「頼みたい事?」
ハナダが眉間に皺を寄せる。リリーがそのハナダの顔に自分の顔を寄せる。
「ああ、それも個人的な内容の事だ」
「ソウアー自体は関与していない事?」
「ああ」
そこで悪戯を考えついた子供の様に悪どい笑みを浮かべ、リリーがハナダに言った。
「ちょいと、俺と一緒にメルボルンに行って欲しいんだ」
「メルボルン?」
「ああ。俺の護衛役として」
嫌な予感しかしない。ハナダは顔色一つ変えないまま、心の中でライチ達に黙祷を捧げた。
「オーストラリアのメルボルン。レモンに倣って俺もそこに飛んでったんだけど、そこで前から住んでたアンドロイド連中とポカやらかしちまってさ。ちょっと人手が欲しいっていうか、助けてほしいんだわ」
にへら、とリリーが笑いながら言った。
オーストラリア。その一方でリリーからその国名を聞いたハナダは顔から色を失い、唖然とした表情を隠す事無く心の中で十字を切った。




