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第二十一話「終戦」

 地球を守れ。

 その少年は、物心ついた時からそう両親に教え込まれて育った。

 その少年の両親は二人とも『青空の会』の隊員であり、また『青空の会』の掲げる思想――火星人を地球から放逐し、地球に真なる平和を取り戻すと言う思想に、足の先から頭のてっぺんまでどっぷり浸かりこんでいた。その親の元で熱心に育てられた子供がどのような考え方を形成していくのかは想像に難くない。

 八歳の誕生日、彼は「ステップアップの時期だ」と告げた父親に手を引かれ、なすがままにカゴシマ支部の地下に備えつけてあったジャケットのシミュレーターの前まで連れてこられた。

 それは各頂点が緩やかな丸みを帯びた、平行四辺形の形を取った真っ白い箱の様な物体であり、同行した父親よりも頭一つ分大きいサイズを有していた。そしてそのシミュレーターは二人の見る前で右上と左下の頂点を結ぶ対角線上に沿う様にして二つに割れ、左下の頂点をくっつけたまま上部を軋む音を立てながら上に開いていった。

 中にはシートと操縦桿、そして正面にモニターがあり、そのどれもが新品同様にピカピカと輝いていた。

 「乗れ」と父親が背中を押す。言われるままにシートに深く腰掛け、恐る恐る操縦桿を握ってみる。貝が殻を閉じる様に箱の上部がゆっくりと降下し、やがてぴったりと閉じられる。中は一瞬完全な暗黒に包まれたかと思いきや、すぐに尻の下からモーターの低い唸り声と共に照明が点き、狭い内部を薄いオレンジ色の光で満たしていく。驚く間も与えずに正面モニターが緑色に輝き、その上に何本もの罫線が等間隔に、縦から横から端から端まで走って行く。

 AIの無機質な声が内部に響く。


「シミュレーション、ナンバーワン。スタートします」


 座席のそこから響くモーター音がやかましさを増し、モニターの中に粗いポリゴンで作られた敵ターゲットが現れる。

 その数秒後、彼はそのシミュレーターの見せる光景を前に圧倒され、数分後にはその虜となっていた。

それまで一度も太陽の光を浴びることなく、薄暗い地下空間の中で延々と思想的ないし肉体的な訓練に明け暮れ、「なぜ自分だけ」という疎外感と閉塞感を味わっていた彼にとって、それは自らの鬱憤を晴らす最高の玩具であった。

 それまでのストレスを発散する目的も兼ねて、一心に『ハイスコア』を叩き出さんと少年は一日中シミュレーターにかじりついて操縦スキルを磨いた。その『訓練』を『訓練とも思わず』に、昨日更新したスコアを今日も更新しようと心から楽しんで遊んだため、彼の技術は秒単位で向上していった。実際はそれを心から楽しむよう――技術向上の効率を上げるために、最初から『そうなるよう』に、幼少時から積んできた訓練プログラムが初期の段階から『そう設定されていた』事には、少年は最後まで気づかなかった。

 いや、ひょっとしたら心の片隅で、少年はそれに気づいていたのかもしれない。自分の心情が父親によって良い様に誘導されていることに、薄々ながら気づいていたのかもしれなかった。だが例えそれに気づいていたとしても、少年は叛意を見せようとはしなかっただろう。

 この時、彼にとって両親はこれまでの全ての訓練を指導し導いてきた教官であり、絶対服従の圧倒的な存在であり、もはや神にも等しい存在であったのだ。逆らう気など微塵も起きなかった。

 それに、このシミュレーターが自らにそれまで感じたことのない圧倒的な快感をもたらしてくれると言う逃れようのない事実もまた、彼を反乱という単語から遠ざけた。シートに座って敵を倒している間、彼はその仮想現実の中でヒーローになれた。それまで心と体に叩き込まれてきた物、そして今まさに自ら開拓しているスキルの全てを用いて敵を倒すその瞬間、彼は言いようのない達成感とエクスタシーを感じ、あたかも自分がゲームの主人公になったかの様な陶酔感を覚えるのだ。

 歪なポリゴンの塊を一つ撃ち落とす度に「いいぞ!」「よくやった!」とスピーカーから声援が上がって更にやる気に火を点ける。僚機――と設定された青いポリゴン体に組み付いている敵機を引き剥がして殴り殺せば、その助けた味方から「さすがね、ありがとう」と透き通る様な女性の声が響き、天使の羽の様な柔らかさで以て両の鼓膜を心地よく撫でていく。そのような細かい演出もまた、彼の士気を際限無しに高まらせ、そして増長させていった。

 良くやった。大したものだ。あなた最高、惚れちゃうわ。

 地球を守るのは君だ。

 スコアを一日おきに更新し、コンピュータから自分を褒めそやす声を出させる事の出来る自分の実力に、彼は酔いしれていた。

 シミュレーターに初めて入ってから三年も経つ頃になると、彼はカゴシマ支部きっての最年少エリート候補生として知らぬ者のいない存在となっていた。戦闘訓練も操縦技術もピカイチであり、実戦経験を積んでいけば必ず一級の戦力になると期待されていた。彼の両親は鼻高々だった。

 だがそんな期待のサラブレッドの心の中は、訓練漬けの毎日の中で鬱屈した感情をバーチャルの世界で発散させ、リアルとバーチャル問わず「お前は凄い奴だ」「お前こそ真のエースだ」と絶えず褒められて育っていったがために、今でもどうしようもないほどに自尊心がふくれあがり、醜く傲慢に変質していた。

 自分に出来ない事は無いと本気で思っていた。自分こそがヒーローであり、地球を救う勇者であり、地球人類を導くメシアであると冗談抜きで考えていた。シミュレーター通いの合間に両親によって叩き込まれた善悪二元論もまた、その彼の思想に大きな影を落としていた。

 そして初めて陽の光を浴び、また現在の状況――『正義』である筈の青空の会が、ソウアーという『悪の組織』に押されっぱなしであると言う状況を知って、彼の歪んだヒロイズムは簡単に爆発したのだった。


「俺が世界を変えてやる! あんな腐った火星人共は、俺が全部倒してやる!」


 井の中の蛙大海を知らず。

 彼の世界にはカゴシマとオキナワしか無かった。タイワンの存在も知っていたし、両者の間に交わされた協約も知っていた。だがその時の彼に、それらはまるで見えていなかった。盲目的なまでの独りよがりな正義感に突き動かされるまま、彼は無謀な行動を開始した。

 こっそりとカゴシマ支部を抜け出し、自動航行システム付きの高速船を拝借し、備え付けのオートマッピング装置を頼りに一人オキナワへと向かっていった。そしてその道中に海岸に停泊していた一隻の戦艦を見つけ、件の行動に移った次第である。


「動くな!」


 そこで彼は返り討ちにあい、その船――カサブランカに拘留する羽目になったのだが。

 だがそんな状況に陥ろうとも、彼の正義の炎は決して消えはしなかった。ファーストコンタクト時に敵を撃てなかった事をすっかり棚に上げて、次こそは必ず倒すと心に決めていた。そしてクチメが『寝た』事による偶発的システムダウンの隙を突いて鉄格子から抜けだし、ハンガーにて身を潜め、そこに予測通りジャケットが搬入されてから無人になった頃を見計らって、一番まともそうな奴を見繕って強奪。今に至る。

 ちなみに自分の独断専行が原因でカゴシマ支部がもう地図から消えている事について、彼はカスタムジャケット『メイデイ』に乗っている今この時においても全く知らずにいた。





 本日何度目かも判らない激突を受け、カサブランカは大きく右に傾いた。人間の悲鳴をスロー再生した様な金属の軋む音を全身から轟かせながら、盛大な水しぶきを上げつつ元の位置へと戻っていく。

 その動作を行う間、船の重心より最も離れた位置にある艦橋は揺れる度に大きく左右に振り回され、その中はカクテルを作るかの如く盛大にシェイクされていた。


「ああっ――くそ……ッ!」


 その絶え間なく繰り返される揺れの前にテーブルから引き剥がされ、艦橋右側にあるコンソールに背中から叩きつけられたライチが、その真下に落下し両手で後頭部を押さえてもんどり打つ。なおもテーブルにしがみついて耐えていたジンジャーが首だけ動かして肩越しにライチの方を見やり、必死の形相で彼に言った。


「大丈夫か!?」

「なんとか!」

「また来るぞ!」


 ライチより前側に張り付いてレーダーを睨んでいたヤーボが二人の会話を遮る様に叫ぶ。それを聞いて正面にいたエムジーが歯を食いしばって体を踏ん張らせ、左にいたレモンは目の前の腰ほどの高さのあるコンソールに両手を『突き刺し』、一人悠然と衝撃に耐えていた。


「敵も大分粘りますねー。皆さん、油断しないでくださいねー」

「おま、ちょっとなにして――」


 さすがに焦り気味のスバシリの声を振動がかき消す。不満を漏らす間もなく、カサブランカの巨体が大きく右に傾く。


「――ッ!」


 誰も叫ばなかった。ただ歯を食いしばって、その衝撃に必死で耐える。その容赦なく襲いかかる音と衝撃の前に、そこにいたメンバー全員、精神的にも肉体的にも限界を迎えていた。だが最初の襲撃から何度も直接どつかれ続けているにも関わらず、エムジーの前のコンソールに嵌め込まれていたモニターに表示されていた断面図――カサブランカを縦に切った断面図は、その全てがグリーン――損耗率二十パーセント以内の値を示す色に染まっていた。


「……なんて頑丈なんだろう、妬ましい……」

「お前起きてたのかよ!」


 その時のエムジーの心境を読み取った様に中央テーブルの上で布団にくるまっていたクチメがぼやき、ジンジャーが疲れた顔で突っ込む。だがそれには何の反応も返さずに寝返りを打ち、周りの喧噪が嘘の様に安らいだ表情を浮かべながらクチメが言った。


「……姉様、スバシリ姉様……」

「あん? なになに?」


 これまた周囲の騒ぎなどどこ吹く風で自由に泳ぎ回っていたスバシリが、疲れを微塵も見せずにクチメの元へと飛んでいく。そしてスバシリがクチメの近くに腰を下ろして顔を寄せ、クチメもまたその耳元に口を近づけて小声で何事かを囁く。


「……できる……?」


 全てを伝え終え、最後にそう呟いたクチメから顔を離し、その場で中空を見つめたままスバシリが硬直する。船が左に傾いて轟音を放ち、物質に囚われた者達が小さく悲鳴を上げるが、何の反応も返さない。揺れたテーブルが体を貫通するがそれすらも気に懸けない。ただその場にじっと――それまで見せてきたハイテンションが嘘の様に黙りこくって、じっとそこに佇んでいた。


「……各種要素を提案、計算中。計算中……」


 そんなそれまで石の様に固まっていたスバシリの体が再び動いたのは、突如見せた妹の奇行に対してクチメがそうフォローを入れ、また同時にカサブランカが小刻みに揺れながらも何とか水平に戻ったその時であった。


「いけるんじゃね!」


 脳内での演算を終え、いつもの調子に戻ったスバシリが顔を期待に輝かせてクチメに詰め寄る。


「うんうん、いけるいける! エンジンにかなりガタが来るかもしんないけど、多分どうにかなるって!」

「……そう? じゃあ、私は連絡を入れるから……」

「おう! 頼むわ! じゃあ私も私で仕事しちゃおっかなー!」

「おい、さっきから何を言っているんだ!」


 ジンジャーの不平を無視してスバシリが地面を蹴って浮遊し、クチメの真上に直立で静止する。そしてなおもこちらに注意を向けていないその他大勢に向けて、喉にマイクを仕込んだかの如き靄のかかった大音量でスバシリが叫んだ。


「はーい! お前らー! ちゅーもーく!」


 そんな不意打ちの一撃を食らい、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でライチ達が一斉にスバシリの方を向く。全員の視線が自分に集まったのを見計らって、良く通る声を響かせながらスバシリが続けた。


「アタシに良い考えがある! 野郎共、アタシの指示に従えい!」


 恐らく、今のまま我慢していても船はそう簡単には沈まないだろう。だが人間のボディを持った方はもうガタガタだった。十分以上も我慢していられる余裕などもう無い。

 彼らは二つ返事でそれを了承した。





「……うん?」


 目の前の船に変化が起きた事を、少年は見逃さなかった。

 それまで時が止まったかの様にその場に佇み、ただメイデイの突進に身を任せるままに身を左右に揺らせていたカサブランカが、突如としてその体を――方位磁石の赤い針が一気に北を指す様な早さで――百八十度回頭し、さらに後部から盛大な泡飛沫をあげつつ、初手からフルスピードでメイデイから離れていったのだ。

 その離脱の際にカサブランカの出したスピードは、少年に大きな衝撃をもたらした。地球に文明が――『国家』と呼べるものが存在していた時の価値観にそれを照らし合わせるとすれば、その時のカサブランカが進軍する様は、まさに大型旅客機が亜音速で飛び回る軍用小型戦闘機と同じ速度で空を翔るような物であったからだ。しかも助走もなしに、一足飛びで。驚かない訳がなかった。

 だがそのようなアクションを前にして、少年が見せた動揺はほんの一瞬だった。目の前の目標がいつか自分から距離を離さんと行動に移すだろう事は既に予想していた事だったし、その目的が単に逃走か、それともこちらの電池切れを狙っての事かのどちらかである事も予想済みだった。そこまで予測していたからこそ、彼はエネルギー温存のために腕から放つ事の出来る光弾を今まで一度も使っていなかったのだ――エンジンを狙って一気に沈めず、じわじわとなぶり殺しにしていこうとする思いも確かにあったが。

 だがカサブランカの出したスピードについては、まったくの想定外だった。まさか大型の戦艦があそこまで拘束に動けるとは予想していなかった。しかしそんなイレギュラーな事態を前にしても、彼は目に見えて動揺はしなかった。

 あれだけの巨体を、あれだけのスピードでいきなり動かしているのだ。過負荷がかからない筈が無かった。彼はそう結論づけたのだ。そしてそれは当たっていた。準備運動も無しにいきなり短距離走をセットで走らされたのだ。カサブランカのエンジンはあっという間に悲鳴を上げていた。

 そんなカサブランカの状況は露とも知らずにそう結論づけた彼の頭の中で、それまで小さく灯っていただけのサディスティックな優越感が、大きく鎌首をもたげて自身の冷静な心を食い荒らしていった。じわじわ追い詰める様に突進を繰り返していたあの時に感じていた絶対的優位に立った事に対する快感、無防備の相手を責め苛む暗い喜びが、彼の心をみるみる侵食していった。

 目の前に無防備に突きつけられていたカサブランカの最後部。エネルギー弾で激しくあぶくを噴き出し続けるエンジンを狙い撃とうという考えはさっぱり消え失せていた。どこまでも追いかけて、追いかけて、逃げ切れないという恐怖を味わわせた後で一息に沈めてやる。それが地球を荒らした者への罰だ。歪んだヒロイズムがくつくつと笑う。

 笑いながら彼は行動を開始した。突き放されない様に、しかし決して追い越さない様に出力を調整し、メイデイの姿をカサブランカの背後にピッタリと付ける。それはまさに背後霊のようであり、この状況を見ているあの船の連中は振り切る事が出来ないと知ってさぞや恐れているだろう、と口の端を嫌らしく吊り上げた。

 だがこの時、艦橋にいた者達もまた笑っていた。疲れてげっそりとした顔に『してやったり』と言わんばかりの不敵な笑みを貼り付け、自身の背後にぴったりと食いついてくるその機影に釘付けになっていた。

 メイデイの少年は何も知らなかった。なぜカサブランカが逃げ出したのか、なぜカサブランカが『その方向に』逃げ出したのか。何も知らないまま、ただ自身の心の飢えを満たすために、ひたすらに追い続けた。

 少年は何も知らなかった。だがやがて、少年もなぜカサブランカが逃げの一手を打ったのか、それを理解する時がやって来た。

 そして、少年は全てを理解した。突如としてコクピットに衝撃が走り、直後、それまでべったりと張り付いていたカサブランカの尻が見る見るうちに遠ざかっていく。

 最初は何が起きたのか判らなかった。だがカサブランカが遠ざかると同時にレーダーに映った複数の黄色い光点と、自機のモニター脇に映されたダメージレベルを伝える自機の線図を染める色が、自分と自分の乗るこの機体に何が起きたのかを彼に完全に理解させた。そして有頂天になっていた彼の心を、一気に苦恨と絶望と言う底なし淵の中に叩き落としたのだった。





 その時。

 そのポイントを通った直後に海中から背後を取る様にして浮上してきた五つの砲台――ソウアーの設置したミサイル迎撃用の砲台によって、メイデイの頭と両腕と後部スラスターが粉砕されていたのだ。

 そしてそれを認識した直後、コクピットが再び大きく揺れた。どこからともなくアラートが鳴り、真っ暗になったモニターにヒビが走る。

 そのモニターの白いヒビを視認した刹那、今度はコクピットと、彼の意識そのものが、何も見えず何も聞こえない暗黒の領域に包まれていった。

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