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第十八話「真っ黒スケープゴート」

「スキウラーだ!」


 快晴の空に向けて方々から煙が上がっていた『青空の会』タイワン支部の入り口前。その入り口前とカサブランカに挟まれた屋外にパイプテントを張り、臨時の拠点を構え基地を制圧したカゴシマ支部の面々と睨み合っていたタイワン支部の隊員達は、目の前に降り立った四つ足の巨人を見て歓喜の声を漏らした。

 空中でロケットエンジンを切り離し、テントの前に降り立ったその巨人こそ、彼らのスポンサーより受領されたタイワン支部が誇る切り札であったのだ。スキウラーは当初、『ソウアー』オキナワ支部攻撃の際の露払い役としてミヤコ島のミサイル攻撃基地に配備されていた機体であり、そして本当ならば、その基地のミサイルによる攻撃はとっくに始まっていた筈だったのだ。これはカゴシマの連中が攻め込んでくるよりも前に決定されていた事であり、カゴシマが不正を働いたと言う報告を受けたすぐ後に襲撃されたため、攻撃命令を取り消す事も出来なかった。

 だが今、スキウラーはそこにいた。こちらがダメ元で送った救援信号を拾って、彼らにも予想外のスピードでキールンまで駆けつけてきてくれたのだ。喜ばない筈が無かった。


「それにしても早すぎる……」

「いったい、どんな方法を使ったんだ……?」


 スキウラーが攻撃を行う前にミヤコ島が奇襲を受けた事を、青空の会タイワン支部の連中は全く知らずにいた。そして出撃してからとって返してここに来たのでは無く、それよりも先に攻められたがために出撃『出来なかった』と言う事も知らなかったので、彼らは援軍の到来を喜ぶと共に『来るのが早すぎる』と言う一抹の疑問を抱いてもいたのだ。

 もっとも、『知らない』と言う点においては、その攻撃を仕掛けたソウアーの方にしても同じだった。自分達がミヤコ島を攻めたその瞬間、今まさに先方がカスタムジャケットを使った本格的な攻撃を行おうとしていたとは全く知らなかったので、そう言う面ではおあいこであった。ミヤコ島の攻撃とソウアーの攻撃とタイワンの救援信号。それらの全ての点は、偶然によって初めて一本の線に結びつけられたのだ。

 この状況は、まさに偶然が積み重なった産物であったのだ。


「向こうで何か起きたのか?」

「まさか、もうとっくにオキナワを攻め落として、ミヤコ島に帰る途中だったのか?」

「なんだっていい! 奴が助けに来てくれた! 今はそれで十分だ!」


 そして今現在のカゴシマ支部の面々は、そんな偶然の結果について思いを巡らす余裕を持ち合わせていなかった。


「こちらにはジャケットがある! 向こうはたかだか歩兵数十人! この勝負、勝ったも同然だ!」

「そ、そうだ! まずは俺たちの本拠を取り返すのが先決だ!」


 自分達のなすべき事の優先順位を思い出し、そして援軍の到来を改めて認識し元気を取り戻したタイワン支部隊員達が口々に叫ぶ。彼らの士気は否応なく上がっていったが、スキウラーはそんな同胞の姿に一瞥もくれる事無く、ただ黙って彼らに背中を向けていた。


「おい! スキウラーのパイロット! 聞こえているか!」


 やがてテントの日陰の中にいた幹部の一人――他の隊員と同じくボディスーツの上に防弾チョッキを身につけ、肩から銃を斜めに提げていた――が、目の前にある箱形の無線機のチャンネルをいじりながらレシーバーを使ってスキウラーに話しかけた。


「スキウラーのパイロット! お前と話がしたい! 乗ったままで良いから、応答出来るよう無線のチャンネルを合わせろ!」


 無線機の向こうから響いてくるノイズに顔をしかめつつ、幹部が声を張り上げて訴え続ける。するとその言葉が通じたのか、スキウラーが四本の足を巧みに動かして体を回転し、前面をテントの方に見せた。その動き一つで、隊員達に嬉しさの混じったどよめきが広がる。


「パイロット! 聞こえるか! 聞こえたら返事をしろ!」

「……聞こえている」


 相変わらず激しいノイズに混じって、無線機から声が聞こえてきた。余計な雑音が激しいために詳しい声質などは判らなかったが、それでも反応があったと言うだけでも聴く方に希望を与えるに十分だった。


「よし、どうやら繋がったみたいだな……。いいか、今から指示を出す。お前はその通りに動け。いいな?」


 返事を返す代わりにスキウラーの前後に伸びた顔がゆっくりと頷く。それを了承と受け取ったその幹部が、一字一句しっかりと聴かせるようにはっきりした声で言った。


「今、目の前にある我々の基地は、カゴシマ支部の連中によって占拠されている。奴らはワープ装置を使用し、こちらの基地に直接攻め込んできたのだ。宣戦布告も無しに――いや、こちらに攻撃を仕掛けたという時点で、これは重大な違反行為だ。これに対し、我々は厳とした態度で臨まねばならない」


 スキウラーは沈黙したままこちらを見下ろしている。首を回して自身の背後に控えていた支部長を一瞥した後、再び前を向いて幹部が続けた。


「今まで、奴らは基地に引きこもったまま出てこようとしない。恐らくこちらの出方を伺っているのだろう。お前には、そこを襲撃してほしい」


 スキウラーは黙ったままだった。幹部が続ける。


「奴らを基地ごと叩き潰せ。遠慮する必要はない。奴らを一網打尽にするのだ」

「な……!」


 その作戦は初めて聴いたのだろう。幹部の周りに集まっていた隊員達が一斉にざわめきの声を上げる。動じていなかったのは一部の幹部と支部長だけだった。


「……いいのか?」


 また、スキウラーのパイロットも驚愕する側の人間だった。そしてノイズ混じりに返って来た困惑の声に対して、幹部は躊躇う事無く続けた。


「構わん。こちらが無事なら後はどうとでもなる。それに外部からの送電システムも既にカットしてある。ワープ装置はもう使えん。奴らは袋のネズミだ」

「しかし……」

「今はとにかく、奴らの鼻を明かす方が重要だ。いいか、加減など考えるな。基地と引き替えにしてでも、徹底的にやらねばならぬのだ……!」


 そう吐き捨てた幹部の声には言いようのない怒りが籠もっていた。それは競争相手に裏を掻かれた事に対する怒り、約束を反故にされた怒り、そしてそれらに対応しきれず、みすみす基地を敵に奪われた事に対する怒りであった。

 基地を奪われた当初に胸に抱き、時間経過によって薄れていき、今またスキウラーへの説明によって再び鎌首をもたげて来たその怒りの炎が、その幹部から冷静さを失わせていった。


「いいな! 絶対に奴らを生きては返すな! ここをあいつらの墓場とするのだ!」

「ワープ装置は? 中にあるんだろう?」

「あんな物どうでもいい! 連中を始末できるのなら安い犠牲だ! それにもう、奴らとの関係をこのまま保つつもりも無いのだからな!」

「ッ……」


 そしてそれらの怒りと以前から競争相手に対して抱いていた反抗心やライバル心が混ざり合い、化学反応を引き起こし、今や幹部の心は理性ではコントロールできないほどの怒りの大火が荒れ狂っていた。

 よく見れば、それは幹部の周りに立っていた他の隊員達も同じであった。その時の屈辱を思い出したのか、眉間に皺を作ったり歯を食いしばったりして皆一様に悔しさと怒りを滲ませていた。


「いいな!?」

「……了解」


 これ以上何を言っても無駄と悟ったのか、スキウラーのパイロットが素直に返した。そのノイズに混じって返ってきた返事を受け取って「よし!」と頷いた幹部の顔は興奮で紅潮し、体を動かしてもいないのに額から汗を流していた。


「では行ってこい! お前が撃ち漏らした奴らはこちらで対処する! 派手に暴れ回ってこい!」

「了解」


 既に勝ったような興奮と嬉しさを滲ませた幹部の声を受けて、スキウラーが静かに返答する。そしてスキウラーは回れ右をする事も無く、ただ黙ってその場で主腕の右手を振り上げた。


「……?」


 その姿を見て、その場にいた全員が怪しげな視線をスキウラーにぶつけた。自分よりも遙かに巨大な物体の取った行動を前にして、それまで浮かべていた怒りの形相を打ち消して怯えたように後ずさる者もいた。そんな右手を高々と掲げたまま動かなくなったスキウラーに向けて、レシーバーを持っていた幹部が若干苛立たしげに言った。


「おい、どうした! お前の目標は背後にいる奴らだ! 何をしている!」

「わかっている」


 だがノイズと共に返ってきたその声は至って冷静だった。何も問題は無いと言いたげに物静かな口調で返してきたスキウラーに対して一抹の不安を感じ取った幹部は顔をしかめたが、すぐにその表情を消してそれまでと変わらない口調で言った。


「判っているなら早くしろ! 敵は後ろだ! こちらの命令を無視するのか!」

「判っている。奴らは基地ごと叩き潰す」


 なおも冷静に――ぞっとするほど涼やかに返しながら、スキウラーが今度は左手を掲げて自らの頭上で左右の手を組み合わせた。

 隊員の大部分が怯えた声を出して後ろに下がる。だが支部長がいる手前、逃げ出す事も出来なかった。

 それが失敗だった。


「お前らを潰した後で」


 躊躇う事無く、スキウラーはそのテントの真上に組み合わせた拳を振り下ろした。





 十数分前。


「オキナワの基地を抜け出した後、ボート乗り場に向かおうとしたのですがー、その時にスバシリ様と鉢合わせてしまいましてー」


 ミヤコ島の基地とスキウラーの制御を完全に奪い、せり上がっていた床を下ろしつつ茫然自失となったパイロットのモブ男を引きずり下ろして縛り上げた後、自分達もジャケットから降りたライチ達を前にしてレモンが言った。相変わらず間延びした緊張感の無い口調だったが、予想外の出来事の連続で神経が張り詰めていたライチ達にとって、今はそれがガス抜きの役目を果たす事になったのでとてもありがたかった。


「ズル休みした事バラされたくなかったら私も連れてけー、と申されましてー。私としてもここまで来て強制送還されるのは嫌でしたのでー。それで仕方なく――」

「一緒に来たと」

「はいー」

「あのお付きの二人も一緒に?」

「はいー。今はエムジー様の輸送機の中で待機して貰っていますー」


 ジンジャーが呆れたようにため息を吐く。ライチがレモンに尋ねる。


「……一応聴きたいんだけど、なんでここまで来たの?」

「他の方々が頑張っている中でのうのうと畑仕事をしていると言うのが、なんだか自分達だけが除け者にされているような気がしましてー。それでいても立ってもいられなくなりましてー」

「いや、それがそっちの仕事じゃないのか?」

「もちろん、承知しておりますよー? でもそれはそれ。これはこれです」

「いや、それは……」

「ずるいですー。私だって活躍したいのですー。最近鍬しか振ってなくて、見せ場が減っていたのですー」

「……」


 今度はライチが完全に言葉を無くし、脱力しきった様子でため息を吐く。そんな三人のやりとりを見ていたスバシリが退屈と自分が蚊帳の外に置かれた不満から頬を膨らませて、その輪の中に割り込んできた。


「それよりさー? これからどーすんのよー? 基地を乗っ取ってハイ終了とか、そんなのアタシが許さないからねー!?」

「乗っ取ったって……他の人間はどうしたんだ?」


 自分達の目の前に現れた連中だけがこの基地に配備されていた部隊員の全てでは無いはずだ。そう思いながら問いかけてきたジンジャーに、スバシリが満面の笑みで答えた。


「それはもちろん、施設のコンピュータを乗っ取った際にセキュリティを拝借してね!」

「隔壁操作、放電床、催涙ガス。トラップで一網打尽ですー」


 スバシリの言葉に合わせるようにして、レモンがにこやかに言ってのける。


「ここの施設機能を統括するメインコンピュータ、ファイアーウォールがおざなりすぎましてねー。それはもう簡単にハック出来てしまいましたからー。後はもうやりたい放題でしたー」

「最初はアタシも手伝おうとしたんだけどさ、あの隔壁、一目見ただけで『ああ、これは楽勝だな』って思えるくらい杜撰な作りしてたからさー。後は全部レモンに任せっきり。いやー、楽出来たのは嬉しいんだけど、ちょっと張り合い無かったんだよねー!」

「でも、さすがにあのジャケットの制御系統を奪う時は、スバシリ様の協力が無ければああ早くは行きませんでしたけどねー」

「それは仕方ないよ。だってあの機体、いつもとは全然違うOS積んでたんだもん。まあちょっとは骨があって、本部制圧するよりかは面白かったけどねー!」


 二人してまくしたてるように言い合うスバシリとレモンであったが、ライチ達には何が何だかちんぷんかんぷんであった。


「よ、ようは、もうここは制圧しちゃったって事だよね?」


 とりあえず、ライチが冷や汗を掻きながら、それっぽい事を言ってみる。それを受けたレモンが満面の笑みで答えた。


「はいー。そう言うことになりますねー。あ、ちなみに捕まえた他の隊員の人達は、全員最下層にある捕虜収監用の独房に入れてありますー」

「もちろん、入り口の鍵を電子ロックした上でね!」

「あ、ああ、そうなんだ。それは良かった」


 自分の予測が当たって一安心。そんなライチに代わって、今度はジンジャーが言った。


「その電子ロックとやらなんだが、それが破られる可能性は無いのか?」

「解除? 無い無い! あそこの鍵はこのスバシリ様特製の、それこそここにあるへっぽことは格段に性能の違うファイアーウォールとパスワードで防御しておいたから、人間様が解除する事はほぼ不可能なんだよねー!」


 ジンジャーの問いかけに嬉々としてスバシリが答える。その目は本気だった。ジンジャーの横で、ライチが呆然として呟いた。


「二人を敵に回さなくて良かったよ……」

「うふふ。褒め言葉として受け取っておきますねー」

「えっへん! もっと褒め称えるがいい!」


 ライチの発した素直な賞賛の言葉を受け、レモンは控えめに、スバシリは胸を張って尊大な態度で答えた。そしてライチに近づいたスバシリがここに来てから施設のコンピュータをハックし支配権を奪うまでの経緯を改めて自慢げに話している間、レモンは以前の会話の枠から一足先に外れ、顔を上げてある一点を見つめていたジンジャーの傍へと近づき、そしていつもと変わらぬ柔らかい口調で言った。


「ジンジャー様、どうかなさいましたかー?」

「あ? ああ、あれだよ」


 レモンの言葉を受け、ジンジャーが目の前のある一点を指さす。そこには沈黙してからこっち、完全に放置されていたスキウラーの姿があった。


「ああ、そういえばありましたねー、あれ。あの機体がどうかなさったのですかー?」

「いや、せっかくのワンオフ機をあのまま放置しておくって言うのも勿体ないと思ってな」

「ああー、確かに……」


 そこでレモンが言葉を切り、傷一つついていないスキウラーのボディをまじまじと見つめる。そして一通り見つめた後、ジンジャーの方に向き直って言った。


「勿体ない気はしますねー」

「だろう? 傷物って訳でもないし、何より他ではお目にかかれないカスタムタイプだ。ここで埃被せておいて良いような代物じゃないと思うんだよ」

「そう言われると、確かにそう思えてきますねー。では、これはオキナワまで持って行くと言う方向で」

「じゃあさじゃあさ!」


 そこで二人の間に文字通り『割って入り』ながら、スバシリが元気いっぱいな調子で言った。


「ちょっとアタシにアイデアがあるんだよね! 聞いてくれないかな!? ていうか聞け! 今ここで聞いておけ!」

「アイデアですかー?」

「……ロクな物じゃなさそうだな」


 スバシリの言葉にレモンが興味深げな視線を向けながら首を捻り、ジンジャーが困ったように呟く。そのジンジャーに対して「いいから聞け!」とふくれっ面で脅した後、スバシリが言葉を続けた。


「あのさ、あの機体ってさ、まだ動けるんだよね?」

「ああ。多分な――ライチ!」


 ジンジャーが呼ぶまでも無かった。三人の会話の様子から状況を察したライチは既にスキウラーに飛び移り、その表面をシャカシャカ動き回りながら諸々の点検を行っていた。


「……ゴキブリ?」

「言うな」


 そして最後に頭部の検査を済ませた後、そのてっぺんに登ってライチが良く通る声で言った。


「大丈夫ー! 基礎フレームにもガタは来てないし、表面装甲にも不備は見られなかったよー!」

「えーと、つまりー?」

「つまり動けるって事か!」

「そう言うこと!」


 ジンジャーの言葉にそう返してから、ライチが頭から肩、主腕へと飛び移り、最後に脚の上に飛び乗ってそこから地面へと着地する。猿と見まがうばかりの手慣れた動きであった。


「今、僕のこと猿みたいだって思ってたでしょ?」

「ま、まさかあ! そんな事考えてる訳ないじゃん!」

「笑顔が硬いぞ」

「バレバレですねー」


 ジンジャーとレモンの横やりを受けてスバシリが顔を引きつらせたまま完全に沈黙する。そんなスバシリの肩を叩きながらジンジャーが言った。


「で? お前のアイデアってのはいったい何なんだ?」

「え? あ、アイデア?」

「お前が言ってた奴だよ。さ、キリキリ吐け」

「ああ、わかったわかった。そう急かさないでよ!」


 そして正気に戻ったスバシリは一度咳払いをした後、三人を前にして持論を展開した。


「名付けて、生け贄ヒツジ作戦! スバシリ様考案の、超ド級オペレーション! 耳の穴かっぽじってよーく聞けい!」


 そう切り出されたスバシリの作戦を聞き終えた三人は、最初はその全員が我が耳を疑った。だが彼らはその作戦の概要を脳内で反芻させていく内に、とても面白く手に取ってみるとワクワクするような玩具に出会えたかの如く、その表情を綻ばせていった。


「めちゃくちゃな事考えるね」

「でも、インパクトはありそうですねー」

「ああ。とても良さげなアイデアだな。私は乗ったぞ」

「僕も」

「私もですー」


 全会一致でスバシリのアイデアは採用される事になった。


「さあ、決まったからには即実行! キリキリ働けー!」


 そして採択から数分後、彼らは生け贄ヒツジ作戦実行のための下準備を始めた。準備を黙々と進める四人の顔には、どれも期待と興奮が入り交じった悦びの色が満ちていた。


「お、おい待て! お前ら、それだけは、それだけは止めてくれ!」

「何言ってるんですかー? こんな面白そうな作戦、止められる訳無いじゃ無いですかー」


 だがその作戦は、今までスキウラーを操り、そして今はその部屋の隅で簀巻きにされていたモブ男を錯乱させる程の、血も涙も無い非道な物だった。


「お、お前らには血も涙も無いのか! こんなこと、よくも平然と……!」

「はいはーい! 部外者は黙っててねー!」


 ジンジャーによって首筋に手刀を落とされ、モブ男があっけなく意識を手放す。そして唯一の騒音の源が消え去った後、彼らは『生け贄ヒツジ作戦』のための準備を着々と進めていったのだった。





 生け贄ヒツジ作戦。

 スキウラーと、それが担いでいたロケットエンジンを使ってタイワンに飛び、味方が来たと錯覚させておいて一網打尽にする。

 これが全第二段階あるこの作戦の、第一段階である。





「何よ、これ……」


 目的地――キールンのタイワン支部前の岸壁の内側に到着し、そこに停泊していた戦艦を避けつつ地上の様子を見ようと浮上した時、『メイデイ』のパイロットであるその女は目の前に広がる光景を見て愕然とした。


「え、どうしたのよ、何が起きたって言うのよ?」


 つわものどもが夢の跡。まさにその表現がピッタリな惨状であった。

 第一の攻撃目標であった基地は完全に潰され、ただの瓦礫の山と化していた。その瓦礫の山はまだ一部分が――恐らくは発電装置であろう――轟々と燃え上がっており、粘り気のある黒い煙を吹き上がらせていた。

またかつてその基地を形作っていたと思われる大小様々な瓦礫の一部が方々へと飛び散り、無骨なコンクリートのオブジェよろしく地面の上に突き刺さっていた。発火したまま飛散して地面に刺さった瓦礫もあるらしく、それらは今は鎮火し、こちらは灰色の煙を天へと吐き出していた。その地面から吹き上がるような煙の柱はそこら一帯から何本も上がっており、目の前の光景をより不気味な物にしていた。

 そしてその散乱する瓦礫の群れに混じって、何十何百ともしれない人間が力なく地面の上に倒れ伏していた。銃を握ったまま動かない者もいれば、無手のままダウンしている者もいた。地面や瓦礫にはその倒れ伏している人間がまだ直立出来ていた時に撃ち込んだと思われる弾痕の列が生々しく刻まれ、激しい戦闘があったであろう事を容易に想像させた。

 そんな地獄絵図を視界に収める中で、女はその只中にあって堂々と立ち尽くす一つの影を見つけた。


「あんたが……」


 見つけること自体は簡単だった。その影は全長十一メートル、真っ黒で全体的に角張った外見を持ち、四本の腕を具え四本の脚で大地に立っていたからだ。


「あんたが……やったって言うの……?」


 その外部スピーカーを通して放たれた声に反応して、それまでメイデイに対して左側面を見せていた四つ足の巨人が、上半身だけを動かしてメイデイの方を向いた。そしてその黒い巨人の方から、こちらも外部スピーカーを使っての女の声が返ってきた。


「だったら?」

「だったらって……まあ、それはそれでこっちの手間が省けたから良かったなーとは思うけど……ていうか、あんた誰よ?」


 女の問いかけに四つ足の巨人が返す。


「少なくとも、お前の所の味方じゃ無いのは確かだ。お前、タイワン支部の増援か?」

「違うわよ。こっちはカゴシマ支部の出よ。救援信号もらってここまで来たって訳。あんたこそ何? タイワン支部の奴? まさか造反とかしたって言うの?」

「違う。私はタイワンでもカゴシマでも無い。ましてや青空の会のメンバーでもない」

「え――?」


 四つ足の巨人の放った台詞に、メイデイが僅かに身構える。そして語気を低め、しかしその中に相手を切り刻まん程の鋭い敵意を含ませながらその女が言った。


「……ソウアーって事?」

「当たりだ」


 その巨人が言い終えるよりも早く、女は行動を起こした。掌を見せつけるようにしてメイデイの滑らかな両手をまっすぐ目の前の巨人に向けて伸ばし、その掌に開いた菱形の穴から青白いエネルギー弾を発射した。


「むう――」


 外縁部を激しく波立たせながら飛んでくる二つの光球を、巨人は前足二本に力を掛けるように僅かに前傾姿勢を取り、そしてすぐに前足を伸ばして後方に飛ぶ。弧を描くようにしてバックジャンプを見せた巨人の前面を二つの光球が掠るように素通りし、地面に着弾して小さな爆発を起こす。


「ハハッ、リアクションが早いな!」


 派手な音を立てて四本の足で着地しながら、巨人が嬉々とした口調で言った。


「悪いけど、ソウアーにとっ捕まるつもりは無いのよね!」


 それまでダルい面倒くさいと言っていた人間とは思えない程キッパリとした口調で女が返す。

 四つ足の巨人が不思議そうに尋ねる。


「随分と嫌ってるな。何かあったのか?」

「別にそんな強い理由とかは無いわよ。ただ――」


 そこでメイデイが言葉を切り、再び両掌を巨人に向ける。


「安月給でこき使われそうなのが目に見えてて嫌ってだけよ!」


 再びエネルギー弾を飛ばす。巨人は今度は避けようとせずに、胸元で両手を交差させて防御姿勢を取る。


「え?」


 腕に着弾。灰色の煙がもうもうと上がる。


「さすがスキウラーだ。なんともないぜ」


 そして次の瞬間には煙を引き裂くように片手で振り払い、奥から巨人がその無傷な姿を現した。ただ両腕は僅かに塗装が剥げ、黒く焦げていたが。


「その機体、フランツモデルの改造型ね?」

「ああ、当たりだ」


 女の言葉を受けて、巨人が感心したような口ぶりで返す。


「そう言うお前の方は、見たところマリアモデルの改造型って所か?」

「ええ、そうよ。それにしても、よく改造型だってわかったわね」

「ジャケットは泳げない」

「……それもそうだったわね」


 巨人の言葉にメイデイが肩を竦めて返し、そしてすぐさま次弾を放とうとその両手を掲げる。そんなメイデイに対し四つ足の巨人――スキウラーもまた特徴である四本の足を大きく広げて戦闘態勢に入った。


「さて、向こうは武装済み。こっちは素手」


 そしてスピーカーのスイッチを切りつつ、スキウラーのパイロットであるジンジャー・バーリィは淡々と言葉を漏らした。


「そのくせこっちはぶっつけ本番と来た。まったく、シビアにも程がある……」


 圧倒的不利な状況を再確認するかのように言葉を漏らすが、そこに悲嘆や絶望の気配は微塵も無かった。


「まあ、あと数分だ。あと数分で全部片がつく。あの作戦さえ上手くいけば後はどうとでもなるんだからな」





 生け贄ヒツジ作戦、第二段階。

 確保したミヤコ島のミサイルを使い、カゴシマにある支部を攻撃、崩壊させる。それが完了するまでの間、スキウラーはカゴシマ支部の目を自らに引きつける囮役を担う。

 この作戦で言う所の生け贄とは、スキウラーの事を指していたのだ。





 エネルギー弾が三度飛来する。


「まあ、大分シナリオが変わってしまったがな」


 機体慣らしも兼ねてタイワン支部が受領したカスタムジャケット『メイデイ』の放つその攻撃を紙一重で避けつつ、ジンジャーは乾いた笑い声を上げた。


「とりあえず、終わるまで生き残れば良いんだ。やってやるさ」


 そしてそう言った後に操縦桿から右手を離し、スピーカーを再度オンにして鼻の頭を親指の腹で擦り、自信満々に大声で言った。


「さあ、このジンジャー・バーリィが相手だ! 勝てるもんなら勝ってみな!」





 スキウラーの右後ろ足がメイデイの放つエネルギー弾の雨に曝されて粉砕されたのは、それから三十秒後の事である。


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