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第十六話「ビギニング」

人間が火星に移住するよりも前の事である。

 かつて地球に住んでいた者達は利害の相違、または思想の相違から絶えず闘争を繰り返し、地球の大地を破壊していった。そしてその破壊と闘争は日増しにエスカレートしていき、やがては地球のシステムの一部を完全に破壊してしまうまでに至ったのだ。

 だが彼らが破壊したのは地球で自分達人間も含む全ての生命が生きていく事を可能とする『土台』であり、人間によって蹂躙され尽くされた後も地球の環境そのものは死んではいなかったのだ。

 ナノマシンボム投下後に行き場を失った人間が火星へ逃げ、それから今に至るまでの間、その無人の野の上を台風や竜巻は以前と変わらず我が物顔で通過していった。その瞬間まで雲一つ無い快晴の空に突如として現れた『それ』はまるで人間が風呂場で体を洗うかのように大地を洗い出し、そこにある物を根こそぎ吹き飛ばしていく。そしてやるだけやってそれらが帰って行った後、そこには時間が巻き戻ったかのように心地の良い爽やかな風が残っている。

 またある所で雪を深々と静かに降り積もらせていたかと思えば、その次の一瞬には靄のかかった空が一面真っ黒になり、強烈な雷の咆哮と雨のシャワーを白い大地に降り注がせる。雪はたちまち溶けて消え去り、雪の下に堆積する物と共に海へとおしやっていく。だがその雷雨もすぐに終わり、次の日には再び何事も無かったかのように雪が地面を再び白く染め上げる。

 それは旺盛で気まぐれな天候の移り変わり。予測不能な天の声。

 地球の叫び、生命の雄叫びである。

 それら何十年もの永きにわたる気まぐれな天気によって、その大地に降り積もっている砂――かつての文明の残骸――はその六割ほどが海へと流され、未だ地表に堆積している物の厚さは人間の手で十分除去可能なレベルになっていた。





「せいやーよっとーせっ。せいやーよっとーせっ」

「せいやーよっとーせっ。せいやーよっとーせっ」


 ソウアーオキナワ支部より北東二百メートル離れた地点。砂が取り除かれ剥き出しとなった乾き果てた大地の上を、横一列に並んだ耕作部隊員達が同じ文言を一斉に、リズミカルに唱えながら、それに併せて鍬を振り下ろして地面をほぐしていく。

 『せいやー』で鍬を振り下ろし、『よっとー』で鍬の刃を地面に刺したまま後退し、『せっ』で同時に持ち上げる。その動作には一寸たりとも隙が無く、ズレも存在しなかった。一つのパターンを実行する際のテンポも早く、パターンとパターンの間の間隔も短かった。とても休みを取れる長さでは無かった。だが始めてから三時間が経過した現在、脱落者は一人もいなかった。


「せいやーよっとーせっ。せいやーよっとーせっ」

「せいやーよっとーせっ。せいやーよっとーせっ」


 ここに立つのは、いずれも体力自慢の猛者達。オキナワ市部隊員のなかでも特にスタミナと筋力に自信がある者を募って来ていたのだ。彼らに呼びかけずにジャケットを使ってしまえばもっと簡単にすむのだが、地球側の戦力上昇を懸念して二の足を踏み気味な火星政府からジャケットを貰えるなど万に一つもありえなかった。ソウアーのニューヨーク本部にはそれなりの数のジャケットが配備されていると聞くが、ここのような僻地にそれど同数のジャケットの配備を求めるなど不可能な相談であった。


「せいやーよっとーせっ」

「せいやーよっとーせっ」


 故に人力である。そんな完璧に統率の取れた動きの中に、レモン・マクラーレン以下三名は普通に混じって鍬を振り下ろしていた。


「せいやーよっとーせっ」

「せいやーよっとーせっ」


 この時、その三人の中でレモンは楽しんでいる様子が端から見ていても判る程に爽やかな笑顔で作業をしていたのだが、彼女を挟むようにしていたギュンターとヤーボは仕事をこなす傍らで顔をしかめ、どこか釈然としない様子だった。


「せいやーよっとーせっ」

「せいやーよっとーせっ」

「……他の者達は上手くやれているのだろうか」

「ここに飛ばされ、我々だけが状況を把握できないと言うのはそれなりに辛い物があるな」


 彼らは他のカサブランカクルーが戦闘に関連した任務を請け負っている中で自分達は平時通りに開拓作業を続けているこの状況を見て、まるで自分達だけが蚊帳の外に置かれたかのような疎外感を味わっていたのだった。これも大事な任務の一つである事は承知していたし、手を抜くつもりもなかった。それでも他の面々が文字通り命を懸けて事に当たっているというのに、自分達だけが安全な場所でこうして暢気に鍬を振っていると言うのが納得いかなかったのだ。


「王手」

「はあー!? マジでー!? ちょっとやめてよそれマジでさー!」

「悪いが、もう盤面をひっくり返すなどという真似は止めてくれよ」


 この時、使われていない会議室の隅でパイン・ジュールとスバシリが仕事もしないで将棋に没頭していた事は内緒である。

 イナは有給を貰って日光浴をしている事も秘密である。


「まあまあ、愚痴をこぼす気持ちもわかりますがー」


 そんな両隣から聞こえてくる男二人の言葉を聞いて、レモンが窘めるような声色で言った。その表情は笑顔で眩しく光り輝き、額や頬から流れ落ちる汗さえも輝いて見えた。


「今は自分達がやれる事をやっておきましょう。でなければ、彼らが帰ってきた時に我々も合わせる顔がありませんよー?」

「それは……」

「確かに、そうですが……」

「せいやーよっとーせっ」

「せいやーよっとーせっ」


 レモンの正論を受け、ギュンターとヤーボが揃って顔を渋らせる。理解だけしている事をそのまま心に納得させると言うのは非常に難しいのだ。


「若姫さまは、彼らが気がかりではないのですか?」

「もちろん、気にしていますよー? でも我々が彼らを心配して手を止めた所で、何か状況が変わる訳でもありませんよー?」

「……」


 またしても正論を突かれ、二人が完全に沈黙する。レモンはそんな二人の様子を見て心配そうに眉をひそめたが、この間も作業は続いており、三人は話しながらもその手を休める事は無かった。


「せいやーよっとーせっ。せいやーよっとーせっ」


 会話が途切れると同時に、その間も続けられていた単調な合いの手が再び三人の耳に入り込み、その意識を包み込む。それから三人は暫くの間無言で作業に没頭していたが、何百回目かの鍬を振り下ろす動作をこなしたと同時に、不意にレモンが小声で言った。


「そんなに気になるのならー……」

「?」


 ギュンターとヤーボが同時にレモンの方を向く。レモンは玉の汗を流しながら、いたずらっ子のように目を細めた笑みを浮かべて言った。



「今から抜けます?」

「……あー……」

「それは……」


 突如として腹痛を訴えたレモン一行が作業を中止し、早退と称してその場からぬけぬけと退散したのは、それから二分後の事だった。





「……困った……」


 それがカサブランカ共々タイワンに到着したクチメの第一声であった。

 航海自体は滞りなく終わり、タイワン本島にも五体満足で着く事が出来た。マザーシステムの事もバレていないし、自分の存在にも誰も気づいていなかった。そしてここに来るまでの間にカサブランカを占拠した隊員達の会話を盗み聞きした事によって、今停泊している『キールン』と呼ばれる場所にタイワン支部がある事も掴んだ。

 それでも、クチメの心中は穏やかでは無かった。


「衛生兵! 衛生兵早く来てくれ!」

「畜生! あいつら、好き勝手やりやがって!」

「慌てるな! 地の利はこちらにある! 落ち着いて対処せよ!」


 カサブランカかキールンに着港したと同時に、その港湾機能を持ったタイワン支部を突如謎の部隊が襲撃してきたのだ。

 ソウアーでは無かった。それは支部の中からやって来たのだ。


「くそっ、奴ら、先に仕掛けてきやがった!」

「どういうつもりだ! あいつら、自分達の方からルールを破ろうってつもりなのか!」


 青空の会、カゴシマ支部の連中だった。ここに着いた時には既に爆発音と銃声が鳴り響いていた。

 来た当初は何が起きたのかまるで判らなかったが、外部からの情報――タイワン支部の連中が飽きもせずに秒刻みで吐き捨てていく罵詈雑言が主であった――を統合すると、以下の通りである。

 カサブランカ到着と同時にカゴシマ支部の連中がワープ装置を使い、支部の内部に直接侵入。奇襲攻撃を加えてその部屋を制圧すると、そこを拠点にすると同時に装置をフル稼働させて次々と隊員をそこに招聘していった。

 この時タイワン支部の支部長は外でカサブランカの到着を待っていたために運良くこの襲撃から逃れており、そしてカゴシマ支部のやらかした事を聞いて当然ながら激怒。まだ支部内に残っていた人員とカサブランカを占拠していた部隊と合流して逆襲戦を敢行。今に至ると言う訳である。

 それは壮絶な、何とも醜い同士討ちであった。


「……見てられない……」


 クチメはため息を吐いた。理由はどうあれ、同じ組織に属する人間が身内同士で相争う事など愚かにも程があった。

 戦う相手は他にいるだろうに……。


「……とりあえず、無視……」


 自分には助ける義理は欠片も無い。とりあえずは傍観しておこう。クチメはそれをただ記録して、同時にソウアー本部に報告も済ませておこうと考えた。


「……ッ」


 ただし外が滅茶苦茶うるさいので、まずは耳栓をする――外部集音マイクをゼロにする事から始めた。





 扉を開けた直後、ライチとジンジャーはそこに入るんじゃなかったと後悔した。


「くそっ、もうここまで入り込んできたのか! ソウアーめ、小癪な真似を!」


 そこは今まで通った通路よりもずっと天井が高く広大な面積を持ったジャケット整備用のハンガーで、燦々と光を放つ丸型のライトを据え付けた天井からは垂直にクレーンが吊され、周囲には自走式のタラップや資材の入った箱が散乱していた。

 その部屋の中央。彼らの目の前には一機のジャケットがあった。それこそが、彼らにここに踏み込んだ事を後悔させた最大の原因であった。


「だが、こちらもこの機体で奴らに攻撃を仕掛けようと思っていた所だ。この状況は、むしろ好都合とみるべきか」


 異形だった。

 それは全身を黒一色に染め上げられ、彼らの乗るジャケットの二倍程のサイズを持ち、通常のジャケットに共通している流線型のボディラインとは違う、ゴツゴツと角張った無骨な外観を有していた。その顔も滑らかなのっぺらぼうではなく、左右から圧縮されたように前後に伸びた角張った顔の中央には赤く光るモノアイがあった。

 そして、そのジャケットには手足がそれぞれ四つあった。三本目、四本目の腕はそれぞれの人間で言う所の肩胛骨の後ろから生えており、四本の足は前と後ろで大股開きになって接地しており、それぞれのつま先を線で結ぶと正方形になるようにどっしりと構えていた。その足は通常のジャケットの物よりもずっと太く、通常の物を枝と例えるならこちらは丸太であった。逆に肩の後ろから生えた腕は主腕よりもずっと細く、それはもう『腕』ではなく指が五本あるだけの『マニピュレーター』と形容してもおかしくはなかった。


「ライチ、あんな物がある事を知っていたか?」

「知ってる訳ないだろ。あんな化け物、初めて見たよ」


 そう。異形であった。もはやそれはライチ達のよく知るジャケットとはかけ離れた構造をしていたのだ。スキャンを通して人体の『骨』に当たる内部フレームの構造がジャケット『フランツモデル』の物と同一であると言う事が判明していなければ、それをジャケットに分類する事は考えなかっただろう。


「さあ、貴様達の相手は、この『スキウラー』が相手をしてやろう。行くぞ!」


 そしてその謎のジャケット――スキウラーのパイロットらしき粗野な男の声が外部スピーカーを通してその部屋全体に響き渡り、直後に右肩の後ろから映えていたマニピュレーターが握り拳を作ってそれをライチ達目掛けて振り下ろしてきた。

 届くはずがない、と思う事は許されなかった。

 真上から振り下ろされ、拳がこちらの方を向いた瞬間、肘から先が勢いよく伸長したのだ。外殻の中にあったそれよりも一回り小さな腕の構成パーツが飛び出し、それが限界まで伸びきるとその中にあるもう一回り小さな腕のパーツが飛び出していく。それを延々と、ぶつかるまで繰り返す。

 そのギミックはまるで――


「釣り竿!?」

「玩具かよあいつは!」


 ジャケット二機がとっさに左右に回避する。その直後、二機がそれまで立っていた地面を小さな拳が深々と抉り、小型の半球状の窪みを作り出す。


「ていうか、いきなり!?」

「おい! こっちが味方だとは考えなかったのか!?」


 ライチとジンジャーが同時に困惑の声をあげながらスキウラーのメインカメラらしきモノアイを睨みつける。次の瞬間、スキウラーはその鋭角の首を動かしてジンジャーの方を見返しながら、熱のこもった声で返した。


「ふん。いまこの基地に、ジャケットはこのスキウラーしか存在していない。ソウアー支部攻撃の際の援軍として、タイワン支部からジャケットが送られてきたと言う報告も貰っていない。本来、ここにジャケットが存在するはずは無いんだよ」

「ソウアー攻撃?」

「またあのミサイル砲台を使うのか?」

「その通りよ!」


 パイロットが荒々しい語調で叫び、スキウラーが今度は主腕を伸ばして――別に背後の副腕みたいなギミックは装備されていない。言葉の綾というやつである――天井のクレーンをもぎ取る。


「そして俺はそのための露払い! このスキウラーを使って、ミサイルを妨害する物を残らず潰す算段よ!」


 それを棍棒代わりにしてジンジャーの機体に叩きつける。

 紙一重でそれを躱す。すぐ真横で音が爆発して地面がひび割れ、クレーンが金切り声を立てながら『く』の字にひしゃげる。


「馬鹿力め!」

「スキウラーは戦闘に特化したカスタムタイプだ! お前らの使う劣化製品とは訳が違うんだよ!」


 スキウラーのパイロットが得意げに叫び、今度はジンジャーを踏み潰さんと右前足を高々と掲げる。


「死になァ!」

「ち……ッ!」


 受け止める。こっちもフランツモデルだ。

 と言う考えが一瞬頭をよぎったが、すぐにそれを打ち消して後ろに跳ぶ。

 あれは防御していい攻撃では無い。


「ぐうッ!」


 ハイヒールのように鋭利な爪先を持った足がジンジャーのすぐ眼前に振り下ろされ、そこに蜘蛛の巣状にヒビを走らせる。案の定だ。

 すぐさま機体にも衝撃が走り、直撃を貰った訳でも無いのにその機械の体を大きく揺らす。

 歯を食いしばって揺れに耐える。幸いにもその振動はすぐに消えた。そして相手に気後れる訳にはいかないとばかりに、ジンジャーが声を強めてスキウラーに言った。


「カスタムか! どうせそれも例のスポンサー様から貰った物なんだろう!?」

「スポンサーだと!? お前、どっからその情報を……パインの野郎か!」

「別にどこからだっていいだろう!?」


 あからさまに動揺したスキウラーのパイロットの声を聞いて、操縦桿を握るジンジャーはしてやったりと言った風に頬を緩めた。奴らの背後には『誰か』がいる。それの裏が取れただけでも、ここに来た意味が出来たと言う物だ。

 そうジンジャーがニヤリと笑う一方で、ライチはライチで全く違う戦いを始めていた。


「武器! 武器はないの!?」


 スキウラーを倒すための武器の捜索。ジンジャーがスキウラーの目を引きつけている間、ライチは自機のレーダーと各種センサーを展開して探索を開始していたのだ。ただしこれは最初から二人で相談して決めた事では無く、スキウラーがジンジャーに注意を向けている間にライチが自発的に行動した事である。もしこスキウラーがライチの機体に最初に目をつけていたら、今のライチと同じ行動をジンジャーが取っていただろう。

 だが残念な事に、この時彼は自分が外部スピーカーのスイッチをつけっ放しにしていたのを完全に失念していた。


「ああもう、銃とか剣とか置いてないのかよここには!?」

「……お前……」


 その思わず口から漏れてしまったライチの声を拾ったスキウラーが、ゆっくりとライチの方へと向き直る。上方から視線を感じ、その方向へそののっぺらぼうの顔を向ける。


「なにしてんだお前ェ!」


 そして怒号と共に左の副腕を釣り竿のように伸ばし、ライチ目掛けて拳を撃ち込んだ。


「うわ、ひえっ!」


 慌ててライチの機体が飛び退き、そのそれまでいた足下に拳が激突する。アクションが遅れていたら足が千切れていただろう。ライチは生きた心地がしなかった。


「お前らにくれてやる武器なんかねえんだよ! お前らは大人しく、俺にやられてりゃあいいんだ!」


 地面にめり込んでいた左拳を引き抜き、元の長さに戻すと同時に今度は右拳をライチに向けて発射する。ライチはそれを走って避け、背後でコンクリートの砕ける音を耳にしながらスキウラーの巨体を横目で凝視する。

 スキウラーは再び左拳を振り上げていた。


「風穴開けてやるよ!」

「うひいぃッ!」


 それまで走っていた足を止めて踵を返し、回れ右をして反対方向へと走っていく。

 そのライチ機の背後の壁を拳が粉砕する。直撃を貰ってはいなかったが、それでもライチはその度に寿命が縮まるかのような思いを味わっていた。


「ハッハーッ! 逃げてばかりじゃ俺には勝てないぜ? なんなら、素手でかかってきてもいいんだぜッ!? 出来るもんならな!」

「クソ……ッ!」


 勝ち誇ったように嘲笑を浴びせるそのパイロットに、ライチが悔しさをにじませて歯噛みする。あの敵に素手で挑んでも万に一つの勝ち目が無い事くらい、ライチも重々承知していた事だった。

 フランツモデルのフレームはとても頑丈だ。装甲を貼っていない状態でさえ、ジャケットの装備するような大型の銃器に対してそれなりの防御性能を発揮する事が出来るのだ。まあ、ライフルやミサイルを食らえば簡単に崩壊してしまうし、ハンドガンのような小さな物でも何十発も食らい続けていれば遅かれ早かれガタが来る。だが本来はそのフレームの上に更に装甲を貼り付けて運用する。フレーム自体が頑丈なので好きなだけ装甲を貼り付ける事が可能になり、結果として更に防御性能が向上するのだ。

 それを同じジャケットとはいえ素手で制圧するなど、無茶にも程があった。


「まあ、それが出来ない相談だってのはお前達もよく知っている事だろうけどな! ヒャハハハッ! せいぜい頑張って、俺を楽しませてくれよ!」

「くそ、さっきから言いたい放題……!」

「落ち着け!」


 終始馬鹿にした口調で煽り立てるスキウラーに対して青筋を立てていたライチに、ジンジャーが声を張り上げて静止を促した。ハッと我に返ってジンジャーのいた方――スキウラーが邪魔でその機体そのものは見えなかった――に顔を向けるライチに、ジンジャーがいくらか語調を弱めて諭すように続けた。


「いいか、ライチ。勝負において肝心な事が一つある。覚えておけ」

「……え、なに?」


 この時、ライチにはジンジャーの機体も彼女自身の姿も見えなかったが、ライチはこの時ジンジャーが不敵な笑みをこぼしているように思えた。

 そして実際にコクピットの中で小さく笑みを浮かべながら、ジンジャーが思い切り嘲りの念を込めてライチに言った。


「自分で敵を倒そうだなんて思い込むな」

「え?」

「勝負って言うのは、最後に立っていた奴の勝ちなんだ」


 ジンジャーは余裕の態度を崩さなかった。その全く焦りを見せない態度が、スキウラーには面白くなかった。


「お前、なんだよその態度は」

「なんだも何も無い。これが私の普通だ。それとも何か? お前の前では怯えた演技をして見せた方が良いのか? それでお前は満足するというのか、小さい奴め」

「なっ――」


 弱いと思っていた奴に馬鹿にされて、スキウラーのパイロットは額に青筋を浮かべた。この男は元より気が短く、そして他人よりも優位に立っていないと気が済まない質だった。小物である。


「器の小さい奴だな。だからお前はモブなんだよ。一生名前なんかつかない雑魚キャラなんだよ」


 すっかり本調子を取り戻したジンジャーの『攻撃』は、そのスキウラーのモブ兵には効果絶大であった。ライチから視線を逸らして体全体でジンジャーの方を向き、憎しみを前面に押し出してモブ兵が叫ぶ。


「上等だァ! さっきから言いたい放題言いやがって! むかつくんだよお前ェ!」

「だったらどうする?」

「決まってんだろ! まずは気に入らねえお前から血祭りに――」


 そんな狭量なモブ兵の叫びは最後まで続かなかった。

 その叫びを遮るようにして、スキウラーの内部から単調な電子音が聞こえてきたのだ。


「これは……」


 それはライチとジンジャーも聞き覚えのある音。

 通信を呼びかける音であった。





「ミヤコ島より飛び出す熱源を感知。数は一。全長約十一メートル。タイワンに向けて進行中」


 カゴシマ支部がタイワン支部に攻撃を仕掛けたとの情報をクチメから受け取ってから、オキナワ支部のその会議室は作戦司令室へと姿を変えていた。規則的に並んだテーブルの上に各種コンピュータや通信機器を用意し、それぞれ一台に一人ずつ隊員が座り、そしてその一番奥にあるテーブルにハナダが腰を据えていた。

 件の情報は、その両支部の激突の報を聞いてから二十分後の事であった。ハナダは顎を擦りながらその報告を寄越してきた隊員に言った。


「それの詳細は判るか? ライチ達の物か?」

「いえ、違います。このサイズの物は、ジャケットにも輸送機にも当てはまりません」

「エムジーは? なんと言っている?」

「まったく判らない。アンドロイドはあんな物は作っていない。自分も初めて見る機械だと」

「ならばなんだと言うのだ……」


 ハナダは途方に暮れた。タイワンに向かう以上こちらに危害を加えるつもりは無いのだろうが、それでもその物体の正体が判らないと言うのは、不気味な物があった。

 なんとしてもその正体をあぶり出さなければならない。ハナダは固く決心し、その隊員に言った。


「とにかく、あらゆる手段を使ってその物体の正体を掴め。情報はスピードが命だ。頼むぞ」

「了解しました」


 その隊員の力のこもった応答を受けて満足げに頷いた後、そことは反対側を向いてハナダが言った。


「タイワンのクチメから追加の連絡は?」

「ありません。暫くは向こうに留まって、様子を見るつもりなのでしょう」

「そうか。ならばこちらも待つしか無いか……」


 そんな隊員の報告を受けてハナダは顔をしかめた。ただ事の推移を待つしか無いと言うのは、もどかしいにも程があった。


「司令! 大変です!」


 その時、また別の方向から女隊員の声が聞こえてきた。ハナダのみならず、他の隊員までもが振り向く程にその声は危急の色を帯びていた。


「どうした!?」


 ハナダがその隊員の元へと駆け寄る。ハナダが自分の真横についたのを確認した後で、その隊員が手元のキーボードをいじって目の前のディスプレイに画像を表示させる。


「これを」


 それは衛星が映した、オキナワを中心にした周囲一帯を真上から見下ろした地図であった。隊員はその地図の中心よりやや右上を指さした。

 そこには細長い楕円を象った、黒い影が移っていた。


「全長約十一メートル。正体不明。水深五十メートル付近をタイワンに向けて潜行中」

「潜行だと?」

「潜水艦の類ではありません。ソナー音を発していないし、何よりこんな猛スピードは出せない」


 隊員が困惑した表情を浮かべてハナダに言った。胸中に黒い靄のような不安を抱えながら、ハナダが隊員に言った。


「正体不明。十一メートル。まさか」

「まさかとは思いますが……」


 その隊員もハナダと同じ事を考えていたようだ。嫌な汗を額から流しながら、ハナダが隊員に尋ねた。


「その影がどこから出現したのか、判るか?」

「はい。直ちに」


 隊員が逸る気持ちを抑えるように、慎重にキーボードを叩く。結果はすぐに表れた。その影がそれまでに辿った進路が、点線となって視覚化されて表示されたからだ。


「これは……!」


 ただし、その結果はハナダの持つ不安をより一層煽り立てる物だった。その影の出現した最初の地点を見つめながら、震える声で隊員が言った。


「カゴシマからです」


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