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第十五話「ゆっくりと始まる開戦準備」

 強襲部隊の動きは迅速だった。

 警戒の薄い船尾に取り付き、セキュリティシステムに発見されるよりも早く司令室を制圧し、そこの中枢コンピュータを手中に収め、カサブランカの動きを完全に支配下に置く。この工程を全てこなすのに五分と掛からなかったのだ。

 警備に回っていた人員が一人もいなかったからと言うのもあったが、それでも彼らはこの時、まるで船内の構造を全て知り尽くしているかの如き正確さで一度も迷うこと無く司令室を目指していた。おまけに対人戦闘を前提とした重武装を施していた。人がいたところで大して変わりはしなかっただろう。

 そして無人の司令室を占拠した際、彼らはカサブランカ内部に留まっていたメインAIの一つ『クチメ』のコントロールを奪う事にも成功した。さらにそのクチメを通して彼らはより正確な船内の情報を入手し、それによって底部に囚われの身となっていた人間の一団を発見しその詳細を知った彼らは、あるポイントへ向けて自動航行モードを起動させた一方で真っ先にそこへと向かって行ったのだった……。





「……以上が、今のカサブランカの状況……」


 占拠の報を受けてから十分後。現在のカサブランカの状況をそこに留まっていたクチメから壁に嵌め込まれていた通信機を通して聞き終えた時、会議室に集まっていたカサブランカのクルー全員とソウアー沖縄支部の人間達は息を呑んだ。一緒に連れて来られたパインはさして気にしていないようだった。

 だがそんなクチメの情報を聞き終えた時、その場にいたパイン以外のメンバーはその顔にどこか解せない色を見せていた。


「クチメさ、確かそいつらに乗っ取られたんだよね?」


 そんな疑念をライチが真っ先に言葉にして表した。それに対して通信機の向こうから返ってきたクチメの言葉は、いつも通り陰気ながら危機感の感じられない物だった。


「……ええ。確かに彼らは、あの時私のコントロールを奪っていった。だから船もこうして動いている……」

「その割には全然焦ってないって言うか、伸び伸びしてるよね」

「……それも当然。彼らが支配したのは、正確には私が作り上げた『私の』ダミーデータだから。私それ自体は被害を受けていない……」

「なんだ、そう言う事か」


 会議室に安堵の溜息が広がる。そしてライチの後に続くようにしてイナが言った。


「ではクチメ、カサブランカを乗っ取った者達が船の進路をどこに向けたか判りますか?」

「……それも大丈夫。彼らは私の存在には気づいてないから、ネットワークの中は移動し放題なの……」 


 ちょっと待ってて、と言うクチメの言葉を最後に、通信機は沈黙を始めた。だがその沈黙もほんの数秒の事で、じれったく感じる間もないままに通信機から再びクチメの言葉が聞こえてきた。


「……目的地が判った。カサブランカはまっすぐ、タイワンを目指している……」

「では、船を襲ったのは……!」


 ハナダが切迫した声を出す。わざわざ言わなくても判ることだった。


「……この船を奪ったのは、青空の会。それもタイワンの支部の方の者達……」


 が、律儀にもクチメが答えを出す。同時に僅かながらざわめき出す会議室の中で、レモンが変わらず間延びした声でクチメに尋ねた。


「それよりもー、これからあの船をどうやって取り返すかの方が大事だと思われるのですがー。そこはどうするのですかー?」

「それは問題ありません。この件については、クチメに任せても良いでしょう」


 だがそれに対してイナがさらりと返す。周りの視線が集まる中、イナが腕を組んで答えた。


「カサブランカの諸々のシステムは、ミス・レモンの協力によって我々が完全に掌握する事が可能になりました。その支配権は、わたくし達のいずれか一人だけでも手中に収める事が可能であります。そしてクチメ『それ自体』は、まだ敵の手に落ちてはいない」

「じゃあ、その気になったらいつでも取り返せるって事?」

「そう言う事になります」


 エムジーの質問に頷いて答える。会議室の中にあった緊迫した空気が一気に解けていったのが肌を通して感じる事が出来た。


「なら、そっちは別に放置しても問題は無いと言う事か」

「ええ。このままこちらから手を出さずにカサブランカをタイワンまで向かわせ、そのままクチメに情報収集をさせるのが一番の手でしょう」


 ジンジャーの言葉に応じてイナが最善策を提示し、そのままハナダの方に向き直る。


「ハナダ司令。そのようなプランで進めて宜しいでしょうか?」

「私はあの船に関しては門外漢だ。君達に全て任せるよ」


 ハナダが苦笑しながら返す。「ありがとうございます」と言った後、今度はカサブランカの乗員達の方を向いた。


「いや、私らはコンピュータ関係には強くないから、どうしようもないよ」


 ねえ? とジンジャーが他の面々を見やる。全員が必死に首を縦に振ったのを見て一つ頷いてから、イナが通信機の方を向いて言った。


「ではクチメ、そのような方向でお願いしてよろしいですか?」

「……問題ないわ。必要な事は私が全部やっておくから、私が報告するまで姉様達はそこで畑仕事を続けておいて……」

「と、言う事です」


 イナの言葉にハナダが大きく頷き、そしてその場にいた全員を見渡しながら言った。


「聞いての通り、今回の件は全て彼女に――クチメに一任する事とする。向こうから追って連絡があるまで、通常業務に戻るように」


 ハナダの言葉にそこにいたソウアーの隊員が溌剌とした声で応答する。その後ハナダはライチ達の方を向いて言った。


「君達もこれまで通り、開墾作業の協力に戻ってくれ。パイン・ジュールはこちらの独居房に入ってもらう。それとクアンタの散布実験に向かった三名には別命を下すので、ここに残るように」


 厳として命を飛ばすそのハナダの姿を前に、カサブランカの乗員達も思わず背筋を伸ばす。


「では、解散!」


 ハナダが号令を下す。それを合図にして、彼らはいつも通りの『日常』へと戻っていったのだった。





 カサブランカのコンピュータネットワークは、司令室にあるマザーシステムを中枢に据え、そこから樹が根を張るかのようにカサブランカ全体に伝播していた。そしてレモンによるハッキングによって、今では全ての監視システムや部屋のドアロック機能、舵やエンジンに至るまで、その全てをマザーシステムを通して動かす事が出来るのだ。


要は司令室のマザーシステムにアクセスさえ出来れば、人間を遣わすようなアナログな方法に拠らずともこの船の全てを掌握する事が出来るのである。


「……さて、まずはどうしよう……」


 そんなカサブランカ全体に張り巡らされたコンピュータネットワークの中枢――マザーシステム内部に息を潜めながら、義体を捨てAIへと戻ったクチメの情報集合体がそう言った。この時、彼女は初めてライチ達に姿を見せた時と同じように『人の姿』で且つ『寝間着姿』だったが、これにはちゃんとした理由があった。

 中枢システムはまさに情報の海である。その中で激しく渦巻く情報の奔流に呑まれ『自我』を失わずにAIとしての確固たる存在を保つには、『それ』を『それ』たらしめる『明確な形』が必要なのだ。そして『クチメ』と言う『自我』を保つために、彼女は『寝間着姿の少女』と言う『明確な形』を防護壁として周囲の情報と自分自身が溶けて混ざり合わないようにしていたのだ。

 そんな彼女の眼前には既に、カサブランカに配置された全ての監視カメラの映す映像が展開されていた。暇つぶしがてらリアルタイムで更新されるそれらを見ながら、クチメは次に自分が取るべきアクションを模索した。


「……その気になれば、この船を取り返す事は造作も無い。連中を締め出す方法はいくらでもある……」


 何百万通りにも及ぶ撃退方法を一秒で考察し、それを想起した端から監視カメラの映像群の前に文字データとしてリストアップし、次の一秒でそれらを全て消去する。


「……面白くない……」


 潰すだけなら簡単だ。向こうは航行システムだけを搭載したダミーデータだけで満足しているようで、クチメ本体とマザーシステムの存在、そしてその使用方法に関してはまるで気づいていなかった。どうやらそれ以外は全て人力で使用すると思い込んでいるらしく、そんな連中を潰す事など赤子の手をひねるような物なのだ。

 どうせならこの状況を目一杯利用してやろう。それが占拠直後にクチメの出した結論であり、イナに指示された事でもあった。


「……とりあえずは、このまま大人しくしてタイワンまで向かう。そこで貰えるだけ情報を貰う……」


 そして頃合いを見計らって船のコントロールを奪って退散する。その際に、ついでとして敵の本拠地を叩いても良いかもしれない。カサブランカは対ジャケットを想定して建造された最新鋭の戦艦であり、人間の手持ち武器ではまず傷はつかない作りをしているのだ。


「……とにかく、まずはタイワンに行かないと意味が無い。このままじっと……」


 そう考えてクチメが言いかけた時、監視カメラの一つから突如として激しい音が聞こえてきた。クチメがその音を発したモニターに目をやる。

 カサブランカ底部。シンジュクで捕えた青空の会の連中が拘留されていた処であり、この船を占拠した連中がまっさきに向かって行った場所だ。

 何事かと不審に思い、クチメがそのモニターを注視する。シンジュクの連中が入っていた房は既にもぬけの殻で、件の騒音はそことは別の房から発生していた。


「……あそこは……」


 クチメがそう言葉として出し切る前に、それに対しての回答が既に彼女の頭の中で弾き出されていた。

 あそこはクルー全員でバカンスをしていた時に銃を持って脅してきた少年が収監されていた房だ。


「……何をしているの……?」


 クチメは現状確認と軽い好奇心から、件の房内の隅に設置されていたカメラからの映像を映したモニターを自分の一番前に据えた。ついでに集音装置の感度も上げ、そこで何が起きているのかを自身の目と耳で捉えようと試みた。





「貴様どう言う事だ! カゴシマから攻撃の通知はこちらに来てはいないと言うのに、なぜ協定を破るような真似をした!」


 房内に野太い男の声が響く。この時モニターにはその声を発した男と彼と同じ格好をした五人の男――モニター内の映像にX線照射をかけた結果判明した事である――が、一人の少年を取り囲むように半円状に並んでいた。その全員が黒い防弾スーツにフルフェイスマスクと言う強烈なビジュアルを持っており、その腰には拳銃がこれ見よがしにぶら下がっていた。


「貴様の顔はこちらの持っているカゴシマ支部の隊員リストに入っている! 無断で攻撃行動を取るとは、いったい何を考えているんだ!」


 だがその声や周りからの威圧に怯む様子も見せずに、少年が声を発した男を睨みつけながら強気に返した。


「黙れタイワン連中め! 俺のした事はカゴシマの皆とは関係ない! 俺がただ個人的に動いただけだ!」

「うるさい! 個人がどうこう以前に、貴様はカゴシマの支部の一員なのだ! 貴様のした事は、立派な規約違反なのだ!」


 そんな少年の応答に、男が額に青筋を浮かべて叫び返す。その応酬に割り込むようにして、それまで叫んでいた男の隣に立っていた別の男が、彼と同様に怒りきった顔でその男に言った。


「隊長! もう我慢なりません! カゴシマの連中はやっぱり嘘つきの集まりだ!」


 その男の声は、『隊長』と呼ばれたそれまで叫んでいた男よりもずっと若い響きがあった。そしてその若い声の男は、追撃の手を緩める事なくそのまま『隊長』に向けて持論を展開した。


「ここまで来たら、もう協定も何もありません! 制裁の意味も込めて、こちらの戦力を以て奴らを叩きのめすべきです! 先に破ってきたのはあいつらの方だ、躊躇う必要はない!」


 若い男がそう言い切ると同時に、周囲からも「そうだ、そうだ!」と同意の声が上がり始める。いずれも若い男の声だった。


「こちらにはジャケット四機と、そして何より、この船がある! これらを総動員すれば、あの生意気なサツマ連中を一網打尽に出来ます!」

「今すぐにでもタイワン支部の方にその旨を打診して、許可を取りましょう! 決戦の時です!」

「隊長!」


 そう口々に叫ぶ若い男達の目は血走り、脈拍と心拍数が急速に上昇し、その興奮を抑えきれないかのように肩が小刻みに上下していた。端から見ても冷静さを欠いているのがはっきりと判った。有り余るほどの敵愾心と闘争心の炎が、理性の糸を完全に焼き切っていたのだ。


「おい! やめろ! カゴシマの連中は関係ないって言ってるだろう! やめろって言ってんだよ!」


 もはや少年の言葉すら届いてはいなかった。『隊長』はたた腕を組み、周りの若い男達からの声に黙って聞き入るだけであったが、やがて顔を上げて決心したように言った。


「今回のこれは、明らかな違反行為である。よって私はこの事を重く受け止めると共に、この行為に対する判断を上層部に仰ごうと思う」

「では、隊長」

「ああ」


 『隊長』が取り巻きの一人の肩を軽く叩く。その肩を叩かれた男は得心した顔で頷き、艦上部に続くタラップを駆け足で上がっていった。


「今回の件はここで一旦切り上げとする。各員は所定の位置に戻り、あらゆる事態を想定して動け。マニュアルにもしっかりと目を通しておくように」

「サー! イエッサー!」

「では解散! 駆け足!」


 『隊長』のハキハキとした声に応じ、その若い男達が一列に並んで房から出てタラップを駆け上がる。そしてその場に『隊長』と少年の二人だけとなった時、その少年をまっすぐに見つめながら『隊長』が苦々しい声色で言った。


「まったく厄介な事をしてくれたな」


 そして口を開きかけた少年に応じる事なく、足早にタラップを駆け上がって行った。





「……向こうも複雑なのね……」


 少年一人だけとなり再び静けさを取り戻した房内のモニターを後方にあるその他大勢のモニター群の中に戻しながら、クチメが疲れたように言葉を漏らした。そして自身の右側面の何もない空間に向けて右掌をかざし、そのまま自分の右斜め前方に弧を描くように右手を動かしてその手の甲を自分の目の前に持って行く。

 その動作を終える頃、クチメの右掌には一つの平面状のモニターがそこにくっつくようにして存在していた。そしてモニターを眼前で固定し右手を離した時、そこにはメルカトル図法で書かれた世界地図と、その真ん中より下の辺りを斜め下に向けて走る赤い線があった。

 カサブランカの現在の進行状況を記した物である。


「……航海は順調。まっすぐタイワンへ向けて航行中……」


 その地図の赤い線を眺めながら、面白くも何ともないようにクチメが呟く。


「……あと十五分でタイワンに到着。あと十五分で……」


 まったく、すぐにでも取り返せると言うのに敢えてそれをせず、自分達の船を乗っ取られたままいいように放置しておくと言うのは、本当に面白くなかった。





「まあ、面白くはないとは思うがな!」


 同時刻。ミヤコ島地下。

 青空の会タイワン支部が密かに開発した施設内部の、地上出入り口からほぼ水平に五百メートル離れた地点。


「自分たちが管理してきた船が敵に奪われたまま、何もしないで放置しろって言われたんだ。本当はすぐにでも取り返したいって思うのに、これじゃ面白くないって考えるのが普通だ!」


 そこのジャケットが普通に行き来できるサイズを持った連絡通路のT字路の角にジャケットに乗った状態で身を潜めていたジンジャーは、右側の曲がり角の向こうからひっきりなしに飛んでくる銃声――固定式のガトリング銃座から放たれる爆音だった。当然ながらジャケットに対しては無力である――に負けないように反対側の角の陰に隠れていたジャケット――の中に乗っていたライチに向けて声を荒げた。


「いきなりどうしたんだよ、こんな時に!?」


 ライチも負けじと叫び返すが、その声は向こうから飛んできたロケット弾が二人の間にあった突き当たりの壁にぶつかった際の爆音と衝撃で殆ど聞き取れなかった。普通の弾頭ならこうはならない。

 恐らくは対ジャケット用に開発された、特殊な爆薬を詰め込んだ改良型の弾頭なのだろう。直撃を貰っても大丈夫だとは思うが、ここに来るまでに実際に食らった事は一度も無いので威力の程は未知数だった。たかが人間と力任せに突破できずにいたのはこれが原因でもあったのだが、大切なのはその事ではなかった。

今肝心なのは、そのロケット弾が何かに命中した時に発生する爆音と衝撃が途轍もない物だと言う事だった。


「ええい、くそ! 面倒くさいったらない!」


 案の定、ジンジャーはそのライチの言葉を聞きそびれていた。だが彼女はその憤りを、曲がり角の向こうで土嚢を築いて作ったバリケードの陰に潜む武装した人間達に向けた。


「あいつら、いつまで抵抗する気だ!? ジャケットも無いって言うのにさっきからしつこいったらない!」

「上司に脅されてるんじゃないかな!? 守り切れなかったら死刑だとか何とか言われてさ!」

「もしくは、単純にこっちが憎いからって言うのもあるだろうな!」


 突き当たりの壁に当たった二発目のロケット弾が放つ衝撃と爆音に負けないようにジンジャーが声を張り上げるが、徒労に終わった。再びガトリングが火を噴き、無駄と判っていながら弾幕を張る。この隙に突破すればいいという考えは持たなかった。石橋を叩いて渡る思考を持つ二人は、吶喊の最中に件のロケット弾を食らって身動きが取れなくなると言う最悪の事態には遭遇したくなかったからだ。


「まったく、最初はこんな面倒な事になるとは思わなかったんだがな!」

「それはもう認識が甘いとしか言いようがないって! 敵の施設に殴り込み掛けるんだから、これくらいは覚悟しとかないと!」


 三発、四発と次々ロケット弾が撃ち込まれ、彼らの視覚と聴覚をこれでもかと言わんばかりに妨害する。その中でライチはジンジャーの迂闊さを糾弾したのだった。





 ミヤコ島の地下にあると思われる青空の会タイワン支部が建築した秘密施設を破壊せよ。それが地球耕作部隊ソウアー沖縄支部司令ハナダからライチとジンジャー、そしてエムジーに与えられた仕事だった。

 この任務を遂行するに当たって、ハナダは「必要な物があれば可能な限り用意しよう」と申し出た。彼らがソウアーに要求したのはジャケットを運んで飛ぶための輸送機――かつて三人が『クアンタ』散布実験の際に使用した物だ――とジャケットに使用される電池四本だった。ジャケットはカサブランカに搭載され、それまでライチとジンジャーが使用していた物を引き続き使う事にしたのだ。

 オキナワ支部が保有していた物を使えばいいとハナダが提案したが、ドックにある実物を見て二人はその優しさを突っぱねる事にした。

 そこにあったジャケットは全部で四機。全てマリアモデル――痩せ型の巨人だったのだ。

 ライチとジンジャーは揃って嫌な顔をした。エムジーにそれは理解できなかった。


「それと何か、ジャケットが使える武器とかは無いのか?」


 そしてその後のジンジャーの問いに対して、ハナダは首を横に振った。


「火星人達は、地球に降りた連中に過剰な武装を施されるのが気にくわないのさ」


 本当はもっと万全を期したい所だったのだが、ハナダの言葉の前に三人は沈黙するしか無かった。

 結局アワジモデルとフランツモデル、二機のジャケットは素手でミヤコ島にある地下施設に向かう羽目になり、そして今に至ると言う訳である。





「こんな事なら、何か盾になる物でも持ってくれば良かったな!」

「そんな事今更言っても遅いって!」


 ロケット弾の発射感覚が狭まってきた。それに応じて曲がり角の向こうから人間の足音が増えてきていた。

 増援を呼んだか。外部集音センサーだけでなくレーダーが伝えてくるそれらの情報を前に、ジンジャーは内心舌打ちした。


「まずい。あいつら増援を呼んできた」


 そしてその事はどうやらライチの方でも感知しているようだった。焦ったようなその声を聞きながら、ジンジャーは一つの決心を決めた。


「ライチ、このままじゃ埒が明かない。私が先頭に立って突撃する。お前は後に続け」

「……やっぱりそうなるのね」


 重装甲のフランツモデルで敵弾を防ぎながらバリケードを突破し、アワジモデルがその後に続く。ただのゴリ押しである。

 ライチ自身この状況を何とかしたいとは思っていたが、それにしても、力押しに頼らないまともな方法は無かったのかと思わずにはいられなかった。


「このままここで燻る訳にもいかないだろう。さっさと行くぞ」

「あのロケットはどうするの?」

「運を天に任せる」

「ここにイナがいなくて良かったよ」


 オキナワ支部にいたイナの事を思い出しながらライチが独りごちる。この時イナはオキナワ支部にあるコンピュータとパイン・ジュールを借りて、カゴシマ支部の居場所を特定しようとしていた。彼女がくしゃみをしたかどうかは二人には判らなかった。


「あいつはゼロか百かの計算しかしないから、つまらん。時には博打を打ってこそ人生ってものだろう?」

「こっちに同意を求めないでよ!」


 ジンジャーの言葉にライチがさも迷惑そうに返すが、この時互いのジャケットはその流線型の頭部を向け合い、そしてライチはジンジャー機が自分に向けて見せていた左手の指に注目した。瞬間、ライチは大いに焦った。


「ちょ、待ってよ! こっちはまだ」

「心の準備なら今の内に済ませておけ」


 最初は指が三本――人差し指、中指、薬指――立っていた。そこからカウントダウンを始める。

 ガトリング砲台の放つ弾幕を前に置きながら、まずは薬指が折り畳まれ、中指がそれに続く。


「行くぞ!」


 人差し指を畳む代わりにそう強く叫び、ジンジャーが敵弾の飛び交う中へと突っ込んでいく。そしてそれから一拍おいて、ライチもまたその後に続く。

 そしてその通路を見てライチが思わず叫ぶ。


「長ッ!」

「だからどうした!」


 初めてまともに見る曲がり角の向こうの通路は、直線ながらとても長かった。ジャケットの歩幅を持ってしても、その距離は百歩程度で簡単に辿り着ける物では無いと言うのが見ただけで判った。それほどにクソ長かったのだ。


「ライチ! 前の突き当たりに扉がある! あそこを目指そう!」


 そして通路を走り出そうと躍り出たその時、ジンジャーは自分達の正面奥にあったその鋼鉄製の大扉――ジャケットさえ入れるほどに大きな門扉を目的地として想定していた。


「とりあえずあそこまで走るぞ! ええいくそ、鬱陶しい!」


 ガトリング銃座や個人兵装の銃火器による蚊の刺すような攻撃を一切無視しながらジンジャーが吠えた。


「ついて来い! 行くぞ!」

「了解!」


 そしてライチがそれに答え、ジンジャーに負けじとスピードを上げる。こうして目的の出来た二機はさらにスピードを増して前進し、足下の『障害物共』を蹴散らしながら遙か遠方にある目的地向けて走り出したのだ。


「どけどけどけぇ! 轢き殺されたくなかったらそこをどけぇ!」


 なお、件のロケットは爆薬の量を増やしただけであって、彼ら二機の外装に全くダメージを与える事が出来ずにいた。ただそれは自機にぶつかるたびに忌々しい爆音をゼロ距離で轟かせ、最終的に集音センサーの感度をゼロギリギリまで下げなければならなかったので、鬱陶しい事この上なかった。


「ああもう、うるさいんだよあれ! なんなんだよあれ!」

「こんな事なら耳栓でも持ってくれば――また来る!」

「勘弁してよう!」


 そうして二人は騒音被害を前にぎゃあぎゃあ騒ぎながら、足下の敵を蹴散らしつつ進むのであった。





 カサブランカ底部のある房の一つ。

 見えない何か――クチメが中枢システムを使ってちょっと動かしただけである――によってしっかりと鉄格子が閉じられ鍵が掛けられた空間の中で、少年は一人膝を抱いてうずくまっていた。

 と、その時、少年は抱いていた手を解いてズボンのポケットの中に手を突っ込んて中をまさぐった。

 数秒もしないうちにポケットから手を引っこ抜く。その手には四角い形をした、小型の通信機が握られていた。


「……」


 用心深くそれを持った手を口元に当て、外に漏れ聞こえないように小声で話し始めた。


「こちらマツバ。こちらマツバ。応答されたし。こちらマツバ」


 暫くの沈黙の後、少年は再び口を開いた。その声は震え、足早なその口調からは焦燥の気持ちがありありと伝わってきた。


「タイワンの連中がカゴシマに宣戦布告をしようとしている。注意されたし。注意されたし」


 そしてそれだけ言って少年は手を口から離し、また何事も無かったかのように膝を抱いてうずくまり始めたのだった。

 タイワン支部到着五分前の事であった。



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