第十四話「暴露大会と横殴り」
「目標に接近。距離五百」
「目標に反応は?」
「ありません。距離四百」
後方に白い水飛沫を尻尾のように描きながら、青く澄み切った海の上を四隻のモーター内蔵型ゴムボートが疾駆していく。そのボートには一隻につき四人が搭乗しており、全員が黒の防弾スーツと黒のフルフェイスマスクをつけていた。
腰にはハンドガンと手榴弾、肩からサブマシンガンを係留したコードを斜めに掛けていた。
「いいか。我々の目的はターゲットの奪取だ」
先頭を走るボートに乗った一人の男が、箱型のトランシーバーを口元に近づけて話し始めた。
「行動は迅速に行え。見つけた人間は全て撃ち殺せ。容赦はするな。地図は頭に入っているな?」
「イエッサー」
男の背後から、そしてそのトランシーバーの向こうから、力強い声が一斉に響く。その時、その男と同じボートに乗っていた別の男が叫んだ。
「距離二百、もうすぐです」
「よし――準備始めろ!」
トランシーバーを持った男が叫ぶ。全員が一斉にサブマシンガンを構えて弾倉を確認し、安全装置を外す。
手に握られた銃。これから行われる奇襲作戦。それら全てが相まって、否が応にも血が滾らせる。その興奮と緊張と高揚で、彼らの体は真っ赤に熱くなっていた。
「いいか。これはスピードが全てだ。一分一秒の遅れも許さんぞ」
「イエッサー!」
「敵に気取られる前にカタをつける。そのつもりで行け! いいな!」
「イエッサー!」
「距離百五十!」
男がトランシーバーを海に投げ捨て、サブマシンガンを片手に持って高々と掲げる。
「行くぞ! 俺達の底力、奴らに見せるのだ!」
「地球人の意地を! 地球人の意地を!」
地声で絶叫した男に合わせて、他の人間達も同じように銃を構えて叫ぶ。水飛沫を立てる音に負けないように喚き散らす。
距離計測係が叫ぶ。
「コンタクト!」
「行くぞォ!」
取り憑かれたように叫ぶ。
十字軍のように一切の恐れを捨て、目の前の目標に向けて奇襲攻撃を開始する。
「俺達の意地を! 地球人の意地を!」
地球人の意地を!
「さて、どこから話したらいいものか……」
尋問のために連れてこられた食堂で、パインは黄緑色の太く長い黄緑色の棒を片手で弄びながら思案した。
「まあとりあえず、まずはお前の名前と所属から聞いていく所だろうな。わかってるとは思うが、お前に黙秘権はないぞ」
そんなパインと白い長テーブルを挟んで向かい合うようにして座り、彼女にそう助け舟を出したハナダもまた、彼女の持っているのと同じ黄緑色の棒を片手に持っていた。否、その食堂にいたイナを除く全員が、その黄緑色の棒を一本ずつ手にしていたのだ。その内のライチとジンジャーは、入るなりいきなり手渡された『それ』を一体何に使うのかわからずに、ただ困惑するままに持て余していた。
「これはサトウキビですね」
「サトウキビ?」
そしてこちらでは、そんな二人に対してイナが助け舟を出していた。
「植物の一種です。皮を剥いで出てきた白い中身を齧る事で、その白身の放つとても甘い味わいを楽しむ事が出来るのです」
「どれくらい甘いの?」
「それはもう、淡白すぎず、しつこすぎず。その甘味たるや、まさに大自然が生み出した奇跡のバランスと言っても過言ではないでしょう」
「お、おおう。そんなに凄いのか……」
最終的には熱弁を振るうイナに二人が目に見えて圧倒されていた。エムジーはそんな二人の様子を見て苦笑していた。
その四人のやり取りを背景にしてパインが言った。
「まあ、そこから始めるのが無難か。では改めて名乗るとしよう」
椅子に座り直し、背筋を伸ばしてパインが言った。
「私はパイン・ジュール。かつて青空の会タイワン支部に所属していた者だ」
「タイワン……」
棒を弄る手を止め、ハナダが顎に手を添えながら顔をしかめる。
「……タイワンって?」
「オキナワの西南西にある島の事だ。そうか、そこに根を張っていたのか……」
「調べなかったのか?」
「調べる余裕が無かった。言い訳に聞こえるかもしれんが、ソウアーはとにかく人が少ないんだ。火星の連中が出し渋りをしているからな」
ジンジャーの質問に苦い顔で返した後、ハナダがさも悔しそうな表情を浮かべて歯噛みする。その姿を無感動に見つめながらパインが続けた。
「私はそこの実行部隊の一人として、オキナワに攻撃するために訓練を受けてきた。潜入、破壊、暗殺。ありとあらゆる『地球上の歴史において』の最新戦闘術を叩き込まれた」
「あれ? ここに呼んだのまずかったんじゃ」
「もう手遅れだ」
エムジーの問いに悟りきった声でジンジャーが返す。気を撮り直したハナダがそれまで持っていた棒をテーブルの上に起き、パインをじっと見つめながら言った。
「タイワンの連中は、何を目的としてここに攻撃をかける気でいたんだ?」
「お前のことだ。わざわざ言わなくても当に察しているだろう?」
「私はお前の口から『それ』を聞きたいんだ。そうする事に意味がある」
ハナダが熱のこもった目でパインを見る。彼の後ろにいた四人もそれにつられてパインを見やる。
「……はあ」
観念したように溜め息を一つ吐き、パインが答える。
「クアンタだ」
「クアンタ……あの実験に使ってたナノマシン?」
「そうだ。火星で考案され地球で開発された、対象物を量子分解する能力を持った新型ナノマシン。それを手に入れるためだ」
「何のためにそれを使う気なんだ?」
そう尋ねたジンジャーに目を向けてからパインが言った。
「決まっている。取引のためだ」
「取引? 誰と?」
「スポンサーとだ」
その言葉にハナダが強く反応した。テーブルを両拳で叩いて身を乗り出しパインに詰め寄る。
「なんだと!? お前達のバックにそんな連中がいると言うのか!?」
「そうだが。把握していなかったのか?」
パインが意外そうに返した言葉に、今度はハナダに後ろ三人の視線が突き刺さる。やがて苦しい口調でハナダが言った。
「……いや、やはりそう考えるべきが自然か。あの連中の物資は、とても地下からだけでは賄いきれん。アレらを開発するだけの十分な資源も残されてはいない。地上は論外だ。となるとやはり……」
「お前はあいつの言葉を全て真に受けるつもりなのか?」
そのジンジャーの言葉に、ハナダが前を向いたまま頷いて答える。
「――ああ。と言うより、そうしなければ辻褄の合わない事が実際にいくつもある。だが今まではそれを示す決定的な証拠が無かった。だからそれを言い訳にして、それまでは『まさか』と軽い気持ちで片付けていたが……ここまで来たら、もうそうも言ってられん」
「その組織の人間がそう言っている以上、信憑性は高いと?」
イナの言葉にハナダが頷く。ライチ達も彼女が青空の会の人間だという事について疑いを持つ事は無かった。シンジュクの事をどうしてオキナワ以遠にいた他人が知る事が出来ただろうか?
「タイワンに支部がある。クアンタを狙っている。スポンサーがいる。これだけでもかなりの収穫だな」
「いえ。まだ一つ、気になっている事があります」
そうジンジャーに返してからイナがパインの方を向いて言った。
「あなたは確か、ここに来る前に何者かに追われていたのでしたね?」
「ああ」
「それは青空の会の者達なのですね?」
「ああ。同じタイワンの支部の連中だ」
臆する事なくパインが淡々と答えていく。イナが再び質問をした。
「なぜ、あなたは同じ支部の人間から追われていたのですか?」
「まるで誘導尋問だな」
「答えてください」
無駄口を許さないイナの姿勢にパインが顔をしかめる。だが己の立ち位置を把握したのか、すぐに観念してそれに答えた。
「……私が無断で辞めたからだ」
「辞めた?」
「青空の会だ。もうあそこではやってられなくなった」
「嫌気が差したって事?」
ライチの質問に無言で頷く。エムジーが言った。
「暴力でも受けたって言うの?」
「違う。もっとどうしようもない理由だ」
「?」
そのパインの言葉に全員が首をひねる。顔を僅かに上げて天井に目を向け――その視線を遥か遠くの水平線の彼方に飛ばしながらパインが続けた。
「カゴシマ」
「カゴシマ? キュウシュウの最南端の?」
「ああ」
何事も無いかのようにパインが爆弾を投下した。
「そこに青空の会の支部がある」
「な……ッ!」
ハナダとイナとエムジーが同時に息を呑む。ライチとジンジャーも同じように驚いたが、いまいち状況を把握しきれずにいた。
「つまり、どういうこと?」
「オキナワは――そこのソウアー支部は、敵に挟み撃ちにされていたって事よ」
「ええ!?」
「おいおい」
ライチが素で驚き、ジンジャーが呆れた声を出す。
「そんな事も知らなかったのか?」
「だから言っただろう。人手がまるで足りなかったんだ。増援をよこせと火星には何度も打診した。だが向こうはそれを全部無視したんだ!」
「火星の上層部は基本的にゴーマンだからね」
ハナダの苦渋の告白を聞いたライチがカリンの弟を脳裏に描きながら呟いた。
「だが、二つの支部に挟み撃ちにされているなら、オキナワはかなりヤバかったんじゃないか?」
そこでジンジャーが疑問に思った事を口走る。パイン以外の全員が同意するように頷き、顎をさすりながらハナダが言った。
「それは確かにそうだ……。だがこれまでのこちらへの攻撃はどれも散発的で、どれも合同で攻撃を仕掛けてきたとは思えんのだが……」
「一方が囮になって敵の目をひきつけて、無防備になった側をもう一方が叩く。て言う事もできるしね」
ライチの言葉だ。ハナダがはっとした表情を浮かべて言った。
「そうだ。そう言った連携プレイを、こちらはまだ一回も受けていない。どれもこれも一方向からの攻撃ばかりで、もう片方から攻められると言う事は無かった」
「それはお互いの足並みが揃ってなかったからだよ」
そのパインの言葉に全員の意識が集中する。エムジーが尋ねる。
「どう言う事? 足並みが揃ってなかったって」
「言葉通りの意味だよ。タイワンとカゴシマの間には意思疎通が無かったんだ」
「それはやはり、オキナワの支部から妨害電波が飛ばされているからか?」
「バラしていいのか?」
「今更何を。もうそっちも既に気づいているんだろ?」
機密を漏らしたハナダを嘲るように言ったパインに、彼がドヤ顔で返す。
「いや、初耳だ」
だが次にパインの放った言葉が、ハナダの顔を凍らせた。
「うわあ……」
「口は災いの元とは良く言いますね」
「やっちゃったわね」
ライチとイナとエムジーが揃って憐憫の情の篭った眼差しを向ける。ジンジャーは体を震わせたまま何も言わなかった。
「まあ、バラしたのが私で良かったな。他のやつだったらアウトだったろうがな」
カラカラ笑いながら言ったパインを前に、硬直の解けたハナダは何回か嫌に大きな咳払いをした。そしてそれぞれの頬を両手で叩いた後、顔を引き締めいつも通りの形にしてハナダが言った。
「ま、まあいい。それはそれ、これはこれだ。この責任についての話はもうおしまい」
「お前それでいいのか?」
「司令官には大胆さも要求される物なのだ」
呆れ切った口調で言って来たジンジャーにそう返し、再び咳払いをしてハナダがパインに言った。
「向こうに戻る気は無いと言うのか?」
「当然だ。戻ったら殺される」
ハナダの言葉にそう返した後、「それに、通信とかはもうそんなに問題じゃないんだ」と静かな口調で言葉を続けた。
「なんだと? 通信の不調が問題じゃないって言うのか?」
そう訝しむハナダと他の面々に向け、パインが二発目の爆弾を投下した。
「ああ。何せタイワンとカゴシマには、お互いを繋げるワープ装置が一基ずつ置かれているからな」
「はあ!?」
その時彼らに電撃が走る。してやったりの顔でパインが言った。
「まだ地球に人がいた時代。その悠久の昔に開発された太古の遺物。ロストテクノロジーと言う奴だ。知らなかっただろう?」
「知りようがない」
吐き捨てるようなハナダの言葉にパインが鼻を鳴らす。
「だろうな。だから連絡は取ろうと思えばいつでも取れたんだ。だがそれを使って共同作戦を行おうとはしなかった」
「なぜ?」
「それはだな」
そこでいったん押し黙る。そして黙って事の成行きを見つめる目の前の者達に向けて、パインが三発目の爆弾を投下した。
「カゴシマとタイワンはそれぞれ仲が悪かった」
「……え?」
「カゴシマとタイワン、二つの支部同士で喧嘩をしていたんだ。特に上層部の仲が最悪だった。仲が悪くなった理由は判らないが、とにかく喧嘩をしていたんだ」
「……マジか」
「ああ。大マジだ」
食堂の空気が変わった。それは呆れの空気だった。
「青空の会って、一枚岩じゃなかったんだ」
「まあ、シンジュクの連中がもうチンピラと言うか、ただの寄せ集めそのものだったからな。仲違いの姿は容易に想像は出来るが」
ライチとジンジャーが言い合い、エムジーが黙って頷く。イナとハナダはどうしようもないと言いたいかのように顔を渋らせていた。その反応を予め予想していたかのように眉一つ動かさずにパインが言った。
「そしてその二つの支部は、ある勝負をする事になった」
「勝負?」
そこで思いっきり顔をしかめ、パインが吐き捨てるように言った。
「どちらが先にクアンタを奪取して、スポンサーに献上するか」
「――」
全員が沈黙した。もはや呆れて物も言えなかった。パイン一人が淡々と口を開く。
「ミヤコ島の砲台兼前線基地はタイワンが、オキナワ本島付近の島々の砲台はカゴシマの支部がそれぞれ開発した。そして互いに、タイミングを合わせようとかはまったく考えなかった。なにせ敵同士なのだからな」
「敵って、身内じゃん」
「だが敵だ。今は敵なんだ」
「それは組織としては一番あってはならない事だぞ」
「いや、あれはもう組織じゃなくてチンピラだから」
組織のトップとして苦言を呈したハナダだったが、ジンジャーの反論の前に完全に沈黙する。それをよそにエムジーがシンジュクを思い出して言った。
「そういえば、ロクに命令とか指示とか飛んで無かったっけ」
「そもそも司令官が……いたっけ?」
そしてそんなライチの言葉に、経験者は誰も答える事が出来ない始末。イナは「ガタガタですね」と酷評し、ハナダはもう何も言いたくないかのように唇を固く結んでいた。
そんな中でかつて自分が属していた時の事を思い出し、本当に嫌そうな表情を浮かべてパインが言った。
「それを長いことやっている内に、最初は上層部だけでやっていたいがみ合いが、それをあくまで『命令』としてやっていた筈の下部構成員たちにも伝播して行ってな。今では誰もがお互いを敵視している」
「……はあ」
「救えませんね」
エムジーとイナが揃って打ち沈んだ声を出す。人間諸氏はぐうの音も出せなかった。自分の事でも無いのに恥ずかしくなってくる。
そこでジンジャーがパインに尋ねた。
「でも、そこまでガタガタなら、お前の他にも脱走者はいるんじゃないか? どうなんだ?」
だがそれを前に、パインは首を横に振った。
「そうなのか?」
「そうだ」
「どうして?」
「この星には娯楽が無い」
パインの言葉にその他全員が頭に『?』マークを浮かべる。パインが続けた。
「まともな――『健全な』遊びは、もう殆どやり尽くした。トランプにも双六にも飽き飽きしていた。もはや既存の、手元にある地球に残っている娯楽の類はやりつくし、暇を持て余していた――そんな中で、この抗争は格好の遊び道具となったんだ」
「遊び道具って……」
「やる方はライバルに勝たんと躍起になるし、見る方も賭け事などで盛り上がれる。これ以上ない遊びだ。スポーツだ」
「彼らにとっては、この争奪戦もゲームでしかないと?」
「ああ。宝探し兼陣取り合戦だ。ターン制のな」
「ターン制って……」
「どちらかが攻撃する間、もう片方は攻撃してはいけない。その連絡には例のワープ装置を使う。完全にゲームだ」
「馬鹿げてるわ!」
エムジーの顔が歪む。
「死人が出るかもしれないのよ! なのに平然と、そいつらはそんな巫山戯た事やってるっていうの!?」
「ああ。死人が出るからこそ興奮する。熱狂する。奴らはコロッセオのグラディエーターであり、それを見る聴衆でもあるんだ」
「……ッ」
エムジーが口元に手を当ててパインに背を向ける。その頭の演算装置はもうもうと白い煙をあげていた。
「理解できない!」
「それが人間だ。そしてそんな血まみれの娯楽を、それに飢えていた連中が手放すと思うか?」
「……ないな」
「そうだ。だから奴らは逃げ出さない。暇に殺されたくはないからな」
ジンジャーの答えにパインが満足気に頷く。エムジーは背を向けたまま頭から煙を出し続け、ライチはそんな彼女に食堂の奥からコップに入った水を差し出していた。
苦虫を噛み潰した顔でハナダがパインに尋ねた。
「お前はそれを手放せたのか」
「ああ。だからここにいる」
ハナダの詰問にそっぽを向いてパインが答える。
「最初は私と同じように渋面浮かべて唯々諾々と従っていた連中が、次第に自分の方から悪態をつきながら興奮に目を血走らせて準備を進めていく。もうホラーだったよ。薄ら寒い物があった」
「……もうついていけないと悟った?」
イナが尋ねる。パインが頷く。
「あいつらみたいに狂いたくはなかった。それが理由だ」
それきり、パインが押し黙る。他の者達も揃って口を閉じる。
怒りとも呆れとも嘆きともつかない、もどかしい事この上ない感情がその場を支配していた。
停泊中のカサブランカが敵に乗っ取られたと言う報告が入ったのは、その数分後の事だった。




