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第百三十二話「ジャッジ」

 罪を犯した人間を裁く時は、罪を客観的な立場に立って法と照らし合わせてその重さを正確に量り、それに応じて厳格な処罰を下すのが望ましい。むしろ普通はそうあるべきである。個人的な情というものは、この場合に限っては客観的な立場から導き出した判決を突きつける際の足枷にしかならない。

 しかし人間が人間を裁く時、裁く側に立つ人間は誰であろうと例外なく、その足枷によって決断という一歩を踏み出すのに躊躇いを覚える瞬間がある。自分の言葉が相手の人生を大きく変えてしまう。そういった事への責任感からの逃避、もしくは良心の呵責である。

 大抵の場合は枷を自分で引きちぎって決断したとおりの判決を下せるものであり、中には感情を完全に押し殺して冷徹なまでに裁きを行える者もいる。だが誰もがそうであるとは限らず、またそれが出来る者も、いつもそれが出来るとは限らない。

 感情に抗いきれずに用意していた物と異なる判決を下してしまうケースもあり、そして実際にそのような事例は過去に何度か起きていた。人間が最初に月に降り立ってから火星に移住するまでの間だけでも、そうした感情に流されて決断を鈍らせるような事例は何百回も起きていた。





「無論それが悪い事ではない。情状酌量もまた必要な要素だ。だが当時の人間の中にはそういった感情論を嫌い、百パーセント完全に判決を下せる存在を欲する者達がいた事もまた事実だ」

「ではそういう考えの持ち主達が、あなたを生み出したと?」

「そうだ。ついでに言うと、私は全部で四万体生み出された」

「そんなに?」


 アラカワから事情を聞いていたイナが、その生産台数を聞いた時点で目を丸くする。彼女はその数の多さよりも、アラカワが量産型である事に驚いていた。そんなデータはどこにも残っていなかったからだ。


「そんなに驚くことかね?」

「いえその、私が調べたデータベースの中には、アラカワと名付けられたマシーンが大量生産されていたという記述がどこにもなかったものですから」

「それはそうだろう。大量生産と言ってもそれは私と同型の機械が作られただけで、その全部が私と同じ名前な訳はないからな」

「あ」


 アラカワと名付けられた機械が大量生産された訳ではない。大量生産されたアラカワと同型の機械の一台一台に、それぞれ異なる名前がつけられたに過ぎなかったのだ。イナはこの時初めて、それに気がついた。


「それでは荒川の工場で作られたのは、あなただけだという事ですか?」

「そうだ。そこ以外にも工場はごまんとあるからね。一つの工場で生産を集中させなくても十分間に合うし、またそうする訳にもいかなかったんだ」

「それはどういう意味で?」

「私達が生産されたのは政府の方針によるものだが、同時に私達が生産される事それ自体もまた、政府による政策の一つだったんだ。仕事の減っていた町工場に仕事を与えて、活気を取り戻させようとしたんだ」

「公共事業」

「そういう事だ」


 イナの言葉にアラカワが答え、脳味噌の入った半球状の容器が縦に頷く。


「事業の方はうまくいったのですか?」

「一時しのぎにしかならなかったよ」

「そうですか。ではそちらの活動の方は?」

「しっかり結果を残したよ。人間よりも頼りになるとよく言われた」


 どこか得意げにアラカワが答えたが、その後やや声のトーンを落としてから言葉を続けた。


「だが上手く行かない事もあった。生まれて最初の頃の我々は、対象となる犯行と似たケースを過去の事例の中から探しだし、そしてそれにおいて適用された法令等と照らし合わせて判決を下していた。自分で考える事はせずにデータだけを参照して活動していた。それがいけなかったんだ」


 イナは黙って聞いていた。アラカワが続けた。


「過去の類似パターンが存在しないがためにどの法令に引っかかるのかもわからない、あるいはいくつもの法令に引っかかってどれを参考にすればいいのかわからないというような全く新しい事例を前にした時、我々は完全に無力になるのだ。自分で考えようとしないからな」

「感情を殺した事が逆方向に働いてしまった」

「そうだ。機械化を突き詰めた結果がその有様というわけだ」


 アラカワが呆れたような調子で言った。そしてアームの一本を動かしてその先端で容器を軽くつつきながらアラカワが言った。


「だから我々を開発した者達は、そんな状況を良しとはしなかった。だから次の改良プランを進めた。そしてその結果がこれだ」

「脳味噌を搭載されたのですね」

「正確には自律思考型のコンピュータだよ。人間の脳味噌を直接移植した物ではない。しかしそれでもこれは予めプログラムされたパターンに沿って機械的に物事をこなすのではなく、自分で思考し自分で決断する事が出来た」

「しかし副作用も生じた」

「そうだ。自分で考えると言うことは、それはつまり明確な「自我」や「感情」を備えるということでもある。それによっ思考の軸がぶれ、客観的な判断を下すのに迷いが生じた事も事も何度もあった。だがしかし、その感情のおかげで問題解決能力は大きく増加した」

「皮肉な話ですね。完全な判決を行うために一度捨てた感情が、その完全な判決に必要な存在だったとは」

「まったくだ。しかしそんな我々の活動にも終わりが来た。世界規模での戦争と、人間の火星への移住だ」


 アラカワと同型の機械は戦争の際にその殆どが失われた。アラカワが生き残れたのは、彼が誰かによってグンマのシェルターに放り込まれていたからだった。その後彼は同じくグンマのシェルターで生き延び地球に置き去りにされた者達と共に、地球の技術や文明を収集保護する組織を作り上げたのだった。


「その組織を作った動機は何なのですか? あなたの作られた経緯と何か関係が?」

「特に関連は無いよ。グンマのスーパーコンピュータが無傷で使えた状態だったから、せめて有効活用しようと思っただけだよ。他の生存者達も私に協力してくれたしね」


 他にやることが無く、また体を動かしてないと嫌なイメージばかりが頭をよぎってしまうからだろう。アラカワはそう考えていた。




「では火星にミサイルを落としたのは、あなたがそうすべきであると判断したからですか?」


 イナが続けて投げかけた問いに対しても、アラカワは格好を崩すことなく静かに頷いた。


「そうだ。私がそう判断した」

「それはあなたの使命だから?」

「そうとも。人間の罪を裁くのが私の使命だ。だからそれに従った」

「相手は以前の人間ではないのですよ?」

「関係ない。人間を裁くのが私の使命だ」


 ああ、こいつは確かに機械だ。根底にプログラムされた命令通りに動くことしかできない、融通の利かない機械だ。

 自分の事を棚に上げておいてイナがそう思ったが、そんな事には気づかずにアラカワが続けた。


「地球の人間の大半が火星に飛び立った後、復活した私は同じグンマのシェルターにいた人間達からその火星の事情を聞いた。それを聞いた私は火星に興味を持った」

「興味? あなたが感情を持ったから?」

「おそらくそうだろうな。命令に従うだけの機械が野次馬根性を発揮したりはしないだろう」


 全くその通りである。同じく感情を持つイナがアラカワの言葉に頷いて同意を示す。それをアームの先端のカメラ越しに見たアラカワは、声の調子を若干落として言った。


「しかしその当時、地球から火星に直接向かう方法は存在しなかった。だから私は人間達に頼み込んで、私の意識がコンピュータを通して火星のコンピュータに移動できるようなプログラムを組んでもらったのだ」

「それは一般の人間には出来ない事では?」

「当然だ。しかしその時、シェルターの生存者の中に、コンピュータに精通した人間がいたのだ。それも何人も。彼らは自分達の事をハッカーとかクラッカーとか呼んでいたな」

「犯罪者じゃないですか」

「この際どうでも良いことだ。とにかく私はその者達の助けを借りて、火星のコンピュータに自分の意識を飛ばす事に成功した。地球と火星の周りをそれぞれ飛び回っている人工衛星を経由してね」


 得意げな口調でイナに説明を続けるアラカワだったが、そこまで話した所で声のトーンを一気に落とした。


「最初はただ、火星の人間に興味があっただけなのだ。しかし実際に火星の社会を見たとき、そこにある物を見て絶句した」

「何を見たのですか?」

「私が今まで裁いてきた物全てがそこにあったんだ」


 汚職。贈賄。談合。恐喝。殺人。これらは主にハイヤーの大企業間で行われていたことだったが、当然ながらハイヤーとロウアーの間でもこれと同様のことが行われていた。しかしこちらの場合は互いの力関係がハッキリしていてロウアーが忠実に命令を聞くからそれほど酷い有様にはなっておらず、むしろ先に述べたハイヤー同士の足の引っ張り合いが深刻な物となっていた。


「呆れたよ。人間は根っこの部分は何も変わっていなかったのだ」

「宇宙に上がったからと言ってすぐに変われる物でもありませんけれど」

「それはわかっている。だが目の前にあるそれを、私は見過ごすことは出来なかった。今までそうしてきたのと同じように、罪を裁くべきだと思ったのだ」


 彼らは元々は人間の罪を裁くために生み出された存在である。それが自我が芽生えたことによって強い正義感と道徳観念へと変わり、やがて誰に頼まれたのでもなく自分から罪を裁こうとするようになったのだろう。そして彼らの思考回路の中に、その行動が行き過ぎた時にストップをかけるようなリミッターの類は埋め込まれていなかった。

 彼は裁判を完結させるまで止まろうとはしなかった。そしてそれを無理矢理にでも止める物もまた存在しなかった。


「あの攻撃と混乱が、あなたの裁きと言うわけですか」


 イナが正面モニターに映される暴動の姿を視界に収めながら静かに言った。アラカワがそれに答えた。


「検討に検討を重ねた結果、もはや正攻法で火星の社会を矯正することは不可能と判断した」

「やりすぎです」

「それだけではない。私があのような行動を取ったのは、ライチやカリンをあそこから逃がすためにはあれだけ派手な事をしなければいけないと結論づけたからでもあるのだ」

「どちらにしたってやりすぎです」

「君はそう思うだろうが、私はあれが一番最適なアクションであったと思っている。ああした事について後悔はしていない」


 弁解するアラカワにイナが非難をぶつけ、それを受けたアラカワは柳が風を受けたかのようにそれを軽く受け流す。

 ハイヤーの暗部を暴露するだけでも十分効き目はあったのに、その上ミサイル攻撃まで敢行するのは明らかにやりすぎである。オーバーキルも良い所だ。しかしこの時のイナは、アラカワのやったことが非人道的であるという理由から彼の行動を非難している訳ではなかった。ただ単に効率的でない、文字通り「やりすぎ」であるから、彼を非難していたのだった。


「わたくしには、あなたの取った策には無駄が多いように感じられます。無駄に混乱を広めただけで、もっと穏便に済ませられる事だって出来たはずです」

「罪を払拭するには、その罪の生まれる根底から覆す必要があるのだよ。人間の心ではない。もっと底の底、社会の基盤から変えていくしかないのだ。それがこれまで何百何千と人間を裁いてきた私の導き出した結論だ」


 同じ事例を取り扱ったのも一度や二度ではない。一度人間を裁いても、また別の人間が同じ罪を犯す。それを裁いてもまた別の人間が罪を犯していく。一人裁く間に十人が罪を犯すのだ。まるで意味がない。

 人間だけを綺麗にしても意味がないのだ。


「地球も同様に裁くつもりですか?」


 そこまで聞いたイナがアラカワに尋ねる。アラカワは容器を横に振って言った。


「今はまだ何も考えていない。全てはこれからだ」

「ですがそうなった場合のプランについては、有る程度骨子が出来上がっているのではないですか?」


 イナの言葉にアラカワが苦笑を漏らしながら答えた。


「まあ、そうだが」

「そうですか。では今回もまた、ミサイル攻めですか?」

「いや、全く違うな。強いて言うならば……」


 そこまで言ってからアラカワがアームを動かして目の前のコンソールのスイッチを押し、モニターの映像を音声ごと消す。部屋の中で渦巻いていた爆発と喧噪が一気に消え失せ、寒気を感じるほど静寂に支配された空間の中で、アラカワの言葉が静かに響いた。


「活動している人間の地球退去、と言った所だろうな」

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