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第百二十七話「マーズ」

「我々火星人の要求は一つ、今すぐ我々を火星に帰す事だ! 我々はもうこれ以上、この星に長居するつもりは毛頭無い!」


 そんな室内の角に設えられたスピーカーから響く声を聞いて、休憩を兼ねて同じ部屋でチェスに興じていたエムジーとギムレットは、頭と手の動きを止めてそのスピーカーを凝視しながら揃って顔をしかめた。


「なに言ってるのかしらあれ」

「さあ……。でもあのスピーカーから声出すのって、通信室からじゃないと無理だよね」

「ええ」


 連絡用として各個室に設置されているスピーカーを統括しているのは、この施設の二階にある通信室だけである。通信室から流された音声や音楽が施設全体に張り巡らされたケーブルを経由して通路や室内にあるスピーカーから発せられる仕組みとなっているのである。ちなみにセキュリティルームと通信室はそれぞれ別の場所に設置されている。

 そして当然ながら通信室の入り口とその周辺は常に警備員が巡回していたし、室内にもまた常にスタッフと警備担当がそれぞれ一日三交代制で常駐していた。


「あそこの警備員達って、火星人の事知ってるよね。顔とか名前とか」

「ええ。全員の顔と名前を一致させる事が出来るようにしておいたってシドが言ってたわ。それとあの連中がこれまで何をしてきたのかも、全部把握してる」

「それじゃあ」

「向こうが通してくれって言ってきても、素直に通すとは考えられないわね」


 そしてこの時警備を担当していたのはシドが連れてきた部隊の隊員達だった。肉体も頑健で戦闘訓練もみっちり積んでおり、更にはその鍛え抜かれた肉体の上から防弾ベストを着込んで、全員が自ら電撃を放って目標を無力化する円柱状の弾丸を装填した電撃銃を装備していた。


「プロの人間が見張ってたのよ。通信室からあんな要求を流すには、そのプロの防御をかいくぐらないといけない」


 少なくともまともに訓練を積んでいない、それも非武装の連中が正面からぶつかって勝てるような相手では無かった。エムジーの言わんとする事を把握してギムレットは納得したようにうなずいたが、エムジーはその後も話を続けた。


「そもそも、あそこは私達でも顔パスで入れるような場所じゃないわ」

「セキュリティのこと?」

「ええ。あの無駄に厳重な生体認証システム」


 エムジーの言うとおり、それ以前にその場所に入るには、いくつかの生体認証システムをパスしなければならない。声紋検査と指紋検査と網膜検査の三つをクリアしなければ、例え当直のスタッフといえど通信室に入る事は出来なかった。

 しかし、これらバイオメトリクスを利用してのセキュリティシステムは、この通信室だけに採用されている物ではなかった。司令室や今エムジー達がいるようなプライベートルーム、栽培エリアや格納庫に繋がる入り口に至るまで、全てにおいてこれらが利用されていたのだ。この施設の中央コンピュータに生体情報の登録を済ませていない人間は、この中で自由に歩き回る事は出来なかったのだ。


「これを作ったのは、まず他人を信用しない人間ですね。浴場に入るのにさえ指紋検査が必要だなんて、明らかにやり過ぎです」


 この施設に到着してからここを支配するセキュリティを把握し、全員にその概要を説明し終えた後でイナがそう呆れたように纏めたのを思い出しながら、エムジーがギムレットに言った。


「そして当然、あの火星人達は移動を制限されていた。彼らがコンピュータに登録したのは網膜だけだからね」


 ちなみに網膜チェックだけで入れるのは、この施設の最下層にあるエリア一帯だけだった。彼らが押し込められていた場所である。エレベーターを利用して各階層を行き来する事も出来たが、それぞれの改装にある施設内への立ち入りは不可能であった。


「じゃあ、警備の人に直接頼んだとか? こんな事が話したいから中に入れてくれって。嘘の話で騙したりとかしてさ」

「言って許してくれると思う?」

「思わない。じゃあ中に内通者がいたとか?」

「入る人が検査をパスしないと中には行けないわ。無理に押し入ろうとすると電流が飛んでくるから」


 床にはセキュリティシステムと同調した電流放射装置が埋め込まれており、不正を行って中に張ろうとした連中を纏めて「処分」する事が出来た。処分と表現したとおり、それは対象を痺れて動けなくさせる程度の物ではない。人体を文字通り丸焦げに出来るほどの強烈な代物である。

 イナがやり過ぎと呆れるのも頷ける。


「でも、それじゃあどうやって入ったのかな?」


 そしてそこまで話して、ギムレットが今更のようにそんな疑問をぶつけてきた。その疑問にエムジーも同じく首を傾げる。


「本当にね。あのセキュリティは完璧だから、ちょっとやそっとじゃ崩せないからね」

「セキュリティルームで設定し直したとか」

「そもそもそこに入れないわよ」


 ギムレットの提案にエムジーがすぐさま答えを返す。そう言われたギムレットもそれに対する気の利いた返しを思いつくことが出来ず、そのまま黙り込む。


「繰り返す! 我々は火星への帰還を要求する! 繰り返す!」


 そしてその間にも、スピーカーから頭の悪い文言の繰り返しは途切れることなく響き続け、その中で二人は互いに話すこともせず暫くの間黙考を続けた。


「あ、チェック」


 そんな二人の意識がスピーカーからやかましく流れる声から盤上で止まっていた駒の動きに向けられたのは、考え込んでいたギムレットがそう言いつつ、ふと思い出したかのように自分のポーンを相手のキングの正面に置いた時からだった。そしてそれ以降、二人はスピーカーから流れる声が聞こえなくなる程にチェスに集中していった。





 同じ頃、オートミールとイナもセキュリティルームの中でその声明を聞いていた。イナと初めからそこにいたモロコは揃ってうんざりしたような表情を浮かべてため息をついたが、一方のオートミールは悟りを開いたような、平然とした表情を浮かべていた。


「モロコ、シドは今デッキにいたな?」

「ウン? そうダガ? 確かアラカワもそこにいたナ。それがどうしたんダ?」

「ああ、二人に伝えてくれ。確かそこに宇宙用シャトルがあったはずだから、それに火を点けておいてくれとな」


 それを聞いたモロコとイナがその顔に驚愕の表情を貼り付け、同時にオートミールの方を向く。当のオートミールは平然としており、目を閉じながら淡々と言葉を紡いだ。


「もう相手をするのも面倒だ。あいつらの言うとおりにさせてやれ」

「あれの要求に従うっていうノカ?」

「私はあれを救助してから今までの経験を通して、あれとまともに付き合う事は果てしなく無駄な行為だという事がわかった。奴らは基本的にこちらを信用しようとはしない。そんな連中を信じられる訳ないだろう」

「う……」

「それにあいつ等の方から火星に帰ってくれるなら、それに越した事はない。厄介の種が自分から消えてくれるのだからな。そうだろう?」

「……」


 かなり感情的な言葉だったが、それでもオートミールの言い分を前にして二人は何もいえずに黙り込んだ。二人もまた、先のオートミールの言葉にどうしようもないほどのシンパシーを感じていたからだ。

 正直あれと付き合うのはもう疲れた。


「どうしましょう。全く言い返せません」

「さすがにあの自己中っぷりはナ。聞いてて頭が痛くなるのも納得ダゾ」


 この二人も二人で、あの火星人連中と分かり合う事は不可能だと、件の要求を聞いたことによってそう結論づけていた部分があった。そして先程のオートミールの言葉が、そう結論を出したという事実を完全に二人に意識させたのだった。


「モロコ、シド達に連絡を取ってくれ。大至急シャトルの発射準備を行うようにとな」

「わかっタ。任せてオケ」


 もう何も言い返さなかった。オートミールの請うままにモロコが滑るような手つきで手元のパネルをいじっていく。その横に立っていたイナもただ黙ってその様子を見つめていたが、やがて思い出したようにオートミールに言った。


「この事は、他の方達にもこの事を伝えておくべきでしょうか」

「ああ。大丈夫だよ。それは私がやっておくから。それとベラとショーにも働いてもらうかな」

「彼らに何をさせるおつもりで?」

「火星人の誘導」

「それは……」


 それを聞いた途端、イナがその整った顔を嫌そうに歪める。


「二人にとっては災難ですね」

「最後の大仕事と言う奴だろうな」

「笑い事ではありません」

「だがやってもらわねばならない」


 咎めるように言ったイナにオートミールがぴしゃりと返す。そして黙り込むイナにうんざりした顔を向けながらオートミールが言った。


「あれを野放しにしたらどうなるか、わかったもんじゃない」


 もうオートミールは完全に、火星人への信用を失っていた。そしてそれはイナもモロコも、更にはこの施設に逃れていた件の火星人以外のメンバー全員も同じだった。

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