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第百二十三話「パージ」

 結果から言って、人工衛星を無力化して撃ち落とすというその作戦は成功に終わった。最初の核弾頭が目標地点で爆発した後、その電磁波と衝撃波の及ぶ有効範囲内に存在する全ての衛星は機能を停止し、宇宙の彼方に吹き飛ばされるか地球に落下し大気圏の摩擦熱で塵も残さず燃え尽きるかの二択を迫られた。


「見てくださいお姉様! 流れ星があんなにたくさん!」

「へえ、昼間にみる流れ星ってのも面白いもんだな」

「昔の人間の兵器も役に立つものなのですね」

「ムウ、こんなに優雅なものだとは知らなんだ。酒を持ってくるべきだったナ。このモロコ様ともあろう者がしくじってしまったワ」


 そんなモニターの一つに映された光景ーー澄み切った青空の下で光の軌跡を描きながら地上へ落ちていく流れ星の群れを見て、見学者達は口々に感想を言い合っていた。彼らの殆どは今回の作戦に全く関わっていなかったため、暇を持て余していたきらいがあったのだ。

 のんきなものだった。

 その後、衛星を破壊するための射撃は、射角を微妙に変更しつつ全部で五回行われた。地球を周回する人工衛星全てを無力化ないし破壊するには全然足りなかったが、そもそも現時点で満足に動く攻撃衛星自体がごく少数だったので、五回の射撃だけでもそれなりの効果が期待出来た。


「もう一回やれって言われても絶対やらないから」


 ちなみに五発目の引き金を引き終えてコクピットから出てきたモブリスは全身汗だくで顔に疲れ切った表情を貼り付けており、心配して駆け寄ってきた白衣姿のスタッフ達に向けて恨み節たっぷりにそう言った。作戦に使用されたレールガンのコクピットは動力炉の間近にあり、おまけに換気装置や冷暖房の類はなく空気の逃げ道も用意されていなかったので、時間が経つほどに中に熱がこもっていくという欠点を抱えていたからだ。

 おかげで中に入って長時間の作戦行動を執る事になった射手は、あたかも蒸し風呂に入っているかのような感覚を味わう羽目になるのだ。もし次があったとして、彼女は絶対に作戦への参加を拒むだろう。


「でも衛星自体はまだ残ってるんだろ? それも全部潰す気なのかよ」

「個人的にはそうしたいですね。中途半端に数を残されると気になって仕方ありませんので。まったく本当に全部落とせたらどれだけ楽なことか」


 そして作戦終了後、食堂で羽を休める職員やスタッフの中に混じって席の一つに腰掛け、この作戦を継続するのかどうか問いかけてきたリリーに対して、テーブルを挟んで彼女の反対側に座ったイナがそう前置きした上で言葉を続けた。


「しかし現実的に考えて、それを行うのは資源と時間の浪費としか言いようがありません。やろうと思えば出来ますが、積極的にやる価値は無い。そんな感じです」

「それ以外にもやることがあると?」

「それはもう山のように」


 イナが首を左右に振りながら、うんざりした調子でリリーに返す。リリーもリリーでそれを受けて、手元にある自分のカップを掴んで中のコーヒーを一口煽ってから嫌そうに顔をしかめた。


「問題山積みってわけか」

「ええ。壊された地球環境の復活、青空の会の残党への対処、ソウアー各支部の状況確認と情報交換。そのほかにも色々と。まあ、目的があるというのは、それはそれでありがたい事なのですがね」

「一つずつ片づけていくしかないだろうな」


 同調したリリーとイナに対し、コーヒーカップ片手にイナの隣に座ったジンジャーが話しかける。二人もそれに頷いて答える。


「前途多難と言うわけです」

「イヤんなるぜまったく」

「全部終わるのにどれくらいかかるんだろうな」

「見当もつきませんね」

「ああもう、今それ考えるのやめにしねえか?」

「もう最悪、ちょっと聞いてよ」


 そうしてイナとジンジャーが真剣に考え込もうとした所でリリーが嫌そうな口調で横槍を入れてそれを制止し、そしてサラダの盛られた皿を置いたトレイを手に持ってジンジャーの隣にどっかり腰を下ろしたモブリスが誰に聞かせるでもなく愚痴をこぼし始めた段階で、その話題は最初の三人の中から完全に霧消した。


「……というわけなの。どう思う?」

「わたくしとしては全く許容できるようなものではありませんね。断固として抗議していくべきです」

「やっぱり? そうよね! 嫌なことはハッキリ嫌って言わなきゃだめよね!」

「ていうか、なんか俺ら気づいたら、さっきからただだべってるだけだよな。ちょっと前まで問題がどうこうで頭痛めてたはずなのに」

「それでいいんじゃないか? 羽を休めるのも大事だろう」


 今は問題を忘れて、重圧を全て脱ぎ捨ててゆっくりしたい。リリーにイナ、それにモブリスとジンジャーだけではない。その食堂で休みをとっていた全員が、等しくそう思っていた。





 地球にいた者達の抱えていた問題は山積みであったが、火星にいたライチがそのとき抱えていた問題はたった一つであった。しかしその問題の密度は非常に濃く、それどころか明確な形をもって彼の目の前に存在し、物理的にも精神的にも大きな壁となって立ちはだかっていた。おまけに、その問題の解決を先送りにすることも許されなかった。


「ラァァァァイチ!」


 鉄骨をぶつけただけでは気が済まなかったのか、ジェイクの叫び声を轟かせながら、前に立つジャケットがこちらへ向けて猛然と走り出す。それは全力で両腕を振り上げながらこちらへ駆けていったが、不幸なことにーーそしてライチにとっては幸いなことに、その重装甲故に走る動きは酷く鈍重であった。それこそ足止めのために投げられ、今はライチ機の足下に転がっている鉄骨も意味をなさないほどに。


「食らうか!」


 敵が肉薄するタイミングに合わせて、ライチの機体が真横に跳ぶ。先方の動きはとても鈍かったので、間合いを計るのは簡単だった。

 紙一重で避けたジェイク機の体とライチ機の左肩が擦れ、ライチの背筋が一瞬ひやりとする。

 そんなライチ機の脇をすり抜けていったジェイク機はその直後に小さくジャンプしてから両足で着地し、接地面から火花を散らしつつ地面を滑るようにして走り、やがて急停止した。


「どれだけ重いんだよあれ」


 回避と同時に機体を百八十度後ろに翻らせていたライチはその光景を見て、思わず息をのんだ。別にその動作が高度なテクニックを必要とするからではない。それ事態はただ単純に機体がノロマで重ければ可能な芸当であり、そしてその鈍さと重さをクリアできる機体を、彼が整備士として活躍し始めてから今に至るまでの間で初めて目の当たりにしたからであった。

 重量過多デッドウェイトもいいところである。


「まだだっ!」


 しかしそんなライチの驚きをよそに、ジェイクは完全に停止した機体を百八十度回頭させ、ライチ機に向き直る。その動作も非常にゆっくりとしており、一歩一歩確実に踏みしめながら方向転換をするその遅さたるや「どうぞ攻撃してください」と周囲に向けて声高に主張しているようなものであった。

 実際、ライチはそうした。


「遅い!」


 若干のもどかしさから来る苛立ちを込めながらライチが叫び、身一つでジェイク機に躍り掛かる。この時ジェイク機はライチ機に向き直ったばかりであり、パイロットがそれに反応できても機体は全く対応出来なかった。

 そんな木偶の坊の真正面にライチ機が駆け寄る。そして互いの影が重なる距離に来た辺りに右足を置き、後ろへ関節が外れるほどに引き絞った左足を後ろから前へ、外向きに弧を描くように大きく振り抜いて、その無防備な脇腹を蹴り飛ばした。

 クリーンヒット。


「バカな!」

「うわあっ!」


 ジェイクの機体が再度、横っ飛びに宙を舞う。それと同時に蹴った反動がライチ機の全身を駆け抜け、そのコクピットが激しく揺さぶられる。これは全く予想しておらず、左足を前に出して転倒を防いだ機体の中でライチは悲鳴に近い声をあげた。すんでのところで踏ん張っていなければ、危うくモニターとキスをしてしまうところだった。

 その一方、ジェイク機は跳んですぐに墜落した。重かったからだ。うつ伏せの姿勢で地面に激突し、すぐに体勢を整えようと四つん這いの姿勢になる。しかしその浮き上がった腹に、ライチ機の蹴りが無慈悲に突き刺さった。


「がはっ!」


 全身が地面を離れて小さく浮き上がり、再びうつ伏せの姿勢で墜落する。落下した地点を中心にヒビが入り、周囲の地面がやや小さく陥没する。


「このっ!」


 そしてライチは紳士になるつもりも、手を抜くつもりも無かった。一瞬動きを止めた相手のすぐ側に立ち、やがてそのがら空きの背中を何度も踏みつける。機体にダメージを与えると同時にコクピットに衝撃を与え、中のパイロットの意識を直接刈り取ってしまおうという算段である。


「このっ! このっ! この野郎! この野郎!」


 日頃の鬱憤を晴らすかのように、罵声と共にその背中に向けて足を振り下ろす。何度も何度も踏みつける。やがて背中の損傷によって漏れ出たエネルギーが青白い電流のように背中を這い回り始めもしたが、それでもライチは攻撃を止めなかった。


「どうなってる! どうなってるんだよ!」


 その一方、ジェイクは軽い混乱状態に陥っていた。今の状況の何もかもが、事前に経験していたシミュレーションと違っていたからだ。

 今思えば、最初に頭部に攻撃を食らった時点からしてシミュレーションとは違っていた。たとえどんな攻撃を受けてもこの機体は揺らぐことはないと、そのシミュレーションに搭載されていたコンピュータは説明していたのだ。しかし実際は自機よりもずっとヒョロヒョロした相手に何度も吹き飛ばされ、現在もこうして攻撃を受け続けている。

 おかしい。コンピュータは自分に間違いを教えたのか。断続的に揺すぶられるコクピットの中で、ジェイクはそう思わずにはいられなかった。この状況はおかしい。


「ラスト!」


 しかしそんな状況の中で、ライチはそう叫んで踏みつけ終えた後、足を背中から離して後ろに下がり、自分から攻撃を中断した。

 それは機体を正面から写した線図を色ごとに塗り分けて各部位のダメージレベルを報告するモニターの中において、それまで踏みつけに使っていた足の部分が黄色に染まっていたからだった。これは連続して踏みつけ続けたために関節部や各部品にかかる負担が大きくなったためであり、ちなみに右腕は赤を通り越して真っ黒に染まっていて、動作不可能な状態である事を示していた。


「なにを」


 しかしそんな事を知らないジェイクは、敵が自分に有利に働いていた状況を自ら放棄したことに対して怪訝な表情を浮かべた。しかしそれが自分が立て直すチャンスであったのも確かであり、それを見逃す彼ではなかった。腑に落ちないままではあったが。


「なんで自分から逃げた?」


 立ち上がってから、ジェイクがその疑問を口にする。しかし当然ながら、ライチはそれに答えるつもりは無かった。


「さあ、なんでだとおもう?」


 答える代わりに、投げやり気味に言葉を返す。わざわざ敵に自分の弱みを見せる義理もなく、そもそも最後まで付き合うつもりも無かったからだ。ライチとしてはさっさとこの戦いを終わらせて、先に逃げたカリン達と合流したかった。一分一秒も無駄にしたくはなかったのだ。


「自分で考えてみなよ。それだけの頭があるんならね」


 そして攻撃を中断した事によって緊張が緩み、思わず口が軽くなる。それまで自分が有利に戦えていた事もあって、相手を下に見て挑発するような台詞をこぼしてしまう。

 しかしそれがジェイクの逆鱗に触れた。


「ふざけるな」


 ジェイクが低い声で呟く。外部スピーカーの感度を最高に上げてようやく聞き取れるくらいの声量だった。当然ながらライチの耳には聞こえなかった。


「ふざけるんじゃないぞ」


 肥満体型のジャケットのコクピットの中、全身を怒りでわななかせながらジェイクが唸る。この時彼の脳裏には愛する姉の姿と、横から現れてその姉を奪っていった憎き敵、今自分が相対している敵の姿が交互にフラッシュバックしていた。


「俺は、俺は」


 やがて二人の姿の交互に移り変わる間隔が短くなっていき、ついには一つの光景の中で二人の姿が並んで映っているように見えた。そんな並んで立っていた二人は自分ではなく、しっかりと互いの目を見つめ合い、そしてとても仲良さそうに微笑んでいた。

 ジェイクは蚊帳の外だった。


「さあ、なんでだとおもう?」


 自分の事など眼中にもないように――仲間外れにするかのようにうそぶいたライチの声が反響する。

 どこまでも蚊帳の外。

 その瞬間、理性の糸が切れた。


「――ふざけるなあああッ!」


 怒りのままに叫んで感情を爆発させ、右手を握りしめて作った拳を右側の壁面に向けて叩きつけた。彼が叩いたのはガラス板が張られた小さな一角であり、その拳はガラス板を砕き、その中に収められていた一つのボタンを力強く押し込んだ。

 直後、彼の乗るジャケットの全身に張り付けられた装甲の隙間から、勢いよく白煙が吐き出された。


「な、なんだ!?」


 思わずライチ機が飛び退き、中のライチはその地面や天井に叩きつけるような勢いで煙を吐き出すその機体の姿を凝視した。


「殺してやる」


 そんなライチの耳に、恨みと怒りに満ちた声が聞こえてきた。トーンの低いうなり声であった。


「殺してやる!」


 そしてそのうなり声が叫びへと変わった時、ジェイク機の内側から破裂音が轟き、それと同時にその全身を覆っていた装甲が勢いよく弾け飛んだ。


「ぶっ殺してやる!」


 三度目の咆哮。ライチはその時、目の前で起きた光景を信じられないような物を見る目で見つめていた。

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