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第百二十二話「衝突」

 それは一言で言えばレールガンだった。水平に並べた二枚の板の間に弾頭を置き、それを板の間に発生した電磁力を利用して発射する。弾頭自体に燃料を積んだりしないので、構造的にはミサイルやロケット兵器と言うよりも大砲に近かった。

 南極施設にあった『タワー』もそのレールガンの一種であった。それは本来は地球脱出のためのシャトルが安全に地球圏を離脱できるよう、進行方向にあるデブリや運悪くシャトルのルートと被った流れ星を破砕するために建造された代物でった。なおコンマ数秒の誤差も起こさない確実な射撃精度を追求した結果、発射システム周りの仕様はは司令室からの遠隔操作ではなくレールガン内部に作られたコクピットから手動で撃ち出すものになっていた。


「なんで私がこんなこと……」


 実際にモブリスが押し込められていたのもここであった。長居する事を前提に作られてはいないため、居住性はジャケットのそれよりも最悪である。手を上げる事も体を捻ることも出来ないくらい窮屈だった。

 攻撃には南極施設内に保管されていた専用の弾頭を用いた。これは撃ち出された後に司令室からの信号を受信し、その信号を受け取った地点で自ら破裂、半径数十キロにわたって衝撃波を発生させる能力を持っていた。

 これらの弾頭はレールガンを作ったのと同じ開発陣によって作られ、彼らはこれによってシャトルの進行ルート上にある傷害を根こそぎなぎ払おうとしたのである。しかし実際は一発も使われる事なく施設やレールガンともども捨て置かれ、保管庫の奥にある危険物取扱区域の隅でひっそりと保管されていた。


「おー! すげー! こんなにあったー!」


 保管庫の中には全部で十八ダースあった。

 しかし、今回オートミールが作戦のために使用した――そしてモブリスが引き金を引いて空高く撃ち出した――物は、元から南極にあったそれではなかった。作戦の性質上彼らは件の衝撃発生弾ではなく、それよりももっと原始的で、もっと野蛮な代物を撃ち出すことにした。

 核だ。

 打ち上げた核ミサイルを成層圏上で爆発して電磁パルスを発生させ、そこに何百とある軍事衛星の群をその頭脳から破壊する。それこそが地球をこれ以上破壊させないために彼らの立てた作戦であった。

 ちなみにそのための核弾頭は衝撃発生弾と同じ区画に、それらよりも厳重に封をされた状態で保管されていた。全部で十二ダースあった。

 行動の要であるコンピュータを強制シャットダウンされた衛星は、もはやただの鉄の塊、ゴミでしかなかった。そして当然ながら電磁パルスと同時に爆発の衝撃も発生し、その膨大なエネルギーは衛星としての機能を失ったそれらをまるでビーズをデコピンで弾くかのように、あっさりと周回軌道上から暗黒の彼方へと弾き飛ばしたのだった。

 攻撃機能を持った衛星を吹き飛ばして地球圏から姿を消させるだけなら、衝撃発生弾だけでも事足りた。それでも核弾頭を使用したのは万が一吹き飛ばなかったりハッキングの首謀者が再び利用することのないよう脳の部分から確実に破壊するためであった。発案者はイナである。


「わたくしは半端を好みませんので」


 核を使うのはどうかと言う声もあがったが、イナは頑として聞き入れなかった。





 自分の乗るジャケットがいきなり前のめりに倒れたとき、ジェイクは何が起きたのか分からなかった。しかしそれでも身の危険だけはハッキリと感じ、ジェイクは機体をその直感のままに四つん這いの姿勢で急いで前へと進ませ、そこで膝を伸ばし地面につけた両手を軸にして百八十度回転して立ち上がり、それまで自分が背を向けていた方向へ顔を向けた。


「誰だ!?」


 立ち上がると同時にジェイクがそう言い放った時、彼を後ろから突き飛ばした『それ』は既に彼の眼前にいた。


「うあああっ!」


 それ――彼らの進入した軍倉庫内に放置されていたアワジモデルのジャケットが叫び声をあげながら、眼前に見える肉厚の頭部に向けてそれまで大きく振りかぶっていた右拳を振り下ろす。立ち上がったばかりのジェイクに反応出来るわけがなかった。


「ぐあっ!」


 クリーンヒット。鉄の拳が正面からぶち当たり、重装甲を誇る巨体が大きく後ろへよろめき、やがてバランスを崩して後方へ倒れていく。そして倒れる中で機体が背後の壁と接触し、その壁を粉々に打ち崩して大量の土埃や瓦礫に変えながら、それらと共にその巨体を背中から地面に叩きつけた。

 これといって特徴のない中肉中背のアワジモデルのジャケットにも、重量級を吹き飛ばせるだけのパワーは備わっているのだ。与えたダメージを相手の装甲が殆ど吸収してしまうだけで。そしてこの時、ジェイクの機体は腰から上を倉庫の外へ露出させた格好となっていた。


「まだだ!」


 その一方、ジェイクのジャケットを殴り飛ばした中肉中背の機体が、肩を先頭にして右半身を前に突き出した姿勢――相手を殴り飛ばした後の姿勢――のまま吼える。そしてすぐさま姿勢を元に戻し、勢い余って上体を後ろに逸らしながらもすぐに直立に戻してから、その機体は足下に転がっていた瓦礫の塊を左手に掴み、前方で倒れている機体に向かって猛然と走り出した。

 ジェイクもそれに気づいていた。


「くそ、はやく体勢を……!」


 ジェイクの機体は機動性を無視した肉厚のフレームとそこに貼り付けられた重装甲による高い防御力が特徴であったが、その代償として本体の重量も凄まじかった。今回の場合はそれが仇となった。


「起きろ! おきろ――」


 恨み節をぶつけながらようやっと上体を起こしたのと、敵ジャケットがその腹に馬乗りの体勢で跨がったのはほぼ同時だった。


「あああああ!」


 跨がったジャケットがもはや言葉にならない叫び声を放ちながら瓦礫を両手で持ち、頭部めがけて容赦なく振り下ろす。鈍い音が響き火花が散るが、跨がった方は瓦礫をぶつけた直後に再び両手を振り上げ、再度瓦礫を頭部にぶち当てる。

 三回、四回、一定のテンポで鈍い打突音が周囲に響く。そしてその音が打ち鳴らされる度にジェイク機の滑らかな頭部が歪んでいき、表面装甲を打ち破られて出来た裂け目がいくつも刻まれ、その奥に隠された精密機器類が火花を散らしてその裂け目から外へと吹き出していった。


「この! この! この野郎!」


 だが、どんなに相手の顔が悲惨なことになろうとも、上に乗ったジャケットは攻撃を止めなかった。正確に言えば、目の前の敵に攻撃する以外に意識が回らなかった。それがいけなかった。


「この」


 六回目を打ち付け終えた後、上のジャケットが間髪入れずに両手を振り上げる。ジェイクが叫んだのはまさにその瞬間だった。


「いいかげんにしろ!」


 ジェイク機の右手が大きく弧を描き、両手を上げた相手のがら空きになったその腹に深々と食い込む。更にジェイクは勢いを緩めることなく拳を振り抜き、そのパンチの力だけで敵の体を左に吹き飛ばした。


「があっ!」


 全くの不意打ちにそのジャケットは対応しきれず、横向きに地面に叩きつけられる。右手から地面に激突し、一度バウンドしてから再度地面に激突し、進行方向上にある放棄された装甲車や瓦礫などを巻き添えにしながら地面の上を滑っていく。距離自体は短かったが、それまで持っていた瓦礫は既に手の中から離れていた。


「痛み分けだ」


 自分の機体を立ち上がらせながらジェイクが叫ぶ。その一方、相手方のジャケットも短い滑走を終えた地点で素早く立ち上がり、自身の前方に立つ肥満体型の巨人をまっすぐ見据える。

 その太ったジャケットは頭はへこみまくりの裂けまくりで酷い事になっていたが、それ以外のボディはまったくの無傷であった。一方の細身のジャケットも、見える限りでは

右腕の装甲の一部がはがれ落ちて中身がむき出しになっていた以外は、目立った傷は見られなかった。


「お前、いったい誰だ」


 そしてここに来て、ジェイクが一番基本の質問を相手にぶつける。相対していた細身のジャケットは暫くの間無言を貫いていたが、やがてゆっくりとした調子で言葉を放った。


「ライチ・ライフィールド」

「ライチ? ライチだと?」

「ああ。そうだよ?」


 唖然とするジェイクの言葉とは裏腹に、ライチの放つその言葉には自信が、勝利を確信した優越感が見え隠れしていた。相手を侮るような調子があった。先ほどの奇襲がうまくいって、それで調子に乗っていたのだろう。

 だがそれがジェイクの神経を――煽られる事に耐性のないハイヤーの神経を逆撫でした。そして何よりも、ライチという名前が彼の逆鱗に触れた。


「ライチ……!」


 ライチ。自分から姉を奪った男の名前。


「お前が……!」

「な、なに」

「お前が姉さんを!」


 一歩前に踏み出しながらジェイクが叫ぶ。


「お前がカリン姉さんを!」

「カリンねえさん?」


 どこか聞き覚えのある言葉を受けてライチが渋面を浮かべて考え込む。それに対する答えはすぐに出てきた。


「まさか、カリンの弟……?」

「こんな所で会えるなんてな」


 だがそんな偶然に対するライチの驚きの声は相手に届かなかった。ジェイクは仇敵との出会いを前にして、二人の関係を知った時からずっと心の底でくすぶらせていたライチへの憎悪と嫉妬の炎を燃えあがらせていった。


「お前を倒して、姉さんを返してもらうぞ」


 静かに、だがぞっとするほど冷たく鋭い声でジェイクが言い放つ。そのジーンを彷彿とさせるような低い声を聞いてライチは一瞬背筋が凍る思いを味わったが、そのおぞましい感覚もすぐに潮が引いていくように消え去っていった。

 ジェイクとは自分が火星にいた頃にそれなりに会っていたはずだったのだが、ライチにとって彼はそれほど印象深い存在ではなかった。面と向かって罵詈雑言をぶつけられた事も一度や二度ではなく、何を言われたのかもしっかりと覚えているが、だからといって怨恨や憎悪といった感情が芽生える事はなかった。

 ライチにとってジェイクは、あくまでもカリンのおまけ――それもあまり嬉しくないおまけでしかなかったのだ。


「お前がいたんじゃ、いくら姉さんを取り戻しても姉さんの心は休まらない。ここで消えてもらうぞ」


 だが相手は違った。ジェイクは感情むき出しで激昂することこそなかったが、静かに淡々と、だが人一人焼き殺せる程の憎しみの炎を吐き出してくる姿は、感情に任せて怒り散らすよりもずっと相手の肝を冷やす効果があった。溜め込んだ怒りをいつ爆発させるのか、という所に、相手は普通以上の恐怖を感じるのである。


「死ね。殺してやる……!」

「へ、いや、へ?」


 しかしそんなジェイクに対し、ライチはただ困惑するしかなかった。その理由は自分がカリンの事でどれだけ相手に迷惑をかけたかについて全く自覚がなかったからであり、そしてそれ以外の理由としてもう一つあった。


「もうここにカリンいないんだけどね……」


 そして件の二つ目の理由をライチが呟いた時、彼のジャケットの胴体にジャケットの図体以上の大きさを持つ鉄骨が横向きに激突した。

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