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第百二十一話「Shoot him」

 自分の眼前でそれが起こった時、ジャケットに乗ってそれを追いかけていたジェイクは大いに動揺した。

 自分が追いかけていた車がいきなり破裂音を出すと共に派手にスピンを始め、そのまま車道の上を大きく左に曲がって車道と歩道の境目にある花壇に激突、それを乗り越えるように前方宙返りをしつつ跳躍、そして後ろ向きかつ逆さまの状態でフェンスを飛び越え、そのままフェンスの向こうにあったヒビの走った壁に後ろから激突しそれをぶち破って中へ入っていったのだ。

 驚いて当然だった。


「な……!」


 突然のことに指一本動かせなかった。そして暫くの間放心した後、ジェイクは真っ先に姉の安否を心配した。そして彼は逸る気持ちに任せて正門ゲートをこじ開け、そのフェンスで囲まれた敷地内に進入した。彼はこの時、自分がこじ開けたゲート横の壁に「火星正規軍第八倉庫」と書かれた銅板がはめ込まれていた事にも、つい先ほど地球信奉者の一団がここを襲ったばかりだと言うことにも気づかなかった。後者についてはゲートの前に「地球を大切にしよう」と書かれた彼らの掲げる旗があったので、気づくのはもっと簡単だったはずだった。姉の安否を前にして、視野が極端に狭くなっていたのだ。


「姉さん!」


 壁にヒビが走っていたのはそのためであり、そして件の車がつっこんだ場所以外にも、ひび割れたり崩れかかったりしている所は多くあった。その中でも内部の様子が外から丸見えなほどに外壁が殆ど崩れて無くなっていた所から、ジェイクは自機を中に進入させた。

 その倉庫はジャケットが余裕で立ったまま入れるほどの高さを備えており、そして実際、中には兵員輸送用の装甲車や戦車やバイクに混じってジャケットも複数存在していた。車やバイクはその殆どが煙に巻かれて炎に焼かれ、端から見ても使い物にならないとわかる有様だったが、ジャケットだけは無傷だった。

 今のジェイクにとってはどうでもいい情報だった。


「姉さんどこにいるんだ。姉さん」


 必死に探すジェイクだったが、彼の期待はすぐさま叶えられた。彼が足を踏み入れた場所から視線を右に回せば、すぐそこに目的の車が上下逆さまの状態で死んだような静けさのまま佇んでいたからだ。

 それを見たジェイクは一瞬安堵のため息をつきかけたが、姉の安全を確認していない事を思い出してすぐさま表情を引き締め、ゆっくりと車の元へ歩み寄っていった。そして車の近くまで来てみたが人影は見あたらず、それを前にジェイクは「おそらく車の中に隠れているか気絶しているのだろう」と思った。

 しかしそれはあくまで推測でしかなかった。彼の乗機に赤外線装置や生体センサーの類は搭載されていなかったので、本当にそこにいるのかどうかわからなかったのだ。もしかしたら既に車を捨ててどこかに言ったのかもしれない。

 ジェイクはそう考えた後、続けて車を動かしてみればそこからの反応を通してそこに人がいるかどうかがわかるかも、と思った。だがもしそこに姉がいた場合、車を動かした衝撃で姉を傷つけてしまうかもしれない。それだけは嫌だった。

 その最悪の可能性が少しでも残っている事に気づいて、結局ジェイクはそれを行う事が出来なかった。


「姉さん!」


 なので彼は外部スピーカーを通して大声で呼びかける事にした。一番安全な策がこれしかなかったのだ。


「姉さん! いるの!? いたら返事してくれ!」


 繰り返し叫ぶが、耳に聞こえるのは自分の声だけ。その広大な倉庫の中で、姉を呼ぶ自分の叫び声だけが虚しく響きわたった。その後も何度も叫び続けたが、結果は同じだった。

 そして自ら張り上げた声だけが返ってくる度に、ジェイクの顔には焦りと苛立ちの色が眉間の皺となって深く刻まれていった。


「どうしたんだ、どこにいったんだ」


 せわしなく首を回して周囲を見渡す。だがどこにもカリンの姿はなく、それがますます彼の心を狂わせていく。

 実際この時、カリンは車の中で息を潜めていた。だがジェイクの意識は上下逆の姿勢で停車していたその車から完全に離れていた。

 なぜならば彼の中には、先に述べたように車を直接動かして調べるという選択肢も、またジャケットから降りて自分で車の中を調べるという選択肢も、どちらも存在しなかったからだ。ジャケットを降りる気が無い理由としては、どこに敵が潜んでいるのか分からず、怖くて生身で外に降りられなかったから。要するに怖かったのだ。

 彼の乗るジャケットがーーその巨体と存在感が彼に安心感と優越感をもたらし、その弱気を打ち消してくれていたのだ。いわばこれは彼の豆腐のように脆く繊細な心を守るバリア。もしこれから降りる事になれば、その全ての要素を自分から捨ててしまう事になる。それだけは出来なかった。


「姉さん! 返事をしてくれ! 頼む!」


 その場に仁王立ちになり、力強く、何度も叫ぶ。その意識は無意識のうちに前方にのみ向けられ、側面や背後への注意はおざなりな物となっていた。

 だからそれに気づかなかった。自分の背後からそれが音もなく、ゆっくりと近づいてきていることに。


「姉さん! カリン姉さん!」


 しかしそれに気づく事なくジェイクは叫び続ける。まるで姉が自分の目に見える範囲の中だけに都合よく存在しているかのように、前だけを見つめて叫び続ける。

 いつしか彼の目尻には涙が溜まっていた。姉の名前を呼ぶにつれて子供の頃の記憶、暴力、罵詈雑言、心の底に封じ込めていたトラウマが次々と脳裏に浮かび上がる。


「姉さん……!」


 頬を赤くして声を震わせ、鼻をすすりながら、縋るような声でジェイクが叫ぶ。心の支え。女神の名前を必死に叫ぶ。


「カリン姉さん! お願いだよ! 俺を一人にしないでよ!」


 そしてジェイクがそう叫んだ直後、彼の機体は背後に現れた別のジャケットがその後頭部を全力でぶん殴ったがために、直立姿勢のまま前方へ小さく緩い弧を描くようにぶっ飛んでいった。





「充電率百パーセント。準備よし」


 スピーカーからノイズ混じりの声が響き、同時に身を預けていたシートが自分のいる空間ごと大きく振動する。その突然の振動によってついさっき舐めようと思って手の中で転がしていた飴玉を落としてしまい、モブリスはあからさまにその端正な顔を不機嫌に歪めた。


「これより作戦に入る。モブリス、準備はいいかね」

「いいわけないでしょ」


 件のスピーカーから聞こえてきたオートミールの声に対し、モブリスが喧嘩腰で返す。今現在彼女の座っている空間は薄暗いうえにとても窮屈で、腰を曲げて足下まで手を伸ばすだけの余裕は無かった。もはや飴玉は回収不可能だ。


「私のアメちゃん返してよ。私のいるところ変にぐらつかせてさ」

「何を言っているんだお前は。タワーは充電完了と同時に上昇させると言っておいただろう」

「・・なんでもない」


 不思議そうに返すオートミールに、ふてくされた調子でモブリスが答える。ここで引き下がったのは自分が子供じみていると自覚したからである。そうしてモブリスが黙っていると、やがて再びオートミールの声が聞こえてきた。


「とにかく、現在タワーは上昇中だ。上昇が完了するまであと三十秒。そこから」

「チャージに四十秒。チャージ完了後は私の仕事。でしょ?」

「そういうことだ。今すぐ撃つというわけではないが、今のうちに備えておいてくれ」

「了解。そのためのアメちゃんだったんだけどなあ・・」


 手の中で転がしていた感触を惜しむかのように指をすりあわせながらモブリスが呟く。オートミールは最後まで彼女が何を言っているのかわからず、結局やぶへびとならない内に通信を切ることにした。後はオペレーターの仕事だ。


「タワー、地上露出七十五パーセント。八十、八十五、九十……」


 一方、総合司令室ではオペレーターが淡々と現在の状況を口に出していた。彼女たちの後ろにはオートミールが腕を組んで正面のモニターを見つめ、更に彼の後ろには大勢の「見学者」が控えていた。彼らの全員が「カサブランカ艦隊」のメンバーだった。


「タワー浮上完了。最終チャージ開始」


 そんなメンバーからの視線を背中に受けながら、オペレーターの一人が努めて落ち着いた声で言った。彼女の目線の先にあるモニターには黒色を背景にして縦に伸びたタワーの線図とその周りを取り囲むようにいくつかの円グラフが表示されており、そしてそのタワーの線図は現在進行形で下から上へと緑色で塗り潰されていっていた。


「充填率四十、五十、六十……」


 緑色に染まっていくタワーを見ながらオペレーターが読み上げる。やがて先端までタワーの図が緑一色に染まりきり、それをみたオペレーターが重い口調で言った。


「充填完了」

「発射準備」


 オペレーターの声を聞いたオートミールが指示をとばす。直後、それまで司令室を照らしていた白色の照明が全て落ち、一瞬暗闇に包まれた後、今度は赤い照明が司令室を一斉に照らしていった。照明一つでその場の雰囲気も大きく変わり、それを受けて見学に来ていた面々も思わず緊張に息をのんだ。

 そしてその場を照らす光が白から赤に変わったのは司令室だけではない。真っ赤に染まった窮屈なコクピットの中で、モブリスは気持ちを落ち着ける意味で深呼吸を行った。そして軽く首を何度か回した後、モブリスは前方にある銃のグリップに似たそれを両手で握りしめ、引き金の部分に右手の人差し指をかけた。


「出力安定。電磁場安定。弾頭固定よし」


 スピーカーからオペレーターの声が淡々と響く。そしてそれと並行して彼女の収まっていたコクピットが振動を始め、同時に腹の底に溜まるような重低音が鳴り響いてモブリスを包み込んでいく。

 振動は小刻みで激しくはなく、それ以上大きくなることも無かった。力の殆どは弾頭を打ち出す部分へ向けられ、無駄は最小限に抑えられていた。しかしそれとは別に、音の方は秒単位でやかましくそのボリュームを大きくしていった。まるで丹田に力を込めるように、その力を底へ内へと凝縮していっているみたいだ。モブリスはそう思った。

 その音を聞いて、モブリスはいよいよだとも思った。そして同時に、モブリスの体は緊張で堅くなっていった。自分の仕事は指示に従って引き金をひくだけのはずなのに、無意識のうちにグリップを握る力を強めていた。

 無理もない。彼女は自分が今から何を撃ち出そうとしているのかを知っており、それがどれだけ危ない代物であるかも理解していたからだ。

 それは確実に任務を遂行しなければ、自分はおろか、周囲の人間もあっという間に全滅してしまうほどの危険性をはらんだ危険な代物。

 考えれば考えるほどプレッシャーがかかる。だからやりたくなかったんだ。


「モブリス、いくぞ」


 オートミールの低い声がモブリスの思案を妨げる。モブリスが堅く引き結んだ口の中で生唾を飲む。


「……発射!」


 命令が飛ぶ。モブリスは力の限り引き金を引いた。





 モブリスが引き金を引いた直後、雷が至近距離に落ちたかのような爆音を轟かせながら、タワーの先端上部から一つの物体が撃ち出された。

 それは勢いを全く落とすことなく空の彼方へ飛んでいき、影も形も見えなくなったところで人知れず爆発した。それを見た者はいなかった。


「成功したのかな?」

「すぐにわかる」


 ギムレットの言葉にオートミールが答える。この頃にはタワーもすっかりおとなしくなっており、辺りには緊張感を含んだ重苦しい沈黙が漂っていた。

 それから五分後、地球の空には大量の流れ星が見えた。

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