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第十二話「ホワイトカラーの女」

「ねえカリン、あれの準備ってもう終わってる?」


 火星に住む上流階級『ハイヤー』の人間だけが通える施設――『学校』。その『学校』の一つである『リーリン第三高等学園』の二年十二組の教室内で、席に着いていたカリン・ウィートフラワーは隣の席に座っていた同級生の女生徒からそう話を切りだされていた。


「……あれって?」

「だからあれよ、あれ。地球降下プログラムとか言う巫山戯たやつ」

「ああ」


 同級生の言葉を受けて、カリンが納得したように頷く。同時に彼女の口から苦々しげに放たれたその単語を聞いて、カリンは彼女とは真逆に心が弾むような興奮を覚えた。

 地球降下プログラム。それは人類の未来を担う者として、その視野を火星だけではなくもっと広い領域にまで広げてもらおうと言う理念の元に作られた、俗に言う社会見学である。

 その考えは理に適っている。とても立派である。だが『学校』に通う者達からの受けは最悪であった。

 火星のハイヤー達は、自分達以外の全てを無意識の内に下に見る癖がすっかり身に染み付いてしまっていた。そして彼らの中のヒエラルキーにおいて、地球は火星のロウアーよりもずっと下に位置していた。純粋な火星生まれの多い現在のハイヤーの子供たちの中には、地球は母なる星ではなく、ただの汚れきった青いだけの惑星でしかないと考える者も居る始末だった。


「まったくさあ。あんな汚い星にいって何が面白いってのよ。平常点出るから行くっちゃ行くんだけどさ、本音言うとあそこに行かないでもっと別の有意義な事したいと思ってる訳よ」


 この眼の前の同級生もそれの類であった。


「ねえ、あんたもそうなんでしょ?」

「え? ええ、もちろんよ。あんな星に行くだなんて、どうかしてるわ」


 カリンは――この年の子にしては珍しく――地球に対して露骨な悪感情を抱いていなかった。だからと言って親地球派的な考えを持っている訳でもない。だが面倒事になるのを避けるため、ここは彼女に同調しておく事にした。


「だよねえ。もうあんな星なんて見捨ててさ、もっと勢力圏広げるなり火星を住みやすくするなりした方がずっと効率良いと思うんだよねえ、私。あんたはそこら辺、どう思うの?」

「私も、それに賛成かな。地球に注ぎ込んでるコストを別の方面に活かせば、もっと凄い事が出来るんじゃないかなとは思ってるわよ」

「でしょう!? そうでしょう!? いやー、やっぱり話の判る人と友達になれるのって幸せだわー。うん、私ってばツイてる!」


 気の合う人間と知り合いになれた事でその同級生は見るからに機嫌をよくしていたが、前にも述べた通り、別にカリンは地球をどうこうしようとは特に思っていなかった。同級生に対して言った先の見解も、全てその場を取り繕うための『口から出任せ』である

 無関心。それがカリンの地球に対する態度であった。

 だがそんなカリンの態度は、ここ数日で大きく変わっていた。

 ライチ・ライフィールドが地球に降下しているからだ。

 『アバタもエクボ』と言うやつだろうか。大好きな彼が地球に降り立っていると言うだけで、その地球さえも彼女には愛おしい物に見えてしまっていたのだ。


「なのに教師連中はさ、それもこれもお前たちのためだーとかえばり散らしてさ、強引に地球に降ろそうとして来るんだから。全くやんんちゃうわ」

「そう。まったくそのとおりよ。やめてほしいわねまったく」


 だがそれを表に出す事は決してなかった。ライチはロウアー。カリンはハイヤー。階級の違う者と結婚するのは両親にとってだけでなく階級全体にとってのタブーとなっていたのだ。

 だがそれでも、カリンはライチを愛していた。そしてその気持ちは離れ離れになった今、むくむくと日増しに膨れ上がっていたのであった。

 早くライチに会いたい。


「地球なんて、火星の人間が行く所じゃないわ」


 早く地球に降りたい。


「あそこはもう駄目よ。見捨てるしか無いわ」


 早く地球に降りたい!


「地球なんて、クソ食らえよ」


 予鈴が鳴るまでの間、カリンは本音を隠すように心と真逆の言葉を吐き出し続けていた。





 丸腰の状態で銃を突き付けられる。普通に考えれば、それはとても危険な状況であった。実際にその場にいた人間とアンドロイドとAIはまったく動かずに、ただ目の前の少年の言いなりになっていた。


「随分と古い銃ですねー。年代物ですねー」


 レモン以外は。


「手入れも行き届いているようですしー、大切に扱っているのですねー」


 自らの生殺与奪を握られている事をまるで理解していないかのようにバケツを置いて立ち上がり、暢気に、そして優雅に歩み寄っていく。

 突き付けられている銃口にまるで恐れを感じていない――眼中にすら置いていないその行動に、少年とその他大勢は息を呑んだ。

 前者は恐怖。後者は呆然。


「おい、あいつは何をやってるんだ」

「……頭のネジが飛んでいる……」

「確かドリルで頭蓋骨に穴開けたとかなんとか言ってたような」

「ああ、それよ多分。それが原因」

「違います。若姫さまは現状把握が出来なくなったのではなく、豪胆になられたのです」

「わたくしには精神の均衡を欠いているようにしか見えません」

「中途半端に人間の部分残すからあーなるんだよねー!」

「黙れッ!」


 レモンの暢気さが伝染したかのように目を少年に向けたまま平然と話し始めた人質連中に少年が吠える。

全員が己の置かれた状況を再認識し、口をつぐんで石のように動かなくなる。少年はその光景を見て優越感を含ませた笑みを浮かべ、目線をレモンに向けてその顔から余裕の色を消す。

 奴は動きを止めていなかった。


「お、おい、止まれよ」


 その『頭がイカれた』女を見つめながら、少年が呻くように命令する。


「止まれって言ってんだよ。おい、いい加減にしろよ」

「止まーる? 止まる?」


 レモンが子供のようにぽかんとした顔のままで首をひねる。


「なぜ止まる必要があるのですかー?」

「な……」

「いいじゃないですか別に損する訳でもなしー」

「……ッ」


 自分のセオリーが通用しない。内に芽生えた恐怖心を振り払うように声を荒げて少年が叫ぶ。


「いいから止まれよ!」

「まあまあそんなに叫ばなくても」

「止まれってんだよッ!」


 この時の両者の立場は、本来ならば武器を突きつけている少年が上で突き付けられているレモンが下である筈だった。だが今、支配している側に立っている筈の少年の方が、人質とした連中よりも遥かに大量の冷や汗をかいていた。


「お……」

「随分と汗だくですねー。大丈夫ですかー?」


 気がついた時、レモンは少年の前に立っていた。心から心配する声色で話しかけながら、レモンがその白い指で少年の頬を撫でる。


「なんなら海に入りますかー? ひんやりしていて気持ちいですよー?」

「……やめろ」


 少年が怯えきった表情でマカロフの銃口を胸のカバーに押し当てる。

 愉快そうにクスクス笑いながらレモンが顔をその耳元に近づけていく。

 少年が更に顔を強張らせていく。


「やめろ……!」

「まあまあまあまあ」

「やめろ!」


 人差し指に力を込める。


「やれるんですか?」


 刹那。レモンが囁く。


「本当に撃てるんですか?」

「!」


 右手を銃を握る手の上にから重ね合わせる。


「本当は撃ちたくないんですよね? 私にはわかります。だから、無理しなくていいんですよ?」

「……」


 左手でわが子をあやすようにその頭をなでる。強張った少年の肩から力が抜けていく。


「ほら、いい子、いい子……」


 レモンは相変わらず笑っていたが、その顔はどこか自愛に満ちているようにも見えた。その全ての罪を許す女神の如き微笑みの前に、少年は銃を握る手を降ろして完全に戦う意志を無くし、ライチ達は安堵のため息を吐いた。

 レモンは相変わらず、楽しそうに頭を撫でていた。


「ふふっ……いい子いい子♪ でも……」


 そこでレモンが思わせぶりに言葉を切り、撫でていた手を頭から離す。温もりが無くなり、少年が何事かと顔を上げる。

 レモンは笑っていた。


「銃刀法違反は許しません♪」


 笑ったまま、少年の無防備な横っ面に強烈な左フックをぶちかました。





 翌日。

 レモン、ギュンター、ヤーボの三人は、四十人ほどのソウアー隊員と共にハナダに指定されたエリアの開墾作業を行なっていた。

 砂を撤去し、剥き出しになった地面を濡らして解し、農具を使って耕していく。今彼女達がやっているのは最初の部分、身の丈ほどもあるスコップで砂をすくってバケツに移し、それを捨てていくと言う作業である。

 ジャケットを使えば簡単に終わるかもしれなかったが、その肝心のジャケットの数が不足していたのだ。ジャケットは火星から送られてくる以外の配備方法が無かったのだが、火星人はとかく地球を下に見る傾向が強かったので、ジャケットにしてもその増員を渋る向きが強かったのである。

 閑話休題。

 ここで彼らがやっている事は基本的にはシンジュクで青空の会がやっていた事と同じだった。だが福利厚生の面で言えばこちらの方が遥かに勝っていた。そこで作業していた者達全員に標準装備として麦わら帽子とタオルが支給されており、そして腰には塩をわずかに入れた水の入ったボトルを提げていた。しかも三食中休みつきである。


「ふふっ……やはり労働と言う物は素敵ですねー。やりがいを感じますねー」


 スコップから手を離して背を伸ばして固まった体をほぐし、そして汗を拭いながらレモンが爽やかな笑顔で言った。だがその両脇で黙々と砂を掻き出す作業をしていたギュンターとヤーボの表情は渋いままだった。


「あらあら? お二人ともどうしたのですかー? せっかくの貴重な労働の機会だと言うのに、そんなに暗い顔では楽しいものも楽しめませんよー?」

「その、若姫さま」

「若姫さま、お話したい事がございます」


 遠慮がちに話しかけたヤーボを遮るように、ギュンターが農具から手を離してレモンと向き合い、強い口調で言った。


「若姫さま、昨日の事を聞きました」

「聞いた? 昨日の事?」

「ヤーボから聞きました。銃を突きつけた相手に、随分と危険な事をなされたようですね」


 ギュンターが詰問するような口調で詰め寄る。数秒の沈黙の後、レモンが閃いたように顔を明るくさせて言った。


「……ああー、あの事ですかー。しかし、聞いたと言うのはいったい……?」

「いや、それはその、聞いたと言うのはその」

「ギュンターの奴、若姫さまの体を見て鼻血出して倒れたじゃないですか」

「ああ、そうなのですかー?」

「ぐうっ……ま、まあそれは置いといて」


 一つ咳払いをした後でギュンターが言った。


「とにかく、あのような危険な事は今後二度としないでいただきたい。あなたの御身は、あなた一人だけの物ではないのです」

「はーい」

「……まったく、本当にわかっているのだろうか?」


 レモンから顔を逸らしてギュンターが渋面で呟く。


「あなたは……あなたには姉姫さまがいらっしゃると言うのに……あなたにもしもの事があれば、私は姉姫さまになんと言えばいいのだ……!」

「――ッ」

「私は、私は従者として……!」

「……姉姫さま……」


 後になるにつれて震え声になっていくギュンターの言葉を受けて、レモンも神妙な面持ちになる。ヤーボも苦い顔を浮かべて黙りこみ、やがて三人を取り囲む空気は余人の介入を受け付けない重苦しい物へと変わっていった。


「おーい! そこどうした、何かあったのかー!」


 そんな三人を現実に呼び戻したのは、そのエリアの監督官の叫び声であった。慌てて農具を掴み、一心不乱に作業に打ち込む。


「ギュンターは、あなたの事を心配なさっているのですよ」


 その作業の中で、ヤーボがレモンにそっと告げた。レモンは珍しくムスッとした表情を浮かべながらヤーボに返した。


「それは私が姉姫さまの妹君だからですか?」

「一人の姫さまとしてです」

「本当に?」

「ええ。本当です」


 そして手を止め、レモンをじっと見つめてヤーボが言った。


「そして私も、あなたの義兄として」


 あなたの事を心配しているのです。

 レモンはその言葉に対して、ただ黙って微笑んだ。





「射角修正」

「クリア」

「弾頭装填」

「クリア」


 背後に海を控えた砂だらけの地面の上で二つの声が響いていた。一つは無線越しのくぐもった声。もう一つは鉄の箱の中で喋ったような反響音の混じった声。


「エムジー、こっちも終わった」


 そこにもう一つの反響する声が加わった。その声の主は全長五メートルの金属製の巨人で、その滑らかな流線型で象られた手にはホースが握られ、その背中には件のホースが接続された円柱状のタンクを背負っていた。

 有人型の人型機動兵器ジャケット。アワジモデルだ。

 中にはライチが乗っていた。


「注水完了。タンクの中身は満タンだよ」

「わかったわ。こっちも今最後の調整が済んだ所よ」


 その巨人――ライチからの投げかけにエムジーが答える。彼女は今、彼らの乗ってきたVTOL輸送機のコクピットの中に残り、無線で受け答えしていた。


「諸々の計算は済ませてあるわ」

「さすが。速いね」

「この輸送機のコンピュータを使わせて貰ったからね。これくらい楽勝よ」


 そのコクピットの中で、エムジーは頭にケーブルを挿してもう一方を操縦桿の横にあるコネクタに接続し、機体のコンピュータを自らの頭脳の一分として利用していたのだ。


「マシンに計算出来ない事なんてないわ」

「なるほど。やるね」

「よし。全部済んだのなら、早く始めるぞ」


 そこに最初にエムジーと応答を繰り返していたもう一体の巨人が割り込んできた。その巨人は二体目と同じく流線型で、二体目よりも若干肥満体型であった。

 ジャケット。フランツモデルだ。

 その肩にはバズーカを担いでいた。

 パイロットはジンジャー。彼女は急かすように二人に言った。


「早くしないと日が暮れるぞ。さっさと始めよう」

「待ってよジンジャー。焦らなくても時間はまだあるんだからさ」

「ライチの言う通りよ。焦ってもいい事なんて無いんだから、確実に行きましょう?」

「むう」


 それに対してのアワジモデルに乗り込んだライチと無線越しからのエムジーの反論に、フランツモデルに乗っていたジンジャーが押し黙る。だがジンジャーのジャケットはそれからエムジーとライチが細かな軌道計算をしていた後も彼らに背を向けてどこかせわしなく首を動かし、周囲の風景を見渡していた。


「ジンジャー、どうしたの?」


 その様子に気づいて、ライチがジャケットの首だけをジンジャーに向けて尋ねた。背中を向けたままジンジャーが答える。


「嫌な予感がする。ここに長くいたら、また面倒な事に巻き込まれそうな気がする」

「人間の持ってる、第六感ってやつ?」

「直感は馬鹿にできないものなんだぞ。これのお陰で何度助かった事か……いや、それは今はどうでもいいんだ。とにかく早く終わらせてナハに帰ろう。ここに長居したくない」


 真剣な面持ちで言って来たジンジャーに、ライチとエムジーは揃って押し黙る。人間の直感がそれなりに役に立つ事は、それぞれ実体験と知識で知っていたからだ。しかしその一方で、直感の類が全くの杞憂に終わる事もあると言う事も同時に知っていた。杞憂に終わる確率のほうが圧倒的に高いと言う事も。

 それでも彼らは石橋を叩いて渡る事にした。


「……よし、そうしよう。今始めよう。エムジー、着弾ポイントの計算は?」

「終わってるわ。ジンジャー、そっちにデータを送るから、その通りに機体を動かしてね」

「了解だ」


 ジンジャーの正面に据えられたモニターにエムジーが無線で飛ばしたデータ群が下から上へ流れるように表示されていく。ジンジャーはそれに目を通す事なく(こんな数字の羅列は人間には理解できない)、モニター下部にあるキーボードを叩いてそのデータ通りに機体が動くよう調整していく。

 最後にエンターキーを叩く。モニターから数字の羅列が消え、代わりに『Install finished』と大文字で表示された。


「終わったぞ」

「後は発射するだけね」

「はてさて、吉と出るか凶と出るか」

「それはやってみないとわからないだろうな」


 そう言葉を交わし合う一方で、ジンジャーの乗るジャケットはコンピュータ制御による自動操縦によって担いでいたバズーカをゆっくりと上方に持ちあげて行っていた。

 不意にライチが呟く。


「この実験、上手く行くのかな?」

「それは神のみぞ知るって所ね」

「失敗してもいいように、オキナワ本島から離れたこの場所で実験しているんだろう」

「それもそうか」


 彼らは今、ミヤコ島にいた。





 ミヤコ島で新型ナノマシンの実験をしてきて欲しい。

 ジャケットを使ってハナダがしたかったのはそれだった。

 このナノマシンは地表に堆積した砂を量子レベルにまで分解し除去する機能を持っており、その特性から『クアンタ』と言う異名を持っていた。ちなみに正式名称は『MGD75X-Q-5822ZIG』。うん。クアンタでいい。

 この『クアンタ』を使った実験は以前から何回か行われており、その実験をしていたパイロットが風邪でダウンしてしまったために急遽ライチ達に白羽の矢が立ったと言う事である。





 実験に使われる弾頭は二発。それぞれ指定された場所に発射される。物凄く大雑把な言い方をすれば、右に一発、左に一発である。

 撃ち上げにはバズーカ砲を使用するが、その実体ははバズーカ砲の皮を被った大砲である。弾頭に噴射剤の類は仕込まれていなかった。

 ジンジャーの乗るジャケットが斜め上に銃口を構え、引き金を引く。

 壁を殴るような重い音が一瞬響き、勢い良くナノマシンを搭載した弾頭が上空に発射される。バックブラストなど微塵も発生しない。前部先端からほんのちょっと煙が出るだけだ。

 撃ちだされた大砲は一度頂点まで達した後、その後ゆっくりと放物線を描くようにして降下を始める。そして一定の距離まで降下を始め、規定の地点に来た時に弾頭の表面装甲が剥がれ落ちて中に仕込まれていたナノマシン『クアンタ』を空気中に放出するのである。

 クアンタは先に使われたウイルス兵器同様に重かった。そして件のウイルス兵器同様、ナトリウムに弱かった。

 クアンタは自重によって自由落下を行い、放たれた傍から一斉に地面へと降下する。そして降下した後、自動で分解対象である砂を認識し、量子分解を行なっていくのである。

 だが、当然ながらナノマシン一個で砂粒一個が分解できる訳ではない。一つの弾頭に搭載されているナノマシンの数は百億をくだらないが、ミヤコ島全域をカバーするには全然足りない。


「もどかしいな」

「なにが?」

「まだ実験段階とはいえ、二発だけ撃ってサヨナラと言うのはあまりにももどかしい」

「ああ、それわかる。何と言うかこう、もっとバーっと行きたい気持ちになるわよね」


 ジンジャーとエムジーが揃って不満を漏らす。既に持って来た二発とも撃ち終え、後はエムジーがこの先三十分間の経過を記録し終えるまでこの場に留まるだけだった。

 だが油断は出来ない。もしかしたらライチの乗るジャケットが背部タンクに溜め込んでいた海水――異常行動を起こしたナノマシンを鎮圧するための装備が必要になる時が来るかもしれないし、何者かの妨害が来るかもしれない。

 家に帰るまでが遠足なのだ。


「……あれ?」


 そして不運なことに、ライチのジャケットに搭載されていた広域レーダーが、こちらに近づいてくる物体を補足した。

 内蔵コンピュータは熱反応から車――バギーと断定。全部で六台。ミヤコ島内陸部から接近してきていた。


「くそったれが」


 うんざりしたジンジャーの声が聞こえてくる。


「ああもう、どうしてこんな時に限って」


 そしてジンジャーに続いて、悪態をつくエムジーの声。ライチ同様、二人ともそれを探知したようだ。

 見て見ぬ振りも最早出来ない。


「……僕が見てくる」


 疲れきった調子でライチが呟き、接近してくる物体の方へ向けて歩き始めた。

 空気読めよ。ちくしょう。





 その六台のバギーは、先頭の一台を後続の五台が追いかけている形になっていた。

 正確には、その先頭の一台を他全部で追跡していた。


「止まれ! 貴様の行為は規律違反だ! 止まれ!」


 後続の五台の一つに乗り込んでいた男――目が隠れるくらいに前髪を伸ばした細身の男が、片手でハンドルを握りながらもう片方の手に拡声器を持ち、それを使って前方のバギーに叫び掛けていた。

前の車は止まらない。


「クソ! いい加減にしろ! お前一人で何が出来る! そんなに死にたいのか!」


 拡声器を持つ男のすぐ横には小型のサブマシンガンが置かれていた。それを何度か横目で見ながら、再び拡声器に口を近づけて叫ぶ。


「もう止めろ! これ以上一人で突っ走るな! これは最後通告だぞ!」


 前の車は止まらない。男は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……仕方ない!」


 そして左右に広がるバギーを見渡した後、男が拡声器越しに叫んだ。


「構え!」


 他のバギーに乗っていた運転手達が、揃って同じ型のサブマシンガンを片手で構える。その拡声器を持った男もそれを投げ捨てて銃に持ち替える。

 五つの銃口が一斉に前の一台を狙う。

 前の車は止まらない。

 苦い顔のまま男が叫んだ。


「……撃てぇ!」


 五台のバギーの頭上からジェット水流の如き海水が浴びせられたのは、そう男が叫んだ直後だった。





「……ああ、やっちゃったよ」


 突如として出来上がった『海水たまり』を眼下に置きながら、自分の取った行動を省みてライチは深い溜息を吐いた。


「まあ、あの状況じゃ仕方ないよね。下手したら死んでたんだからさ」


 そして足元にポツンとあった一台のバギーを見下ろしながら、ライチはそう呟いた。

 ライチがそのポイントに着いた時、彼の目にはこちらに近づいてくる一台のバギーとそれを後方からつけ狙う五台のバギーが映り、そしてメインカメラの映した拡大映像には、その五台のバギーの搭乗者全員がサブマシンガンを前の一台に向けている姿が映っていた。

 このままだと撃たれる。

 ライチは反射的に体を動かしていた。

 遥か後方の五台目掛けて、タンク内の海水をお見舞いしたのである。そして向こうは前の一台に完全に気を取られており、ライチの乗るジャケットと真っ直ぐ飛んでくる水流には全く気づいていなかった。

 クリーンヒット。五台は為す術なく海水に呑まれ、一つ残らず横転した。その水の煽りを受けて前を走るバギーがスピンしてしまった時は心臓が凍りついたが、それでも転んだり爆発したりする事なくそのまま停車したのは幸いだった。


「さて。後はあのバギーだけか」


 回想もそこそこに、ライチが自身の足元にあるバギーに目をやる。

 運転手は全身を麻布で包んでおり、顔はおろか体まで見えなかった。これ自体が罠かもしれなかったので、ライチは乗り込んだまま呼びかける事にした。


「おーい。そこの人ー」


 外部スピーカーから呼びかける。反応がない。


「おーい。生きてるかー?」


 もう一度。反応がない。

 ライチの額から嫌な汗が流れ落ちる。


「おーい! 生きてたら返事しろー!」


 三度目。今度は強い語調で叫ぶ。

 麻布が僅かに動いた。


「……生きてる!」


 ライチの顔が安堵に光る。ああ、良かった!


「おい! 大丈夫か! おい!」


 ライチの声に反応してか、運転手が体をゆっくりと起こしていく。

 麻布が頭から外れ、肩口まで露わになる。

 白髪。耳元まで隠す白いショートヘアは、老婆が持つような潤いを失ってパサパサした物だった。


「……」


 その白髪の女が、ゆっくりとこちらを向いた。モニターに女の顔が大写しになる。

 髪質に反して異様に若い外見――二十代後半と言っても十分通用する程だった――と右目に当てられた眼帯が、ライチに揃って強烈な印象を焼き付けた。


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