第百十九話「ムービー」
まるで映画の登場人物になったみたいだ。
目の前の大型モニターに映る光景を見ながら、ギムレットは阿呆みたいに口を開けながらそう思った。そのモニターの中には上方から円形に光が射し込む一つの空間があり、そしてその中央には、一本の塔のような物体が下から見上げるような形で、上からの光を頭から浴びる事によって存在感たっぷりに映し出されていた。
「点検終了。本体各部異常なしです」
「各エネルギーバイパスにも異常なし。発電機にも異常なしです」
ギムレットの前方、大型モニターの真下に据えられたオペレーターシートに座っていた二人の人間――オートミールの部下で、二人とも女性だった――が滑らかな調子で報告を行う。すると彼女らの上部にある大型モニターの両側面に三つずつつけられた小型モニターの中の右真ん中のそれに、彼女達の上官であるオートミールの姿が大写しで映し出された。
「了解した。では今より充電を開始する。そちらの方からサポートを頼む」
「わかりました」
「こちらリリー。聞こえるか?」
オートミールの言葉にオペレーターの一人が応答した直後、男勝りな言葉をスピーカーから響かせながら、オートミールが映っているモニターの反対側にリリーと名乗った一人の女性の姿が映し出された。
「今地上の外周部分にいる。今のところ異常は無しだ」
「何らかの妨害工作の気配は?」
「特にねえな。まーあるとしたら、お空の上から降ってくるミサイルくらいか?」
オートミールの問いかけにリリーがおちょくった調子で返す。すると彼女の映っているモニターの一つ上にある別のモニターに、一機のジャケットの後ろ姿を斜め上から見下ろした光景が映し出された。そのジャケットは一般の物とは異なるカスタム仕様で、それはその機体の背中で折り畳まれた六枚羽の浮遊ユニットから見ても明らかだった。
「まあ、今のところ動きは見られねえな。青空なんとか言う連中も見えない」
「了解した。引き続き哨戒を続けてくれ」
「はいよ。ジャケットは物見櫓じゃねえんだけどな」
オートミールの言葉に不満げに答えた後、リリーと彼女の乗るジャケットを映した映像が帰依、ブラックアウトする。すると今度はオートミールの映された物の下のモニターにリリーとは別の女性の姿が映し出された。
「こちらジンジャー。こっちも異常なしだ」
「了解した。そちらもそのまま哨戒を続けてくれ」
「わかった。それと早く終わらせてくれると助かる。こっちはモブリスの愚痴を聞くのにもう疲れた」
「善処しよう」
モブリス。ギムレットはその名を聞いて、今より十五分前に行われた作戦会議の席で『射手』に選ばれた女性の顔を思い出した。それは正確にはあからさまに不満を露わにした、嫌悪に歪んだ表情を浮かべた時の顔だった。
「なんで私がそんな面倒くさいことしなきゃいけないのよ」
そしてギムレットの脳内では、モブリスが自分が射手に選ばれた時に漏らした言葉もついでにリフレインされていた。その台詞と、その時のモブリスの実に嫌そうな表情が相まって、ギムレットは思わず苦笑をこぼした。
「ギム、どうかした?」
その時、不意に隣から声がかかった。驚いたギムレットが声のした方を向くと、そこには不安そうに見つめるエムジーの姿があった。
至近距離でその憂いのこもった顔を見た直後、ギムレットは息が詰まったような、胸が締め付けられるような痛みを感じた。ロボットなのに。
「どこか体の調子でも悪い? バッテリーの電池切れ?」
「な、なんでもないよ」
その苦しげな表情を見せまいとギムレットが慌てて顔をそむけるが、それがエムジーの興味をさらにかき立てた。
「本当に?」
「ほ、本当だって」
「どうかしら。ギムは自分の事でよく嘘つくから」
「ほ、本当になんでもないってば!」
恥ずかしさを押し殺そうと、ムキになってギムレットが答える。そしてなおも態度を変えないエムジーに、ギムレットがやけくそ気味に言った。
「エムジー、もう戻ろう」
「え? でもまだ実際に発射されてないけど? 暇だからあれを見ようって誘ったのギムじゃない」
「い、いいから、ほら!」
「あ、ちょっと!」
渋るエムジーの腕を掴み、ギムレットが強引にその部屋の外へと連れ出していく。エムジーは最初は困惑した表情を浮かべていたが、やがて彼の様子に気づき、まるで意地っ張りな弟を持つ姉になったかのように、その顔に浮かぶ困惑を苦笑へと変えていった。そしてこの時のやりとりから二人の様子に気づいた件のオペレーター二人は、襟首を掴まれて引きずられていくエムジーと彼女を引っ張っていくギムレットの姿を肩越しに見つけ、揃って苦笑した。
「こちらオートミール。充電率七十五パーセントに到達。今から『タワー』を地上へ出す。各員持ち場につけ」
端のモニターに映ったオートミールがそう指示を飛ばし、重苦しいアラーム音の響きと共に正面モニターに映る塔が土台ごとせり上がっていったのは、その直後の事であった。
まるで映画の登場人物になったみたいだ。
後部座席に乗り込んだカリンは自分とライチの乗った車が悲鳴に近い音を立てながら走り出した時点で、そう思わずにはいられなかった。
「そこにいるのか! そこなのかッ!」
理由の一つとしては自分達を捕まえようと後ろから巨大ロボットが現在進行形で追いかけてきているという、映画さながらの状況の中に自分自身が置かれたからであり、そしてもう一つは、老人の運転に起因していた。
「姉さん! そこにいるんだね!」
「追ってくる!」
「まずい、スピード上げて!」
「わかっとる! うりゃあ!」
しかしそれは運転する老人の所作や言葉回しが、昔見た映画――旧時代に作られた物をリメイクしたアクション映画――に出てくるハードボイルドな主人公に瓜二つだったからではない。その映画に出てきたカーチェイスのシーンよろしく、老人がド派手で華麗なドライビングテクニックを披露して見せた訳でもない。
単純に下手くそだったからだ。
「そりゃあ!」
追っ手を振りきろうと、老人が勢いよくハンドルを切って車を右に曲がらせ、狭い路地の中へと進入する。路地自体には入れたがこの時の勢いが強すぎたために右側の車輪が前後両方とも地面から浮き上がり、結果車体は斜めに傾き左側の車輪二つだけで全重量を支えたまま走り始める事になった。
「うわっ!」
「きゃああっ!」
「ヒーハー! ご機嫌だぜえ!」
車が斜めに傾いた事でまず左側に座っていたライチがドアへ向かって「落下」し、それに続く形でカリンもライチの後を追った。老人はコンバットハイにでもかかったのか、まるで気にしていなかった。
しかし幸いにも先に落ちたライチがクッション代わりになったおかげでカリンは受ける衝撃も少なく済み、痣や傷を負う事も無く、おまけにライチの胸の中に合法的に飛び込むことも出来て、彼女的には万々歳な結果に終わった。
「え、ライチ?」
「ぐえっ!」
「……ライチのからだ、あったかい……」
「ぐふっ! か、かり……」
しかし当のライチには、彼女の感じていた幸せを等しく噛みしめる余裕は無かった。相手が恋人である事も忘れ、漬け物石のように自分の真上に覆い被さるそれの背中を力任せに何度も叩く。
「カリン、カリン!」
「はっ、ライチ!?」
「どいて、おもい、つぶれる……!」
「ご、ごめんなさい! 今どくから」
ライチの懇願によって正気を取り戻したカリンはそう言いつつ、彼の前へ来るように自分の位置をずらそうとする。その瞬間、二輪走行をしていた車が元の四輪走行へと戻った。
フレームが軋み、サスペンションが圧壊しそうな程に潰れ、車体全体が悲鳴を上げる。
「助けっ」
「ぎゃあああっ!」
悲鳴を上げたのは中の人間も同じだった。その時の衝撃でシートベルトをしていなかったライチ達は一瞬重力から解放されたような感覚を味わい、そしてその直後、今度は座席の方へ横倒しになった格好で『落下』したのだった。
「!」
ちなみに元の走行に戻った直後、二人は互いに向き合いながら抱き合っている形になっていた。平静を取り戻した直後に恋人の顔が至近距離にある事を認識して、混乱しない訳がなかった。
ちなみにこの時、車は既に路地を脱して左に曲がりながら車道へ復帰していたのだが、今の二人にそれを知る事は出来なかった。
「あ、その」
「ひぅっ……!」
二人して石のように黙りこくる。そしてこの時カリンの脳内では、地球に降りる前、ライチと知り合うよりも前に見たスラップスティックなラブコメディ映画のワンシーンが、何度もフラッシュバックされていた。そのシーンと自分達の置かれた状況が見事に一致していたのだ。
ちなみにその映画の中におけるこのシーンのラストは、元通りの四輪走行に戻った車のブレーキがその戻った際の衝撃で壊れ、減速も効かないままフェンスをぶち抜き、中に乗った人間ごと岸壁から河に落下するという物であった。
「ああ、まずい」
そしてカリンの脳内で件の映画のシーンがそこまで再生された時、老人が苦々しく呟いた。それを聞いて我に返ったカリンが、ライチから目をそらす意味も含めて上体を起こして老人の方へ向き直る。
「どうしたの?」
「ブレーキがいかれた!」
老人の叫びを受けてカリンの顔から血の気が抜けていく。遅れて体を起こしたライチも同様にその顔に驚愕を貼り付ける。
「さっきの衝撃でシャフトがいかれたんだ!」
そう老人が叫ぶのと、それまで彼らが通ってきた路地の中から、そこを構成していた建物の壁を打ち崩しながら件のジャケットが姿を現したのは、ほぼ同時だった。




