第百十七話「暴走列車」
ミサイルが止まる気配は無い。火星との交信を終えたアラカワの放った言葉に、それを聞いた面々は一様にうなだれた。この間もミサイル攻撃は未だ継続されており、つい三分前に十五発目が着弾した所だった。
弾切れだからなのか衛星との回線接続に不備が生じたからなのかはわからなかったが、三発目以降の地球に落ちてくるミサイルが核ミサイルから通常の対地高高度ミサイルへと置き換わっていたのが、地球と生物にとって救いと言えば救いだった。しかし攻撃自体は一向に止まる気配を見せず、その着弾報告と時たま自分達の頭上から襲いかかる震動と騒音に、南極の地下施設に避難していた彼らは少なからず辟易していた。
「これどうするんだよー? いつまでもこのまんまじゃさすがにまずいだろうがよー?」
ゴムひもを使って首から後ろに麦わら帽子をかけた農夫姿のモブリスがその皆が集まった席でだらけきった声で言い放つ。彼女は召集を受けてここに来る前はずっと種を植えるための土いじりを行っており、肉体的にも相当疲れていた。
「こちらにはバリアがありますからまだそれなりに保つでしょうが、バリアの出力は無限ではありません。このまま放置していてはいずれ破られるでしょう」
ギムレットの真横にぴったりくっついたベラが言った。そしてベラが真横にいるためにガチガチに硬直していたギムレットの手を握りながら、ベラと共にギムレットを挟むようにして彼の隣に立ったエムジーがアラカワに対して言った。
「こっちから攻撃を止めさせる事はできないの? 交渉が無理なら、もう自分達でなんとかするしかないじゃない」
「同感だぜ」
エムジーの意見にリリーが同意し、そのまま言葉を放つ。
「このままやられっ放しで終わるなんざごめんだぜ。俺達は向こうの連中のご機嫌取りのためにいるんじゃねえんだ。やる事はしっかりやらないとな」
リリーの言葉に周囲から賛同の声が挙がる。彼らもまた、火星人にいいようにされている今の状況が気にくわない者達であった。
「ミサイルの迎撃が難しいならば、衛星そのものを止めたり、壊したりする事は出来ないのでしょうかー? それが出来るのならばすぐにでも行った方がよろしいと思うのですがー」
賛同者の一人であるレモンが言った。その声を受けて最前列のオートミールが頷き、そして眼前にいるアラカワに目を微妙に逸らしつつ言った。
「何か具体的なプランか何かは無いかね? こちらも以前から衛星の破壊方法について考えてはいるのだが、何も思いつかないんだ
「私もまったくわからなかったゾ。アラカワよ、アイデアとか何かは無いノカ?」
そのオートミールに合わせるようにモロコも口を開く。お互いに組織の長でありながら己の無知を恥じらう素振りも見せずに周囲に明かすその堂々とした出で立ちは、逆に長として頼もしいものであった。
「うーむ、アイデアか……」
そしてそのモロコの言葉を受けたアラカワがスピーカーから低い唸り声をあげる。それから暫くして、スピーカーから再び声が上がった。
「ないこともない」
言葉の内容に反して、その声は迷い無くハッキリと聞こえた。
配電室を離れ、行きと同じマンホールを通って外に出たライチ達は、目の前に広がる光景を見て唖然とした。
「なにこれ」
「こんなに?」
MBN本社ビルの玄関前は多くの人でごった返していた。それこそビルの隣接する歩道はおろか車道、そして反対側の歩道に至るまで、文字通り人の壁ができあがっていた。その中には報道用のカメラやマイクを持った人、携帯端末のカメラ機能を存分に活用している人、「地球を汚すな」と書かれたプラカードを高々と掲げた人もいた。
「これはどういうことなんだ! ちゃんと説明しろ!」
「あれはなんでしょうか! 質の悪いいたずらなのかどうか、本当の所を聞かせてください!」
人の壁の方々から喚き声があがる。そんな大量の人だかりを、正面玄関前に立った何十名ものガードマン達が両手を広げてこれ以上先に行かせまいと賢明に押し止めようとしていた。群衆の側もそれに負けじとガードマンに正面からぶつかっていく。
まさにお祭り騒ぎ。しかし騒ぎの内容が内容だけに、あまり手放しで囃し立てられるようなものではなかった。
「こんなに大事になってたんだ」
「騒ぎになるのはここだけでは済まなくなるだろうな。いずれ晒し者にされた企業のところへも殺到するだろう」
呆然と呟くライチに老人が答える。その老人に、横からカリンが尋ねる。
「じゃあ、ここに集まってる人達って?」
「あいつらの言葉を聞けばわかる通り、事実確認をしに来た連中じゃろうな。いきなりあんな事言われても、まず鵜呑みには出来んて」
ごもっともだった。納得したように頷いている二人に向けて、老人が続けて言った。
「まあ、あの中には冷やかし目的で来た奴や、単純に他の人が集まってきてるから自分も参加してみようという軽い気持ちで来た者もいるじゃろうな」
「皆本気にしてる訳じゃないってこと?」
ライチの問いかけに老人が頷く。カリンが呆れたような声で言った。
「気楽な人もいるのね」
「まあ、皆が皆あのリストの中にあった企業で働いていた訳ではないからな」
老人のフォローにカリンが納得して頷く。そして今度はカリンが憮然と言葉を漏らしていた間も壁のように分厚い人だかりを凝視していたライチに目を向けてから、老人が二人に言った。
「見学はこれくらいにして、早く宇宙港とかいう所に向かうぞ。私らは逃げるために来たんだからな」
老人の言葉に二人がハッとしたように顔を目を見開き、そしてすぐさま驚きの表情を浮かべて老人の方を向く。
「は、早く行きましょう」
事の重大さを思い出したカリンが急かすように二人に問いかける。ライチと老人もそれに同意し、正面に見える人だかりに背を向けて宇宙港へと走り出した。
「でもその宇宙港がどこにあるのか、誰かわかるの?」
「任せて。この辺りの事なら私全部知ってるから」
「ほう、それは頼もしい。実は私もここの地理には明るくないんだ。カリン、君に任せてもいいかな?」
ライチの疑問にカリンが自信満々に答え、舌を巻いた老人が走る速度を落としてカリンに先頭を譲る。カリンがそれを察して三人の先頭に立ち、頭の中でこの周囲の地図を開いて宇宙港までの最短距離を確認する。
「でもアラカワって人、どうする気なんだろ? 僕らの中で宇宙船使える人っていないよね?」
そして走り去る中でライチがそう疑問を口にしたその時、彼らの背後でそれは起きた。
まず最初に三人の背後から襲いかかってきたのは悲鳴だった。それも一人や二人ではない。何十人もの悲鳴、途轍もない恐怖に突如として襲われたかの如く運命を呪うかのような断末魔の叫びが、先を急ぐ彼らの背中に容赦なく突き刺さったのだった。
「な、なに!?」
今まで聞いたこともない絶望に満ちた叫びを聞いて、カリンが思わず立ち止まる。後ろの二人も同様に止まり、三人は一斉に後ろを振り返った。
振り向いた彼らの目に飛び込んで来たのは、逃げ惑う群衆の姿だった。それまで形作られていた人の壁はすっかり崩れ、まさに蟻の子を散らすように耳にこびりつく叫び声をあげながら方々へと逃げ去っていくのが見えた。
次いで三人をゾッとさせたのが、その逃げ惑う群衆の殆どが、自分達の方へと走ってきている事だった。
「なんでこっち来てるの!?」
「そんなの知らないよ!」
「なんだ! 軍隊でも来たのか!?」
迫ってくる人の波を前に、そのパニックが感染したかのようにライチ達が思い思いに叫びあう。そしてその最中、思わず頭を上げて視線を上に向けたライチは、その直後に「上げなきゃ良かった」と体を石になったように硬直させながら心から後悔した。
「ライチ?」
「どうかしたのか?」
それに気づいたカリンと老人がライチに向き直り、その後全く動かないライチを見た二人は彼の視線の先に何があるのかを知ろうとして同様に目線を上げる。
「え」
直後、そこにあった物を見て二人もライチと同じく硬直した。
「どこだァ! 奴らどこにいる!」
ジャケット。
スピードを捨て防御に特化したフランツタイプのフレームをベースに、そこに更に曲面で構成された装甲をゴテゴテと貼り付けた、まさに達磨の如き肥満体の巨人。
それが一歩一歩大地を踏みしめ、足下を陥没させつつ狂ったような叫び声を上げながら、着実にこちらへ迫ってきていたのだった。
「何あれ!」
「軍隊の新型?」
「知るか! 逃げるぞ!」
ライチの疑問を一蹴しながら老人が叫ぶ。後の二人もそれに続いて一目散に駆け出す。全身に装甲を貼り付けたジャケットの動きは非常に鈍重で互いの距離も四百メートルほど離れていたが、それでも歩幅の差は大きく、全速力で逃げないとあっという間に追いつかれてしまいそうだった。
「どこだ! ここに来ているのはわかってるんだぞ! 出てこい!」
ジャケットが叫ぶ。その声を聞いた瞬間、カリンは思わずそのジャケットを肩越しに見た。
「え」
「カリン、どうかしたの!?」
「さっきの声」
ライチの声にカリンがうわごとのように答える。そのカリンの目の前で、ジャケットが背中に手を回し、そこからラグビーボールのような形をした一つの物体を取り出した。
ためらう事無く、ジャケットがその物体を逃げ惑う人でごった返す前方の道路へ投げ飛ばす。
「ジェイク」
カリンがそう呟くのと、車道に激突したボールが爆発したのは、ほぼ同時だった。




