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第百十六話「科学万能説」

 人類が地球にのみ住んでいた時代、その時の人類はかつて『冷戦』と呼ばれていた頃にとある二大国間で行われていた宇宙開発競争を、今度は世界規模で再開させていた。全人類が世界戦争を起こすよりも前の、文明の行く先が切羽詰まって来てはいたが、まだ崖っぷちに立たされてはいなかった頃の事である。

 それまで宇宙開発は人的物的両面から出るコストが激しく、そのリスクに対して予想されるリターンが少なすぎる事から敬遠されてきていた。だがこの頃の人類を取り巻く環境――急激な科学技術の進歩や止まることを知らない人口増加、地球に埋蔵されている天然資源の減少などによる閉塞感――が彼らの尻をひっ叩いた。人類は地球を離れ、本格的に宇宙に進出すべきだとの意見が識者達の間で交わされ始めたのである。

 そんな彼らの背中を後押しした要因の一つが、ワープ装置の発明である。これは空間を歪めて現在地と目的地を直接隣接させる『穴』を作り出す技術であり、例えるならばある一本の直線の端から端まで移動する際にその線の上を馬鹿正直に渡るのではなく、その両端を直接くっつけて端から端へと移動するようなものであった。

 この技術の発見は、人類の未来に文字通り光をもたらした世紀の発見であった。人類の宇宙進出を阻んでいた原因の一つである『距離』の問題を、一完全とは行かないまでも大きく解決する事に繋がったからだ。

 しかしここに来て、人種性別関係なしに一部の人類が共通して持っていた悪癖の一つが発露した。技術の兵器転用である。ワープ技術が本格的に実用化されようとするにあたって、それを軍事利用しようという動きが活発化していったのだ。

 当然ながら、科学者達は必死の抵抗を試みた。しかしダイナマイトや核が利用されてしまったのと同じように、ワープ技術もまた結局は軍の手に落ちてしまった。その多くは金と権力に釣られた一部の科学者の『寝返り』によるものが大きかったが、物理的に脅されて泣く泣くデータを提供した者も少なくなかった。個人の力など、国家の前では無力に等しかった。

 ちなみにこれによる軍事革新とこれがもたらした先進国と途上国の間の技術力ないし軍事力格差もまた、後に起きた世界戦争の引き金となるのだが、これはまた別の話である。





 ここで時間を現在に戻す。この時アラカワが使用したのは、このワープ技術を利用して開発された初期型の弾道ミサイルであった。これはミサイルそのものにワープ装置を取り付け、射出後一定時間後に装置を起動させてミサイルの進行方向に『穴』を展開、予め設定されていた目的地の付近へ移動し、そこを攻撃するという物である。目的地の設定や装置の起動は、全て司令部から電波を通して操作された。

 ミサイル自体に大きな改造点は無かった。なぜならこれが開発された頃には装置自体の小型化も進んでおり、ミサイル本体に破壊力を落とさずに重量だけを減らすような改良を施さずとも、その装置がデッドウエイトになる心配が無かったからだ。

 結論から言えば、これはただ現行のミサイルに装置をくっつけただけのアナログな代物である。特別大幅な強化改造を施したものではないが、そのシンプルさ故に誤作動や誤爆、加えて故障も少なく済み、シンプルさが逆に強みとなった。それにこの時点でこれは捕捉も迎撃もほぼ不可能な悪魔の兵器と化しており――スタート地点から一歩前に踏み出した時点でゴールするような超短距離走をやっている選手を「走行中に妨害する」ようなものである。不可能だ――改良の余地はほぼ無かった。

 閑話休題。

 ちなみにこれより前に何発も地球に落とされた――そして現在も継続して地球に着弾している――核ミサイルと、提出証拠としてアラカワが火星に落としたこのミサイルは全くの別物である。しかしアラカワにとってミサイルの違いなどどうでも良かった。

 動くミサイルが実在する。その事実を知らしめる事こそが今一番重要だったからだ。それに一般の火星人連中にミサイルの違いがわかるはずもない。パニックを煽れればそれで良かった。





「――以上がこのミサイルの説明だ。それと言うまでもない事だが、人口密集地帯に落とすつもりはない。こっちは虐殺をするつもりで落としている訳ではないからね。ただ、無人の家屋や完全オートメーションと化した生産工場のいくつかは消えてもらう事になる。こちらのお願いを無視した報いだよ」


 アラカワが自分が落としたミサイルの説明とそこから派生してのワープ技術と装置の説明を終えてそう締めくくった時、ジーンの持っていた端末からは部下の悲鳴に近い声が次々と轟いていた。


「ジーン様! 我が社の生産プラント群が消滅しました! 四つもです! 上空からミサイルがいきなり現れて!」

「本社ビルの前に人が集まっています! ものすごい数です! 捌ききれません!」

「抗議やクレームのメールが殺到しています! 本社だけじゃなく、支社にも大量に! このままだとパンクします!」


 部下からの報告が一つ増えるごとに、ジーンの眉間に皺が一本多く刻まれていく。これまでジーンが表情を動かす場面を見ていなかった三人は、その彼の様子を半ば驚いた心持ちで見つめていた。


「効果覿面だ」

「やりすぎじゃないかな?」

「陽動はこれくらい派手じゃないと意味がない。それに地球はこれより酷い目に遭ってるんだ。ちゃんとプラスマイナスゼロにしないと腹の虫が治まらない」

「随分と根に持つタイプなんじゃのう」


 してやったりな調子で話すアラカワにライチが若干ひきつった言葉を返し、老人が呆れ顔を作って彼に答える。一方のカリンは、ただ一人端末を見たまま硬直する実の父の姿を何も言わずにじっと見つめていた。

 当の父親はカリンの視線に気づいていたが、それどころではなかった。


「み、ミサイル、また着弾しました! ブロッサムが建設していた社員用宿舎です! 隣接していた我が社の宿舎も巻き込まれました!」


 ブロッサムとは兵器開発も行っている鉄鋼製造企業であり、そのトップの名前は件の地球モルモット化を実行していた人物リストに載っていた。


「こちらでも着弾を確認! 今度は南ブロック四十五のプラントにです! 予想される被害総額は・・」

「南ブロック四十五?」


 その時、端末から漏れ出る部下の一人の声を聞いたカリンが顔色を険しいものに変えた。それに気づいたライチが彼女に尋ねる。


「どうかしたの?」

「南ブロック四十五はまだ未開発の地域のはず。三年後に政府主導で本格的な開拓が行われるまで、不可侵領域に設定されていた場所よ」

「そうなの?」

「それ、どこから知ったんじゃ?」


 老人の問いかけに、カリンが黙ってジーンを指さす。ライチと老人が揃って驚いた表情を作ってジーンを見据える。


「あなたが教えてくれた事よ。私が地球に社会見学に行く前の晩に」


 カリンが詰問する口調でジーンに話しかける。ジーンは沈黙を貫いた。


「嘘をついたの?」

「……」


 ジーンは何も言わなかった。そんなジーンを睨みつけるカリンの目尻に涙が溜まっていく。娘として扱ってくれない事への寂しさから来る涙だった。


「どうして!」

「……」


 沈黙。このときジーンは手元の端末から流れてくる部下の報告に耳を傾けており、カリンの言葉は最初から眼中になかった。

 元々ジーンは後継者以外にその事を話すつもりはなかったし、そういう理由だから嘘をついたのだと弁解する気も無かった。


「くそ」


 そしてそれを表すかのように、ジーンはそう短く悪態をついてから、そこには最初から自分しかいなかったかのように自然な動作でドアを開き、その部屋を後にした。三人には一瞥もくれなかった。


「なんて奴だ」


 なにも言わずに俯くカリンの横で老人が顔を真っ赤にして吐き捨てる。その拳は握りしめられたまま激しく震え、彼の怒りの強さを如実に語っていた。


「あれでも親か。自分の娘だろうに、他にもっとやることもあるはずだろうに」

「あの、大丈夫、大丈夫ですから」


 憤懣やるかたない様子の老人に向かってカリンがなだめるように返す。老人はなおも怒りが収まらない調子で肩を上下に揺らして息をしていたが、それでもカリンの言葉を受けて幾分か落ち着きを取り戻していた。


「君は本当にそれでいいのか? 父親からあんな仕打ちを受けて、そのままでいられるのか?」

「もう慣れました。父は昔から仕事を優先する人でしたから。特に気にしてませんよ」


 老人の言葉にカリンが答える。そうは言っていたが、彼女の目尻に溜まっていた涙を見てそれが本心ではないことに気づかないほど、ライチと老人は鈍感ではなかった。だがその一方でそんな彼女になんと言葉をかけてやればいいのかについてはとんとわからず、二人はそのまま黙り込むしかなかった。


「私も子持ちだが、私だったら絶対にあんな事はしないぞ」


 と、不意に老人がぽつりと呟く。ライチはその時老人が声を発した事に気づいてその方へ顔を向けたが、その言葉の内容までは把握することが出来なかった。


「それより君達、今がチャンスだぞ」


 そして若干気まずくなっていた所に助け船をだすように、アラカワが三人に向けて言葉を放った。そして同時に機械の方へ向いた三人に向かって、アラカワが続けざまに言った。


「こちらの予想通り、火星のあちこちで混乱が怒りつつある。逃げるなら今しかない」

「に、にげる?」

「そもそもそれをするために混乱を起こしたのだが」

「ああ」


 アラカワの声を聞いて、ライチが思い出したかのように呆気にとられた声を上げる。その後三人の中で老人が真っ先に動いてドアを開け、立ち尽くしていたライチとカリンに向かって言った。


「そうとわかったら早く行くぞ! チャンスは今しかない!」

「わっ!?」

「う、うん!」


 残りの二人もそれを聞いて我に返り、大急ぎで老人の開け放ったままのドアから外へと飛び出していった。


「階段! 階段はやく降りて!」

「わかってるよ!」





「……」


 そして他の二人が非常階段へ向かい、その場に一人だけとなった時、老人は向かい側に見える件の機械を見つめながら小声で呟いた。


「まさかあの二人と一緒に動くとは。何が起きるかわからんな」


 機械は既に沈黙していた。老人はそれ以上何も言わず、静かにドアを閉めて二人の後を追った。

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