第百十五話「奥の手」
「こちらがその装置になります」
「装置? これが?」
「はい。最新の時空跳躍機、いわばタイムマシンになります」
「・・普通の家じゃないか」
「はい。それこそが我々の開発した時空跳躍機の特徴なのでございます。時空間を跳躍する際にあたって一番の問題となるのは、跳躍者とその者が跳んだ先の時間軸の世界との間に生じる齟齬、いわばジェネレーションギャップです」
「ギャップ。たとえば?」
「例えて言うならば、その世界で流行っている物の使い方がわからないですとか、自分の持っている価値観が全く通用しないですとか、そういった物理的ないし精神的な物です。そしてそれらによって跳躍者の被るストレスは、決して無視できない程の量なのです」
「なるほど。しかしそれとこれとどんな関係があるのかね?」
「はい。この家は今我々の生きている時代に合わせて設計されています。どの時代に跳ぼうが、どの世界に跳ぼうが、この家は従来と変わらぬ姿を保ち、あなたの本来の日常と変わらぬ生活スタイルを提供する事が出来るのです」
「つまり、この家だけはギャップを感じる事がない?」
「その通りです。跳躍先での生活に疲れたり、ホームシックにかかった時に、そのささくれた心を癒せるような物を作りたい。その理念のもと、この家型時空跳躍機は完成したのです」
「なるほど。理屈はわかった」
「お気に召しましたか?」
「まあ、跳べるならそれでいい。これを使わせてもらえるんだな?」
「もちろんです。あなたがこれを懸賞で当てたのですから」
「そうか。いや、あまり実感が沸かないんだよ。実力で勝ち取ったような感じがしなくて」
「運も実力の内と申しますでしょう? それでは、良い旅を」
「は?」
ライチは目の前の男が何を言ったのか、最初まったく理解することが出来なかった。正確にはその言葉の破壊力の前に頭の中が真っ白になり、何も考える事が出来なくなっていた。
「……聞こえなかったのか?」
そんな鳩が豆鉄砲食らった時のような間抜けな顔を見せるライチに向けて、ジーンがその怜悧な口調の中に僅かな苛立ちを込めて言った。それは聞く者の背筋を凍り付かせる程の圧倒的な圧力を持っていた――実際この時、それを聞いた老人とカリンは竦み上がっていた――のだが、今のライチの脳にそのプレッシャーは届かなかった。
「いや、いきなりそんな事言われてもそんな……」
「即断即決も出来んのか貴様は」
「り、理由も聞いてないし」
「他に使える奴がいなかったからだ」
そしてようやっと状況把握能力と言語機能が回復したライチの問いかけをジーンがバッサリと切り捨てる。そんなジーンの腹の中では、本当は最初に跡継ぎと考えていたジェイクがどうしようもない役立たずで、だからといって女のカリンに家督を譲る気も起きず、ならばそのカリンをたらしこんだ度胸と根性を見込んでライチを跡継ぎにしてしまおうというちゃんとした考えがあった。だがジーンはそれを話そうとはしなかった。時間の無駄だったからだ。
「余計な物言いは求めていない。イエスかノーで答えろ。それだけでいい」
ジーンはライチに余計な弁解は求めていなかった。徹底的に無駄を取り除くのがこの男の流儀だった。だが一方のライチからしてみれば、対話を試みようとした矢先のこれである。もう何を言えばいいのかわからなかった。
「……」
ライチはその態度が気に入らなかった。どこまでも人を下に見るその態度を前に、ライチはだんまりを決め込むことにした。
「失礼。あなたはジーン・ウィートフラワーかな?」
反発心からライチが黙り込んでいたその時、彼の背後にある機械のスピーカーからアラカワの声が聞こえてきた。ジーンの目がそちらへ向けられるが、その相手を射殺すような目線はアラカワには通じなかった。彼の顔を映して地球に転送するような機能はここには無かったからだ。
それでもジーンは無言で機械を睨み続ける。先方が無反応を通す事を知ったアラカワは勝手に話を進めることにした。
「私はアラカワ。地球で暮らしている者だ。あなたに少し提案があるのだが、どうだろう。聞いてはもらえないだろうか」
「断る」
ジーンが即答する。アラカワが無視して先を続ける。
「提案というのは、現在進行形で行われている『あること』を、早急に止めてもらいたいというものだ。ここで言う「あること」とは即ち、あなたが行っている地球へのミサイル攻撃のことだ」
アラカワが話し終えた直後、部屋の空気が一変した。ジーンの表情が一瞬だが険しくなり、ライチ達三人も驚いた顔でジーンを見つめる。件のミサイル攻撃が彼の主導によるものであるという事を知ったからだ。
「なぜそんな事を言うのかって? 悪いがこれは当てずっぽうじゃない。ちゃんと証拠がある。あなたの執務室での言動を全て録音した音声データや、あなたの企業からこのテレビ局を経由して、衛星をハッキングする電波を宇宙空間に送信していた事を示す宇宙線の進行方向を表したデータも。そうした物を全部揃えた上での結論だ」
「くだらん。証拠の偽造などいくらでも出来る」
ジーンは動じなかった。火星社会の中で最大級の資産を持つ富の巨人は、アラカワの言葉を完全に無視する構えだった。
「衛星から発射されたミサイルが地球に着弾している映像もしっかり残ってる。それにあなたが他の火星の企業の人達と結託して地球で兵器の実験をしていた事を示す資料も」
「くどい。そんな子供だましな手で私を脅そうと」
「ちなみにこれ全部もうテレビで流してるから」
ジーンの言葉を遮ってアラカワが爆弾を投下する。ライチ達のみならず、さすがのジーンも一瞬息をのんだ。そしてジーンは懐から携帯端末を取り出し、慣れた手つきでテレビ機能のアプリケーションを起動した。
起動してまずジーンの耳に入ってきたのは、荘厳なオーケストラの響きだった。そのメロディにあわせて、自信に満ちあふれた男の声が朗々と聞こえてきた。
「ごらんください! これが今、地球で実際に怒っている事です! このミサイルと呼ばれる鋼鉄の矢は、中に備えた圧倒的な破壊力でもって地球を焼き尽くし、そこに僅かながら済んでいる生命を絶滅させんとしているのです! このような非道な行いが、果たして許されていいのでしょうか!」
その音声と共に、上空から飛来したミサイルが地表に激突し、その直後視界が真っ白に染め上げられていく映像が繰り返し映し出されていた。この時BGMも暗く悲壮な物へと変わっており、場の盛り上げに一役買っていた。
「そして、これが我々が今回のミサイル事件の首謀者と目される者達のリストです。実は彼らはずっと前から地球を一つの実験場として、そこで自分達の開発した兵器のテストを行っていたのです。そう、彼らはあなた方と同じ命を、まるでモルモットのように扱っていたのです!」
画面に映る映像が人名を羅列したリストを映したものへと変わる。そこに記載されていた面々の名前は、火星に住んでいる者ならば一度は聞いたことのある大企業のトップばかりであった。
当然、そこにジーンの名前もあった。
ジーンは僅かに片眉をつり上げた。明らかに不快感を露わにしていた。
「もう始めてたなんて」
「ああ、勝手にやらせてもらってるよ」
「どれくらい前から?」
「君達と話し始めた時からかな。これ以外にもテレビ番組の製作会社や雑誌の会社とかに、あれと同じリストを転送している」
「どうやって調べたの?」
「旧時代の地球の技術を使えば、この程度は簡単だよ。昔は盗聴や盗撮が今よりも盛んだったからね」
その一方、ライチ達の質問にアラカワがなめらかな口調で答えていた。その間、ジーンの手にある端末の液晶画面ではそれまで映し出されていたリストに代わって、火星のある一点から飛んだ電波が衛星に届くまでを画で表した物が映し出されていた。
そして質問があらかた片づいた所で、アラカワが再びジーンの名前を呼びながら言った。
「さて。今ならまだ悪質ないたずらで間に合う。弁明すれば、あなた方の経歴に傷がつくこともない。これ以上酷い事にならない内に、攻撃を止めてくれないだろうか? これは地球に残っている者達の総意でもある」
真実八割嘘二割のアラカワの言葉に対し、ジーンは沈黙を貫いた。次に何を言うのかとライチ達がじっと見守る中、やがてジーンが口を開いた。
「断る」
その言葉に迷いはなかった。
「こんなくだらん茶番につきあっていられるほど、私は暇ではないのだ。ここに来たのはライチの返事を聞くため。それ以外の用件に答えるつもりはない」
ジーンはどこまでもビジネスライクに、冷徹に言葉を吐き出していく。カリンや老人の事など眼中になく、そのことでカリンが諦めにも似た陰鬱な表情を浮かべていた事にも気づかなかった。
「……それが答えか?」
対するアラカワの声も暗く沈んだものになっていた。その落胆した調子を含んだアラカワの言葉を前にしても、ジーンは自分のスタンスを崩さなかった。
「そうだ。さてライチ、さっさと答えを聞かせてもらおうか」
「……ッ」
余計な質問を許さないと言わんばかりに、ジーンが冷たい声の中に凄みを持たせながら一歩前に踏み出す。それまで異常の圧迫感を覚えたライチが反射的に後ろに退がる。
その様子を見てまた一歩前に踏み出しながらジーンが言った。
「返答次第では」
と、そのジーンの言葉を遮るようにして、機械に据え付けられたスピーカーから何かのボタンを押したような間抜けな音が聞こえてきた。
それは先程までアラカワの声が聞こえてきていたスピーカーだった。四人の目線が一斉にそのスピーカーへと向かう。
「……何をした?」
ジーンが口火を切る。それに対して返ってきたアラカワの言葉は、先程と変わらず暗いものだった。
「物的証拠の提出」
「なんだと?」
「あなたが罪を認めないから、こちらからその動かぬ証拠を火星の人達に見せる事にした」
「なんの証拠だ?」
静かにジーンが問いつめる。アラカワが一際沈痛な調子で答えた。
「ミサイルが実在するという証拠だよ」
アラカワの発言より四分四十秒後、ハイヤー郊外の高級住宅エリア上空に突如として大穴が開き、そこから一発のミサイルが垂直に落下した。
一瞬だった。激突し、火球が生まれ、後には何も残らなかった。




