第百十四話「第一種接近遭遇」
「なあおまえ、おまえよ」
「あら、どうしたんですか? そんなに呼びつけて」
「この前の懸賞でちょっと面白い物が当たってしまってな。それを教えようと思ったんだよ」
「まあ、懸賞なんてやってたんですか。それで、何が当たったんですか?」
「見て驚くなよ……これだ」
「それは……紙?」
「中身を読むんだ中身を」
「ええと、なになに……え?」
「どうだ、凄いだろう」
「あなた、本気なんですか?」
「ああ、私は本気だよ」
「でもこれ、眉唾もいいところじゃないですか」
「そういうなよ。私は結構楽しみにしてるんだから」
「でもあなた、いくらなんでもタイムマシンなんて、できっこありませんよ」
「いいや、出来ると思うぞ。私はこのタイムマシンを信じている。とにかく私はこれに乗りに行くからな」
「なぜ?」
「楽しそうだからだ」
目的の配電室はもぬけの殻だった。そこに至るまでの道中においても警備員の一人にも出会うことは無く、何かしらの遭遇を警戒して慎重に歩を進めていた三人は、その目的地についた時点で若干肩すかしを食らう事になった。
「なんだろう。すんなり行きすぎて逆に怖い」
「ハイヤーの区画で犯罪が起こる事は殆ど無いから、よほど重要な場所でもない限り警備員やガードマンを配置しようっていう考えを持つことはないのよ」
「ハイヤーは選ばれた存在。その選ばれた存在が犯罪を起こすなど考えられない。そういう考え方が深く広まってるからのう。基本的に平和なものじゃ」
中で一息つきながら、カリンと老人がライチの言葉に答えた。それからカリンは部屋の入り口の向かい側に備え付けられた機械に近づき、前に受けたアラカワの指示通りに機械を操作していく。
「これね」
といっても、彼女のしたことは指定されたスイッチを一つ押すだけだった。しかしカリンがその黄色く光るスイッチを押した瞬間、その場の雰囲気が一変した。
「えっ?」
機械の内側から低くうなるようなモーター音が響き、瞬く間に室内を満たした。機械の上部に規則正しく並んだモニター群の殆どから電流が迸り、更にモニター同士の間から白煙が勢いよく噴き出した。機械に据え付けられた何十ものメーターの針が激しく左右に振られ、モニターから発生した電流が機械の上を嘗め回す。
電流がスイッチの上を通過した瞬間、その機械の表面の一部が爆発した。
「ひいっ!?」
突然の出来事に、三人は軽いパニック状態になった。ちなみに三人の中で最初に悲鳴を上げ、恐慌の口火を切ったのはライチである。
「なんかバチバチ言ってる! なんなの!?」
「わ、私が知る訳ないでしょ!?」
「まさか、この部屋が爆発するとかじゃないだろうな!」
「やあ、ようやくつなげられたよ」
だがそのとき、突然の事に叫びまくる三人をよそに、機械に埋め込まれたスピーカーからいきなりアラカワの声が聞こえてきた。その声はとても穏やかなものだったが、それが発せられた頃には今までの騒ぎが嘘のように騒音や電流もぱったり収まっていたため、三人の耳はそれをハッキリと受け取る事が出来た。
「……へ?」
「だれ?」
だがつい先程までパニック状態にあった三人の脳は、耳が送り流したその声を瞬時にアラカワのものであると判別する事ができなかった。
「落ち着いたかね」
「はあ。まあ……」
結局、ライチ達が正気を取り戻すのに五分ほどかかった。ちなみにこれはアラカワにとっても予想外の事であり、実際に彼は「これはわざとやったのではない」と釈明したが、三人は最後まで半信半疑のままだった。
「それで、あなたはここで何をしたいの?」
そんなこんなで落ち着きを取り戻した後、カリンがスピーカーに向けてアラカワに尋ねた。思えば老人の家で指示を受け取ってからここに来るまでの間、彼らはアラカワの本当の目的をまだ聞いていなかったのだった。
「……」
暫くの沈黙の後、スピーカーから声が返ってきた。
「ここの電波を乗っ取ってこちらが用意した映像を流し、今回の事件を公表しようと思っている」
「事件?」
「地球にミサイルが落ちていることをだ」
「ああ」
カリンが合点を得たとばかりに頷く。すると今度はライチが言葉を放つ。
「ミサイル攻撃って、火星の人達は知らないんですか?」
「知らされる訳がない。こんな事がばれたらえらいことになるからな」
「そうだとも。もし全て発表されていたら、今頃町中はパニックになっていただろうよ」
アラカワの言葉に老人が補足をつける。ライチは納得したように黙り込んだが、今度はカリンが疑問をぶつけてきた。
「でもそれ、火星の人間がやったっていう証拠とかどうするんですか? ちゃんと用意出来てるんですか?」
「ああ、もちろん。とても強烈な物を用意してあるよ」
それに対して返ってきたのは、アラカワの自信満々な声。これにはカリンはもとより、老人もただ黙って頷くしか無かった。彼の声にはそれだけの気迫と自身に満ちていた。
「火星で流す映像もこちらで用意してある。後は全てこちらでやる」
「え、それじゃ私達は?」
「こっちの仕込みが終わる頃には、そこでは少なからず混乱が生じるだろう。その隙に乗じて脱出するんだ。宇宙港の場所はわかるかね?」
アラカワからの問いかけに「はい」とカリンが頷く。それを聞いたアラカワが満足そうなうなり声をあげた。
「ならば良し。こちらの準備も出来た。さっそく始めるとしよう」
「もうやるんですか?」
「ああ。延期する理由もないしな。さっさと片づけてしまおう」
アラカワの言葉に三人が同意した。この時、ライチ達はこの部屋の鍵をかけ忘れている事に気づかなかった。
「なるほど。そういうことか」
突如、背後から低い声が聞こえてきた。ライチ達はその声によって自分達がこの部屋の出入口の鍵をかけてないことに気づき、そして全身で振り向いてその声の主の姿を見た時、鍵をかけなかった事を強く後悔した。
「ここでお前達が何をしようとしていたのか、これでようやく合点がいった。まったく、大それた事をしようとするものだ」
「……ッ」
その男を前に、三人は何も言葉を出せなかった。ライチは単純に目の前の男の放つ迫力に押し負けていた。老人はただ黙って生唾を飲み込み、カリンに至ってはそれが目の前にいることが信じられないと言いたいかのように口をわななかせ、瞳を激しく震わせていた。
鷹のように鋭い男の目が、そのカリンを捉えた。
「カリンか」
「……お父様……」
カリンの漏らした言葉を聞いて、思わずライチが彼女の方を向く。その顔は血の気が抜けて真っ青になり、心を落ち着けようと肩を激しく上下させながら荒く息を吐いていた。
恐れていた。雷親父にいたずらがバレた子供のように、彼女の心は萎縮しきっていた。
「あ、あの、お父様、これはね」
「……」
カリンが自らの父に弁明を試みる。だがその男は、ジーンは、そんなカリンに対して父親としての姿を見せようとはしなかった。
「ちょっと、やることがあるっていうか、その……」
「フン」
彼は彼女を一瞥した後、鼻を鳴らしただけで何も言わずに視線を逸らしたのだった。カリンの表情が今にも泣き出しそうな物へと変わっていったのにも関わらず。それ以降はその視界にカリンを収める事は無かった。
怒る事すらしなかった。なぜか? 興味が無かったからだ。ビジネスとしてやってきた彼にとって、今の彼女はその意識の外にあったからだ。
「お前がライチ?」
そしてそんな実の娘の代わりに、今のジーンの興味はライチに注がれていた。
「ライチ・ライフィールド?」
無視された事を知ったカリンがその場に崩れ落ちる。ドサリ、という音が、ライチの耳にはやけに遠くから聞こえた。
しかしライチの脳は、この時何が起きたのかを克明に理解していた。そして理解すると同時に、目の前に立つこの男が自分の「敵」であると、明確に結論づけた。
「そうなのか?」
だんまりを決め込むライチに、三度ジーンが問いかける。その声は静かだが同時に冷たく、更にそこには絶対の自信と気を抜けば聞くだけで尻餅をついてしまう程の威圧感を備えていた。
敵はあまりにも強大だった。己の無力を知ったライチは堅く結んだ唇の裏で歯ぎしりしたが、どうにもならなかった。
「どうなんだ?」
ジーンがライチを言葉で威圧する。そのプレッシャーに耐えきれなくなったライチは、しかしせめてもの抵抗として無言で頷く。対するジーンは特に驚く様子も無く「そうか」と返し、そのまま尊大な態度を崩さずに続けた。
「お前に提案がある」
提案? ライチが眉根を寄せる。カリンは放心したままの状態を続け、老人は険しい表情でジーンとライチを交互に見やる。アロワナは状況が掴めなかったので口出しをせず、その代わりに準備を進めていた。
「ライチよ」
ジーンが言葉を続ける。敵の攻撃を前にして、ライチが咄嗟に身構える。
「――我が家の婿にならないか」
だがジーンの攻撃は、彼らの予想を大きく裏切る破壊力を持っていた。




