第百十二話「いざ到達」
「確かにここにいたんだな?」
「ああ。さっきまでここにいたんだ」
ライチ達が地下に消えてから暫く経った頃、それまで彼らが立っていた所ーーテレビ局の正面に黒ずくめのスーツとサングラスで身を包んだ三人の男がいた。そのうちの二人はこれよりも前に件の老人の家に向かい、そこで彼を詰問していた男だった。
そこは人の往来が激しく、車道を行く車の数も多いところだった。しかし黒ずくめの男達は身を隠すような事はせず、そして周囲の一般人達もまた彼らをちらと横目で見ることはあっても、それ以上変に注目する事はしなかった。
「それで、あいつらはどこいったんだ?」
「あの路地の所に向かった」
「そこから先は?」
「……見失った」
「なんだと?」
男の一人――三人の中で一番若い男が頂垂れながら語った報告を受けて、最初に老人と相対していた二人が殆ど同時に詰め寄る。詰め寄られた方は額から汗を流し、自分は悪くないと自己弁護するように首を激しく左右に振りながら慌てふためいた調子で言った。
「ほ、ほんとに消えたみたいにいなくなったんだよ! 嘘じゃないって!」
「なんだと? そいつらが瞬間移動でもしたっていうのか?」
「お前がよそ見していた隙に逃げられたとかじゃないのか?」
仲間の一人からの言葉を受けて、若い男が口ごもる。その通りだったからだ。ライチ達がマンホールの蓋を開けて地下に忍び込んでいる間、彼は通行人から道を尋ねられてその方を見ていなかったのだ。
「と、とにかく! あそこの路地に入り込んだのは確かなんだよ! あいつらはあそこに行ったんだよ!」
それは自信を持って言えることだった。ライチ達がそこに向かっていったのを、男はハッキリと目撃していたからだ。
「そこを探せば、必ずあいつらが見つかる! 愚痴こぼす前にやることあるだろ!」
「……ええい!」
若い男の言葉を聞いた二人のうちの一人が怒りを露わにする。目の前の若造の生意気な言葉に怒ったのではなく、彼のそれが正論で反論できなかった事に対してやり場のない憤りを感じていたのだった。
だが彼らはプロだった。自分の感情よりも受けた命令を優先する事の出来る人間だった。
「仕方ない、行くぞ!」
「あ、ああ!」
怒りを目に見えて現した男が三人目の男に話しかける。三人目も若造の言い分に相当怒っていたようだったが、それでも彼もまた任務に私情を挟み込むような事はしなかった。
「本当にあそこに逃げ込んだんだな!?」
「ああそうだよ! 何度も言わせるな!」
「仲間割れしてる場合じゃないだろ! 急ぐぞ!」
三人の男が一斉に路地へと駆けていく。当然、その嫌に目立つ光景を不思議そうに見つめている一般人も多くいたが、大半がそれについて深く考えようとはしなかった。あれに関わったら面倒なことになるという事に、なんとなくながら気づいていたからだ。
「急げ! 今度また失敗したら、ジーン様に怒られるどころじゃ済まないぞ!」
路地に入り込む直前、男の一人が他の二人に聞こえるように言った。一般人の間ではその言葉も当然無視された。
案の定、マンホールの下は下水道に繋がっていた。そしてそれを初めて見たライチがまず驚いたのは、そこを流れていた水が自然の湧き水のように清く澄みきっていた事だった。
「この建物の中に浄水装置があって、そこで水を綺麗にしてるのよ」
「ここだけじゃない。ハイヤーが使う建物のほぼ全てに浄水装置が設置されている。ハイヤーの人間は皆、自分で使った水を自分で綺麗にしている訳じゃ」
下水道を流れる水の綺麗さについてライチの持ちかけた質問に対し、縦一列に並んだ三人の真ん中にいたカリンと一番前の老人が答えた。それを聞いたライチはなるほどなー、と感心した声を出した後、再び怪訝な表情を浮かべて二人に尋ねた。
「でもそれ、余計お金かかるよね? 自前で機械揃えるなんて」
「そうだのう。大量生産の技術が進んで昔よりいくらかマシになったとはいっても、やはり浄水装置はそんなに安く済む買い物でないのは確かだな」
「じゃあなんで?」
「一応、政府の方でも浄水をしてくれるのよ。でも政府に頼む場合、浄化税っていう税金を払わなくちゃいけなくなるの」
カリンが答える。ライチが純粋な子供のように好奇心に目を輝かせて三度尋ねる。
「それがどうかしたの?」
「高いのよ」
「高い?」
「浄化税はクソみたいに高くつくの。総合的に見れば専用の機械を買って自分で何とかした方が安くつくくらいにね」
「しかも浄化税は一年のうちに三回支払う必要がある。それをまともに支払い続けられるのは、成功したハイヤーの中の更に一握りだろうな」
カリンに続けて老人が答える。対してライチは「やっぱりそうなるんだ」と、どこか幻滅したような感じの表情を浮かべていた。
「おっと、着いたようだな」
そうするうちに、前を行く老人がそう言って立ち止まった。後ろの二人もつられて止まり、それぞれ老人の隣に移動する。
「あ、梯子」
「確かこの先は非常階段のあるエリアに続いてて、その階段を使って最上階まで行くんだったよね?」
「うむ。非常口ならば人の往来も殆ど無い。潜入経路としてはうってつけじゃな」
ライチの言葉に老人が嬉々として答える。その楽しげな口振りと言い、若者のように血色よく紅潮した頬と言い、まるでこの状況を楽しんでいるような節があった。
「なんだろう、ウキウキしてる」
その様子に気づいたカリンが彼に聞こえないよう小声でライチに話しかける。ライチもそれを受けて小さく頷いた。
「たぶん、いろいろ溜まってたんじゃないかな。ほら、自分のコレクションの事で散々バカにされてきたとか言ってたじゃん」
「ガス抜きになってるってこと?」
「そんな感じ」
「こら! 何をぐずぐずしている! 早く上がって準備をすませるぞ!」
話し込んでいたライチとカリンに向けて、既に梯子を半分程まで登っていた老人が強い口調で問いかける。それを聞いた二人は慌てたように梯子へ向かい、最初にライチが、次いでカリンが梯子を登っていった。
梯子を登り切り、薄暗く狭苦しい空間の中へ入った三人の前に現れたのは、アラカワの言う通り螺旋状に伸びた非常階段だった。周囲には足下を照らす程度の明るさで安全灯が灯り、彼ら以外に人の気配は無かった。
「よし、後はここから最上階の配電ルームまで一直線だ。二人とも、準備はいいな?」
老人の言葉にライチとカリンが頷く。そして老人が先頭となり、次いでカリン、ライチと続いて階段を上り始めた。
「これ、上手く行ってくれるかな」
「行ってくれなきゃ困るわい」
ライチの独り言に老人がそう返す。そのやる気十分な声を聞いたカリンが老人に尋ねる。
「でも、あなたは本当にいいんですか? このまま私達に手を貸し続けて」
「今更な質問じゃな」
「だってあなた、ちょっと前まで普通のハイヤーだったんですよ? 普通のコレクターってだけであって、実際に地球に降りたこともないのに」
「純粋な火星人がこの作戦に手を貸しているのがおかしいと言うわけか。下手をしたら火星の社会をぶっ壊すかもしれないこの作戦に火星人が関わっているのがおかしいと?」
カリンが黙って頷く。しかしそれに対する老人の言葉は力強かった。
「私は最後までやるぞ」
「えっ?」
「最後までこれをやり遂げると言ったのだ。下の者を省みない、思い上がったあいつらにお灸を据えてやるのだ」
老人が力強い調子のまま断言する。呆気にとられるカリンに代わってライチが尋ねた。
「それって、自分のコレクションをけなされたから?」
「それもある。だがそれ以外に、私自身単純にあいつ等が好かんというのもある」
「そんな理由で?」
「それくらいで十分だ」
鼻で笑うように老人が言ったまさにその時、三人は目的の最上階へと続く扉の前に到達した。話を止め、老人がノブに手をかける。
「さて、準備はいいかね?」
老人の問いかけに、後ろについた二人が頷く。それを見た老人は一つ息を吐いた後、ゆっくりとドアのノブを回した。
作戦開始までもう少しだった。




