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第百十話「私に良い考えがある」

「グンマから人が来たって?」

「……うん……」


 オートミールとオルカが司令室で雑談し、リリーとジンジャーとイナが揃って入浴していたのと同じ頃、モブリスは太陽が輝く真っ青な空の下、湿り気のある土が一面に広がった地面の上でクチメからその話を聞いていた。ちなみにこの時の二人の格好は麦わら帽子をかぶって首からタオルをかけ、薄手の長袖のシャツと長ズボンを履いていて、手には鍬を握っていた。これは虫さされを防ぎ、なおかつ動きやすさを求めた結果の姿であり、まさに農作業を主眼に置いた格好であった。


「グンマからの人とは、やっぱりあれですかー? アラカワさんと言う人ですかー?」

「ウム、おそらくはそうであろうナ! なんのためにこっちに来たのかはわからんが」


 そして先程脱衣所にいたレモンとモロコも、モブリス達と同じ格好をしてここに立っていた。

 実際、彼女たちはここで農作業をしていた。今日は自分達の食料を確保するために保管庫に保管されていたじゃがいもの芽を植える前段階の、土をかき混ぜてほぐす所であった。


「しかし、ここは本当におかしな所ダナ。ここは地下深くに作られたシェルターの中のはずなのに、まるでジャングルで働いているみたいな感じがするノダ」

「……ニューヨークシティと同じ感じがする……」


 作業する手を止めて話を続けるモロコに合わせて合わせてクチメが答える。それを受けてモブリスが言った。


「ニューヨークのあそこ作ったのと同じ人だ作ったのかしら」

「……ええ、そう……」

「えっ、そうなの?」


 驚くモブリスにクチメが軽く頷いて答える。その後クチメは「ここのデータベースから引っ張ってきた」と前置きした上で説明を開始した。


「……ここはニューヨークシティを作ったのと同じ人が作ったの。でもニューヨークの方は庶民が本格的な地下生活を行うのに対して、南極のここは一部の上流階級の人達が一時凌ぎのために利用する場所……」

「避難所兼別荘みたいな感じ?」

「……そんな感じ……」

「地球を脱出するまでのつなぎの場所、という訳ですかねー」


 そのレモンの言葉にクチメが再度頷いて答え、「……ここにはロケット用のカタパルトもあるから……」と抑揚の無い声色で続けて言い放つ。それを見たクチメが忌々しげに呟く。


「金持ちは気楽なものダナ」

「まったくね」


 金にうるさいタイプのモブリスがそれに同意する。対してレモンは苦笑いを浮かべ、クチメはそれ以上何も言わずに一人黙々と鍬を振り始める。


「でもこんな便利な所を作ってくれたおかげで私達がこうして快適な暮らしを送れているのですから、必要以上にお金持ちを貶すのもどうかと思いますよー?」

「まあ、そこについては感謝ダナ。ブルジョワ共も少しは役に立つという事か」

「でもここ、そんな背景持ってる割には、あんまり使われた形跡とか無いわよね。ていうかここほぼ新品なままだし」

「まともに使われないで終わったか、そもそも当人達に使う暇がなかったか……」

「さて、どうだろうな。お前達はどう思う?」

「そうですねー。私は」


 そこまで言って問いかけの声のした方へ顔を向けたレモンが体を硬直させる。そんなレモンの姿を見て何事かと思い、三人が同様にレモンの向いた方へ顔を向ける。


「それはそうと、さっきから手が止まっているようなんだがな」


 そこには話し込んでいた三人と同じ格好をして、仁王立ちで額に青筋を浮かべ、静かに怒りをたたえたパインの姿があった。

 四人の顔から嫌な汗が一筋流れ落ちる。


「……仕事はどうした?」

「は、はいいーっ!」


 パインの静かな怒声に、三人が蟻の子を散らすように持ち場へ戻っていく。パインはその様子を見てため息を漏らしながら、自分も持ち場へついて鍬を振り下ろし始めた。


「……」


 そして最初から一人黙々と鍬を振っていたクチメはその怒られた三人の姿を横目で見て、僅かに唇の端を吊り上げた。


 文明保護機構グンマ『総統』アラカワ。広々とした応接室にてその彼と相対していたアロワナは、どうリアクションをしていいのか途方に暮れていた。

 一言で言うと、その姿は火星人だった。脳味噌の入った透明な火星人である。


「……」


 透明な半球形の容器の中に脳味噌が固定され、その容器の底部から何十本ものマジックアームが伸びていた。それぞれのマジックアームの先端には人間の手を模したゴツゴツのマニピュレーターや拡声器のごときスピーカー、カメラ、注射器、体温計、コップ、フライパン、電磁ロッド、チェーンガンといった様々な物がつけられていた。

 体を支える脚はなかった。ブースターやバーニアのような物もなく、何らかの力でもって宙に浮いていた。


「やはり私の姿が気になるかね」


 不意にスピーカーから声が放たれ、アロワナが目を白黒させる。その様子をカメラアイごしに見たアラカワが、スピーカーから笑い声を出しつつ言った。


「図星か。まあそんなにかしこまらんでもいい。他人から奇異な目で見られるのには慣れているからな」

「は、はあ」

「これでも前よりかは随分とまともな姿になったんだぞ? こうなる前は心臓の弱い人間なら始めて会うだけで卒倒してしまうくらい凄まじい姿だったんだから。驚かれるだけで済むようになっただけマシなものだ」

「はあ……」


 自分の姿の移り変わりを愉快そうに語るアラカワだったが、当のアロワナはその話に全くついていけずに口の端をひくつかせるだけだった。まともになったとは言われても、今現在の姿が十分不気味すぎて、ぜんぜん同意する事が出来なかったからだ。

 これより酷い姿とはいったいどんな物なのか? 想像力を働かせようと試みて、ロクな結果にならないと思ってすぐに止めた。


「さて、本題に入ろう」


 しかしそんなアロワナの葛藤を全く意に介さずにアラカワが話を進めた。しかしそれはアロワナからしても好都合だった。重要な案件に意識を向けることで余計な事を考えずに済むからだ。


「私が今日ここに来たのは、君たちと直接話がしたかったからだ。無線を使わず、直接君たちと話がしたかった」

「なぜ?」

「ここで私の話す事は、外に漏れたらとても都合の悪い事だからだ」

「外とは? 地球いにる我々以外の誰かと言うことで?」

「それと火星の者達もだ。特に火星の者達に聞かれるのは非常にまずい」


 そう言ってアラカワがロボットアームの中の一本を持ち上げ、自分とアロワナに挟まれていたテーブルの上に固定させる。その先端には中心部が濃い青色に染まった円形の物体があり、やがてその青い部分が光り出して物体の上に浮かぶように一つの立体映像を映しだした。


「地球?」


 その立体映像の姿を見たアロワナが呟く。アラカワが頷くように脳味噌の収まった容器を前に傾け、そしてすぐ平行に戻してからスピーカーから声を出す。


「私に良い考えがある」





 ライチが消えてから、エムジーは以前よりも笑うことが少なくなった。完全に笑わなくなった訳でも塞ぎ込んだ訳でもなく、傍目にはいつもと同じ明るい姿を周囲に見せていたが、それでも古くから彼女とつきあいのある者達はその彼女の笑みにどこか陰があるように見えていた。


「……」


 そしてギムレットもまた、彼女の様子の変化に気づいていた者の一人だった。かなりの新参であるにも関わらずギムレットが彼女の様子の変化に気づいたのは、最初に会った時から彼女の事をつぶさに見つめていたからだろう。

 そしてそんな微妙に変わってしまったエムジーを見る時のギムレットの瞳は、いつも決まって切なげに揺れていた。

「……」


 そしてアロワナがアラカワと話し合っていた同じ頃、エムジーより一歩下がった位置について通路を歩いていたギムレットは、件の切なげな目線を彼女の背中にぶつけていた。この時彼の口は金魚のように中途半端に開いたり閉じたりを繰り返し、何かを言おうとしていた。


「どうかした?」


 その気配に気づいたのか、エムジーの方からギムレットに向き直って尋ねてきた。その顔はいつもと変わらず明るかったが、ギムレットの目にはそれはどこか無理しているように見えて、彼の思考回路を万力で締めあげるように痛めつけた。


「ねえ、何かあったの?」

「えっ」


 再度問いかけられ、そこでやっとギムレットがエムジーとまともに目を合わせる。その瞬間、ギムレットの頭を今まで感じたことのない激しい頭痛が襲った。

 おかしい。今まではこんな感覚無かったのに。


「ギムレット、どうかした?」

「え、あの、その」


 言葉が出てこない。喉に綿が詰まったような感じがして息が苦しい。砂漠地帯に迷い込んだわけでもないのに、ラジエーターの放熱速度を最大値にまで上げないといけないほどに全身のエネルギー循環が速まっている。

 ありえない。どうして。


「ギムレット?」


 エムジーがギムレットの顔をのぞき込む。

 互いの額が密着するほど接近する。

 ギムレットの電子頭脳のどこかで、何かが弾ける音がした。


「あ」


 ことここに至って、ギムレットはーーアンドロイドとしてあるまじき事だがーー論理的に物事を考えるのを止めた。エムジーの視線をまっすぐ受け止め、口を開く。


「エムジーは」

「うん?」

「エムジーは、ライチさんの事が好きなんですか?」

「は?」


 一瞬、何を言われているのかわからないという風にエムジーが呆気にとられた顔を見せる。しかしすぐに言葉の意味を理解し、次いで顔を離して苦笑しながらそれに答える。


「ええ。でも振られたわよ」

「振られた?」

「ライチにはもう他に恋人がいたの。だから駄目だった」

「そうなんですか……じゃあ」

「ええ。今の私はフリーよ」


 エムジーがにこやかに笑う。


「……じゃあ」


 その言葉が、そしてその清々しい顔が、ギムレットの論理的思考をさらに鈍らせた。


「ぼくじゃだめですか」

「えっ?」


 ギムレットの言葉に再度エムジーが目を点にする。その際にエムジーの放った困惑気味の言葉がギムレットの正気を取り戻させ、そして自分が何を言ったのかを理解したギムレットは瞬く間にその顔を真っ赤にした。


「あ、ああいや、これは別になんでもないんです! 別にまだぼくにもチャンスがあるとか、頑張れるとかそういうんじゃなくて!

「え、ああ、うん」


 話せば話すほどドツボにはまる。その後もギムレット本人としては彼女に「説得」を試みたのだが、それは全く要領を得ない、文にすらならない代物であった。


「だから、それで、それで……」

「……?」


 言葉に詰まる。何か言わねば。首を傾げるエムジーに対して、ギムレットの心はそう声高に主張していた。


「それで……」

「うん」

「……うわああああん!」


 駄目だった。

 結局、ギムレットは走った。

 エムジーにまともな釈明も出来ないまま、わき目もふらずに反対方向へ走り出した。

 気持ちを上手く説明出来ない自分が情けなくなったのだ。


「……」


 そして一人取り残されたエムジーは、暫くの間そこでぽかんと立ち尽くしていた。

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