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第百八話「活動開始」

「着弾」


 男の静かな声が室内に響く。ジーンはそれを聞いて黙って頷いた。その彼の陣取るデスクの上に弧を描くようにして浮かぶ無数のウインドウには、ある一つの大陸と、その陸地部分の殆どを埋め尽くすほどの大きさを持った赤い半球状の何かが、それぞれ違うアングルから映されていた。

 ジーンはそれらの映像に対して、一瞥もくれようとはしなかった。


「やれやれ」


 そしてそうつまらなそうに呟いてからデスクに置いた手元のスイッチを押して全てのウインドウを消去し、イスから立ち上がって背後にある全面ガラス張りの窓の方を向く。

 彼の眼下に見えるのは、至る所に建った高層ビルの窓から漏れる光が夜闇の中で宝石のように輝く摩天楼の光景。しかしこの室内には完璧な遮音化が施されており、外部の音は完全にシャットアウトされていた。これは社長である彼の意向であり、唯一のプライベートスペースであるこの空間に自分以外の異物の存在を一切許さないとする彼の思惑があった。


「爆風消滅を確認。続いて被害状況を確認します」


 その背中に部下の声だけが響く。それは温もりも親しみもない無機質で事務的な言葉ーー家族の投げかける物よりも多く聞いてきた言葉だったが、ジーンはそれを寂しいとは思わなかった。


「被害状況確認完了。お聞きになられますか」

「ああ」


 背中にぶつかる部下の言葉にジーンが短く答える。それから暫くの間沈黙が続き、それから再び部下の声が耳に届く。


「爆弾はニューヨーク、リンカーン記念館跡地に着弾、一帯の建築物は完全に消滅しました」

「跡形もなくか」

「完全にです。後に残ったのは荒れ地だけ。瓦礫一つ残っていません」

「ソウアーの所も?」

「同様です」


 部下の返答を聞き、ジーンが両目を閉じて小さく頷く。


「わかった。もういい」


 その声を聞いた部下が「はっ」と短く答え、そこで無線が切れる。その後もジーンはそのままの体勢を保ち、目の前に広がる煌びやかな光景を視界に納めながら呟いた。


「これは事故だ。不幸な事故なのだ」


 そこで一度大きく息を吐き、その後静かに言葉を続けた。


「地球には悪いが、それで終わりだ」





「つまり、火星の連中はそれで終わらそうとしている」

「ひどい……」


 それより五分後、ライチ達は件の老人の家で件の受信機を起動させ、そこでアラカワと再び話を行っていた。そこで彼らはアラカワから数分前に地球で起きたある出来事を聞かされ、その顔を死人のように真っ青にしていた。


「そんな……自分達で地球に爆弾を落としておいて、それを全部事故で済ませようっていうの?」

「そうだ。彼らは北アメリカ一帯が不毛の地と化したのを、全て事故で終わらせようとしているのだ」


 アラカワの言葉を聞いたカリンが口に手を当てて一歩後ずさる。その横に立っていた老人もまた握りしめた拳と顔を震わせ、憤然やるかたないといった調子で言葉を吐き出した。


「自分達で核爆弾を落としておいて、事故で済ませるだと? 奴らは自分達がどれだけ危険で愚かな事をしたのか、わかってないのか!」

「理解していたとしても、同じ事をしただろう。今の彼らにとって、地球はその程度の価値しか無いのだ」


 淡々と述べられるアラカワの言葉を受けて、老人が眉間に皺を寄せて歯ぎしりをする。その姿を肩越しに見てから再び視線を前に戻し、触手を方々に伸ばしたモンスターのような受信機に向けて言った。

「でもそれ、本当なんですか? 本当にそんな……」

「信じられないのもわかる。だがこれは事実だ。現に今現在、地球上からソウアーのニューヨーク本部は完全に消滅している。なお、そこにいた面々は全員南極に逃れ、事なきを得ている。死人は一人も出ていない」


 アラカワの言葉を受けてライチが押し黙るが、その顔は今もなお物事の理解を拒むかのように渋い表情を浮かべていた。しかしこの時のライチの心情を、残りの二人は――そして恐らくはアラカワもまた――容易に汲み取る事が出来た。

 当然だ。つい最近知り合ったばかりの人間から、数分前に衛生軌道上から北アメリカ大陸めがけて核爆弾が発射されて辺り一帯が焦土と化したなどと言われて、誰がそれを信じるだろうか。


「だが実際にそれは落ちた。彼らが意図的に落としたんだ。爆弾が落ちるおよそ十分前に彼らがミサイル衛星の一つにハッキングを仕掛けたのはこちらでも掴んでいる」

「でも、いくらなんでもそんな」

「……あながち嘘でもないかもしれんぞ」


 しかし反論しようとしたカリンの声を遮るように、その横に立っていた老人が口を開く。最初の時よりも幾分か平静を保っていたように見えたが、その目には怒りの炎が爛々と燃えさかっていた。


「使えないと判断した物は容赦なく切り捨てる。それが連中のやり口だからな」

「使えないって、どういうこと? 地球が使えない物って判断されたの?」

「正確には地球に住んでる者達だろうな。地球は少なくともまだ利用価値があるだろうし、そもそも地球を破壊することはできんよ」




 老人の返答を聞いたカリンが短く呻く。ライチは無言で俯き、苦虫を噛み潰したような表情を作る。そんな二人に今度はアラカワの言葉が響く。


「とにかく重要なのは、奴らが地球に核を落としたことだ。そして酷ければこの後も、奴らは地球に核を落とす」

「確実に落とすだろうな」


 畳みかけるように老人が続く。


「あいつらは物を捨てるにしろ拾うにしろ、何事も完璧に終わらせないと気が済まない生き物だ。私もそうだった。ハイヤーという生き物は、基本的に完璧主義者なのだ。だからその爆弾を落とした奴は、自分の計画を阻害した者の最後にいる場所だけでなく、地球全体を更地にしようと企んでいてもおかしくない」

「完全を期すために」


 静かに発せられたライチの言葉に、老人が黙って頷く。


「最初の目標地点にいたのは影武者だったとか、そこにいたのは実はクローン人間だったとか、空からの粛正を避ける方法は色々ある。馬鹿馬鹿しい方法だとは思うだろうが、決して可能性はゼロではない。そしてハイヤーの大企業主達が今の地位につけたのも、そうした限りなくゼロに近い可能性の事柄を無碍にせず、それらの小さい芽をしっかり完璧に潰していったからだ」

「だから、今回もあらゆる可能性を潰していくと?」

「そうだ。爆弾を使ってな」


 老人が断言する。その語調に迷いはなく、目には力強い意志の光が宿っていた。そしてその老人の言葉の後、アラカワの声がスピーカーから聞こえてきた。


「それより、ライチ君とカリン君は地球に帰ろうとしているのだろう? それについて一つ話しておきたい事がある」

「なんですか?」


 ライチが返す。数拍の間を置いて、アラカワが言った。


「地球には来ない方がいい」

「えっ」


 思わずライチの口から疑問の声が飛び出す。その脳内ではアラカワがそのような言葉を発した理由についてそれを聞いた次の瞬間に理解する事が出来ていたが、それでも頭で理解するのと心で納得するのは全くの別物であった。


「なんでですか?」

「君達はこれからどこにどれだけ核が落ちてくるかもわからない所に降下するというのかね? それは非常に分の悪い賭け・・いや、ただの愚かな行為でしかないぞ。命を無駄にするつもりか」


 半ば反射的に放たれたライチの疑問に対し、アラカワからの手厳しい返答が返ってくる。しかしその彼が提示してきた理由はライチが予想していたのと同じ物だった。


「難しいとは思うだろうが、暫くの間はそこに留まっていて欲しい。今地球に降りるのは得策ではないからだ。地球の出来事についてはこちらから追って連絡する。ソウアーの面々の事も私の方で可能な限りサポートしていく。死なせはしない。だからそちらの方も、どうかよろしく頼む」


 そして口調を柔らかくしてアラカワが言葉を続ける。地球に帰りたがってい二人の隣でそれを聞いていた老人がうんうんと頷く。


「ここはこの男の言うとおりだ。まずはこの状況をやり過ごす事を第一に考えよう。地球の事は地球の面々に任せておくんだ」

「は、はい」

「安心しろ。私はお前さんらを売ったりはせんよ」

「お、お願いします」


 不安げに答えるカリンに老人が笑いを返す。その一方で、ライチはスピーカーに向けて質問をぶつけていた。


「これ、どれくらい続くと思いますか?」

「まったく検討がつかんな。明日終わるのか、それとも何年も続くのか……」

「こっちから止められないんですか?」

「それは難しいだろうな。私の方では電波がどこから飛んでいるのかを把握することは出来るが、それ自体を妨害する事は出来ない。衛星を破壊できる武器も持っていない。彼らの活動そのものを阻害するしか……」


 と、そこまで話したところで、アラカワが急に口調を強めて言った。


「いや、ひょっとしたら、これはいけるかもしれない」

「なんですって?」


 問い返すライチにアラカワが答える。


「妨害工作だ」

「は?」

「いいかね。今から君たちに一つのアイデアを授ける。ただしこれはもしかしたら相手の動きを牽制できるかもしれないという程度の物であって、確実に敵の動きを制する事が出来るという訳ではない」

「いや、そんな一気に言われても。具体的な方法を教えてください」

「それも今教える。いいかね、良く聞くんだ」


 その後アラカワからのアドバイスをもらったライチは、その突拍子もない内容に酷く困惑した。

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