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第百七話「Bomb」

「ああ、ライチ君とカリン君の事でかね。彼らのことなら先程聞いたよ。それで実は、ついさっき彼らと話をしてきたんだ。思わず興味がわいてね」


 モロコの薦めるままに彼女の提供した周波数を使ってオートミールがグンマへ無線交信を試みた際、その通信に出た相手はオートミールからこの交信の目的を聞いた直後にそう答えた。歳を重ねた者だけが手にする事が出来るような、渋い男の声だった。

 その声を聞きながら、オートミールは顔にはおくびにも出さず心の中で驚愕していた。自分たちとモロコのやりとりが先方に筒抜けなのは既に承知済みだったが、それでも事情を知った途端即行動にうつすそのグンマの行動力の速さにはオートミールもただ驚愕するしか無かった。それを可能にするだけの技術力を備えていたことにも驚きだった。


「そう言えばまだ名乗ってなかったな」


 しかしそのグンマの声の主はそんな話し相手の驚愕などお構いなしに、自分のペースで物事をぐいぐいと進めていった。オートミールは軽い頭痛を覚えながらも、なんとかその流れに乗ることが出来た。


「私はアラカワ。まあ一応、グンマの代表と言うべき立ち位置にいる者だ」

「私はオートミール・オートバーン。ソウアーの司令官だ……といっても、私の名前も既に把握済みだったかね?」

「まあ、そうなる。ソウアーの全職員のあらゆるデータ……指紋、声紋、心拍数、血圧、平均体温などと言った情報は我々が全て入手している。君と話をするずっと前にだ。こうして直接話し合うのは初めてだがね」


 アラカワがどこか嬉しそうに最後の言葉を上げ調子に放つ。一方でオートミールは「いつどこでこちらの個人情報を入手したんだ」と思わず突っ込みたくなり、頭痛の種が一つ増えたことで苦悶の表情を浮かべた。


「というわけで、君と話をする前に彼らとコンタクトを取ってみたのだが、いやあ、二人ともなかなか聡明で、こちらとしても楽しめたよ」

「二人は無事なの?」


 グンマの男の声に反応したエムジーが横から声をかける。いきなり聞こえてきたオートミールとは別の女性の声にアラカワは一瞬息をのんだが、すぐに咳払いをする音と共に落ち着いた声がスピーカーから聞こえてきた。


「ああ、元気そうだったよ。向こうも向こうで地球に帰る方法を探しているようだ」

「よかった、無事なんだ」

「それで、お二人はどこにいるんですかー?」


 二人が生きている事を知って安心したエムジーに変わってレモンが尋ねる。アラカワが「にわかには信じられないかもしれないが」と前置きした上で答えた。


「二人は今火星にいる」

「えっ」

「火星だ。位置も特定できている」

「位置の特定って、できんのかよ。お前地球にいるんだろ? そっからどうやって火星の二人を把握できたんだよ」


 疑念に満ちた声でリリーが尋ねる。アラカワが自信に満ちた声でそれに答える。


「もちろんだ。地球の技術、グンマの保有する技術をもってすれば容易い事だ」

「えっ」

「グンマは昔の地球の技術を保管しているノダ。全盛期の地球の技術をもってすれば、それくらいは簡単に出来るノダ」


 アラカワの回答に呆気にとられる一同にモロコが解説をする。そのモロコの声を聞いた男が「やあモロコ」と言い、モロコもアラカワに対して「ウム、久しぶりダナ」と親しげに返す。


「そう言えば、お二人は懇意にされていたそうですねー」


 そこでレモンが間延びした声を出す。モロコが楽しそうな声を出して答える。


「ウム、前に言ったように私とアラカワは境遇が似ていてナ。それで意気投合したノダ」

「それはそうでしたー。ところでー、アラカワ様の束ねておられる組織はなんと言うのでしょうかー?」

「そう言えばまだ言ってなかったナ。アラカワが治めているのはグンマと言う所ダ」

「えっ」


 イナが素っ頓狂な声を出す。それに気づいて声のした方をみるモロコにイナが問いかける。


「グンマって、確か地名だったような……」

「ウム、確かにグンマは地名ダ。しかしアラカワがボスとして君臨している組織の名前もグンマなノダ。要はその地名としてあるグンマの中に、組織としてのグンマが存在するノダ」

「なんでそんなややこしい事になってんのよ」


 モブリスが両手にリンゴを持ちながら返す。腹減ってるのかと問いかけるパインに頷いてからそれを頬張り始めるモブリスを尻目に、イナがモロコとアラカワに向けて言った。


「つまり、あなあたはそのグンマという組織を束ねているのですね」

「ああ。地球に住む人間の生み出した物を保管し、後生に残す目的で作られたのが我々グンマだ」

「なぜ地球の技術の保管をしようと?」

「おそらく当時の人間の中に、地球の優れた技術や文化が消えていくのが許せなかった一派がいたのだろう。それでグンマを作り、今に至るというわけだ」


 そのアラカワの解説に一同が納得した声を出す。そんな彼らに アラカワが続けて言葉を発する。


「それで、君達は火星にいる彼らを助けるために私の所に連絡を取ったのだったな」

「あ、ああそうだ。それが本題だった。なんだかすっかり脇道に逸れてしまったような感じがするな」

「色々と話す事があったからな。それも仕方あるまい・・それはそうと、また脇道に逸れてしまうのだが……」


 そこでアラカワがいったん言葉を切り、おそらくはオートミールに向けて真剣な声で問いかけた。


「君達はまだアメリカにいるのかね?」

「ん? それはそうだが」

「そうか……」


 アラカワがまたしても自分の言葉を切る。そして何事かと訝しむオートミールらに向けて、今度はどこか切羽詰まったような声で早口に言った。


「早くアメリカから離れるんだ」

「なんだって?」

「君達もまだ死にたくはないだろう。アメリカからどこか別の場所に逃げるんだ。今ならまだ間に合う」

「ちょっと待て、それはどういう意味だ」


 その場に立ちこめる戸惑いの気配を代弁するようにオートミールが問いかける。だがその言葉に対し、アラカワは焦りの色を全面に出してそれに答えた。


「説明している時間はない。いいか、そこから逃げるんだ。ライチ君達を助けるのはその後だ。でなければライチ君達よりも早く、君達が死ぬことになる」

「オートミール! 逃げるゾ!」


 突如アラカワに続くようにモロコが叫ぶ。何故だ、と彼女の方を向き目で問いかけるオートミールに対し、モロコが迷いのない声で答える。


「アラカワは滅多に他人に提案をしないが、たまに奴から持ちかけてくる提案は、いつも我々に正しい結果をもたらした。奴は情報や状況を見極めて発言する男だからナ。決して当てずっぽうで持論を見せびらかしたりはしないノダ!」

「あれも状況を見た上での発言だと?」

「奴の目は宇宙にまで届く! きっと我々に見えていない物が見えたノダ!」


 モロコの目と言葉は迷いの無い物、真剣な物だった。その彼女の姿が、オートミールの背中を押した。


「……よし、逃げるぞ」

「マジで?」

「地下に逃げるのですか?」

「いや、アメリカから離れるのだ」


 驚くモブリスの横でイナがオートミールに問いかける。オートミールはそう答えた後、彼らの周りに集まっていた面々に向き直って声高に言った。


「諸君、これより我々はアメリカを離れ、一時的に南極へ避難する。十分で荷物をまとめて準備をすませてくれ。必要最小限の物だけを持って行くように」

「オートミール、本気か?」


 シドが問いかける。その方へ向いてオートミールが答える。


「ええ。私にも何か嫌な予感がするんです」


 その目は本気だった。シドは彼の目を見つめたままだったが、やがて一つ頷いてから言った。


「……よし、ならこちらもそれに従おう。我々の輸送シップを使えば南極まで一気に運べるかもしれん」

「よろしいので?」

「ああ。嫌な予感というのは馬鹿に出来ない物だからな」

「感謝します」


 軽く頭を下げるオートミールにシドが頷き、部下の一人にシップのエンジンを起こすよう命じる。他の職員や隊員もこの場に流れる空気の変化を察し、オートミールの指示に従って一斉に行動を開始する。死にたくない。それが彼らを突き動かしていた。

 その一方、イナとアロワナ、そしてオルカも同様に動いていた。


「港に戻って、それぞれの船を動かしましょう。今すぐに」

「ボク達も彼の言うことに従うんだね?」

「逆らっても良いことはなさそうだしな」

「んじゃ、けってーい!」

「……私達が乗れる分の車しかないから、皆は輸送シップに乗って。往復する時間も惜しいし、船は私達だけで動かすか……」


 クチメの言葉を聞いたクルー達が頷き、シドの部隊員の誘導に従ってシップへ向かっていく。その後ろ姿を見つつ、イナ達も各々の船へ向かうべく外へ飛び出し、最後の一両となったバギー車へ乗り込んでいく。


「しかし、よく皆決断したものダナ」


 それらの様を見ながら、モロコが感心したような声でオートミールに言った。


「普通はもっと警戒すると思うのだがナ」

「誰だって死にたくないからね」


 オートミールがさらりと答える。


「騙されたとしても、生きていたのならそれでいい。逃げ場所はこっちで決めたし、騙されていたとしてもそこまで酷い結果になるとも思えない」

「命あっての物種、というものか」

「そういう事」


 死ななきゃ安い。生きていれば儲け物。

 今の地球で生き延びる者は、皆例外なく強かな存在であったのだ。





 アラカワの警告を聞き入れたオートミールが行動を起こしてから十分後、地球の衛星軌道上にある一つの人工衛星が、ある物を地上へ向けて落とした。

 それは大気圏を抜けてスピードを増し、目標へ向けて一直線に降下していった。

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