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第百六話「グンマの人」

「・・」


 数日前に地球へ降下したジェイクが火星で発見された。ジーンは自分の治める企業の社長室の中でその報告を聞いて、喜びよりも先に失望の色を露わにした。この帰還報告を聞くよりも前に地球に降下した部下――『地球に落下したハイヤーの学園関係者達の安否を確認する』という名目の元、息子がカリンを捜索するために自分と共に降下させた黒ずくめの男達の事であり、無知な息子は父親によって与えられた彼らが「自分の手足」であると信じ込んでいた――からもたらされた、一連の『不都合な事象』を満載した報告を受け取っていたからだ。

 その『不都合な事象』の中にはジェイクが状況を打破し試験に合格するために降りた後で発生したものもあり、それが彼の機嫌を悪化させる一因にもなっていた。

 予め発生を予告してくるトラブルなどありはしない。自分の周りは自分以外敵だらけというのもよくある話だ。かつての自分――企業を興したばかりの自分もそうだった。だと言うのに、あれは自分と同じ状況に置かれながら問題一つ解決できないのか。


「役立たずめ」


 外傷は無いが疲労が激しく、暫くは絶対案背である、という火星にいる部下からの報告を右から左に流しつつ、ジーンが吐き捨てる。そんな彼の脳内では、今まさにジェイクを自身の後継者候補から外されようとしていた所であった。ちなみに、姉のカリンの事は最初から彼の眼中になかった。だがこれは別にジーンが「家は男が継ぐべきである」という昔ながらの考えに囚われていたからではない。

 彼女がライチとか言うモグラと付き合っているのを知っていたからだ。ジーンは二人の関係がカリンの通う学園の同級生達にバレるずっと前から把握していた。


「しかし、厄介だな」


 ジーンがデスクの上に浮かぶジェイクの顔写真を映したウインドウに手を当て、隅へ追いやるように見えない平面の上を滑らせる。代わりにそれまで隅に小さくあったそれーー地球の全体映像を映したウインドウに指を当て、そこから視界いっぱいに広がるくらい相似拡大させる。


「青空の会の解散、ドーンズの消滅、おまけにこちらのカラクリもばれたか……」


 火星に存在する複数の大企業が結託し、新製品や試作品に関する表沙汰に出来ないような内容のテストを地球で非合法に行っている。それを知った地球の連中はまだ半信半疑のようだったが、それは紛れもない事実であった。彼らは自分たちの火星における影響力を存分に行使し、緑化計画を隠れ蓑に好き勝手やっていたのだ。しかもそれを知ったの連中の中に、よりにもよってソウアー……火星政府直属の組織があった。


「やれやれ……」


 これが一番まずかった。火星と繋がりのある組織の中で、あれほど地球と密接に関わっている者達は存在しない。もし彼らがこの地球に関する秘密情報を漏らそうものなら、誰もが進んで耳を貸すだろう。そして聞いた者達の大半が彼らを信じるだろう。

 そうなればおしまいだ。個人的にも企業的にも再起不能のダメージを受けるのは確実だ。そしてその危険性に気づかないほど、同盟のメンバー達は鈍くなかった。現に、ジーンからこの事を知らされた『同盟仲間』の内の何名かが、今後地球での活動を行わないことを告げて自分たちの同盟から離脱していた。

「……」

 そこまで考えた時、彼は自然とデスクの上に浮かぶホログラムキーボードの上で指を走らせていた。地球を大写しにしたウインドウの上に重なるようにそれより一回り小さい別のウインドウが表示され、その中に彼が打ち込んだ文字が高速で表示されていく。


「君、これを」


 そしてウインドウの中に見える完成した文字列を確認することもなく、それを内線電話で呼びつけた部下の一人の元にメールで送る。メールと電話を併用したのは、相手に伝わったかどうかをその場で確認するためだ。


「大丈夫かね」

「はい。ちゃんと受け取りました」

「それを指定された所に送ってくれ」

「かしこまりました」


 ちゃんと届いたようだった。そして命を受けたその部下は中身を改める事もせず、淡々と上司の命令に従ってメールを指示された所へ転送する。


「終わりました」

「よし。そのメールは削除しろ」

「かしこまりました」


 数秒の沈黙の後、終わりましたという紋切り型の声が聞こえてくる。ジーンはその報告を受け取り、形だけの謝辞を伝えて電話を切る。


「・・使えない物に用はない」


 目の前に浮かぶウインドウを全て消し、両肘をデスクの上について重ねた手の甲の上に顎を載せ、冷たい声でジーンが言った。


「地均しをしよう」





 地球と連絡をつけよう。

 火星に飛ばされた二人がその結論に至った時、ライチとカリンーー特にライチにとって、ある二つの幸運が彼らに味方した。一つは彼らが最初に出会った火星人が彼らに好意的であり、意見の一致もあって隠れる場所を提供してくれた事。そしてもう一つは、その火星の老人が隠し部屋の中に納めていた物の大半が機械製品であった事だった。


「通信機はこれで全部……で、使えそうなのは……」


 隠し部屋の中にうずたかく積まれたガラクタの山の中から、慣れた手つきで使える物と使えない物を選別していく。最初あったガラクタの山が見る見るうちに崩れていき、その崩壊と反比例するように横に新しい山が築かれていく。カリンと老人はそんな黙々と作業をするライチの姿を、彼の後ろからじっと見ているしかなかった。


「彼はいつもあんな調子なのかね?」

「ライチは元々はジャケットの整備をしていたんです。彼はその頃から機械いじりが大好きで、直せそうな機械を見つけるといつもああなるんです」

「そうなのか。しかし一つの事にあそこまでのめりこめるとは、大したものだ」


 老人が腕を組んで感心したように頷く。一方のカリンはまるで自分が誉められたかのように嬉しそうに頬を染め、ライチはそもそもそのやり取りを頭の中に入れてなかった。


「これがここに入って、ここをこうして……」


 やがてライチは曲がりくねった銅線やひしゃげたアンテナなど、予め自分が使えそうだと判断しストックしておいた部品と、元からその山に転がっていた比較的損傷の少ない通信機の中から取り出した基盤とを組み合わせていく。その手つきには一切の迷いが無く、機械のような正確さで複数のガラクタから一つの芸術品を作り上げていく。


「……できた!」


 やがて喜びに弾けたライチの声が高らかに響く。それを聞いた二人が声のした方へ目を向けると、そこにはむき出しの基盤から触手のように八方へ銅線を伸ばしてそれぞれが別の基盤と連結し、端の基盤から錆だらけのスピーカーと垂直に伸ばしたアンテナがくっついた、薄気味悪さすら感じる一個の機械があった。


「……なにそれ」

「受信機だよ」


 カリンの問いかけにライチが答える。受信機? と返すカリンにライチが言った。


「相手からの無線通信を受け取って音声に変換してスピーカーから流す機械だよ。ここでつなげた基盤は無線の増幅装置と、捉えた電波を音声に変換する装置だよ」

「そんな複雑な物、本当にここのガラクタから作ったの?」

「そんなに難しい事でもないよ。素材は掃いて捨てるほどあったし、ジャケットに兼用されてる部品も多かったしね。これにしたって、ジャケットで使われる無線機器の知識を応用しただけだし」

「ジャケット……あのロボットか。確かに火星の機械製品の一部には、ジャケットを含む地球の技術を流用している所があるな。しかし、いや見事なものだ」


 老人が腕を組み、ライチの足下にある機械を感心したように頷く。そして老人の横に立つカリンは彼が頷く前から、その恋人の作り上げた物をまるで目敏いコレクターが希代の芸術品を見るかのように両目を輝かせて見つめていた。

 そんな二人の姿を見てライチが得意げに笑みを浮かべていると、不意に老人が彼に言った。


「ところで、これは受信専用の機械なんじゃな?」

「え? ええまあ、はい。呼びかけに答えることもできますけど、こっちから送信する事は出来ないです」

「地球からの電波は捉えられるのかの?」

「一応出来るようにはしましたけど」


 それを聞いた老人が顔を逸らし、顎に手を当てて押し黙る。その後、再びライチの方を向いて言った。


「先方の無線の周波数はわかるのかね?」

「えっ」


 突然の物言いにライチが硬直し、そしてその言葉の意味を理解した直後、彼の思考は完全に停止した。


「……ライチ?」


 脳だけでなく体までも石のように固まらせたライチを見て、カリンが不安げに尋ねる。まさか、そんなはずは無い。カリンの脳内ではそんな言葉がぐるぐると渦巻いていた。


「……ああああ」


 しかしその直後に情けない声を吐き出し力なく崩れ落ちたライチの姿が、そんなカリンの楽観を粉々に打ち砕いた。カリンの顔が見る見る青ざめていくが、ライチはそんな彼女の変化など気にも留めずに落ち込みまくる。


「何事も完璧にはいかんものだな」


 しみじみと呟かれた老人の声だけが室内に空しく響く。ライチは四つん這いの姿勢のまま頂垂れたままで、カリンは諦めの感情が極限にまで達したのか、乾いた笑い声を立て始めた。

 肝心な所でつまづいてしまった。諦念と絶望を含んだ重苦しい空気がその場を包んでいく。

 その時。


「もしもし、もしもし、聞こえますか」


 突如受信機から響いた声に三人が顔を上げ、一斉にそちらへ意識を向ける。ノイズの激しく非常に聞き取りにくい物であったが、それでもライチ達はそれが人の声であることをハッキリと知覚できた。


「聞こえますか。応答願います。聞こえますか」


 男の声。聞いた事の無い声だった。ひょっとしたら、どこからか発信された電波を誤って拾ってしまったのだろうか。

 三人は装置が正常に動いたことに喜ぶよりも、そんな今思いついた新たな問題を前に苦い表情を浮かべていた。

 もちろんライチの開発したこの装置には――まだライチは説明していなかったが――特定の周波数だけを拾い上げる機能も搭載されていた。しかし肝心の地球の仲間達に繋がるため無線の周波数がわからず――ライチ本人は波の調整機能だけをつけて満足し、その事には全く気づかなかった――受信する周波数にまだ制限はかけられていなかったのだ。

 それが災いして、今この装置はこの上を通るあらゆる周波数の無線を無差別に受け止め、このように次々とスピーカーから垂れ流しているのだろう。ライチと他の二人はそう考え、まずいことをしたとその顔を青ざめさせていった。


「ど、どうするのこれ。さすがにこのまま放置するのはヤバいわよ」

「わかってるよ。とにかく一回電源切らないと」


 先方に聞こえないように小声でカリンと話してから、ライチはガラクタの中から見つけておいたペンチを使い、中央の基盤から延びる導線の一本をそれで挟む。そして導線を一気に切断してやろうと、ペンチを持つ手に力を込める。


「ライチ・ライフィールド君、聞こえますか」


 しかしその直前にスピーカーから聞こえてきたそのノイズまみれの声が、彼の動きを止めさせた。石になったのは彼だけではない。カリンも老人も驚愕した表情を浮かべ、先の言葉が聞こえてきたスピーカーを凝視していた。


「私は初めて君を……君達の事を知ってから、君たちを捜し当て、ずっと君達を見てきました。君達が今火星にいることも、そして火星の中にある一つの家の中にいることも知っています。私は敵ではありません。どうか応答してください」


 その淡々と述べられる言葉を前に全身が総毛立ち、今すぐにでもこの装置を壊してやりたい衝動に駆られる。

 こいつは何者なのか。少なくとも偶然名前や境遇の同じ別人に向けて送ったとは考えられなかった。では何なのか。ストーカーなのか?


 しかしここまでの力――自分が地球から火星に送られて、そしてここで受信機を作った事さえ把握できてしまえるほどの力を持ったストーカーが、果たして存在するのか?


「ここに監視カメラとか、盗聴器とかは?」

「ありえない。ここには基本的に人は通さないし、そもそも積極的に誰かが近づく事もない。夜には鍵だってちゃんとかけてる。荒らされた事も無い。まともに家にあげたのは君達が初めてだよ」


 カリンと老人が小声でやりとりする。その内容がライチの本能――生存本能を激しくかき立てる。

 その本能が告げる。こいつはまともに接してはいけない種類の人間である。


「お願いします。どうか答えてください」

「……」


 額から脂汗を流し引きつった顔を見せながら、ライチがカリンと目を合わせる。彼女もライチと同じ表情を浮かべていた。老人はひどく醜悪な物を見るかのような目つきで装置を――装置から聞こえてくる声の主を睨みつけていた。

 装置からの声は続く。


「私は決して怪しい者ではありません。私は今も地球にいます。私が旧時代から保存してきた地球の超科学を使って、地球からあなたを見つめているのです」


 ライチはその嘆願するような調子の声を聞き流した。この得体の知れない奴とはこれ以上関係を持ちたくない。そんな感じで彼は取り落としたペンチを再び手に持ち、二人の方を向いて軽く頷く。カリンと老人も頷いて答え、それを見たライチが再度導線の一本をペンチの先端で挟み込む。


「私はグンマの者です」


 しかしその言葉が、ライチの動きを三度止めた。


「私はグンマにいます。グンマからあなたの事を見ているのです」

「……グンマ?」

「はい。グンマです」


 つい漏れてしまったライチの声を聞き取ったスピーカー越しの相手が、幾分か嬉しそうな声で返す。しまった、とライチが思ったが、後の祭りだった。


「いやあ、やっぱりそこにいたんですね。生命反応は感知できていたんですが、応答が無かったから焦りました……オット、そう言えばまだ自己紹介がまだでしたね」


 こちらの存在を完全に把握したその声の主が、以前よりも明るい調子でまくし立てる。三人はその声を超然とした態度で聞いていた。ここにいる聡明な三人は、事ここに至って抵抗しても無意味だという事を悟ったからだ。


「はじめまして。私、グンマで科学技術の保管をしております、アラカワと申します。あなたがたの事は予めモロコ……私の友人から聞いておりました。直接会った訳ではありませんが、以後よろしくお願いします」


「ど、どうも」


 もうどうにでもなれ。そんな感じで、ライチはそのアラカワと名乗る人物に会釈した。

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