第百五話「グンマ」
「グンマァァァァァァッ!」
槍を高々と掲げたモロコが叫ぶ。危険だ、止めろ、と叫ぶ周囲の声も聞かずに、片手で持った槍を振り回し輸送シップの周りを駆け抜けながら声の限りに叫びまくる。
「グンマァァァァァァッ!」
「おい、いい加減に」
「グンマァァァァァァッ!」
「ちょっとうるさ」
「グンマァァァァァァッ!」
もはや誰の声も届いていない。まるで欲しかった玩具を買ってもらった子供のようにはしゃぎまわるモロコの姿を前にして、彼女と初めてまみえた面々は皆一様に頭を抱えた。
「……どうしたらあれは止まるんだ」
「わたくしに言われてもわかりません」
「マジでヤバい薬きめてんじゃねえの?」
「ひっ、ひひひひっ……」
特にオルカは腹を両手で抱えて地べたに倒れ伏していた。もう笑いすぎで発言はおろか呼吸すら満足に出来ていない有様で、その酷さたるや、このまま放置したら窒息死するんじゃないかと思われてしまう程であった。そんな地面に倒れたままのオルカの脇に立ち、アロワナが頭を掻きつつ苛立たしげに言った。
「それより真面目にどうにかならんのか。このままじゃ話が全然進まんぞ」
実際、彼らは同盟を結ぶと共に、何処かに飛ばされたライチ達を探すことで協力体制を敷いたばかりだった。そして「どうやって二人を探すか」という段階になった所でいきなりモロコが立ち上がり、「グンマ! グンマ!」と叫びながら走り始めたのだ。
話し合いが出来る状態ではなかった。
「グンマ! おおグンマ! グンマー!」
「……」
ソウアー側の代表者であるオートミールは、その様子を黙って見ていた。その姿は冷静沈着で動揺とは無縁のものであったが、それは別にこの状況に対しての解決策を見出していたからではない。考えることを放棄しているだけである。
「これ、この後どうするんですか?」
横に立ったベラから声がかかるが、オートミールは無視を決め込む。その態度を見て「何も考えてないのか」と思ったベラはそれ以上何も言わず、彼の横に立って暴走するモロコの姿を一緒に眺めた。ベラも彼同様、何も解決策を思いつけずにいたからだ。
「あの、いいでしょうか?」
しかし助け船は意外な所から流れてきた。以前ミンミと呼ばれたヘリコプターのパイロットが、そう控えめな声を出しながらオートミール達の所に近づいてきたのだった。
「どうかしたのか?」
「いえその、自分ならモロコ様を止められると思うのですが……」
「本当ですか?」
ベラが驚いた声を出す。ミンミが頷き、オートミールが「やってみてくれ」と促す。ミンミはその二人に一礼し、そして周りの面々よりも一歩前に出た所に進んでなおも走り回るモロコを見た。
「モロコ様、止まってください」
ミンミが走り回るモロコに問いかける。しかし一向に止まる気配を見せないモロコに向けて、ミンミはなおも言葉を続けた。
「モロコ様、止まってください」
「グンマー! グンマー!」
「お願いします。止まってください」
「グンマー! グンマー!」
「……今日の夕飯無しにしますよ」
直後、モロコが両足を肩幅に広げ、踏ん張るような姿勢で急停止する。そして足と地面の間から白い煙をもうもうと吐き出している状態であるにも関わらず、痛そうな素振りを全く見せずにモロコがミンミの許へ駆け出す。
「頼む! それだけは! それだけは勘弁してくれ!」
そしてミンミの眼前に着いた途端一気に顔を歪ませ、目尻に涙を溜め震え声で彼に泣きついた。
「おゆはん! おゆはんは食べたいノダ! あれは活力の源ナノダ! 一日三食食べないと健康に悪いノダ!」
「じゃあ少し落ち着いてください。話し合いが進まなくなって皆困ってるんですから」
「わかった! ちゃんと話す! だからおゆはんだけは、おゆはんだけは抜かないでくれえ!」
「……」
その姿はもはや涙目で親に懇願する子供のようだった。そんな同盟勢力の片側のボスの姿とは思えない姿を見て、そこにいた者達の大半が「この先大丈夫だろうか」と表情を曇らせた。
その後話し合いは何の後腐れもなく再会された。そして落ち着きを取り戻したモロコによって、彼女が突然暴走したのには理由があった事をオートミール達は知った。
「グンマ?」
「ウム。グンマに我らの知り合いがいてナ。その者ならば何か知っているかもしれぬと思ったノダ」
「グンマか……」
オートミールが顎に手を当てて呟く。その様子に気づいたパインが自身の老いさらばえた白髪をいじりつつ尋ねた。
「何か知っているのか?」
「いや、初めて聞いた」
「ならなんでそんな思わせぶりな感じで言ったのよ」
パインの横で地下の備蓄庫から持ってきたリンゴをかじりながらモブリスが突っ込む。ちなみに件の備蓄庫からは彼女のリンゴ以外にも多くの飲食料類が地上に持ち出されており、これのおかげでここにいるメンバーの全員が、暫くの間飢えをしのげる事が出来た。
「お茶が入りましたー」
そんな中、メイド服姿のモンブランが備蓄庫の中に保管されてあった茶葉で紅茶を作り、紙コップに注いでから『会議』をしていたメンバーに配っていく。その手渡されたコップの中に溜められた黄金色の液体を見つめながらモロコが言った。
「これはなんなノダ?」
「紅茶だよ。お茶の一つさ」
オルカがそれに答える。初めて聞く単語にモロコが目を点にして尋ねる。
「オチャとな? マテ茶ならいつも我らが飲んでいるが、これはマテ茶と同じであるカ?」
「味や風味は全然違うけど、お茶という括りで見たら同じ物だね」
「なら問題ないナ」
あっさり納得したモロコが一息にコップを傾けて紅茶を喉に流し込む。熱くないのだろうか、というオルカの懸念は、あっという間に飲み干してすぐにおかわりを要求するモロコの姿を前にして杞憂に終わった。
「それで、そのグンマはいったい、我々の問題とどのように関係していくのでしょうか?」
紅茶を半分ほど飲み終えた所でイナがモロコに尋ねる。この時既に二杯目を飲み終え三杯目に取りかかろうとしていたモロコは、その飲む動作を中断してからイナの方へ向き直って言った。
「グンマは凄い所ナノダ! 科学技術が発達していて、とても凄い所ナノダ! 我々に通信技術を教えてくれたのもそこナノダ!」
「科学技術の発達した所?」
「ウム。だからそこのオエライサンに頼んでみれば、何とかなるかもしれないと思ったノダ」
そこまで言って、モロコは再び紅茶に意識を向けた。しかしモロコが四杯目を要求してモンブランを困惑させている傍ら、イナが考え込むオートミールの横に座って彼に言った。
「しかし彼女の言うことが全て事実だとすれば、そのグンマという地も青空の会の勢力下に入っているものと思われます。そこが我々に対して敵意を持っていない保証はありません」
だがその声にいつもの覇気は無く、何か負い目を感じているような弱々しさがあった。オートミールはそれに気づいたが、彼女の悲痛な表情を見てその事はあえて話題に出さず、彼女の問いかけに答えるだけに留めた。
「しかし他に手は無い。リスクを冒さなければ得られない物もある。それにまだ先方が我々と敵対していると決まったわけでもないだろう」
「どうやってそれを確認するので?」
「直接聞けばいい」
そこまで言ったところでオートミールが今度はモロコの方を向き、彼の気配に気づいてこちらを向いた彼女へ向けて言った。
「聞きたいことがあるんだが、いいかな?」
「私にか? ウム、良いぞ。何を聞きたいノダ?」
「グンマの事で」
それを聞いたモロコが小さく頷く。オートミールが続けて言った。
「単刀直入に聞こう。そのグンマは我々をどう思っているんだ?」
「別になんとも思って無いゾ?」
即答である。呆気にとられる周りの面々を前に、モロコが口を開いて答えた。
「あそこも我々と同じく、元々は青空の会とは無関係の組織でナ。奴らに併呑されたのもつい最近の事ナノダ」
「秘密主義の軍団ってわけ?」
「そういう事ダ」
「……奴らに武力で脅されて、仕方なく・・?」
「そうだ。そこも我らと同じダ」
スバシリとクチメの問いかけに淀みなく答えてから、モロコが昔を懐かしむように言った。
「最初は私達も彼らを知らなかったし、彼らも私達を知らなかった。お互いの存在と境遇を知ったのは青空の会に入ってからの事ダ。それからは似たもの同士と言うことで意気投合してナ。他の青空の会の目を盗んで、技術やら文化やらを交換しあっていたノダ」
モロコの言葉にそこにいた全員が納得したような顔をする。特にエムジーとカサブランカの三姉妹は見るからにほっとした表情を浮かべ、胸をなで下ろしていた。
「そう言うわけで、彼らとくっつく事にデメリットは何もないゾ。どうだ、納得したカ?」
「ああ。とてもよくわかった」
一縷の望みを見出した気がして、オートミールは幾分か晴れ晴れとした表情を浮かべてモロコに答えた。
「では、そのグンマと連絡は取れないか?」
「ウム。心配無用ダ」
モロコが力強く返す。これでまずは最初の一歩を踏み出せたか。その姿を見て、オートミールは安堵した。
「さっきの話、全部向こうに流しておいたからナ。全部筒抜けダ」
しかしモロコがそう言って胸元から豆粒大の盗聴器を取り出して見せたのを見て、オートミールはやはり本当に任せて大丈夫なのだろうかと思わずにはいられなかった。




