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第百三話「ダナダナ!」

 モロコの動きは迅速だった。オートミールと直接会う約束を交わしたその一時間後には、自らヘリコプターに乗ってソウアー本部跡地にやって来たのだった。


「おいオヌシ等! 来たゾ! モロコ様自ら来てやったゾ! ワッハッハッ!」


 上空からアホみたいにやかましくがなり立てるローターの音にも負けない程の声量で叫ぶモロコを見上げて、そこにいた者達は揃って口を開け唖然とした表情を浮かべた。


「あれはなんです?」

「さっき話した人だ」

「あれが?」


 職員やシドと彼の部隊の隊員、カサブランカ連合のクルー達は全員オートミールからモロコの話を聞いていた。しかし上空に見える実際の姿を前にして、その伝聞と実態のギャップに頭痛すら覚えていた。


「秘密結社のボスって言うから、もっとこう、キリッとした感じの人だと思ってたんだけど……」

「あそこまでブッ飛んでるタイプだとは思わなかったな……」


 ちなみにオートミールは説明をする際にモロコが『ミルホ』という組織のボスであるという事だけを伝えて、彼女のエキセントリックな口調については一言も言及しなかった。それを事前に伝えておけば「そいつはちょっとおかしな人間なのか」と少しは心構えが出来たかもしれなかったが、その時のオートミールはそこまでの考えに至る余裕が無かった。


「だっていきなり電話かかってくるんだからさ、対応しきれなくても誰も責める事は出来ないと思うんだが」

「……何か言った……?」

「いや別に」


 耳聡く聞きつけたクチメの言葉をオートミールがはぐらかす。その彼らの前で、やがてモロコの乗るヘリコプターが相変わらずの爆音を立てながら着陸する。


「いずこや! オートミールとか言うのはいずこにおるや!」


 そのヘリコプターの側面ドアが開かれ、そこからモロコが颯爽と飛び降りた。


「……えっ?」

「なにあれ……」


 右手に槍、左手に縄を携えて。


「タリホー! タリホー! 雄叫びをあげろ! 獲物を追いつめろ!」

「あいつは何を言ってるんだ!」

「手負いの獣は何よりも危険な存在ゾ! 愚直に突っ込むナ! まずは戦意を削ぐノダ! ウラァァァァ!」

「あははははは! なんだいあれ! また面白いのが来たね! だめ、腹痛い……はら、ひーひっひっ……!」


 ヘリの前に仁王立ちして槍と縄を振り回して叫ぶモロコを目の当たりにしてアロワナが唖然として叫び、どこかツボに入ったらしいオルカが腹を抱えて笑い転げる。他の面々は声もあげられずにただただ呆然と突っ立っていた。


「ウラー! ウラー! 勝ち鬨じゃ! 勝ち鬨じゃ!」

「……あれさあ、何か変な薬でも盛ってんじゃないの?」

「馬鹿じゃねえの?」

「これはまた、なかなか愉快な人ですねー」


 モブリスが呆れた声を出し、リリーが言葉を吐き捨ててレモンがのんびりした声を出す。だが三人とも、目の前の阿呆とまともに取り合おうとは考えていなかった。





 それから数分後、落ち着きを取り戻したモロコとオートモールとの間で軽い挨拶と今後の予定が話しあわれ、より詳しい話はドック内で行うという事に決まった。なお、モロコがいきなりハッスルしたのは本人曰く「未開の地に立った影響で野生の血が騒いだ」との事だった。


「原始人かよ」

「それに近い生活をしているのは確かかな」


 その理由を聞いて疲れたように呟いたリリーにオートミールが小声で返す。リリーはそれをハッキリと聞き取れたのだが、問い詰めようとはしなかった。火星生まれの弟分がいなくなった今、そんな余裕は無かったからだ。


「なるほど、ここが廃墟も同然となっていたのは、ついさっき襲われたからであるか」

「ええ。それと捕虜にした連中を問い詰めて、襲撃してきた奴らの正体も掴みました」

「ナニヤツだ?」

「青空の会。欧州連合」

「なんとまあ」


 ドックに向かう道中、モロコはここで起きた事のおおまかな内容をオートミールから聞いていた。この時彼らの周りにはそれ以外の面々が二人を取り囲むようにして固まっており、そしてあらすじを聞いて元同胞の凶行に呆れかえっていたモロコに対し、今度はオートミールの方から質問をかけた。


「それより、武器とかはどうしたんですか? 見る限り丸腰な感じがするのですが」

「武器?」

「ええ、武器」


 この時ヘリコプターに乗ってやって来たのは、モロコとそのヘリのパイロットだけ。その二人とも露出の激しい服装をしており、武器を隠し持っているようには見えなかった。


「少し不用心では?」

「なぜ武器? 我々は話し合いに来たノダ。話し合うのにどうして武器が必要なノダ? 我らは野蛮人ではない。互いを傷つけるしか出来ないケダモノではないノダ」

「あれ、以外とまともな人だ」


 この時、オートミールから断片的な情報しか受け取っていなかった者達はこのモロコの返答を聞いて、彼女に対する認識を改める事となった。

 そんなこんなで彼らはドックの中へ入る事となった。中には当然応接用のイスも机も無かった。簡易テントとブルーシートと輸送シップはあったが。


「こんな所で申し訳ない。まともにおもてなしも出来ずに」

「カマワヌ、カマワヌ。そこら辺に座ってでも話し合いは出来るであろう。辺に気遣う必要はない」


 そう言ってモロコが地べたにどっかりと座り込んで胡座をかく。その様を見たオートミールは苦笑を漏らしながらも、自分もモロコと相対するようにして地べたに座り込んだ。


「本当にここでよろしいので?」

「ウム。むしろ私にはこれくらいが丁度よい。長い間ジャングル暮らしをしていたものでナ、文明的な生活にはどうにも馴染めんノダ」

「ジャングルって……」

「そう言えばまだ言ってなかったナ。我他の手によって、ブラジルはジャングルと化しているノダ」


 ジャングル? とその光景を見たことのない面々が一様に首を傾げる。その様子を見たモロコが彼らへ目を向け、ジャングルのなんたるかを説明するために口を開いた。


「ジャングルというのはだな、森がこう、ばーっ、て広がってて、木とか花とかがこう、がーっ、て生い茂っているような所を言うノダ。猛獣とか蛇とか虫とかもいっぱいいて、とにかくあれだ、危険な所なノダ。危険ナノダ」


 ただ喩えが抽象的すぎて、いまいち想像するのが難しかった。そんな彼らの表情が一向に明るくならないのを見て「発想が貧困な連中ダナ」と落胆したように呟いてから、モロコがオートミールの方へ向き直ってから言った。


「で、同盟の件なんだが、返答はどうだ? イエスと言ってくれるノカ?」

「ええ。いいですよ」

「いいノカ」

「ええ。やりましょう」

「よし。ならば今日から我らは仲間ダ」


 モロコがそう言って、オートミールに右手を差し出す。オートミールがそれを握り返し、互いに力を込めて握り会う。


「仲間! ナカマ! 今日は良き日ダ!」


 モロコが満面の笑みを浮かべて声を張り上げ、オートミールもやんちゃな娘を見るかのような穏やかな表情でその手を握り続ける。

「ナカマ! ナカマ! ワッハッハッ!」


 あっという間だった。両者の同盟締結まで十秒とかからなかった。


「え、ちょ、え?」

「いや、おい」


 当然、彼ら以外の全員は等しく困惑した。リリーが慌てたように声を出す。


「ちょ、ちょっと待て、ちょっと待て。お前等いくらなんでも軽すぎないか? もう少しメリットとかデメリットとか考えてだな……」

「ところでオートミール、オヌシ何か困っている事はないか? 同盟を結んだよしみとして、何か手助けをしてやろうと考えているのだが」

「おい!」


 しかしそんな困惑した声は、オートミールとの同盟が成立した事に意識を傾けていた今のモロコには届かなかった。一方のオートミールはそんな部下や戦友達の困惑した様子に気づいていたが、今は彼らのフォローをせずあえて無視を決め込む事にした。たった今モロコが持ちかけてきた話を進める事を優先したのである。


「我々に手を貸してくれるのですか?」

「ウム。出来る事であるなら何でもナ。しかしその場合、後で我らの頼みも聞いてもらう事になるのだが、それでも良いか?」

「構いません。今の我々に手を貸してくれるなら、喜んで協力しましょう」


 オートミールが必死さを隠さない表情で、はっきりとした声で答える。その様子に何かただならぬ物を感じたモロコが、声を低めて彼に言った。


「オヌシ、随分と焦っているように見えるナ」

「そう見えますか?」

「ウム。見える。何かのっぴきならぬ事情でもあるのか?」


 モロコが目を細める。そのまるで自分の心の奥底を見透かすかのような視線を受けて、オートミールは一瞬背筋に寒気が走るのを感じた。


「まったく恐ろしい」

「何かいったか?」

「いえ、なにも」


 地獄耳のモロコに対し、オートミールが額から冷や汗を流してはぐらかす。それを受けたモロコはそれ以上は深く突っ込む事もせず、そのまま立ち上がって声高に主張した。


「ヨシ、同盟締結後の我らミルホ最初の仕事が決まったゾ。人助けダ! おいミンミ、ねぐらの者達に早速その旨を伝えるノダ!」


 モロコの声に反応したようにミンミと呼ばれた男――件のヘリパイロット――が勢いよく立ち上がり、そのまま真っ直ぐヘリコプターへと走っていった。その小さくなっていく背中を周囲の面々ともども見届けてから、モロコはオートミールに向き直って尋ねた。


「して、オートミール。オヌシは何で悩んでいるのだ? それを聞かせてはくれまいか」

「そう言えば、まだ詳しく説明していませんでしたね。実は――」


 こうしてモロコは、ここにはいない少年少女――ライチとカリンという災難な目にあった二人の事を知るのであった。

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