三題噺 マヤ文明、嘲笑、ティータイム
明日からテストだということもあり俺は夏鈴と一緒に教室で勉強会をしている。いや、正確には俺が夏鈴に教えているという状況なのだけど。
「じゃあこの問題わかるか?」
コンピュータで主に使われている進法は何か。という問題を指差して問いかける。
「30進法!」
「マヤ文明の人でもつかわねぇよ!!!」
さすがの俺もびっくりだよ。なんだよ30進法って意味わかんないぞ。
ため息をつきながらメガネをはずす。別に目が悪いわけではない。まぁある意味では悪いから掛けてるんだけどさ。
「あれ?コンピューターって頭いいからそれくらいできるんじゃないの?」
「正確にはコンピュータな。そしてあれは頭いいとかそいうゆうものじゃない気がするんだがもういいか。」
頭を抱えてうずくまりたくなる。ほんとこいつの頭の中はどうなってんだよ。コンピュータのほうがよっぽど単純にできてるんじゃないか。
「正解は2進法だよ。」
「え!?数字2個しか使わないでどうするの!?そんなんじゃ計算できないよ!」
今度こそ俺は本当に頭を抱えてうずくまる。ダメだこいつは、もうどうにもならない手遅れだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない…」
声をかけられ顔を上げると息がかかりそうな距離に夏鈴の不思議そうな顔があった。一瞬ドキッとしてしまう。
こいつ、馬鹿だけど外見は完璧だからな。黙ってれば美人ってやつだな。
「とりあえず、答えは2進法。それだけ覚えておけ。」
はーいと、能天気な声が聞こえてくる。
それにしてももう今年で卒業だって言うのに何でこんな基礎とも言えないようなレベルの問題がわからないんだよ。一体この2年こいつはなにをやってたんだ。
「とりあえずここにある問題全部解いてみろ。」
「うん、わかったー。」
この問題とか、たいていの人が5分程度で鼻歌交じりにできるようなものなんだけどな。と真剣に問題を解いている夏鈴の横顔を見ながら思う。
「夏鈴。お前ってさ、可愛いよな。俺のひいき目抜きにしても十分可愛いと思う。」
「いつもの軽口だったら取り合いませんよー。」
これは俺の本心だまぎれもなくそう思っている。けど夏鈴は問題から顔を上げることなくそう言う。
「いつも言ってるけどさ、これは心の底から本当に思っていることだぞ。」
「そうゆうのが嘘くさいんだよねー。」
「そうか、今日俺が言いたいのはそこじゃないんだよ。」
「じゃあなんなの?」
問題を解く手を止め顔をあげてこちらをじっと見つめてくる。
「お前は可愛い。美人だ。だからできるだけしゃべらないようにするんだ。そうすれば嘲笑の的になることはない!」
「どういうことー!!」
「お、意外だな。嘲笑の意味がわかったのか。」
「わかんないけど馬鹿にしてるってことはわかった!」
「そうか。偉いな。ほらご褒美だ。」
自分の鞄からチョコレートの入った箱をを取り出すと騒いでいる夏鈴の口に一つ放り込んでやる。
「ん!?」
「どうだー?おいしいか?」
突然のことにびっくりした様子だったが、すぐにポワンとした柔らかい表情に変わる。俺が問いかけるとさっきまでの怒りが嘘のような笑顔を浮かべてコクコクとうなずいている。
「よかったよかった。」
「なにこれ!?新作!?」
目をキラキラと輝かせた夏鈴が机に乗り上げて迫ってくる。そして俺の両肩をつかみがくがくと揺らしている。
「ばっか。あぶねぇよ!」
そう声を張り上げた直後にバランスを崩した夏鈴が俺に向かって机から落ちてくる。机や椅子を巻き込みながら床に倒れこむ。
直前に夏鈴の頭をかばうように抱え込んだせいで、俺はもろに床にたたきつけられる。結構痛いけど、そんなことより夏鈴が心配だ。
「おい、大丈夫か。」
無言だ。反応が返ってこない。急いで顔をあげ、自分の腕の中にいるはずの夏鈴を確認してみると目を閉じて口元がにやけているのが見えた。
こいつ…
「ふざけてないで起きろ。いつまでも俺の上にいるんじゃねーよ。」
ペシペシと頭を叩きながら。上からどくように言うが動こうとしない。表情がなんか歪んできてるから意識があることは確かだろう。
「いい加減どいてくれ、重い。」
瞬間、顔をあげ俺を睨みつける夏鈴。
「あのね、そうゆうことは思ってても言わないのが普通でしょ!」
「お前がふざけてなかなかどかないから悪いんだよ。それに重いってのは嘘だ。俺がお前を重いと感じるわけないだろ。」
そう言ってやるとようやく俺の上からどいてくれる。顔赤いけどまだ怒ってんのかこいつは。
「さて、じゃあ続きをやるとするか。」
「えーまだやるのー。もういいじゃん。」
散乱してしまっていた机や椅子をもどして、再び勉強を始めようと声をかけたのだが夏鈴から不満の声が上がる。まだほとんどなにもやっていないと言っても等しいのにこいつはなにを言っているんだ。
「よし、わかった。もしお前が追試を受けることなく休みに入れるようだったら、あのチョコを上げようじゃないか。」
「ほんと!?」
「もちろん。さらに上位50以内に入れたなら、夏鈴のために週に一度俺が優雅なティータイムを演出してやろうじゃないか。」
「それって毎週空斗が作るお菓子とかケーキ食べれるってことだよね!?」
俺は無言でコクリとうなずく。燃料としては充分だったみたいだな。
夏鈴は嬉々とした様子で問題を解き始める。今までこいつは手を抜いてたんじゃないかと思えるくらいの正答率とスピードだ。
これならどうにかなりそうだな。俺は安堵の息を漏らした。まったく普段からこの実力を出せればいいものを…
そしてテスト終了ごの結果発表。
学年2位のところに空斗の名前があり。そして1位には夏鈴の名前がある。
今までも餌で釣ったことは何度かあったが、せいぜい追試がなくなるくらいだった。俺はずり落ちたメガネを直しながらもう一度みてみるが、やはり1位には夏鈴の名前がある。見間違いではないらしい。もはや俺は苦笑するしかなかった。