生徒会活動
見透かされていた。どう考えてもそうとしか考えられない。
僕の中にある気持ち。それを見透かされていた。だから、山辺さんは持ちかけてきたんだ。
僕と正反対にいつ山辺さんの二人を近づけることでお互いに今から前に進もうだなんて。
そんなこと、昔から考えていた。考えるのは得意だ。それは答えが必ず出るものだから。そして、命令されたことだから。
何回も、何十回も、何百回も考えていた。でも、これだけは答えの出ない方程式のようだった。
勉強なら答えが出る。それは書いていること全てが事実だから。教えられることが全て事実だから。そこに自分の考えを介入させる余裕は要らない。ただ、自分の見たこと聞いたこと教えられたこと全てを自分の右手に持つ鉛筆に書くだけでいい。
それだけでみんなは褒めてくれる。僕は僕でいられる。僕は誰も傷つけることはない。
でも、それは本当にいいのだろうか。
それはずっと考えていたこと。ずっと、ずっと、大体あの日から一ヶ月後くらいから考えていたこと。
本当にそれでいいのか。だから、ある人に尋ねたことがある。その人の言葉は簡単だった。
「あなたは人の言うことだけを信じていればいいの」
その言葉を信じているわけじゃない。でも、僕は親から言われた言葉を覚えている。
「他人を信じて生きなさい」
だから、僕は他人を信じる。他人を信じて自分を信じない。それが言われた言葉なのだから。だから、僕は何を信じたらいいのだろうか?
何を信じて、何をして、何をすればいいのか。何を、何を、何をすればいいのか? 僕は、何を、何を、何を、何を、何のために生きて行けばいいのか。
僕は、何をすれば。変わるためにはどうすればいいのか、何もわからない。
だったら、僕はただ、人形になっていればいい。ただ、他人の言うことを聞いていればいい。それが一番、僕にあった生き方なのだから。
「諒」
その言葉に僕は目を開けた。目を開けた先にいるのは陽太が僕の顔を覗き込むようにして見ている。正直に言って近い。
僕は小さくため息をついて椅子を引いた。
「どうかしたの?」
「授業終わってからずっと瞑想していたからよ、須賀さん、心配していたぜ」
そう言いながら陽太は親指で談笑している須賀さんを指す。授業はちゃんと聞いていた記憶はある。ちゃんと答えたし、ちゃんとノルマも達成した。午前中と違って問題はなかった。でも、休憩中になってからほぼ五分間の記憶は全くない。
多分、いつもの考えに没頭していたのだろう。
「ごめん。いつものことだと思う」
「そうか。難儀だよな。時々意識が飛ぶのは」
別に意識が飛ぶというわけじゃない。一番近いのは寝ていると言うべきか。ただ、その時でも僕はずっと考えている。
例えば、今日言われたことを全て列挙したり、今日覚えたことを全て整理したり、今まで覚えたことを整理したり。
陽太に聞いてもそんなことはできないと言っていたから多分、僕だけの何かなのだろう。その代償は基本的に一定時間の記憶を失うことだけど。
「まあ、天才たる所以ということか。お前が羨ましいぜ」
「羨ましい、か。本当にそう考えているの?」
「おう。この青空に約束をしてもいいぜ」
「いや、何で青空に? わけがわからないんだけど」
本当に時々陽太の言葉はわけがわからなくなる。せめて、僕にわかるように言ってくれればいいのに。
というか、僕がわからないというのも少し面白いかも。調べてみるのはありかな。
「諒、お前はどうしてタブレット端末を取り出しているんだ?」
僕はカバンの中からタブレット端末を取り出して起動する。そして、ポケットの中からWi-Fi機能で周囲の端末に使えるようにするテザリング機能持ちのスマートフォンを取り出す。
電波の調子は悪くないから大丈夫かな。
「今陽太が調べたことの意味をね」
「今って、まさか」
「青空に約束、って調べたら意味がわかるかなって」
その瞬間、陽太の顔が引きつった。理由はわからない。だけど、必死なのはわかる。
「すまん。俺が悪かった。それ以上は調べないでくれ」
「どうして?」
「どうしてもだ」
真剣な表情でタブレット端末の電源を落とす陽太。僕は小さくため息をついてタブレット端末をカバンに戻し、スマートフォンをポケットに収め、携帯を取り出した。
メールはないから大丈夫だよね。
「諒って相変わらずハイテクだよな」
「店員に言われるままに頷いていたらいつの間にか携帯が二台に増えていた」
「お前、絶対訪問販売は断れないだろ」
その言葉に僕は首をかしげる。
「苦労して訪問してくれているのに断るのは人間としてどうかと思うけど?」
「そこでその考えをするのはよほどのお人好しだよな? むしろ、お人好しなんだけどさ」
「陽太はどうするの?」
「断る」
「歓迎しないと」
苦労して家まで足を運んできてくれた人達にそんなことを言うなんてひどいような気もする。でも、陽太がそういうなら正しいのだろう。
うん、世間って難しいね。
その時、教室の中にチャイムが鳴り響いた。僕は小さく息を吐いて次の時間を確認する。
次の時間は日本史の先生だ。ただし、ものすごく脱線しやすい先生だったりもする。脱線されたらされたで面白い話が多いからいいけど、最近はいろいろとうるさい原子力について語っているから原子力発電に賛成の陽太とよく議論が繰り広げられるんだよね。
そして、放課後の一定時間、僕と陽太の日本史講習が始まる。
教室のドアが開く。角刈りにした髪の毛に白い歯。それと対照的な日焼けをした肌をした先生が入ってきた。
「今日も楽しく原子力について語ろうか」
授業してください。
「今日の講習は終わり」
僕の言葉と共に生徒達が椅子から立ち上がる。僕は手についたチョークを払いながら小さくため息をついた。
黒板には教科書の内容の要点を上手くまとめたり補足したりしたものがある。本来なら陽太と一緒にやる予定だったけど、陽太は自分の机の上で死んでいた。いや、もちろん比喩なんだけど、日本史の先生に思いっきり負けたからだ。
ちなみに、日本史の先生は本当に上機嫌で帰って行った。
「斉藤君はすごいね」
最前列にいた須賀さんが話しかけてくる。
「こんなにわかりやすい授業はないと思うし」
「そんなんじゃないよ。僕はただ、今まで出題された問題の傾向から考えてこのポイントは出やすいと感じたところをまとめて補足しただけだから」
本当は昔に受けた家庭教師の人の教えを参考にしていたりもする。
「私は塾に行っているけど、塾に行っていない斉藤君よりもテストの点は悪いよ」
「僕はただ、他人から言われたことを全て覚えているから」
だから、テストでは点が取れる。ただ、それだけ。
「そっか。すごいね。羨ましいな。私はクラブがあるからこれで。生徒会活動を頑張ってね。私はクラブ棟を登るところから頑張るから」
その言葉に僕は頷いて手を振った須賀さんに手を振り返す。須賀さんは笑みを浮かべてそのまま教室から出て行った。
その時には教室に人気はない。いつもそうだ。クラブの仲間もわかっているし、時々、別クラスの人が入り込んでいたりもする。このままだと大変なことになりそうだけどね。
僕は黒板を綺麗に消す。講習を行う条件はちゃんと掃除をすること。基本的には教室を掃除してから行うけど、教壇付近だけは僕の仕事だ。
黒板を綺麗に消して、黒板拭きを綺麗にして、さらに黒板を綺麗に消す。黒板拭きを綺麗にした後は教壇付近に落ちたチョークの粉を箒で掃く。そして、全てが終わって僕は小さく息を吐いた。
「陽太、そろそろ起きないと美咲さんが怒るよ」
「放っておいてくれ。自分の信念すら貫けない俺なんて俺じゃねえよ」
「仕方ないよ。原発の出す二酸化炭素の累計が多いのは事実なんだから」
原発の原料となる物質を輸送するために使う燃料費も考えたら原発の方が排出する二酸化炭素の総合計は多いらしい。
そう考えると、原子力発電ってなにがいいのかわからないのだけど。
「俺は原子力発電の利点をその点から語ることが出来なかった。俺はまだまだ未熟者だ。未熟者だからこそ、俺は旅に出ないと」
「ほう、ここが春日井と斉藤のクラスか。きっちり掃除されているようだな。感心感心」
その前にこのクラスの前にはいつの間にか生徒会役員が全員集合していた。多分、僕達が遅いからだと思うけど。
「というわけで、今回の生徒会会議in諒のクラス、を開催したいと思います。はい、拍手。パチパチパチ」
そう言いながら入ってきたのはお姉ちゃんに抱きかかえられた美咲さんだった。どうやら約束を守れなかったらしい。
その後を矢島先輩に生徒会書記で別名花子さんの香取先輩と山辺さんが入ってくる。山辺さんの腕の中にあるのは目安箱だ。
「美咲さん、どうしてここで?」
「だって、久しぶりに新しいメンバーが入ったんだよ。だったら、入れないなんてただの拷問だから場所を変えればいいと考えたの。名案?」
「さすがに今回の議題がかなり重くてな、相原無しでは難しいという結果に香取と山辺と同意した」
「議題が難しいですか?」
矢島先輩が頷いて紙を渡してくる。その紙の内容を僕は見た。
『生徒会会計の斉藤諒による放課後日本史講習を受験生にも受けられるように。by 榊原良二』
「難しいだろ?」
確かに難しいけど、難しいけど、この紙を出した人の名前にとても見覚えがある。
「そうしたら教室では完全に入りきりませんよ。というか、この学校で行けるようなスペースがどこにもないような気がしますが」
「体育館があるだろう」
「むちゃくちゃですよね!?」
文化系クラブがいくら強いとはいえ、体育会系クラブがないわけじゃない。体育館はバスケットボール部やらバレーボール部やらいろいろなクラブが場所争いを食い広げているはずなのに。
特に、体育館は彼らの聖地だから手に入れることはまず難しいと聞くけど。
「良二が手回ししないはずがない。あいつは確実に週一で開くことの交渉をしているはずだ」
「そもそも、僕はそんなことをしませんよ。陽太ならともかく」
「つか、何で俺に回すの? 俺は教えるのが苦手って言ったよね!? 矢島先輩も持ってこないでくださいよ!」
「むっ、そうか」
矢島先輩は少し残念そうな表情で紙をポケットに入れた。後日直接返して無理だったと伝えるのだろう。
「でも、日本史講師は賛成じゃないかな? 雪菜はどう?」
「どうって。諒の好きにしたらいいともう。諒が嫌がるなら姉として全力で阻止するけど」
「むう、雪菜はバカなんだから諒から教えてもらえばって、ギブギブ!」
美咲さんがお姉ちゃんに締めあげられていく。こうみると本当にお姉ちゃんってすごいよね。抱えながら上手く手を体に回して効率よく関節を極めている。
「私は別に家で教えてもらえるから「えっ?」殴られたいの?」
思わず口を出してしまった。
「相原先輩、そろそろ本題に入りませんか?」
山辺さんが呆れたように言う。そして、席に座った。その席は本来山辺さんが座るはずの席。その席の机を触りながら僕を見てくる。
その視線はまるで謝るかのように、だけど、決意だけは揺らいでいない目だった。
「そうだね。じゃ、今日の議長は諒にお願いするね。補佐は未来で」
「わかりました」
山辺さんが目安箱を持ったまま僕の隣にやってくる。そして、目安箱の中から紙を取り出した。
「議題は全てで三つ。私は補佐するけど、諒なら出来ると信じているから」
その声は小さく、僕にしか聞こえないような声。でも、それは僕を本気で変える気があるという表れでと感じれた。そして、山辺さんは僕を信じると言った。対極にいるはずの僕を。
僕は頷いて山辺さんから紙を受け取る。
「一つ目の議題だけど。えっと、食堂の拡張をお願いします。却下で」
次の議題に、
「ちょっと待ちなさいよ。いきなり何却下しているのよ?」
「持っていくところが違うよ! そもそも、食堂の拡張なんていくらお金がかかると思っているのさ? それに、食堂の拡張をするにしても場所がないからね」
八重桜高校の食堂拡張案は何回も提案されてきたものだった。そもそも、食堂が出来たのは実はそれほど昔ではなく、使われなくなった倉庫棟をぶち抜いて作ったのはいいものの、調理場との関係でスペースがかなり小さくなっていた。さらには、その倉庫棟自体が文化系クラブ棟と体育会系クラブ棟に挟まれているため拡張するにはスペースが小さすぎる。
もちろん、このことは過去の議題で話されてきた内容だ。
「どうにかして場所を作れない? 確か、食堂の近くにある建物の一階も利用したりして」
「そもそもスペースが」
「悪くないかもね」
そう頷いたのは美咲さんだった。お姉ちゃんが美咲さんを離すと美咲さんは黒板まで歩み寄りチョークを使って何かの絵を描く。
とりあえず、何だろう。表現のしようがない。
「体育会系クラブって少ないから」
「ちょっと待った、相原。その絵は何だ?」
矢島先輩が尋ねる。おそらく、その疑問はこの場にいた誰もが思っていたことだろう。
美咲さんは軽く首をかしげる。
「食堂とクラブ棟×2だけど?」
「さすが、現代のピカソと呼ばれるだけはあるわね」
お姉ちゃんが顔をひきつらせながら言う。常人には理解できない図形ということでいいよね?
「失敬な。でも、未来の言うことはあながち間違いじゃないと思うよ。むしろ、クラブ棟自体が老朽化しているから食堂ごと変えちゃうってのもありかもね。諒はどう考える?」
美咲さんは僕に尋ねてきた。こんな場面ではいつも陽太か矢島先輩に尋ねるのに僕に尋ねてきた。まるで、僕の考えを述べさせるかのように。
僕は山辺さんの顔を見る。山辺さんは頷いている。
陽太の顔を見る。陽太は笑みを浮かべて頷いている。
矢島先輩を見る。矢島先輩も頷いている。
香取先輩は必死に内容を書いていた。ものすごく書くのが速い。
僕は頭の中で覚えた構内図を思い出す。確かに、老朽化が激しいという話は前々からあったし、そもそも、食堂自体がさらに激しかったりもする。思いっきり作り替えるなら、むしろ、
「校舎と渡り廊下を繋げて、一階部分を完全に食堂にすれば利便性はあがりませんか?」
「ものすごい意見を出すね。校舎と繋げるなんて」
「確か、校舎からクラブ棟に登るのが大変だと思って。むしろ、繋げた方が生徒は行きやすいんじゃないかなって」
「じゃあ、食堂はどうするの? 一階部分を食堂に完全にしたとして」
頭の中で地図を描く。いろいろなところで見た地図を引用する。食堂であることを考えたらこれくらいした方がいいかな。
「完全というより二階以上のクラブ棟から降りられる階段を作っておいて、営業時間を少しだけ伸ばす。今の状況だと放課後になったらすぐに食堂が終わるけど、クラブ開始まで延ばせば、足を運ぶ人が多いんじゃないかなって思いましたけど」
「ふむふむ。階段案は考えていたけど営業時間を延ばすのは新しいね。みんなはどう思う?。特に矢島君は」
「予算が足りない」
ですよね。
「だが、この話は先生の方にも伝えておこう。初めて出した斉藤の案は面白いからな」
「えっ?」
本当に採用しちゃうの? いいの? 話を通していいの?
「いいんじゃない。あなたらしさが出ているというか」
山辺さんも賛成しちゃうんだ。この空気から考えても完全にこの案は先生達に伝えることで完全に採用だよね。
僕は諦めて肩を落とした。
「次、あるわよ」
山辺さんが僕の目の前に紙を差し出してくる。僕は肩を落としたまま受け取って次の内容を読むことにした。