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彼の性格

本当に終わるのかな?(現在11日)

「はあ」


何度目だろう。何度目かわからないため息をついている。時計の進みが遅いのが憎らしい。本当に憎らしい。


放課後まで後二時間強。


「タイムマシンが欲しい」


「そんなんがあればすでに使っているわよ」


従姉妹が呆れたように私を見る。何回もため息をついていることに鬱陶しく思っているに違いない。私だったら絶対にそう思う。


何度ため息をついたかわからない。何度時計を見たかわからない。放課後が待ち遠しい。


「未来がそこまで生徒会活動に興味があるなんて。相原に話を通すべきだった」


「別に、生徒会活動自体に興味があるわけじゃない。ただ、あそこなら大丈夫かなって」


「大丈夫?」


私は頷く。


「あそこなら私はバカにされない。私よりも勉強も運動も出来る斉藤諒がいるから。あそこなら、大丈夫だと思う」


「大丈夫だと思いたいの間違いじゃないの? あなたは昔」


「黙って!」


私は従姉妹が何を言おうとしていたのかに予測がついて声を上げていた。


手が微かに震える。


「お願いだからそれ以上話さないで。私は、もう、思い出したくないから」


ベッドから立ち上がる。勉強にも身が入らないなら勉強していても意味がない。


今の時間帯で人が少なそうな場所は屋上くらい。


「風に当たってくる」


そのまま保健室から出ようと歩き出す。すると、保健室のドアが開いた。


「失礼します」


入ってきたのは知らない女の子。後ろ髪を三つ編みが二つにしてある。珍しい気もするけど似合っている女の子。


私はその女の子の横を抜けて歩く。


さっさと風に当たりたい。当たって、この気分を抑えたい。


ただ、それだけだった。






八重桜高校の屋上は何もない。本当に何もない。屋上に出て見えるのは高いフェンスだ。それ以外には何もない。


授業中は暇な先生がよくいるが、この昼休みの時間には生徒すらいない。


そんな屋上に私は踏み出していた。まだ春だけど近頃の地球温暖化によって温度は高い。そもそも、地球温暖化なんて未だに原因が特定されていないのに騒がれている現象。


後に氷河期が来るから別に対策はいらないとか、今の内にから対策しないと未来が大変なことになるとか好き勝手言っているけど、本当に地球温暖化をどうにかしたいなら極論だけど文明を滅ぼせばいいのに。


私はそう思っている。今の文明を維持しつつ地球温暖化阻止なんて夢のまた夢なのに。


「やっぱり、屋上はいいな」


私の口から言葉が漏れる。屋上に来れば様々な考えが浮かび上がる。


例えば今の農業の話から経済の話からどうでもいいような話まで。私にとっては屋上は天国だ。


現実逃避するにはもってこいの場所だから。


今日はどんな考え事をしようかな。


「山辺さん?」


その言葉に私は振り返った。


私を知っている人は限られている。それに、男の子の声でこの呼び方は、


「斉藤君?」


そこには目を真っ赤にした斉藤諒の姿があった。たぶん、泣いていたのだろう。座っているコンクリートには何か濡れた後が小さくあり、それが涙だとは容易に推測出来た。


私は斉藤諒に近づく。


「どうかしたの?」


「何でもない。大丈夫だよ。大丈夫」


斉藤諒は膝を抱えて額を膝に押し付けてまるで自分に言い聞かせるように言う。その言葉はまるで自分に言い聞かせるようだった。


それはまるで、昔の私のようだった。


「そんな姿を見て大丈夫に見えるわけがないでしょ。何かあったなら話を」


「大丈夫だよ。何も無かったから。昔を思い出しただけだから」


そう言って、斉藤諒は笑みを浮かべる。その笑みはどこか儚げで、どこかイラつくものでもあった。


必死に自分という個人を殺している笑み。そして、必死に堪えている笑み。


自分自身が最も信頼出来るはずなのに。


「僕は大丈夫。大丈夫だよ。僕が僕でいる内は」


「あなたはどうして、自分を殺すの?」


私の言葉に斉藤諒が驚いて私を見る。


「その笑みは、昔の私がしていたのと同じ。私という考え方をしていたらまともにはやっていけない。だけど、私を殺せば」


「確かにそうかもしれない。僕は、僕自らでオレを封じた」


斉藤諒が何かを思い出すかのように言う。そして、斉藤諒が次に言った言葉は私には衝撃的すぎた。


「僕は、自分を信じないことを決めたんだ。信じるのは他人だけ。自分なんて、信じない」


その言葉は私にとっては衝撃的すぎた。それは完全に信じられないことは。他人の言うことなんてほとんど信用しないし、信用する時も自分が信じられると感じた時だけ。


生徒会活動をすると決めた時も相原先輩や斉藤諒の言葉なら信じられると思ったから。


相原先輩はともかく斉藤諒にそう思ったのは当たり前だった。彼は自分から発言しない。自分の意見を言わないし率先しようともしない。


だけど、他人を信じる。無条件で信じるから他人から言われた言葉を全て信じる。そして、自分は信じない。


私とは真逆の存在。


「じゃ、何かを決める時はどうするの? 他人の言うこと全てを」


「うん、信じる」


その言葉に私は絶句した。初めて出会う完全に私と真逆の存在。


斉藤諒は絶句している私を見ながら口を開く。


「山辺さんは違うって顔をしている。陽太がよくしていた顔だからわかるよ。どうして自分を信じれるの?」


「どうして他人を信じられるの?」


私は質問に質問で返していた。返した理由はわからない。わからないけど、こう尋ねなければならないと思ったから。


斉藤諒は微笑む。


「だって、誰も傷つけないから」


その言葉で私は理解した。


斉藤諒は昔からこうだったわけじゃない。ある時期を境にこうなったのだ。その時に斉藤諒は誰かを傷つけた。


私は小さく溜め息をつく。私なんかよりも、私なんかよりも遥かに重い。


私はただ自分が傷つけられたからこうなった。他人を信じないことにした。それからは他人は傷つけていない。でも、斉藤諒は違う。


「僕が僕でいたらずっと誰も傷つけない。傷つくのは自分だけでいい。責任を負うのは自分だけでいい。僕だけが、傷つけばいい」


自己犠牲なんかじゃない。斉藤諒は自己防衛のために自分を信じない。犯人扱いされたらそうだと頷き、あらぬ罪をかけられても頷くだろう。


もしかしたら悪意ある人間から利用されるかもしれない。それを覚悟で斉藤諒はその道を選んだ。


その道を選ぶ時を最後に自分を信じることを止めた。


「だから、泣かないで。山辺さんは何も悪くないから」


その時になって、斉藤諒からの言葉で私は自分が泣いていることに気づいた。たぶん、同情したに違いない。私らしくない。


「あんたはそれでいいの? 自分を信じなくても」


「うん。山辺さんはどうして自分を信じられるの?」


「それが全てだからよ。私の考えは唯一無二なもの。私はそれを信じる。自分を信じる。私自身の考えに絶対の自信を持っている。他人なんかよりも遥かに信じられるから。ただ、それだけ」


私は言い切った。私を信じる理由を。


斉藤諒と正反対であることを。


「羨ましいな。そんな考え、僕には出来ないよ」


そう言って、斉藤諒は笑った。諦めたような表情。自分の考えなんて捨てたとでも言うかのような表情。


そんな表情を見るために、私は生徒会活動を手伝うわけじゃないのに。


「出来るよ。あんたでも出来る。あんたも気づいたでしょ? 私とあんたが正反対であることを」


斉藤諒は無言で頷いた。それを見て、私も頷き返す。


「過去に何があったかなんて聞かない。私だって聞かれたくない。でも、私はあんたのそんな顔を見たくない。私は約束する。あんたが自分を信じられるようになることを」


「僕が? 自分を? 無理だよ」


「無理じゃない。無理じゃないから。だから、私だって変わる。あんたも変わる。二人ならきっと変わっていけるから。だから、変わろうよ。二人で」


私だって他人を信じたくないわけじゃない。


自分が怖いから。他人に見捨てられたりするのが怖いから。だから、斉藤諒を見ていたらイライラする。別に斉藤諒が嫌いなわけじゃない。違うから、という理由じゃないような気がする。


だから、私がこのイライラを抑えるために斉藤諒を変える。変えたら、このイライラはなくなるはず。そのついでに私も変わる。それで対等のはずだから。


斉藤諒は驚いて私を見ていた。そして、ゆっくりと、確かに頷く。


その頷きを見て私は頷いた。


「これからよろしく。諒」


いきなり馴れ馴れしいかもしれない。だけど、これくらいしないと、斉藤諒は変わらないと思ったから。


「よろしく、お願いします。山の、未来さん」


斉藤諒は恐る恐る、私の伸ばした手を掴んだ。






「うきゃー!」


ベッドの上で転がる。恥ずかしい。自分がとても恥ずかしい。


あの後、すぐにチャイムが鳴って私達はそれぞれの居場所に戻ったのだが、ベッドの上に戻ってから屋上で私の言った言葉が全て思い出してくる。


しかも、それを言った本当の理由は斉藤諒を見ていたらイライラするからって私はただのバカにしか見えない。


「どうしてあんなことを私は口走ったのよ」


「禿げるわよ」


「禿げないわよ!!」


従姉妹の言葉に私は体を起こしながら答えた。


従姉妹はただコーヒー、いや、紅茶、違う。香りがほとんどないことから考えて緑茶を飲んでいる。


「ここは保健室だから静かにしてくれる? それとも頭の病気を診察されたい?」


「そんなにおかしかった?」


「それはもちろん。朝からずっと時計を見ながら溜め息。昼休みが終わってからベッドの上で枕を抱き締めて転がっている。どう考えても頭のおかしな人よ」


「朝からの方は堪え性の無い人で終わらないの?」


全く否定出来ない。


頭の中に渦巻いているのは斉藤諒のこと。昨日、斉藤諒は保健室で確かに自分の意見を言った。


私に生徒会に入って欲しいと言った。その時は自分自身の考えを信じて言ったはずなのに屋上の斉藤諒は自分を信じていなかった。


一体、斉藤諒の中ではどう違うのだろうか。


屋上で言った言葉も真実ならば保健室で言った言葉も真実のはず。だったら、どこで変わったのか。


「斉藤諒にとって何か大きく変わる事件があった? いや、揺らいでいるだけだからそれはなくて、何か揺らぐ事態があったってこと? 何かあったなんてわからないから聞き込みに」


「諒がどうかしたの?」


「のわっ」


急に後ろからかけられた声に私は驚いて飛び上がって振り返っていた。


そこにはあの変人の姿がある。従姉妹も驚いているところを見ると気づいていないらしい。


「へ、変人」


思わずそう呼んでしまった。だけど、変人はニコニコしたままだ。


「みんなの変人、相原美咲だよ。社会不適合者さん」


さすがに怒っている。


私は小さく溜め息をついて変、相原先輩を睨みつけた。


「いつから?」


「ついさっき。保健室の中が楽しそうなことになっていたからちちょいと泥棒の技を使って」


「犯罪者?」


「失礼な。まだ未遂だよ」


十分に質が悪いと思いますが。


「未来が転がっていたからさ。何かあったかなと思って。ほら、今日から生徒会の一員だからね」


「わかりました。相原先輩はどうしてここに? 今は授業中ですが?」


まだチャイムは鳴っていないし鳴るにはかなりの時間がかかる。なのに、へ、相原先輩はここにいる。一体どういうことだろうか。


相原先輩は完全に視線を外してどこか遠い目をしながら、


「人って、黄昏たい時があるよね」


「つまりサボったんですね」


相原先輩は肯定するかのように頷いてくれる。


「そう言えば、相原先輩は諒と、斉藤君と約束していたような」


「未来、知ってる? 約束って破るためにあるんだよ」


ダメだ、この人。こんな人がどうして生徒会会長なんてやれるのだろうか。意味がわからない。

生徒会活動の前にちゃんと報告しておかないと。


「それはさておき」


「置いていいんですか?」


置いたらダメなような気しかしないけど。


「未来に言っておきたいことがあってね。昼休みの事で」


その瞬間、私はこの変人が何を言いたいのかがわかった。そして、どうしてここに来たのかも。


サボったことなんてどうとも思っていない。この人は放課後に生徒会活動が出来なくても、それだけを言いに来た。


「別に未来が諒にどういう感情を持ってようが構わない。それは個人の自由だからね。そして、諒と一緒にまるで鏡合わせのような性格を治そうとするのも構わないよ。だけどね」


その瞬間、相原先輩の表情と感情がひっくり返った。


私は思わず拳を握りしめてしまう。


「もし、諒を傷つけようとするならその時は生徒会役員全員が未来の敵に回ると思っていて。私達は敵には容赦しないから」


「敵って」


「知らなかった? 私って停学を受けたことがあるんだよ。私の友達をとある集団から守るために。私には敵に容赦するつもりはないから」


それをニコニコした表情のまま言われた。もしかして、相原先輩はかなり腹黒い人物?


私は小さく息を吐いて相原先輩を見る。相原先輩は完全に私の言葉を待っていた。だから、私は小さく頷いた。


「私は、私を変えたい。諒も変えたい。正反対である諒を見たらイライラするから。自分勝手だとは思う。だけど、このまま諒をあの性格でやっていたらいつか犯罪に巻き込まれて不幸になる。お節介だとは思うけど」


「お節介じゃないよ。私もみんなも誰もかも、最初は諒の性格を治そうとした。だけど、治らなかった。理由がわかる?」


その言葉に私は首を横に振る。


「誰も、諒の心の闇を理解することが出来なかった。初めて諒の心の闇を知った時、私はどう思ったと思う? 私は恵まれてるな、だよ。そんな人達の言葉なんて諒には届かない。だから、私は未来に目をつけた」


まるで、私の心を見透かすような瞳をして相原先輩は私に頭を下げる。


「私の口からは諒に何があったかは言えない。だけど、諒と対極の位置にいるあなたなら、諒を理解してくれると思う。私のことを罵ってくれていいよ。私は、私のために未来を利用」


「利用すればいいじゃない」


私の言葉に相原先輩は顔を上げた。


まさか、ここまで言ってくるなんて思わなかった。聞きながら考えたけど、今までの情報から考えてで九割方真実。だから、私は相原先輩の言葉を信じることにした。


「私は自分のために諒を使う。相原先輩よりもはるかに自分勝手な人間よ。だから、利用すればいい。私も利用するから」


こういう言葉を言ってから私はいつも後悔する。


何でこんな冷たい言葉しか吐けないのかって。


相原先輩は数回瞬きして、そして、頷いた。


「未来も十分に腹が黒いね」


「そうだけど」


まさか、相原先輩に言われることになるなんて。私は小さく肩を落としながら溜め息をついた。


でも、思っていた以上に相原先輩はいい人かもしれない。

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