生徒会へ
これ、22日までに終わるのだろうか(現在12月7日です)
自分は何をしているのだろうか。
ベッドの上から運動場を見ながら私は小さく溜め息をついた。
我ながらおかしなことをしている認識がある斉藤諒が見えたからってずっと保健室の窓にへばりついて斉藤諒を見ているなんて。これじゃ、まるで、
「ストーカーね」
従姉妹が私に向かって言ってくる。それはそれで私も感じたところだった。
「そんなことわかっているわよ」
「ストーカーという自覚はあったんだ。この犯罪者」
「殴っていいよね?」
私は拳を握り締めながらも斉藤諒を見ていた。
斉藤諒はボールを受け取った瞬間にドリブル、じゃなくてパスをする。続いて、パスをした誰かがまた受け取った瞬間にパスをして、さらに、他の人がそれを受け取った瞬間に斉藤諒にパスをしていた。
速いというかありえないというか、見ている光景が信じられない。
「まさか、あなたがそこまで他人を知りたくなるようになるとはね。中」
「それ以上は言わないで」
私は従姉妹の言葉を遮った。従姉妹が何を言いたいか何となくだがわかったからだ。
確かに、中学校の最初はみんなからちやほやされていた。たくさんの友達がいて、たくさんの男子から告白され、みんなのヒーロー(ヒロイン?)だった。
でも、それはあっけなく終わった。たった一つのミスで。
「お願いだからそれ以上は言わないで。お願いだから」
「ごめんなさい。あの頃の未来は輝いていたから。私からしたら羨ましくて」
「そう、かもしれない。みんなから見たらそうかもしれない。でも、私からすればただ自分の力に酔っていただけ。凄いなんてありえない」
そう。中学生の時はただ自分の力に酔っていた。勉強も出来てスポーツも出来てモテていた。
それだけしか無かった。
「斉藤諒は不思議だった。多分、私よりも勉強が出来ると思う。私よりもスポーツが出来ると思う。私よりも、友達がたくさんいると思う。初めてだった。私よりもすごいと思えた人は」
「確かに、斉藤君はすごいわ。スポーツテストはそこそこ高めで入学した歳の学力試験で満点。生徒会書記をしていて生徒会会長からの信頼も厚い。どの世界の天才よ」
確かにそうだ。勉強も出来てスポーツも出来て生徒会もやっているなんて高校生としてはトップクラス。
羨ましいと思う。そして、そんな風になりたいと思える。
「私、どうしちゃんたんだろう」
そうとしか言えない。本当に私はどうしたのかわからない。何故かわからないけど、斉藤諒みたいになりたいと思ってしまったから。
時計を見るともうすぐチャイムが鳴る。私は小さく溜め息をついて散らばっている荷物を見た。
すでに高校の授業内容は網羅したから次は何をすべきだろうか。
「勉強ばかりの高校生活はつまらないものなのに」
「それだけは言われたくないから。お金儲けがしたいという理由で医学部に入った人には」
回りに回っていつの間にかこんな高校にいるけど、その点だけは感謝している。
「それにしても、暇というのも何とも言えないものよね。急患が運ばれこないかしら」
「ある意味重大発言のような。というか、朝から気絶した人が運ばれ無かった?」
「日常茶飯事だもの」
さいですか。
口からでかかった言葉を何とか呑み込む。こういうことを繰り返しているから勘違いされる。
本当に優等生を見せるなら何事もミスしてはいけない。そう、喋り方でさえ。
まあ、ただ単に私の性格をあまり出さないようにするためのものだけど。
「一番の問題が、保健室には斉藤諒しか来ないのよね」
そう言えば、私が保健室登校している間に他の人が怪我人として運ばれてきた気がしない。むしろ、斉藤諒以外怪我をしてやってきていない。
そう考えるとかなり不思議なのかもしれない。
「怪我しないだけいいじゃない」
「私が暇なの」
駄目だ、この人。
「暇って世界で一番悪だと私は思うのよ。七つの大罪なんて考えてみなさい。どういう基準でそう言っているのかわからないし、そもそも人が繁栄する中で必要なものがいくつかあるのよ」
駄目だ、この人。本当にどうにかしないと。
「つまりは七つの大罪も人には必要なもの。それに対して暇は大切な時間を浪費するためだけのもの。それこそ本来最も悪とされるべきものじゃないの?」
「私に尋ねないで。暇な時間なんてないから」
暇なんてあるなら勉強した方がいいとは思う。
「未来はどうしてそこまで勉強するの? 別にそこまで勉強しなくても」
「私は、私はただ単にバカにされたくないだけ。完璧であり続けたいだけ。完璧であったら」
誰も離れないから。
私は拳を握り締める。そう、全てにおいて完璧だったなら友達は離れていかない。だから、私は勉強する。失敗しないために。
「あっ、やった」
従姉妹が嬉しそうな声を上げる。その声に導かれるように私は従姉妹の視線の先に視線を向けた。そこには体操服を赤くした斉藤諒の姿がある。
その姿を見た瞬間、私は血の気が引いた。真っ青になっているのがわかる。あの姿はまるで、昔の私。
「未来、我慢しなさい。見たところ、額を切っただけだからあまり深い傷ではないわ。だから、あなたとは違う」
従姉妹にそう言われて初めて呼吸が荒くなっているのがわかった。私はゆっくり呼吸を落ち着けるように深呼吸をする。
私はそばにあった布団を抱えた。抱えて、目を瞑る。
思い出したのは左半分の顔が血だらけになった私の姿。思わず左の額を手で覆ってしまう。
もうすぐ斉藤諒が来る。落ち着かないと。落ち着かないと。落ち着かないと。斉藤諒には見られたくないから。
話を盗み聞きしていたところ、どうやら私が見ていない瞬間に顔面にボールが直撃したらしい。その時に偶然ボールに挟まっていた石が額を切ったとか。
額はかなり血が出るがそれほど重傷じゃない。だから、暇を持て余していた従姉妹は救急車を呼ばずに自ら治療していた。
まあ、あまり運動はしないように言って親御さんに迎えに来てもらえるようにと言っていたけど。
「諒! そんな怪我をさせたのは誰? 私は全力でそいつを殺しに行くから」
それからいくつかの会話をしている最中に保健室のドアが勢いよく開いた。私はそれに若干ながら驚いてしまう。
「ちょっと待ってよ! お姉ちゃんは落ち着いて。美咲さんもお姉ちゃんを止めて」
どうやらドアを開けた人物は斉藤諒のお姉さんみたいだ。それに、あの変人、違った、生徒会会長の相原先輩もいるみたいだ。
あの変人は少し苦手。
「とりあえず、名前だけ教えてくれないかな? 人生破滅させてあげるから」
明らかに生徒会会長として間違った発言。だけど、あの変人なら本気でやりかねない。
「僕の不注意だよ。前を見ずに歩いた僕が悪いんだよ。全て」
その言葉に私はとっさに口を開いていた。
「そんなわけないじゃない」
カーテンの向こうから私に振り向く視線を感じる。
「全てあなたが悪いわけがない。喧嘩両成敗という言葉を知らないの?」
私のバカ。バカバカバカ。どうしてこんな喧嘩腰に言葉を投げつけるのか意味がわからない。
自分がどんどん嫌いになっていく。自分しか信じられないのに。
「知っているけど、僕が不注意だったから」
「だったら、全て悪いなんて言わないでよ。あなたは頑張っていたから」
私は言い切ってから完全に後悔した。もっと別の言葉があったんじゃないかと思える。私のバカ。
「ありがとう」
だけど、斉藤諒から返ってきた言葉は私の想像の遥か斜め上をいっていた。
どうしてありがとうというのかわからない。
「少し、嬉しくて。誰かが見ていて頑張ったって褒められるのが」
「そ、そう」
次になんて言えばいいかわからない。わからないけどとりあえず何か言わないと。
「ご開帳」
その瞬間、相原先輩の声と共にカーテンが開かれた。
そこには従姉妹と斉藤諒と相原先輩と知らない女子生徒と男の姿。
「やっぱり、話をするなら顔を見て話さないとね」
何をするのよ、この変人。
「おっ、美少女」
その声が聞こえた瞬間、私は無意識に近くにあった辞書を投げつけていた。辞書は男の顎を捉えてその場にひっくり返す。
「お見事」
拍手をするのは相原先輩。斉藤諒も女子生徒も引いている。従姉妹は笑みを浮かべている。
「見事な辞書投げだよね。私に教えてくれない?」
「教えませんし、知りたいなら野球部に行ってください。またはソフトボール部」
「やだよ。どっちも弱小じゃん」
その言葉にぶちっと何かが切れる音が鳴り響いた。
私の方を向いている相原先輩の額に汗が流れる。そして、相原先輩がゆっくり振り返った。
視線の先にいるのは、
「ひっ」
私は思わず悲鳴をあげてしまう。そこにいるのは阿修羅を身にまとう女子生徒の姿。この表現は絶対に間違っていない。
顔は笑っているけど頬がピクピク動いているし、その手にあるのはソフトボール用のバット。
「何が、弱小なのかな? 美咲」
「この学校の野球部とソフトボール部。だって、常に一回戦敗退だからね」
「言っていいことと悪いことがあるんじゃないかな?」
「ふっふっふっ」
今度は相原先輩が笑い出した。すると、私の袖が引かれる。振り向くとそこにはベッドの影に隠れるようにしゃがみ込む斉藤諒の姿があった。
「ベッドから降りられる?」
その言葉に私は頷いてベッドから降りた。降りてベッドの影に隠れるようにしゃがみ込む。
「いつもあんな感じ?」
「時々ね。お姉ちゃん、バットを持っているのが僕の姉なんだけど、お姉ちゃんと美咲さんは仲がいいけど時々喧嘩をするから」
「でも、バットは当たったら危ないと思うんだけど」
というか、バット振り回しているし。相原先輩はそれを上手く避けている。
ちなみに、従姉妹はと言うと。
「久しぶりに大きな仕事がやってくるわね」
と優雅にコーヒーを飲んでいる。なんでこんな人が学校にいるの?
「お姉ちゃんはちょっと特殊だから」
「特殊?」
私は斉藤諒に聞き返した。
何かソフトボールに関してあるのだろうか。
「えっとね、キレたら近くにある何かで人を殴るんだ」
それまた現代のキレる子供の典型例のような。
「それが丸めたノートとか丸めた新聞紙とか丸めた辞書とか丸めた鉄板ならいいんだけど」
最後の二つが明らかにおかしいし、鉄板を丸めるってどうやったら出来るの?
「時々、近くにある机とか椅子とか倒れた人とかロッカーとか掃除用具入れとか教壇とかで殴るから」
それは危険を通り越してヤバいような気もする。
「だから、合法でぶん殴れるソフトボール部に入ったらしい」
「部活選びも色んな意味でぶっ飛んでいるわね」
「うん。ソフトボール部では代打専門。普通に100mくらいなら詰まっても持っていくらしい」
ソフトボールって両翼何mかな? それに、普通の硬球ならもっと飛ぶような気もするけど。
「高校の頃は停学二回くらいかな。一回目は不良集団から美咲さんを守るため、もう一回は不良集団から身を守るためにバットを振り回して相手を全滅」
噂だけなら聞いたことがある。
この八重桜高校には不良を束ねる番長と、それを超えると言われる女番長がいるらしい。
女番長の戦力は学校中の不良を束にしても勝てないくらい強く、それは番長も同じ。どちらかが強いかが賭けられているほどらしい。
「おかげで呼び名が一時期『狂戦士番長』だったらしくて」
完全に笑い事じゃないし笑えるようなことでもない。そもそも、番長が現代にも生き残っていたなんて。
「お姉ちゃんが暴れ出したら心を穏やかにして静かな大海原のような気持ちでいるのが一番だよ」
「達観しているわね」
「達観していないと大変な目にあうから」
なるほど。納得した。
結局、あの後、斉藤諒のお姉さんと従姉妹は異変に気づいた体育教諭である西口先生(元ボディビルダー)に連れ去られて行った。
もちろん、斉藤諒のお姉さんは危険だったからで、従姉妹はそれを応援していたから。もう戻って来なくてもいいのに。
「というわけで、養護教諭不在の今、臨時生徒会会議in保健室を始めたいと思います」
「イエーイ!」
「イ、イエーイ?」
そして、何故か臨時の生徒会会議か保健室で始まった。
私は思わず溜め息をついてしまう。
「帰っていいですか?」
「僕も」
私の言葉に斉藤諒が同意する。そもそも、私は生徒会役員じゃないし、斉藤諒にいたっては怪我人だ。早急に休んだ方がいい。
すると、変人である相原先輩が不満そうな声になった。
「むぅ、諒はそもそも一人じゃ帰れないし山々は」
「誰ですか?」
「じゃ、山ちゃんで」
「芸人じゃありません」
「じゃ、未来ね」
変人はそれが狙いか。
「私は相原先輩と仲良くありませんから普通に山辺と」
「未来の参加は義務だよ義務」
話を聞いていないわよ、この変人。
「ともかく、臨時生徒会会議縮小版in保健室を開催したいと思います」
「名前変わっていない?」
「山辺さん、気にしたら負けだよ」
何かに諦めたように斉藤諒が言う。その顔にあるのは疲れ。
「会議の議題は至極簡単。保健室登校の未来を」
「私は教室で授業を受けるつもりはありません。勉強は十分に出来ています」
「内申はマズいよね?」
にっこり笑みを浮かべる相原先輩に私は言葉を詰まらせた。
事情はあるから何とか出席はあるけど、先生からの心証はよくない。当たり前だ。私は授業に出ないのだから。
「それに、今日の議題は未来を授業に連れ出すのが目的ではないから」
「じゃ、何をするの、するんですか?」
相原先輩が楽しそうにさらに笑みを浮かべる。そして、
「山辺未来の生徒会に組み込むこと」
「意味がわからないわよ! この変人!」
「褒め言葉ありがとう」
駄目だ、この変人。どうしようもないくらい末期だ。
「美咲さん、意味がわからないんですけど。山辺さんは嫌っているみたいですし」
「ノンノン。未来は内心喜んでいるよ」
確かに斉藤諒と一緒に仕事を出来るなら嬉しいけど。
「それに、未来はいきなり教室でクラスメートに「おはよう」と言うのはレベルが高いと思うんだよ。だから、まずはクラスメートが二人いる生徒会に入れて慣れさせてから教室デビュー。どうかな?」
「美咲さんがそう思うなら賛成です」
確かに、いつかは教室で授業を受けないと考えたらそれは正しいかもしれない。というか、変人の言うことは最もだ。
「諒、お前はそれでいいのか?」
「僕はただ、美咲さんの意見に賛成なだけだよ。全てを決めるのは山辺さんだから」
「なるほどな」
変態が納得したように頷く。
「俺も美少女が増えるのは賛成」
「全力で遠慮させていただきます」
あんな変態と一緒に生徒会なんて地球が逆に回ってもお断りよ。
あの変態が生徒会からいなくなればいいんだけど。
「そっか。じゃ、未来には生徒会副会長のポストを」
「相原先輩! そこは俺の役職ですよね!?」
「えっ?」
「この人何言ってんの、みたいな顔をしないでください」
「この変態何言ってんの?」
「ちょっとー!」
騒がしいけど面白い人のようだ。この変態さんは。
「ともかく、山辺さんはどうしたいの?」
「斉藤君は、どう思っているの?」
私は斉藤諒からの言葉に尋ね返していた。どうしてそういう風に返したかわからないけど、返さないと駄目だと思ったから。
斉藤諒は一瞬だけキョトンとして、そして、小さく笑みを浮かべた。
「一緒に、生徒会はしたい、かな?」
最後は疑問系だったけど、それは確かに斉藤諒の気持ちでもあった。
私は相原先輩に向き合う。
「どうか宜しくお願いします」
「お安い御用だよ。これからは私を美咲先輩って呼んでね。役職は会計補佐。諒の部下にするから」
「えっ?」
その時、相原先輩、いや、美咲先輩は私に笑みを浮かべていた。そして、小さく頷いている。
まるで私の気持ちが分かっているかのように。
やっぱり、この人は変人で生徒会会長だ。