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期待と不安とその他諸々

「気持ち悪いな」


昼休み。僕と陽太は一緒に机を合わせて昼ご飯を食べていた。僕の机の上にはコッペパンが一つ。対する陽太の机の上には重箱の様な弁当箱があった。ちなみに三段重ねだ。


僕はコッペパンにかじりつきながら小さくため息をつく。


「人の顔を見て気持ち悪いだなんて。まあ、僕もそう思っているけど」


「諒、お前、今まで教室の中でにやにやしていたよな?」


僕は自分の顔に手を当てる。陽太が言うならそうなのだろうが、そんな自覚は一切ない。というか、にやにやしているってどれだけおかしな人なんだろとは思う。


でも、心当たりはある。多分、山辺さんと出会ったからだろう。


僕は未だに一度も登校していないクラスメートの席を見た。学校が始まって以来始業式にも参加していない山辺さん。保健室にいるため出席は少しは大丈夫かもしれないが、このままでは山辺さんの将来に何かあるかもしれない。でも、それは余計なおせっかいだ。僕は何も言わない方がいい。


「俺は昔のお前見たいで嬉しかったぜ」


「止めてよ。昔の僕なんて、あんな最悪な人間に僕は戻りたくない」


思っていた以上に出た低い声。その声に近くにいた女の子が驚いて僕を見ている。だけど、僕はそっちに視線を向けない。僕は昔の僕を思い出していから。あれほどまでに最悪だったころの自分を。


あんな人間に戻るくらいならいっそのこと死んだ方がましだ。


「はあ、お前は。まあ、いい。後、にやにやしすぎで気味悪がられていたからな。理由くらいなら聞いてやるぞ。これでも親友だ」


「でも」


僕は周囲を見渡す。ここで話していいような内容なのかは分からない。でも、山辺さんのことを考えるとここで話すのは得策ではないような気もしてくる。


山辺さんの過去に何があったかわからないけど、ここで話したら山辺さんが僕を嫌うような気がしたから。


「陽太、場所を変えてもいいかな」


「そうだな。じゃあ、生徒会室にでも行くか」






「およ、どうして諒がここに?」


生徒会室の中に入った僕達を待っていたのはお菓子を広げた美咲さんの姿だった。地べたに敷いたレジャーシートの上に所狭しとお菓子を並べている。その銘柄は多種多様であるが、ポテトチップスであるという点以外に共通点はない。


横にいる陽太が呆れたようため息をついた。


「生徒会長、ここでお菓子は食べてはいけないと何度言えば」


「生徒会長命令」


「いやいやいや、普通考えてわかりますよね? むしろ、常識なんじゃ」


「というか、君、だれ? 不審者だから警察に通報してもいいよね?」


「もう、いいです。諦めました」


このやり取りを見るのは何度めだろうか。二人はよくこういう問答をしている。


僕はそのまま空いているレジャーシートの上に座った。上に座ったと言っても空になった袋の上になるのかな。


「美咲さん、そればかり食べていたら体を壊しますよ」


「ほら、炭水化物ダイエットってあるじゃない?」


「食べ過ぎたら意味ないですからね。それに、美咲さんはただポテトチップス好きなだけですよね?」


僕は近くにあったスーパーの袋に周囲のポテトチップスを詰めて行く。美咲さんは少し不満そうな顔をしているけど何も言わない。


美咲さんも何かを抱えているのかな?


「諒、どうする?」


「えっと、屋上に行こうか」


「何かあったの?」


立ち上がろうとした僕を止めるように美咲さんが僕の袖を掴む。だから、僕はそのまま腰を下ろす。


美咲さんは少し満足そうに頷いて手を放した。


「いいのか?」


「うん。美咲さんなら信頼出来るしね」


「つか、何の話をするんだ? というか、何があった?」


「保健室でね、山辺さんと出会ったんだ。山辺未来さん」


その言葉に陽太が微かに目を見開く。陽太はよく言っていたから。多分、その人物のことを言っているのだろう。


「噂は事実だったのかよ。去年の全国模試トップスリーがここに入ったって」


確かに全国模試トップスリーだよね。僕に陽太に山辺さん。


「保健室ってことは保健室登校なんだよな。中学校で何かあったのか?」


「それ以上は本人に聞いたらダメだよ」


美咲さんの言葉に僕達は振り向いた。美咲さんは今までに無く真剣な表情で僕を見ている。いや、僕と陽太の二人か。


僕も保健室の先生に言われたのと近いことだ。人にはそれぞれの過去がある。忘れ去りたい過去であっても。


「山辺さんはいろいろと事情があるから。いくら生徒会役員でも本人が望まないなら絶対に関わらないこと。これは生徒会会長からのお願いです」


「わかっています、美咲さん。でも、僕はもっと山辺さんと話せたらなって」


その言葉に美咲さんが驚いたように目を見開いていた。そして、面白そうに笑みを浮かべる。


「なるほどね」


「こいつ、その子に一目惚れしていますよ」


「やっぱり赤の他人君もそう思う?」


「いい加減、ちゃんとした名前で呼んでください」


僕を放り出して盛り上がる二人。僕は小さく溜め息をついた。


「そんなんじゃありません。陽太も、変に勘ぐらないでよ」


「悪い悪い。だけどよ、お前が自分から何かしたいっていうのが久しぶりでよ」


確かにそう言われてみればそうかもしれない。


昔はそうだった。自分自身に変な自信があって自身から何かしたいと言っていた。その頃には陽太がいたから懐かしいのだろう。


「諒はそういう子だから。まあ、あの子は少し気難しい子だけど、もしかしたら、諒とは波長が合うかもね」


「波長?」


僕は不思議そうに首を傾げた。確かに話はよく合ったから波長は良さそうだけど、どうして美咲さんがそんなことを言うのだろうか。


あの場に美咲さんはいないはずなのに。


「あっ、どうしてそんなことを知っているのかって顔だよね? これでも生徒会会長だよ。授業をサボるついでに出会ったに違いないじゃん」


完全に何かを間違えている。特に、サボるついでにというところが。生徒会会長なんだからサボったら駄目なような気もするけど。


ただ、美咲さんは体はそれほど強くないって聞いているから仕方ないかもしれない。


「この人が生徒会会長でいいのか今更ながら不安になってきた」


陽太が美咲さんに聞こえなさそうなすごく小さな声で言うけど美咲さんは意外と聴力がいいので聞いているだろう。


美咲さんは小さく溜め息をついて僕を見る。


「山辺さんなら諒とは波長が合うとは思ったけど、そこは本人の意志が必要だからね。気長にするしかないよ」


美咲さんがそう言った瞬間、予鈴のチャイムが響き渡る。それに僕と陽太は顔を見合わせた。


どうやらご飯を食べている間にいつの間にか時間が過ぎていたらしい。


「このお話はここでお終いでいいよね。続きを話したいなら放課後の時間にここに来ること」


「わかりました」


「はい」


僕と陽太は立ち上がる。だけど、美咲さんは立ち上がらない。


僕と陽太が怪訝そうに美咲さんを見つめていると、美咲さんはてへっと舌を出した。


「私はここでサボっているから」


訂正。美咲さんは体なんて弱くない。






「気になるのか?」


その言葉に僕は飛び上がっていた。振り返った先にいるのは呆れた表情をした陽太。陽太は僕が向いていた方角を見て小さく溜め息をつく。


「あのな、今は体育の授業中なんだぞ。諒は体育はあまり得意じゃないだろ?」


「得意じゃないけど」


先生に目をつけられるほどサボっているというわけじゃないんだけど。今だってただ単に視線をチラッと向けただけなのに。


陽太が笑みを浮かべて見ているということはわかりやすかったのだろうな。


僕は小さく溜め息をついて頷く。


「というか、今、どういう状況かな?」


「1点差でこっちが負けてる」


僕は陽太の言葉でグラウンドを見渡した。


今の時間は体育で競技はサッカー。くじ運悪く相手チームにはサッカー部のエースがいるらしくなかなか苦戦している。


苦戦しているというのはクラスにいる運動神経抜群のチェスプレイヤーである北林がいるからだ。運動神経が抜群すぎてスポーツには飽きたって自己紹介で言っていた。確かに、動きはとても早くサッカー部にすら負けていない。


でも、技術に差があるからか抜かれてしまう。そのままボールはネットを揺らした。


「ちょっと本気を出した方がいいかな?」


「おっ、行くか? なら、俺も手伝うぜ」


陽太が陽気に笑みを浮かべる。その笑みに僕は笑みを浮かべて頷いた。


「なら、行こうか」






久しぶりの本気。本当なら、あまり本気は出したくない。だけど、時々出しておかないと体が鈍ってしまう。


だから、僕は走る。受け取った。ボールを一瞬でパスしながらさらに走る。


パスした相手である陽太はさらにボールを受け取ってすぐにパスをする。パスをする相手は北林。北林も同じように僕にパスしてきた。そして、さらに僕は陽太にパスを放ち、陽太がゴールを決めた。


周囲にいるサッカー部の面々は呆然と僕達を見ている。そりゃそうだろう。この技は僕と陽太にしか出来ない、はずだったやり方だから。


簡単に言うならお互いの速度をあらかじめ打ち合わせお互いに蹴る場所を打ち合わせ、ひたすらパスして走るだけ。組織だった守りがなければ案外簡単に抜ける。ただ、


「守り、よろしく」


僕と陽太は相手のゴールのそばで腰を落とした。


この技はひたすら一直線に走るため簡単に体力を使い果たす。だから、僕達は座り込んでいた。


「やったね」


「やったな」


僕達は拳を合わせた。2点差の状況をひっくり返して逆に2点差をつけた。時間的にはもうないから大丈夫だろう。


昔、サッカー部から「勉強だけしか取り柄がないのか」と言われてから必死に身につけた技だから。その時は大差で勝ってやったけど、今は体力がかなり落ちている。


「まさか、高校なってからもこんなことをするとはな」


「陽太は負けず嫌いだし」


「おうよ。虎視眈々と諒の点数を抜かそうと必死に頑張っているぜ」


「頑張ってね」


ライバルがいるだけで勉強のしがいはかなり変わる。だから、陽太のようなライバルがいたらかなりありがたいのは確かだ。


僕は少しだけ笑ってから立ち上がってフィールドに入った瞬間、目の前に何かが迫っていた。


「諒!」


陽太の声。それと共にサッカーボールが顔面を直撃する。僕の体は簡単に背中から地面に倒れた。


「斉藤! 無事か?」


北林の声に僕は顔を上げようとして右の視界が赤くなっている。いや、血で赤く染まっている。僕はそこを触ると手のひらが赤く染まっていた。


サッカーボールが直撃して切れるなんて聞いたことがないけど、サッカーボールに小石でもついていたのかな?


「諒! 大丈夫じゃないな。歩けるか?」


「歩くことは大丈夫かな」


額を切ったら血は驚くくらい出るし。だから、こういう状況になっているだけ。



「そうか。とりあえず、先生、こいつを保健室に連れて行きます」


陽太が僕の背中を押して歩き出す。僕はポケットの中に入れていたハンカチを当てて歩き出した。


意識はしっかりしているから重傷ってほどじゃないけど、ともかく体操服は血だらけだよね。


「上手いこと当たりやがって。保健室に行くつもり満々だっただろ?」


「全く、これっぽっちも考えたことがないけどね」


「まさにこれが怪我の巧妙か」


「一度殴っていいよね?」


陽太も時々人の話を聞かないことがあるし。


僕は小さく溜め息をついて陽太に連れられるまま保健室に向かって歩いて行く。






「派手に切ったわね」


保健室の先生である山辺先生が綺麗に血を拭いてくれる。すでに血は止まっているが、流れ出た血の量はかなりの量らしく保健室に来て早々に早退が決定した。


まあ、体操服は血だらけだしハンカチは真っ赤だし血で体はベタベタだし。


「意識がしっかりしているから良かったものの、普通なら倒れてもおかしくない怪我よ」


「少し慣れていますから」


よくよく考えたらバットで殴られる方が痛い。当たり前だけど。


「多分、気だるい感覚があると思うけど、若いから一日くらい休めば回復するわ。ただし、傷が開くから気をつけるように」


僕だって好きで血だらけになっているわけじゃないからそこは大丈夫だろう。


その時、保健室のドアが勢いよく開いた。そこには息を切らせた美咲さんとお姉ちゃんの姿がある。


「諒! そんな怪我をさせたのは誰? 私は全力でそいつを殺しに行くから」


「ちょっと待ってよ! お姉ちゃんは落ち着いて。美咲さんもお姉ちゃんを止めて」


「とりあえず、名前だけ教えてくれないかな? 人生破滅させてやるから」


駄目だ。二人共悪魔になっている。ここは僕が全てを受け止めないと。


「僕の不注意だよ。前を見ずに歩いた僕が悪いんだよ。全て」


「そんなわけないじゃない」


その言葉はカーテンで仕切られたベッドの向こうから聞こえてきた。この声は山辺さんのものだ。


「全てあなたが悪いわけがない。喧嘩両成敗という言葉を知らないの?」


「知っているけど、僕が不注意だったから」


「だったら、全て悪いなんて言わないでよ。あなたは頑張っていたから」


まるで恥ずかしそうな声に僕は理解した。


体育の最中でのあの動きを山辺さんは見ていたらしい。確かに、保健室の窓からはグラウンドが見えるけど。


「ありがとう」


僕は素直に嬉しく思って笑みを浮かべながらそう答えた。


諒と陽太はサッカーではそれ以外出来ません。それだけをひたすら練習しただけなのでそれだけです。

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