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彼との出逢い

眠気を我慢して書いた話。時間が無くて修正出来ていなかったら大変なことになっているかもしれない。

この日の朝は最悪だった。私はベッドの上でそう思う。


どうして最悪なのかを答えるなら簡単だ。夢見が悪かった。ただそれだけに尽きる。


見た夢は昔の夢。昔の、私が中学生に入ったばかりの頃の夢。今からすれば私は本当にお子様だった。


他人の言うことばかりを信じ、それが正しいと思っていた。


「バカみたい」


その時の事を思い出すだけで自己嫌悪に陥る。


あの時の自分は本当に腐っていた。勉強が出来て、スポーツも出来て、人気もあった。他人からの評価にもてはやされていた。


私はそれがいい事だと思っていた時の夢。


「本当に最悪。はぁ、今、何時よ」


時計を見る。ベッドのそばにある時計の針が示しているのは短針がもうすぐで8の数字を指すところだった。


最悪だ。髪の毛は寝癖が酷いし夢見が悪かったから体調も最悪だし、そもそも、学校に行きたくないし。


だけど、卒業はしないといけない。それが約束だから。


「準備しよ」


私は未だに眠気を感じる体を引きずって起き上がる。起き上がってから周囲を見渡した。


自分で言うのも何だけど、本当に散らかっている。教科書は散乱しているし漫画は床一面に散らばっているし服は脱ぎっぱなしだし。


せめてもの救いは洗濯物を律儀にしているということと、セーラー服はしっかりハンガーにかけているところだろうか。それ以外の点はゴミ屋敷に近い。


私は小さく溜め息をついて歩き出す。歩き出しながら冷蔵庫の中を思い出す。冷蔵庫の中にあるのは昨日の晩ご飯の残りとラップに包んだご飯くらい。朝を抜いたら倒れるのはわかっているから朝ご飯は抜くことは出来ない。


「不細工」


洗面所に立った私は鏡に映る自分の姿を見て口を開いた。不細工という以外に評価することはない。


こんな姿を私の昔を知る人が見たらどう思うだろうか。幻滅するだろうか。だったら勝手に幻滅していればいい。あらぬ誤解を招いたのはその人達だ。


勝手な幻想を抱き、勝手に幻滅する。そんな人達を気にするほうがおかしい。でも、こんな姿を見たら誰もが変な噂を流すだろうな。


私は小さく溜め息をついて、寝癖からどうにかすることにした。






県立八重桜高校。


それが私、山辺未来が通う高校だ。通う高校と言ってもクラスメートと会ったことはない。所謂保健室登校。


この学校を選んだのは保険医の先生が年の離れた従姉妹だったからだ。従姉妹だから私の事情がわかっているため話を通しやすい。


その従姉妹にも高校生活は人生に一回しかないから楽しむようにと言われたまっぴらごめんだ。クラスメートとは会いたくない。


勉強もろくにしない癖に私に尋ねてくるクラスメート。私が助っ人としていなければ勝てないクラブ。何か失敗する度に変な噂を流すクラスメート。果てはカンニング疑惑までかけられた。


クラスメートと会うくらいなら死んだ方がマシだと思う。むしろ、殺したいくらいだ。


この世界で信じられるのは私だけ。私だけが全てを信じられる。他人を信じたら裏切られるだけだから。勝手な幻想を抱かれて幻滅されるだけだから。だったら、最初からいない方がいいと思っている。


ただ、八重桜高校には一人だけ会いたい人がいる。


中学三年間、一度も全国模試で勝てなかった人。


斉藤諒。


いくら頑張っても斉藤諒には勝つことが出来なかった。というか、斉藤諒というのがおかしいかもしれない。全国模試で常に500点満点を取り続けた異才児がこんな中堅以下の学校にいるのは驚きだけど、一度会ってみたいと思う。


でも、会ったら会ったで幻滅するだろうな、きっと。全国模試で下についていた私なんて斉藤諒が知っているかもわからないし、知っていたとしても保健室登校なんてするのはおかしいというと思う。


どう考えても信じられない。この考えはしない方がいいかな。はぁ。


私は小さく溜め息をついて坂を見上げる。なだらかな坂。運動は嫌いじゃないから疲れることはないけど、この坂を越えた先には学校が広がっている。行きたくないけど行かないといけない八重桜高校が。


私はまた溜め息をつく。溜め息をつけば幸せが逃げていくというけどそんなことはない。そう思い込んでいるだけだから。幸せなんて他人に決められるものじゃないのに。


坂を登りきった。登りきりたくない坂を登りきった。そこから八重桜高校が見える。その姿を目にしてから私は溜め息をつく。


これを何回と繰り返しただろうか。私にとって学校は苦痛でしかない。どうして行かないといけないのだろうか。そんなの決まっている。


学校に行かないなら一人暮らしは出来ない。また、あの家に逆戻りさせられる。


私は重たい足を引きずりながら八重桜高校に向かって歩き出した。






校門に辿り着いた私を待っていたのは人だかりだった。人だかりというより野次馬の群れかもしれない。ともかく、人がたくさんいる。校門の前に。


だから、校門から先に入ることが出来ない。私は首を傾げて近くにいた守衛さんに尋ねることにした。


「守衛さん、何かあったんですか?」


「おっ、未来ちゃん。今日は珍しく遅刻はないな。感心感心。おっと、話がそれたな。生徒会の関係者のいつものことだな」


「そうですか。わかりました、ありがとうございます」


その言葉に私は納得する。本来、私は他人の言葉を深くは信用しない。本に書いていることなら別だが、記憶というのは薄れるものだから。


伝言ゲームのように伝えられる言葉が途中で変化するかもしれない。だから、私は自分で見たものを無条件で信頼するし、自分の考えたものは自信を持って口に出来る。


だから、私はこのことに納得した。


生徒会メンバーというのは現会長の相原美咲を筆頭にしたかなり勉強が出来るメンバーで集まっている。もちろん、そこに斉藤諒が入っているはずだが、私は斉藤諒が誰だかわからない。


その生徒会メンバーは先月だけで四回、あるメンバーが保健室送りにされている。その人物とは話したことはない。私はずっとカーテンで仕切られた向こう側にいるのだから。


野次馬がどんどん少なくなっていく。どうやらいつもの人が保健室に運ばれたらしい。私も小さく息を吐いて歩き出す。


向かう場所は教室じゃない。保健室だ。私はいつも保健室に向かっているのだから。


「今日は保健室で何の勉強をしようかな」


私は保健室で何の勉強をするか考えながら歩き出した。






「おはようございます」


私は小さな声で挨拶をしながら保健室の中に入った。ちょうど入り口近くには机があり、そこの椅子に白衣の女性が座っている。


身長が170cmという普通よりも高めの身長で体格はまさにボンキュボンとでも言えるような体格。私のなだらかな胸と比べるだけで本当に嫌になってくる。髪の毛は若干癖毛で直す気がないから所々跳ねており、かけられたメガネはまるで牛乳瓶の底みたいだから知性の欠片も見当たらない。


「未来、また保健室登校? 今日は急患が運ばれたから勘弁して欲しいのだけど」


「急患って。病院に連れて行けばいいのに」


「いつものことだから」


こんな会話は前にもしたような気がする。


私は小さく溜め息をついて空いているベッドに歩み寄った。そして、鞄を下に押し込んでベッドの上に寝転がる。


「寝るんだ」


「夢見が悪かったのよ。昔の夢」


私がそれだけを言うと従姉妹は納得したように何も聞かずにいてくれる。


私の事情は包み隠さず話したことがある。私は他人を信用出来ないということ。いや、ちょっと違うけど大体あってる。そしてそれを治すつもりはこれっぽっちも無いということを。


従姉妹はカウンセリングもしてくれた。でも、私はこの生き方を変えるつもりはないし変える気はない。他人なんて信用したら駄目だから。


「そうだ。寝るのは少し待ってくれる?」


従姉妹は何かを思い出したように私に向かって言ってくる。私は瞑っていた目を開いて起き上がった。


「何?」


「今から朝の職員会議に行くけど、もし、隣のベッドで寝ている子が起きたら伝言をお願いしたいの。荷物は教室にあるって」


「それくらいなら大丈夫。たった10分くらい?」


「そうなるかな」


保健室登校をさせてもらっているのは従姉妹のおかげだ。だから、こういうことは進んでやらないと。保健室登校が出来なくなったら私の居場所が無くなってしまう。


もう、来れなくなってしまう。どうすればいいのかわからなくなってしまう。


「じゃ、お願いね」


従姉妹が保健室から出て行く。律儀に鍵を閉めて。


「普通、一つの部屋に同い年の男女を一緒にする? まあ、相手がよほどじゃなければどうにかするけど」


それに、保健室は比較的職員室に近い。悲鳴を上げたらすぐに先生が飛んで来るだろう。


私はそう納得してカーテンを閉めた。


多分、起きるまでもう少し時間がかかるだろう。私は小さく息を吐いて鞄をベッドの下から取り出し本を取り出す。


私が取り出した本は農薬について書かれた本だ。素人にもわかるように農薬についての知識が書かれている。


例えば、戦争中の軍の必需品は実は殺虫剤関連の農薬だったとか。日本軍は蚊取り線香を持っていったものの病気でかなりの数がやられたとか。


あることないことの判断が難しいものが多いけど、近年のデータは信頼に足るものが多いから納得しやすい。


私は今まで読んでいたページを開いた時、誰かが溜め息をついて起き上がるのがわかった。


どうやら隣の人が起きたらしい。私は本を音を立てないように閉じてベッドの上に置く。


「とりあえず、教室に」


「あなた、誰?」


私は勇気を振り絞って話しかけた。今までの私なら絶対に話しかけなかっただろうけど、従姉妹と約束したことは絶対に守らないと。


私は話しかけてからカーテンを開く。カーテンの先には私の顔を見て驚いている男の子の姿があった。


「あなた、誰?」


私はもう一度尋ねる。すると、男の子はすぐに口を開いた。


「僕は斉藤諒。君は?」


その名前に私は一瞬だけ反応が遅れた。だけど、すぐに我に返って言葉を返す。


「私は山辺未来よ」


斉藤諒という名前はこの学校て一人しかいない。だから、私は斉藤諒があの斉藤諒だと思う。だけど、私はわからないだろう。


山辺未来なんて一個人の名前を斉藤諒が覚えているわけがない。


「山辺さん? もしかして、クラスメートの」


「クラス?」


斉藤諒が私の名前に聞き覚えがあることに私は驚きながらも私は疑問で疑問を返す。クラス発表の時に私はそこに行っていない。最初から保健室登校をするつもりだったから。


だから、私は首を傾げるしかなかった。


「えっと、山辺さんは一年?」


「そうだけど」


「ちょっと待て」


考え込む斉藤諒。その素振りはまるで何かを思い出しているかのようだった。


そして、斉藤諒が何かに納得したように頷く。


「やっぱりそうだ。山辺未来さん。僕と同じクラスのクラスメートだよ」


「斉藤君は全クラスの名簿を覚えているの?」


今の状況から考えてそうとしか考えられない。もしそうだとしたなら、斉藤諒がどれだけ不思議な存在だった少し納得出来るような気がする。


私の答えに対する回答は頷きだった。


「美咲さん、生徒会長から覚えておけば便利だと言われて。一応、生徒会役員だから覚えても損はないかなって」


「なるほど。それにしても、よく私の名前がわかったよね?」


「だって、山辺未来さんと言えば全国模試で陽太と、春日井陽太とよく二位争いをしていた人でしょ? 陽太が負ける度に悔しがっていたよ」


その言葉に私は驚いてしまう。何故なら、完全に私のことなんて眼中にない存在だとでも言うかのようだったから。


確かに、春日井陽太の名前は覚えている。私と二位争いで戦った相手だということも。だけど、私は斉藤諒に二位にいる人として覚えてもらいたかった。


やっぱり、私なんて、私なんかが他人に期待するなんて、間違って、


「山辺さんってそんな本を読んでいるんだ」


いつの間にか斉藤諒はベッドから降りて私の近くに立っていた。斉藤諒の視線の先にあるのは私が持っている農薬についての本。


私はその本に視線を落とす。


「今はTPPの話しで盛り上がっているから農業についての話も盛んだよね」


「そうかも。私も、TPPのことを知ってからこういう本を読み出したから」


「うんうん。植物の病気についてもかなり面白いし」


「植物の病気と言っても色々あるから。例えば、アブラムシやタバココナジラミみたいな存在が媒介する病気とか、土壌にいる青枯病菌とか」


あれ? 今まで農業の話でここまで盛り上がったことが無かったような。確かにTPPで農業の話は盛り上がっているけど、それは産業としての話。


ここまで産業ではなく栽培の最中の話で盛り上がるのは普通にないような。


「農薬はハチハチ乳剤がすごいよね。何でも効いちゃうし。でも、そんなにすごい農薬を使っていいのかな、とは思うけど」


「農薬と言っても色々あるから。この本に書いてあるけど、農薬の基準はこの日本が一番厳しいし、残留農薬の大半は一昔前の農薬ばかりになるのかな。それに、今の農薬はしっかり水洗いとかすれば簡単に取れるものだし」


「なるほど。でも、僕は農薬って使いすぎた場合とかは大丈夫かなって思うんだ。今の栽培で無農薬とか有機農法とかあるけど、ちゃんと生産するなら農薬を使うよね?」


「そういうのにも基準があって、農薬だとえっと、大体塩と同じくらいの危険性になるのかな。単位とかは独学だからあまりよくわからないけど」


私はそのページを開きながら答える。すると、斉藤諒はベッドの上がり込んで私の横から本の中身を見てくる。


こういう会話をするのは初めてだし、こういう風に男の子が隣にいるのはいつ以来だろう。


「へぇー、でも、唐辛子やわさびとかよりも数値の低いものがない?」


「これは今では禁止されているものかな。そこまで薬品の名前について詳しくないから」


「こういう本があるんだ。今度貸してくれない?」


「学校の図書室の本だから」


だから、又貸しは出来ない。私はそういう意味を込めて言葉を切った。斉藤諒はわかったという風に頷いている。


「それにしても、山辺さんはすごいな」


「そう、かな」


「そうだよ。大学は農学部志望?」


「うん。あまり遠くには行きたくないから、近畿で有名な農学部にしようかなって」


「山辺さんの学力なら北海道の農学部に行けるんじゃないの?」


斉藤諒の言葉に私は首を横に振った。多分、今のままだといつかはそんなところまでは行けなくなる。本当ならそこに行きたいけど今の私には贅沢すぎるから。


「大丈夫。山辺さんは凄いから。今から頑張れば絶対に出来るよ」


「斉藤君はクラスメートだからわかっていると思うけど、私は保健室登校だから」


だから、私はそんな大学に行くのは難しいとは思っている。やっぱり自分だけの勉強では限界があるから。


すると、斉藤君が僕に向かって手を伸ばした。


「大丈夫だよ。僕のクラスには陽太もいるし、みんないい人達ばかりだから」


「いい人達ばかりでも、未来にとっては傷つけるかもしれない人がいるのよ」


その言葉に私達は振り向いた。そこには従姉妹の姿がある。ただ、従姉妹の表情は険しい。


従姉妹はゆっくり私達に近づいてきて私達とは反対側のベッドに座った。


「未来は精神的に不安定な時期なの。だから、保健室登校をしているわけ。あなたが大丈夫だと言ってももう少しだけ様子を見ないと」


従姉妹は私を心配してくれる。一時期の私を知っているからこその発言だ。だから、従姉妹は斉藤諒を止めようしている。


でも、今の私にはそれはあまり嬉しくはない。嬉しくはないけど、やっぱり嬉しい。あれ? どっちだろ。


でも、どうして私はこんなにも斉藤諒に気を許したのだろうか。


「すみません。山辺さんもごめん」


「ううん。少し、嬉しかったから。ありがとう」


私は素直な気持ちで答える。斉藤諒は少し驚いたような顔になって、そして、笑みを浮かべた。


「どういたしまして」






「あなたが他人について何かを感じるとはね」


従姉妹が自分で淹れたコーヒーを飲みながら話しかけてくる。私は小さく溜め息をついて布団を抱きしめた。


「私だってわからない。だけど、どうしてかわからないけど」


私の頭の中で斉藤諒の顔が思い浮かぶ。斉藤諒なら信じてもいいかもしれない。信じられるかもしれない。


「これからが楽しみね」


従姉妹は私の顔を見て笑みを浮かべる。これからはどうなるかわからない。


でも、従姉妹の言う通り、これからは楽しみかもしれない。


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